『 WILLFUL番外編 ― 自由の権利 ― 』 Byアリアさん

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 自由の権利 −WILLFUL ≪番外編≫ Byアリアさん−


魔法大国カーレントディーテ。

そこがあたしの故国で、父さんはその国の王様をやっているんです。

つまりは…親父は国王で、あたし自身は納得したくないけど王女。

……『王女』という肩書きを持って生まれただけなのに…あたしは他の人と何処が違うのかな?

『王女』という肩書きを持って生まれただけで、あたしに勉強ばかりさせるのはどうかと思うな。



……誰にもあたしの『自由』を奪う権利なんて……無いと思うんだけどな――。





「……聞いていますか、姫?」

太陽の光がよく当たる部屋の中。

まさに昼寝には最適と言わんばかりの暖かさ。雨が降っていつもより気温が下がっていた昨日とは大違いだ。

その部屋の中でシランは机にうつ伏せている。背中が定期的に上下に動く。

心なしか、よく耳をすませば寝息も聞こえてくる。

そんなシランを呆れと怒りが入り混じったような表情で見つめている女性が一人…。

金糸のような髪の間から、尖った耳が少しだけ見える。

魔法大国カーレントディーテでは然程にも珍しくない、エルフだ。

「…姫?」

「…ん〜、後一時間……。」

眠たそうなシランの声が聞こえてくる。

その言葉に女性――リルナのこめかみに青筋が一筋浮かび上がる。



ドガッ!



リルナが手に持っていた本を机に思い切り叩きつける。

本の安否よりも…机の無事を思わず確かめたくなるような……凄い音を立てさせて。

「姫!起きて下さい!」

「…ん〜?」

眠そうな声とともにシランが顔を上げる。何故か…目をパチクリとさせながら部屋を見渡している。

「あれ〜?庭の方で昼寝してた筈なのに〜…。」

「…何処で、ですか?」

「庭の方で、って言ったじゃん。…なに、リルナ。耳でも遠くなったの?」

楽しげな声。

実に楽しそうに聞いてくるシランに、リルナは思わず再びこめかみに青筋を浮かび上がらせる。

「姫!!」

「うるさいなぁ、もう!」

そう文句を言いながらシランは椅子から立ち上がり、扉の方へと向かう。

「姫!勉強はまだ終わっておりません!」

「うるさいなぁ!そんな事どうでもいいよ!」

シランはそう言ってから扉を開け、外に出る。

その後扉を叩きつけるようにして閉め、部屋にはリルナだけが残される。

……が、彼女とてそう簡単にシランに勉強を放棄させる気は毛頭無い。

「姫!」

しかし……。

慌ててリルナがシランを呼び止めるために部屋を飛び出したけれど、既に時は遅かった。





もう既にそこにはシランの姿は無かった。






「……まったくも〜、やんなっちゃうなぁ!」

今シランがいるのはある人の部屋。

“白銀の双頭”という名を持つ彼女の双子の護衛騎士の片割れ、ルージュ・リヴァートの部屋。

そしてこの隣の部屋はルージュの双子の兄、ブルーの個室。近くの階段を上ればシランの部屋。

ルージュなら匿ってもらえると思ったのだ。多分、ブルーならば匿ってはくれないだろう。と言うか、兵士達の訓練に付き合っていて部屋にすらいない。匿ってもらう以前の問題だ。

「まあまあ。落ち着きなよ、シラン。母さんだってあれが仕事なんだし…。」

シランの苛立った声に言葉を返したのは銀髪に紅い瞳をした青年。

その青年こそがこの部屋の主、ルージュ・リヴァートだ。

ブルーの方は銀髪こそ同じだが、瞳の色は水を思わせるような青を称えている。

ちなみに、リルナとは義理とは言え親子だが…そんな事もお構いなしに、仲の良い家族だ。

「だってさぁ〜…。」

「落ち着けって。だいたい愚痴るなら自分の部屋に行って一人ですればいいのに…。」

苦笑しながらもルージュは酷い事をサラッと言う。

「だって〜、部屋にいるといつリルナが来るかわかったもんじゃないもん。」





……というか、ここにいてもじきに来るんじゃ?





