WILLFUL 六周年番外編

WILLFUL IN 『Snow White』




あるところにとてもとても美しいお姫様がおりました。
「……アシュレイ様……」
草花を覆い尽くす雪原のようなきらめきを持つ銀の髪に、氷のように澄み切った紺碧の瞳の彩色ゆえに、彼女は「白雪姫」と名付けられました。
「あの……アシュレイ様……」
幼い頃からその可愛さは噂にならないほうが不思議なほどで、彼女が年頃になるにつれてその姿は誰もが褒め称える壮麗な物になっていきました。
「アシュレイ様、俺の声は聞こえていますよね?」
しかしその美しさが際立つにつれて、白雪姫に敵意を持つ者が現れ…
「……っ聞いてくださいアシュレイ様ぁあああああ!!!!」
……なんだよ、ブルー。
「なんだよ、じゃありません! 何なりきってナレーションしてるんですか!?」
俺はずっとこれをやるって決めてたんだ。
で、お前は自分でくじ引いて「白雪姫」になったんだぞ?
それ、分かってるよな?
「わ、分かっていますが……」
ならいいじゃねぇか。
えーっと……白雪姫に敵意を持つ……あ。
「……なんですか?」
ブルー、そのドレス似合ってるぞ。
「………なぜだろうか、今ものすごい殺意が芽生えて…」
えーっと、白雪姫に敵意を持つ者が現れたのです。
それは幼い頃に亡くなった白雪姫の母に代わって王妃になった継母でした。
その継母は恐ろしい力を持った魔女で、誰よりも美しさを求めていたのでした。
ある日、彼女は自らを映す鏡にこう問い掛けていました。
「……ったくなー、黒のドレスって言うからこれ見繕ってもらったってのにさ。文句つけることないよなぁ」
……問い掛けていました。
「王サマも頭固ぇよな。そんな露出度のある魔女がどこにいる! だってよ」
……えー、美人ちゃん。
そんな背中が大きく開いて、太ももまで見えそうなスリット入りのドレスを着ている魔女なんて、童話にはありえないから。
「え? あ、王サマ聞こえてた? 何か用?」
何かじゃなくて、出番だから。
えー、問い掛けていました!
「……お! えーっと、『鏡よ鏡。この世で一番美しいのはだぁれ?』 って、コレはオレが言うセリフじゃねぇよなぁ」
そんなことは一々言わんでよろしい!
で、えーっと……すると鏡は少年の様な幼い声色で答えました。
「王妃様はとても美しい。けれども白雪姫の方がこの世で一番美しいです」
「……ケイル? お前そこで何やってんだ?」
「臨時でちょっと呼ばれました……」
「……そっか」
そんな鏡の言葉に、王妃は漆黒の黒い髪を揺らめかせて怒りました。
なぜなら王妃は自分の美しさがこの世で一番だと思っていたからです。
「オレ、そんな事思ってな…」
鏡の言葉に王妃は白雪姫をどうにか消し去り、自分を一番にしたくなりました。
「あ、ブルーが消えるのはオレ賛成」
「貴様……!!!」
ブルー、まだ出番じゃねぇぞ。
「……っぐ」
げほん。
えー、そこで王妃は狩人を呼び寄せ、森に白雪姫を連れ去って殺してしまうよう命令しました。
「えー、いいってそんなの呼ばなくて。オレのこの手で今日こそ決着を……」
「望むところだ。武器を取って来い」
だぁから、お前らこれは物語だから!!
物語のストーリーからケンカを始めるなっつーの!!!
「でもさぁ、王サマー」
文句言うなら今までのブルーとのケンカで壊した城の修理代全額請求、忘れてないよな?
「狩人を呼んで来い! どんな手段を使っても良い、ブルーを消せ!!」
そんな三流悪役なセリフを……
「意味は同じだろー。とりあえず狩人は誰って……」
「よ、ティミラちゃん!」
「……なんだ、アーガイルか」
「なんだよー、その落胆の色は!」
「お前じゃブルーに勝てねぇだろうが」
「いやいや、狩人は白雪姫を殺そうとして出来ない役だから。そもそも戦わないって」
「え、そうなの!? なんだよ、つまんねぇなぁ」
(美人ちゃん、白雪姫を知らないのか?)
「ま、いいや。とりあえずブルーをどうにかして来てくれ」
「雰囲気の欠片もないんだな……まいっか。よっしゃ、行って来るぜ!」
こうして王妃の命令により、狩人は白雪姫を森に連れ出しましたとさ。

