【 短編集 】

生きる強さ



「どうして……どうして私なの……?」

少女は、肩を震わせて、ただただ泣いていた。

「どうして………?」





世の中ってのは不条理。
そう思わない?





「きり〜つ」
学級委員の号令が聞こえ、ガタガタとイスを鳴らす音が響く。
あたしも、適当に腰を浮かす。
「礼!」
『おはよ〜ございま〜す』
「おはよ〜」
クラス担任の返事と共に、全員が着席する。
毎日の光景だ。
だが、今日ばかりはちょっと違った風景が見れた。
「先日、紹介があったとおりに今日、転校生が来るのは全員知ってるよね?」
先生の声に、あちこちから「そういえば〜」とか「どのクラスかな?」など、興味の声が上がる。
「実は、このクラスに入ることになったんです」
その言葉にクラス中がざわめいた。
喜びの声や、驚きの声。「早く紹介しろ」など野次も飛んでいた。
「じゃあ、入ってきてください!」
そして、ドアが開いた。
それが始まり。







転校生には2つのパターンがあると思われる。
無論、あたしの勝手な解釈だけど。
1つは、クラスのみんなとすぐ溶け込んで、仲良くなれる人。
まぁ、これには程度があるだろうね。
みんなと仲良くなるか、普通にグループで仲良くなるかってくらいかな?


そして、もう1つは――


「ねぇ、聖美!今日、カラオケ行かない!?」
平野聖美(さとみ)、それが転校生の名前だった。
めがねをかけていて、髪の毛も長い、普通の子だ。
クラスの女子の誘い。
だが聖美はいつも決まってこう言う。
「ごめんなさい…今日も、塾があるから」

―――である。

彼女は誘いのたびに、コレを言っていた。
どうやら、親がウルサイのだろう。
そのせいか、たしかに成績はトップだが。
ご苦労なこった。
そして、彼女はいつまでも誘いにOKすることは無かった。

――否、出来なかった、の方が近いのか?

だが、そんなことは普通の人間は考えはしない。
ただ、ひたすらにこう考えるのが多い。
『付き合いが悪い』、『塾ばっかでいいコぶって』、『優等生だからってやな感じ』



『むかつく』





――そして、事件は起こったようだ。





「おはよ〜」
「あ、おはよ……」
あたしが登校してクラスに入ると、なんだか様子が変だった。
皆して、誰かを取り囲んでいるようだった。

――聖美がいる。

あたしはそれが気になったが、なにより自分の席につきたくてクラスの連中の間を割って入った。
あたしの席は、聖美の後ろ。
だから否応無しに、中に入るしかない。
……別に抵抗はないけど。
あたしは席に向かい、そして気が付いた。
聖美の机の上に、花束が置いてある。
白の菊の花束。
聖美はそれを見て、真っ青になっている。
その花が何を意味しているのか、理解しているから。
「おはよ〜〜!!」
暗いクラスの空気を破って、女子の声が響く。

――高崎由里。クラスで一番ウルサイ……ぞくに言う「ギャル」というやつだ。

チャパツでピアス、上履きもふんでるし。
彼女の周りには、3人ほどの女子もいた。
いわゆるグループってやつ。
「あ! どうしたの〜、こ・れ?」
由里は聖美の机を見るなり、笑いながらそう言った。
「あはは! 菊の花だって〜。嫌な感じだよね〜……もしかして…」
由里は菊の花束を持ちながら、聖美に向かって言い放った。
「……葬式の花、だよねぇ〜」
由里が言い終わるか、終らないかのせとぎわで、聖美は菊の花束をうばいとる。
「…ふん」
由里はそう言って、グループ連中と自分たちの席に着きに行った。
笑いながら。


誰もが、これの張本人は由里達だと気がついただろう。
だが、誰もがそれを口に出す事はなかった。

――他人に対する恐怖と、自分の身を案じて。

それから由里たちの行動はエスカレートしていった。
聖美の私物が隠されるのなんて日常に近い。
行動のたびに、ちょっかいだされるのも。
それでも、誰も助けにいかなかった。