そんな疑問をルージュは抱いたけれど、言うことはなかった。

「…もういい!街に行って来よう!」

「シラン……そろそろ脱走はやめておいた方が……。」

「…あたしがそう言われてやめると思う?」

そう聞かれてルージュは口を閉じる。

誰に聞いても、答えはこう返ってくるだろう。『思わない』と。








「まったく、もう……。」

何処かの草原。爽やかな風がシランの頬を撫で、髪を弄んでいく。

「……誰も、あたしの自由を奪う理由なんて…ありはしないのに……。」

あの城にいると、本当にわからなくなってくる。

“王女”という存在を皆が必要としているのか、それとも“シラン”としての存在を必要としてくれているのか。

あそこにいると……“自由”を望むことが、赦されない。そんな気分に駆られた――。








「…シランが脱走?」

兵士達の訓練場。銀髪の青い瞳を持った青年――もちろんブルー――はルージュと会話をしていた。

その光景だけでも、兵士達の注目を集めかねない。この二人は。いや、実際既に集めているのだが。

「そうなんだよね〜。止めようとしたけど無駄だった。」

肩を竦めながらルージュが言う。その言葉にブルーは不快そうに眉を寄せる。

「あのな…お前自分の立場を忘れているだろう?」

「だ・か・らぁ〜、僕だって止めたんだってば!」

「止められなければ意味が無いだろう?」

厳しい自分の兄の言葉にルージュはグッ、と言葉に詰まる。

…そういう人物なのだ。このブルー・リヴァートは。

「今回はティミラもいないからなぁ…。城下に行くしかないよねぇ。しかも一人…。」

ティミラ・アバウト。シランの大の親友。

…が、彼女は異大陸ミッドガルドに住んでいるため、いつでもここカーレントディーテにいるワケではない。

「しょうがない、探しに行くか…。」

「結局こうなるんだねぇ……。」

いつも通りの兄の結論に、ルージュは大きく溜息を吐いた。








「…他に居そうな所ってあったか?」

「少なくとも僕が覚えている範囲では無かったと思うけど……。」

シランを探し始めて既に数時間経過している。もう少し時間が経てば夕方となってしまう。

そんな事になればこの二人、シランの父親であるアシュレイに大目玉を食らうのは間違いなしだ。

……あの王を敵に回すとある意味恐ろしいのだ。例えば護衛騎士の位を剥奪されたり、護衛騎士としての位を剥奪されたり・・・(そればっかりじゃん!)

今までシランが行ったところは記憶しておいた筈なのだが、その何処にもいない。

「……しょうがない、二手に分かれるか。」

「…ま、そうするのが妥当ってモンでしょうねぇ。」








「はぁ〜…。」

未だにシランがいるのは草原。人の気配など全然しないので、人は滅多に来ないのだろう。

上に広がる青空を何となく見上げていると、後ろの方でカサリと草が触れ合う音が聞こえた。

誰だろう、と思いながらシランは後ろを振り向く。

そこにいた人物を見て、思わずシランは表情を固めた。

銀髪に水を称えたような青い瞳に美形の青年、といったら彼女の記憶の中では一人しか当て嵌まらない。

その人物がそこに怒りを堪えたかのような表情でそこに立っている。

「あ…ブルー…。」

掠れた声でシランはその人物の名前を呟く。

「シラン、戻るぞ。」

そう言ってブルーはシランに手を差し出す。それでも彼女は動こうとしない。

いつもならここで諦めて大人しく戻るのだが。

「シラン。」

ブルーの声がいっそう怒気を増していく。

それでもシランはそこから動こうともしない。…否、話を聞いているのかさえ不明だ。

「…ヤだ……。」

ようやくシランが口を開く。

「シラン。」

「何度言われてもヤだ。」

動く気配は無い。

ブルーは小さく溜息を吐いて、シランの傍に座り込む。

「……何かあったのか?」

ここまでこの少女が城に戻るのを拒否するのは珍しい。

いつもならこの当たりで諦めて戻るのだが。

「……王女ってなんなんだろう…。」

「は?」

突然のシランの言葉にブルーは思わずそんな声を上げてしまう。

「王女っていう存在に生まれてきただけなのに、それだけでなんであたしの『自由』を奪われなきゃいけないの?」

「…『自由』、ねぇ……。」

『自由』なんて、当たり前のこと。少なくとも、一般人にとっては。

「『王女』だからって勉強ばかりさせて……。…あたしの『自由』を奪う権利なんて誰の無いのに……。
 …皆が望んでいる存在って何?『王女』という肩書きを持ったあたしの存在?
 それとも…ただの『シラン』というあたしの存在?」