+ + +

薄暗い森を、白雪姫は狩人に連れられて黙々と歩いていました。
「どこまで行くんだ」
「一応役柄は姫なんだろ? もーちょい丁寧に喋ればいいじゃんかよ」
「こんなの本意なわけないだろうに。で、どこまで?」
「どこまでって、どこでもいいんだけど……」
動物達の気配も感じなくなるほど奥まで入り込んだあと、狩人は手にしていた弓を構えました。
「お、ナレ来た……っと、俺そんな弓上手くないぜ?」
「とりあえず構えればいいんだろう。早くしろ、さっさと終わりたいんだ」
「へいへいっと……国王様、構えたぜ〜!」
おう、えーっと。
しかし白雪姫の美しさと、自分に向けられる無垢な瞳に狩人はだんだんと殺してしまうのがかわいそうになってきました。
「……顔の良さは誉めるけど無垢はねぇよな、無垢は」
「そんなツッコミはいらん」
いよいよ狩人は構えていた弓を下げ、白雪姫に継母が命を狙っていることを告げて森に逃げるよう言いました。
「あ、台詞だっけか。げほん。白雪姫、お城に戻っても命が危ないでしょう。どうかこのまま森へお逃げください」
「……ティミラから逃げるというのは釈然としないが、まぁ話の都合上逃げてやる」
「もーちょいお姫様っぽく、台詞キチンと言おうぜ?」
「断固拒否だ!」
狩人に感謝の言葉を述べ、白雪姫は森の奥へと逃げていきました。
「……俺、感謝の言葉なんか言われてないような?」
おーい、ブルー。
「……逃げてやる、ありがたく思え」
うっわー、すげぇ不機嫌そうな顔。
「しょうがないな、あれで手をうってやりますよ」
白雪姫が森の奥に消えていくのを見届け、狩人もまたその場所をあとにしました。

+ + +

日も沈み始めた暗い森を一人で歩き続けた白雪姫は、ふと木々の合間に小屋を発見しました。
一人ぼっちの寂しさと長時間歩き続けた疲労感から、白雪姫はそこに誰かいないかと扉を叩きました。

――ドンドンドンッ!!!

「おい、誰かいないのか!!」
……あのー、もう少しおしとやかに、丁寧に叩いてもらえんかね?
「叩くという行為になんら差はありませんが?」
分かった分かった、もう何も言わねぇよ……ったく。
白雪姫が何度叩いても、返事も扉が開く様子もありません。
諦め半分で扉の取ってを握り締めると、思いもよらず扉が開いたではありませんか。
「無用心だな」
ツッコミ禁止。
「…………」
ぶすっとするなっ!
えー、白雪姫は恐々と中を覗き込み、ゆっくりとその小屋に足を踏み入れました。
薄暗い室内には大きな暖炉が一つ、パンの入った籠が置かれた低めの広く丸いテーブルとイスが七つ、そして小さめのベッドが七つ並んでいました。
おなかの空いていた白雪姫は心の中でお詫びをしながら、小さなパンを一つだけかじりました。
「………………」
どうした、一口で良いからかじれって。
「………………」
目で訴えるな、何も入ってねぇから安心しろ!
「(もぐもぐ)……あ、これは城下街で人気のシエル店のジャムパン」
そうそうってお前、この店穴場なのに知ってたのか。
「職は騎士でも所詮は城下街出身の一般庶民。美味しい店と安い店の情報は網羅していますから」
それはもうなんというか主婦の領域だな……まぁいいや。
長い時間歩き続け、少しお腹も膨れた白雪姫はふと眠気に襲われて小さなベッドを見つめました。
そのベッドは白雪姫にとっても小さかったのですが、疲れ果てていた彼女はそれをいくつか繋げてそこで寝かせてもらう事にしました。
「俺は別に床でも…」
寝かせてもらう事にしました!!!!
「…………わかりました、寝ます」
分かれば良し。
こうして白雪姫はベッドをいくつか繋げて、その中に潜り込んですやすやと眠りにつきました。