――休み時間のことだ。

「ちょっと邪魔!!」
由里が聖美の机上の筆箱を盛大に落とした。
バン!と音がして、ペンやらがあちこちに飛んだ。
無論、後ろの席のあたしの足元にも、ペンが転がってきた。
「あ〜ぁ、何やってもだめじゃん?」
そんな由里の言葉を聞きながらか、無視しながらか、聖美はペンを拾い始める。
「あはは〜! がんばってねぇ」
そう言って、聖美は近くのイスに座って、その様子をクラスの連中も黙って見ていた。
聖美は、黙って目に涙を浮かべながらも拾っていた。
同じく、その様子を見ていたあたしはイスから立ち、自分のイスの下に落ちた聖美のペンを拾った。
「あ!…あの…」
聖美は何かされるのかと怯えた様子で、あたしに声をかける。
「手伝うよ」
あたしはそう一言言って、あたりに散らばった聖美のペンを拾い始める。
あたしの行動に周りもざわつく。
「なにやってんの……?」
その様子に、由里が怒りを表した。

――あたしに対して。

「何って、拾ってるんだけど?」
あたしは立ち上がって、聖美のペンを持ちながら言った。
「なんであんたが手伝ってんの?」
由里はあたしをトコトン睨んだ。

――つもりだろうが、あたしは別に何も思わない。

「落ちたから拾ってるんだよ。バカでも分かるだろ」
あたしは、また床のペンを拾った。
これで最後のペンだった。
「…あ、ありがとう……」
聖美は小さくそう言った。
「別にいいよ」
あたしは言って、聖美にペンを渡した。
聖美は、少しだけ笑って「ありがとう」と言った。
「別に」
そういってあたしは聖美に背を向けた。
「…あ!! ど、どこに行くの?」
「…トイレだよ。一緒に行く?」
聖美は、オドオドしながらもペンをしまい、あたしについてきた。





あたしがそういう行動を取った事を、由里は気に食わなかったのだろう。
次の日、あたしの机にラクガキがされていた。
もちろん、聖美のにもされていたが。
『死ね』とか『バカ』とか…
まぁ、色々書いてあるもんだ。
擦っても消えないから、油性ペンだろう。
聖美はうつむいたままだった。
「おはよ〜〜!!」
由里だ。
「あら〜。大変ねぇ〜」
由里のグループは、すぐさまあたしらのところに来てそう言った。
笑いながら。
「誰だろ〜ねぇ、こんなことする人って♪」
「そうだね。誰なんだろうね」
由里はあたしのこの言葉にいらだったのか、眉を潜めた。
「バカバカし。こんなことするヤツの顔が見てみたいもんだね。死ねだとさ。こんなのってさぁ…」
あたしは由里を見据えて言い放った。
「…書いた奴らこそ『死ね』、だよね。バカバカしい」
由里はずっとあたしを睨んでいた。
「聖美。コレ、消すよ」
「え!?あ…う、うん…」
聖美は、それでもうつむいていた。
「誰かさ、除光液もってないかな? マニキュアとかの…」
誰もが、あたしたちから目を逸らしていた。

――所詮こんなものか。

あたしがそう思った時。
「あたし……持ってるよ」
一人の女子が、それを持って来てくれた。
由里は、その女子を思いっきり睨んでいる。
女子もそれにビクビクしている。
「ありがと。使い切っちゃうかもしれないから、あとで新しいの買って返すよ」
「いいよ、別に。余ってたから……」
「そう。ありがと。聖美、ティッシュ持ってる?」
「え? あ、あるよ」
そういってポケットティッシュを出す。
「じゃあ、それに除光液つけて。これでペンのヤツが消えるから」
「う、うん…」
「あのさ…なにか、手伝おうか?」
除光液を貸してくれた女子が、あたしに言う。
「……いいの?」
「う…うん。大変そうだし……」
そう言いつつ、女子はうつむく。
「……じゃあさ、掃除ロッカーの中に雑巾あるだろ?水で塗らしてきてくれない?それで十分だから」
「うん、分かった」
女子は後ろにあるロッカーに向かって走っていき、雑巾を持って廊下に出て行った。
「さて、やるぞ。聖美」
「うん…でも、臭いが……」
聖美は除光液の出し口から、顔を遠ざける。
「がまんしろっつーの。このままじゃ、授業受けれないよ」
クラスの連中は、黙ってみていた。
由里は面白くなさそうに…いや、実際面白くないのだろう、その場から離れていた。