――なんとなく、わかる気がする。



そんなシランの珍しい弱音の言葉を聞いて、ブルーはなんとなくそう思った。

「…そんなこと、俺だけに聞いたって無駄に決まっているだろう?」

不思議と、ブルーのその言葉には優しさが満ち溢れていたような気がした。シランにとっては――。

「少なくとも俺が望むのは『王女』としてのお前ではなく、ただの『シラン』としての存在だ。ルージュもティミラも―アシュレイ様もそう言うだろう。」

優しく諭すような声。ブルーがこんな声を出すのはかなり珍しい。…いや、ここで何処かの誰かさんが聞いていたのなら、絶対に『気色悪い』と言っているだろう。

…別に誰かとは言わないが。

「…ホント?」

「俺はそう思っている。城に戻るぞ、シラン。お前が少しは自由になれるよう、アシュレイ様に取り合ってやるから…。」

「本当!?」

シランの問い掛けにブルーはゆっくりと頷く。

その様子を見て、シランははしゃぎ回る。さっきとは比べ物にならない程元気だ。

「…お、おい!あまりそっちに行くと……!」

シランが崖の淵に立ったのを見て、思わずブルーが声を上げる。

…が……。

ガコッ!

「わっ!」

遅かった。

昨日の雨で地盤が緩んでいたのか、シランが立った崖の先端が崩れ落ちる。

…ちょうどシランが立っていたところが。

ブルーが急いで落ちて行くシランの腕を掴もうとしたが、一瞬遅れてしまい、掴めずに彼女の身体は下に落ちた。

高さが低めだったのが幸いだろう。

急いでブルーが下に下りる。…もちろん、道など使わずに。





「ったぁ〜。」

「まったく…お前はいったい何をしているんだ?」

呆れたようなブルーの声。もちろん溜息混じりでこの言葉を言っている。

「だって〜、嬉しかったんだもん!」

「…さっさと戻るぞ。足はルージュに治してもらえ。」

足首を挫いたらしく、紫色に腫れ上がっている。

手際よくブルーは手当てを施していく。手頃な布が無かったため、ブルーは自分の黒いマントを丁度良い長さに裂き、近くにあった枝切れで足首を固定しながら布を巻いていく。

「…これでいいな?」

「うん。」

こんな状態で歩かせる訳にもいかないので、ブルーがシランを背負い歩き始める。

そろそろ夕食の支度をするための買出しに来る人で街が賑わう頃。

人々が行き交う中、ブルーとシランはかなり注目を浴びている。

「まったく……これからは城を出る時は必ず俺かルージュに何処へ行くか言ってから城を出ろよ?」

「え〜、だってルージュに言ったよ〜。」

「城下に行く、と言っただけだろう?おかげで俺達は街中を探し回る羽目になったんだからな。」

「あ!ブルー!」

突然聞こえてきたブルーを呼ぶ声。

言わなくても声の主はわかるだろう。

「ルージュ。シランが見つかったぞ。」

「良かった〜。って、ん?なんでシラン、ブルーに背負われているの?」

「足を挫いたらしくって……。」

「ふ〜ん……でもいいなぁ、シラン。」

『なんで?』

ルージュの言葉にシランとブルーの声が見事にハモる。

「だってさ、足を挫いたのが僕だって予想してみなよ。絶対ブルーは僕に歩かせるもんなぁ〜。」

「誰がお前なんぞを背負うか。馬鹿が移るだろ。」

「あぁ!僕が馬鹿だって言いたいの!?」

「だって馬鹿だろう?だいたい、お前の場合挫いてもすぐに治すだろ?必要ない。…そんな下らないことを言っていないで、さっさとシランの足を治したらどうだ?このアホ馬鹿弟。」