+ + +

『ハイホーハイホーしっごーとが…』
ダメダメダメダメッ、ルージュ!!!!
「……なんですか、アシュレイ様?」
色々と恐いからその曲歌わないで、一応、ね!?
「え〜……わかりました」
あー出鼻くじかれた……
えーと、白雪姫が眠りに着いてからしばらくして、外から楽しそうな話し声と何人かの足音が聞こえてきました。
それは森での仕事を終えた七人の小人達でした。
「……七人? ちょっと待ってくださいアシュレイ様、一体どこから七人も…」
すぐわかるから、白雪姫は眠ってろって。
「……は、はぁ」
小屋の扉を元気良く開き、小人たちが続々と部屋に戻ってきました。
そう、この小屋は小人達の家だったのです。
「あー! 誰かが僕のパンをかじっているよ!」
小人の一人が声を荒げれば、他の一人が動かされたベッドの中にふくらみを見つけました。
「あー! 誰かがベッドを動かして眠っているよ!」
その声に全員がベッドを取り囲み、中を覗き込みました。
中で眠っていたのは、先ほどこの小屋に迷い込んだ白雪姫でした。
「見たこと無い子だね。とても綺麗だね」
「そうだね。でも黙ってパンを食べた子だよ」
「そうだね。僕たちのベッドも勝手に使っているよ」
「起こして話を聞いてみよう」
一人の言葉に全員が頷き、賛成しました。
「もしもし、起きてください」
「う、うーん……」
肩を揺さぶられた白雪姫は目を擦りながら、ゆっくりと身体を起こしました。
「僕のパンを食べたのはキミだね?」
「どうしてこのベッドで寝ているんだい?」
「ここは……お前たち…………お前、ルージュ?」
目を覚ました白雪姫は自分を見つめる小人……って、おいブルー?
「いえ、あの、アシュレイ様……」
どうした。
「ルージュが小さく、子どもの頃の姿になっているのですが気のせいでしょうか?」
「いやだなー、ブルーってば。気のせいじゃないよ?」
そうだ、気のせいじゃないぞ?
「えーっと、ではその子どもの姿のルージュが七人居るように見えるのですが、これは気のせいですよねきっと。というか気のせいだと言え」
「いやだなー、ブルーってば。気のせいじゃないよ?」
そうだ、気のせいじゃないぞ?
「いや、あの、お前、一体何をどうしてそんな分裂なんか……」
「分裂って……人を微生物みたいに言わないでよね」
「いや、もうなんだコレ?」
「ほらー、僕くじ引きで小人になったは良いけどさ。僕の体って一つじゃん?」
「そうだな」
「だから、シャグナ(本編7〜8章参照)に頼んで幻術をかけてもらったんだよ」
「七人の小人……子どもの姿と、幻影ということか?」
「そゆこと」
「……しっかし、まだ子どもの姿だから百歩譲れるが、お前が七人もいたら気持ち悪いな」
「ひどっ!」
あー、もしもし? 落ち着いたか?
「あぁ、すみません。えぇっと……お前たちは誰だ?」
「ホント台本通りに喋らないんだね」
「断固拒否だと言っているだろう」
「わかったわかった。えーと……僕達はこの小屋に住んでる小人だよ。キミは誰?」
「俺はブルー…」
あれ? 今俺の耳に何か戯言が……
「……し、しらゆ……しら……ゆき……白雪ひ、め……だ……」
「うーわー……ブルーってば死にそうな顔だね……」
白雪姫はパンを黙って食べてしまったこと、黙ってベッドを使ったことを謝り、疲れて眠っていた原因である今までの経緯を全て話しました。
「なんて酷い王妃様だ! キミは何も悪い事もしていないのに」
全てを知った小人は、白雪姫にここに住むよう勧めました。
条件として家事をするよう頼まれましたが、白雪姫はそれを喜んで引き受けました。
こうして白雪姫は小人達と暮らすことになりました。