「どうして……私なの?」
その日の放課後、聖美はあたしに言ってきた。
聖美は頭がいいから、あたしは彼女にいつも放課後に残って、勉強を教えてもらっていた。
あたし、いつも授業中寝てるから分からないんだよ。
「何が?」
あたしは、教科書の問題を解きながら、分かりきった事を問う。
「………どうして、私なのかな」
聖美はそう呟いて、肩を振るわせた。
あたしは、ただひたすらに問題を解いていた。
「……どうして?」
「あんただから。それ以外にあるわけないじゃん」
あたしは無慈悲にそう言い放つ。
聖美の目から、大粒の涙がこぼれている。
「……ねぇ、コレ分からないんだけど…」
あたしは聖美に問題集を向けた。
聖美は、泣きながらも丁寧に教えてくれた。
「ふ〜ん……ありがと」
終った後も、聖美は泣いていた。
「あんたの教え方って、分かり易い」
あたしは、聖美に言った。
その言葉に、彼女は顔を上げる。
「………ねぇ、どうしてそんなに強いの?」
聖美は静かに言う。
「…どうして?」
あたしは大きく息を吐いて「強くない」と言った。
聖美は分からない、と言う風に首を傾げる。
「世の中は不条理。そう思わない?」
聖美は、やっぱり首を傾げる。
「あたしは強いつもりはない。あんたが言う『強い』って何?」
「…え?」
「『強さ』なんてモノは、人と世の中の都合で好きなように作られるモノだ。逆に……」
「逆に?」
「逆に言えば、自分で強さを作る事が出来る。それが良い、悪い、関係なくね」
聖美は何か考え込んでいるようだ。
「どうしてあたしが強そうに見えるんだ?」
「え……だって、何言われてもすぐ対応出来るし……それに……」
聖美は言いにくそうに続けた。
「……傷ついているように見えない」
聖美は、申し訳なさそうにうつむいた。
あたしは「そんなに気にすんな」と声をかける。
「あたしは強くはない。何も思わないだけ。無感情とか、そういうのじゃなくて……」
聖美はあたしの言葉を静かに聞いていた。
「……ただ、他人と関係を持つのが嫌な人間なんだよ。何も持ちたくない」
「…何も?」
「…まぁ、他人と呼べる『人間』とつるむのが嫌いなだけ。とも言えるかな」
「嫌いなのに、私とは仲良くするの?」
「言ったじゃん。『他人』とつるむのは嫌い。あんたは他人じゃないし」
「他人じゃないの?」
「友達……っつーか親友?」
聖美は、笑った。
聖美が転校してきて、半年が経っていた。










「遅い……」
とある日の放課後、あたしは聖美を教室で待っていた。
聖美は「理科室にノートを忘れた」と言って、出て行った。
理科室と教室の往復なんて、5分もあれば出来る。
もう30分がたつのに、彼女は戻らない。
「……行くか」
あたしは嫌な予感をめぐらせて、教室を後にした。

――あたしの予感は当たる率が高い。

良い悪いは、区別されないのが難点。
今回も当たったようだ。
理科室の電気が付いている。
中から、由里たちの声が聞こえる。

――笑い声が。

あたしは入り口までいって、中を見た。
聖美と由里たちがいた。
聖美は床につっぷしたまま動いていない。
いや、動けないのだろう。
聖美の周りに黒いものが散らばっている。

――――髪の毛?

「あ、由里……」
由里のグループの一人があたしに気づいて、由里に声をかける。
「あら。お迎えにいらしたの?」
由里は不敵な笑みを浮かべてあたしを見た。
「あぁ、迎えにきた………けど」
あたしは由里の足元に落ちているモノに目をやった。
ハサミ。
「……何してた?」
「あ〜、この子の髪の毛を切ってあげてたのよ」
由里はそういって、思いっきり笑った。
「……そう」
あたしは倒れたままの聖美の側に歩み寄った。
「聖美?」
聖美はわずかに顔を上げて、あたしを見るなり抱きついてきた。

――泣いてる。

「あら。感動のご対面ね」
由里はあたしらを見てそう言う。
あたしは黙って聖美を支えていた。
聖美の長い髪の毛は無残に、雑な切り方をされている。
ひどいもんだ。
よく見ると、落ちているめがねも潰されている。