「くっ……。」

ブルーを睨みながらもルージュはシランの足を治す。

「お〜い!シラ〜ン!」

シランの足を治し終わった時、急にシランを呼ぶ女性の声が聞こえてきた。

声が聞こえてきた方を見ると、黒髪の女性がシラン達の方に駆け寄ってくる。

『あっ!ティミラぁ!』

シランとルージュの嬉々とした声が街中に響く。

いつもの倍速かも、という速さでルージュがその女性――ティミラに駆け寄っていく。

「ティミラぁ〜!」

そしてルージュが後一歩でティミラのすぐ前、という所に着いた途端……。

「消えろ!」

そんな声と共にドゴッ!という凄い鈍い音が聞こえた。

シラン達からは少し離れているので良くは見えないが、ルージュの腹にティミラの渾身の蹴りが入ったようだ。





ルージュ君、K・O。





「けっ、馬〜鹿。」

ティミラの声が少しだけ聞こえてくる。お世辞にも恋人同士とはまったく思えない。

そんな二人を見て、シランがポツリと呟いた。

「ルージュも…懲りないね……。」

「そう…だな……。」

その呟きに声を返したのはもちろんブルー。

二人の視線はいつまでも倒れているルージュと、そのルージュを足蹴にするティミラの二人に注がれていた――。
(ついでに街の人々の視線も)








「ふ〜ん。そんなことがあったのか〜。」

カーレントディーテ王城、王の間。ブルーはそこである人物と会話をしていた。

相手はシランの父親であり、この国の国王であるアシュレイ。

このアシュレイとシランを比べた人は、間違いなくこう言うだろう。『血は争えない』と……。

「ま、娘もいつかはそう思うと思ってたぜ。俺はよ。」

「そう…なんですか……?」



――だったらこうなる前にさっさとどうにかして下さい……。



心の中でブルーはそう思う。…事情を知っている者が聞いたなら、誰もがそう思うだろうが。

「ま、それで俺は旅に出たんだがよ。…娘もいつか旅に出るかもしんねえなぁ……。」

しみじみと呟く。

そして……このアシュレイの予想が当たる。ということになるとは、まだ誰も知らなかった――。

……多分。



   +




後日談として、アシュレイのおかげにより少しは自由を手に入れたシランは、以前よりかは満足していたようだ。

……相変わらず脱走をしていたけれど。

その自由な時間は、ブルー、ルージュ、ティミラの三人との。それは楽しい会話に費やしていたようだ――。



そして・・・ルージュとティミラの仲は、以前より悪くなったらしい。



あの時ブルーが見たシランの弱音を吐く姿は、再び見られなくなった。

シランもあの時のことは忘れてしまったようだけれど、ブルーはいつまでもあの日の事を忘れない。




カーレントディーテであった、二人の思い出の一日。

魔法大国カーレントディーテでの、ある日の出来事。
 
 
 
 
 
+ + + + +
〜あとがき〜 (アリアさんより)


本文中滅多に見ることの無いシランの弱音を吐く姿を書いた小説。
けど…本当はもっと楽しい小説に仕上げようとしたけれど出来なかった、という哀し
い結末に。(ウチ自身の)
なんか…本編に泥を塗りつけるような小説になってしまいました……すみません。
なんか…微妙にブルーの性格が違うような気がするのはウチの気のせいでしょうか…。
しかも微妙〜にブルー×シランが強い・・・。
多分ウチの気のせいではないと思うんですけど・・・。
かなりの失敗品と思われます。
もう超弩級です。
この作品を読んで下さった方々に言います。
これを読んだ後は、絶対に名作を読んで『お口直し』ならぬ、『お眼直し』をして下さい(笑)。



+コメント+
アリアさん、ありがとうございます〜!!!!
…な、作品ですねぇグヘへへへ(危)
シランとブルーの、本編では今見られないツーショっすよ!!
すっげー嬉しかったです。
ルージュとティミラのシーンもきっちりありますし……♪
ほんとう、ありがとうございました!!
 
 
 
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