+ + +

その頃、狩人から白雪姫を消したと報告を受けた王妃は大変喜びでした。
もう誰も自分より美しい者はいない。
自分がこの世で一番美しい者になれたからです。
「だからオレはそんなこと思ってな…」
王妃は大喜びのまま魔法の鏡の前に行き、こう問い掛けました。
「……あー、鏡よ鏡。この世で一番美しいのはだぁれ?」
「はい、それは森で小人達と暮らしている白雪姫です」
そう答える声に合わせて、鏡の中に白雪姫と七人の小人の姿が映し出されました。
「……なぁケイル?」
「なんですか、ティミラさん」
「このさぁ、なんかルージュっぽいガキが七人もいるんだけど、コレってなんだ?」
「七人の小人役はルージュさんですから……何か幻術をかけてもらったのかも知れませんね」
「こういうの悪夢って言うんだよな? なぁケイル?」
「あ、はぁ、いえ、なんとも言えませんが……同じ姿が七人、というのはちょっと……」
「気持ち悪いよなー」
……白雪姫が生きていることを知った王妃は激怒し、その鏡を床にたたきつけました。
「あ、無視して進行してやがる」
魔法のかけてある鏡は割れこそしませんでしたが、映っていた白雪姫の姿は掻き消えてしまいました。
「あーっと……狩人の野郎、ウソつきやがったな!! こうなったらブルー……じゃなくて、白雪姫はオレが直々に始末してやる!!」
……言葉使いが酷い気がするがまぁいいか。
こうして王妃は自分が持っている魔力を赤く熟れたリンゴに込め、毒リンゴに変えてしまいました。
「……って、えぇえええ!! 毒リンゴでやるのか!?」
な、なんだ、不満なのか?
「毒リンゴなんて甘っちょろいもんじゃなくてさ。バズーカでもドカンとぶち込めば……」
こらこらこらこら美人ちゃん。
「なんならミサイルでも持ってきて、辺り一面綺麗に……」
だから! 小屋ごと消しちゃったらいかんだろうが!
「……チッ、面白くないなー」
いいから!!
「……わかりましたよー。白雪姫め、かならずしとめてやるからな!」
……ホントもう、魔女というか三流盗賊みたいなセリフだな……
「いいじゃねぇかよ! ほら、場面展開しろって!」
しょうがねぇなぁ、もう……

+ + +

小人たちと生活を始めた白雪姫は、毎日を元気に過ごしていました。
朝早くから森に仕事へと出かけるのを見送ってくれる白雪姫に、小人達は何度も何度も言い聞かせました。
「いいかい? 誰かが尋ねてきても、絶対にドアを開けてはいけないよ? 危ない人が来るかもしれないから」
「安心しろ、訪問販売の撃退なら慣れている」
「いや、そういう問題じゃないんだけど……もういいや、行ってきます」
こうして手に各々の道具を持ち、小人達は並んで森へと出かけていきました。
「……さて、じゃあ洗濯と行くか」
白雪姫の仕事は小人たちが居なくなってから始まります。
七人分もの洗濯と、終えた食事の後片付け、部屋の掃除等など。
大変な仕事でしたが、お城では経験した事のない毎日に白雪姫は満足していました。
太陽が高い位置まで昇る頃、白雪姫は部屋の掃除に取り掛かります。
ベッドを整え、小屋の中を隅々まで綺麗にしていきます。
「まぁセットだからそんな汚くもないんだがな……」
イスをどかし、ほうきでその下を掃き出していると。

――コンコン。

「ん、来たか」
先に言うなよ。
「誰だ」
出るな! ストーリー破綻させるなブルー!
「うるさいですよアシュレイ様。俺は早く終わらせたいんです」
あぁ、こらっ! 勝手に扉を開けるな!!
「どちら様で……」
「よぉ、ブルー」
「……ティミラか」
「なかなかドレスがお似合いじゃねぇか。とりあえずさっさとリンゴ食え」
「……新聞なら間に合っています」

――バタンッ!

「おいこらブルー!! 締め出すな!!」
「新聞なら間に合っていると言っているだろう!!」
「新聞じゃねぇよ!! さっさとこのリンゴ食って倒れろ!!」
「食ったらどうなるか教えてどうするんだ!! このマヌケ!!」
「誰がマヌケだこの女装男が!!」
「俺は好きでやってるわけじゃない!!」
「うるせぇ! とにかくドアを開けやが……れっ!!!」

――ドゴォッ!!