――――由里。

「由里」
「何よ」
あたしの呼び声に、由里は振り向く。
あたしは背を向けたまま、落ちているハサミを手に取った。
左利き用のハサミだろうか、右手では持ちにくい。
そういえば、理科の先生は左利きだったっけ?
なるほど、こんな使いにくいハサミなら、故意にではなくてもひどい切り方になるな。
そんなことを思いつつ、あたしは言った。
「最初で最後の警告だよ」
「はぁ? 警告? ばっかじゃないの」
「聞き流すも、そのからっぽの脳みそに留めるのも、あんたの自由」
「か…からっぽですって!?」

―――がしゃん!!!!

由里の抗議などそっちのけで、あたしは手にしたハサミを床に投げつけて言い放った。


「今度やったら、殺してあげるよ」


「……っ!!!」
「……この部屋、掃除しておかないとたいへんだね」
あたしは無感情の表情で言い放ち、聖美を支えながら教室を後にした。





次の日、あたしは学校に来ていた。
無論、聖美にも学校に来るよう、キツク言っておいた。
ちなみに、今日の朝は何事も無い。
由里たちはいつもの自分たちの定位置からあたしを見ているようだ。
視線がよくわかる。

―――ガラララ。

ドアが開いて、一人の生徒が入ってくる。
その瞬間、クラス中がざわついた。
ショートカットの、かわいいと表現できる女子高生がそこに立っていた。
その少女は、恥じらいながらも教室内に入ってきた。
「お……おはよ」
「おはよう。聖美」

―――ざわざわざわ。

その少女が聖美と解った時、クラスはさらにざわついた。
………昨日の事件の後、知り合いが経営してる美容院に連れて行き、乱雑だった髪の毛を整えてもらった。
その後、あたしはめがね屋に聖美を連れて行き、コンタクトを作らせた。
美容院のおばさんは、何も聞かずに普通に髪の毛を切ってくれた。
聖美は、その髪型で今日、学校に通ってきたのだ。
髪の毛を整えてびっくりしたのだが、聖美は意外と顔がかわいい子だった。
だから、あたしはめがねではなくコンタクトを作らせたのだが。
今までおしとやかで、めがねをしていたのもあり、随分イメージが変わった。
「あ…ど、どうかな? やっぱ変?」
聖美はおどおどしながらも、あたしに聞いてくる。
「変じゃないよ。似合ってるって、昨日何回もいっただろ?」
「…よかったぁ」
聖美は笑った。
照れ笑いの、それでも可愛い微笑みだった。



聖美の印象がガラッと変わったせいか、あたしの言葉のせいか。
どちらかは解らなかったが、由里たちはそれ以降、手を出す事はなかった。
クラスの人間も、少しずつ聖美と打ち解けていった。





それからは、静かに学校生活が続いた。
3学期も終わりに近づき、あたしと聖美は暗い帰り道を一緒に帰っていた。
「もう3学期も終っちゃうね」
「そうだね」
吐く息が白い。
「…ありがとね」
「何が?」
あたしは分からなくて、聖美に聞き返す。
「だって、あの時助けてもらえなかったら……あたし、きっと学校来れなくなってた」
「…いいじゃん。べつに」
あたしはそう言って、息を大きく吐いた。
「今、こうしていられるんだからさ」
「………やっぱり、強いね〜」
聖美はあたしを見た。
「聖美も強くなったんじゃないの? ずいぶんと…」
「そ…そうかな?」
聖美が笑った。
あたしもそれを見て、一緒に微笑んだ。
「じゃあ、また明日ね!」
「うん」

――また明日。

聖美がこう言うようになったのも、あれ以来だ。
あたしと聖美のお互いの家は、この分かれ道を正反対にいかないとないのだ。
あたしは右に、聖美は左の方に曲がっていった。



――唐突に嫌な予感がした。



「聖美!!!」
あたしは思わず聖美を呼び止める。



だが―――



走ってきたバイクの嫌なブレーキ音の後、ドンと『何か』がぶつかる音があたりに響いた。

『何か』が……ぶつかった。

あたしは、ただぼーぜんとそこに立ち尽くしていた。

「……………聖美?」





――――また、明日ね!





聖美の言葉が、あたしの頭の中で響いていた。










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