あーーー!! 小屋のセットの扉が!!
「あ〜ぁ、壊したな」
「知ったこっちゃねぇ。オレだって早く終わらせたいんだ」
び、びびび美人ちゃん!!
「どうした王サマ、しびれたのか?」
そうじゃないって! どうすんだよコレは……!!
「いーじゃねぇか、話破綻させなきゃいいんだろ?」
いや、まぁ今はそうだが……
「と、言うわけでだ、ブルー……もとい、白雪姫」
「……呼び方が非常に不満だが、なんだ」
「このリンゴ食ってあの世にいけぇええ!」
「なっ!? 貴様それ不意う……ふがっ!!」
おわッ!? リンゴを口にねじ込みやがった……!!
「ぎがが……がえがごんあおえ……(貴様……誰がこんなので……)」
「うーるせぇやい!! さっさと噛んで、飲み込みや・が・れぇ〜〜!!」
「うがっ……いえぇお!!(痛ぇよ)」
「い・い・か・ら!! 飲めぇ!!!」
「うがっ!」

――ごくん。

あ、飲んだ。
「よっしゃあ! じゃあさっさと息を引き取って…」
「誰がリンゴごときで……!!」
「話の腰を折るな! 一応設定上の毒リンゴ食ったんだから」
設定上とか言わないでっ!
「さっさと息を引き取って……眠りにつきやがれ!!」

――ごすっ!!

「がはっ……」
……み、みぞおちに一撃……
「うっぐ……ティ、ィラ……きさ、ま……」
「ゆっっっくり休めよ、お姫様?」
「くっ……こんな……とこ、ろでっ……」

――どさ……

え、えとー。
「白雪姫、意識無くなったぜ?」
いや、なんてゆーかもう色々とさぁ。
「なんだよ、結果オーライだろ? 話進めようぜ」
終わりよければ全て良しか……とほほ。
えぇい、ままよ! 王妃がリンゴに毒を盛ってるとも知らずに口にしてしまった白雪姫は、一瞬苦しそうな表情を見せた後、床に倒れこんでしまいました。
「あーはっはっはっは、ザマぁ無いな、ブルー! 今回の勝負はオレの勝ちだ!!」
……だからそれじゃあ三流の悪役だって。
「いいじゃんかよ、とにもかくにも白雪姫が意識をなくしたんだし。じゃ、オレは城に戻るぜ」
えー、倒れた白雪姫をそのままに、王妃は満足そうに城へと帰ってゆきました。

+ + +

『ハイホーハイホーしっごーとが……』
だからダメだってルージュ!!
「冗談ですってアシュレイ様」
とてもそんな風には思えないけど……
あー、森から帰ってきた小人達は扉を……って、扉は美人ちゃんが壊したか。
えー、小人達は扉が壊れているのに驚いて急いで小屋の中へと駆け込みました。
中を覗き込んだ小人達の目に飛び込んできたのは、床に倒れてぴくりとも動かない白雪姫の姿でした。
「白雪姫! 一体どうしたんだい!?」
「白雪姫、目をあけて!」
口々に小人が声をかけても白雪姫は指先一つ動かしません。
表情は寝ているかのように穏やかなのに、唇や頬も青白くなっていて、もう彼女が目を覚まさない事を教えているようでした。
「白雪姫が死んでしまった……」
一人がぽつりと呟くと残りの全員もそれを受け止め、涙を流し始めました。
しばらくの間、鼻をすする音だけが聞こえていましたが、一人が顔を上げて呟きました。
「本当なら幸せに暮らせるはずだった。せっかくなのだから、綺麗な棺で眠らせてあげよう」
その言葉に全員が頷き、小人達はさっそく棺を作るために立ち上がりました。
皆哀しみで表情は暗いですが、白雪姫をゆっくりと眠らせてあげたい一心でゆったりとしたガラスの棺を一つ、完成させました。
小人達は底に色とりどりの花を敷き詰め、その中にゆっくりと白雪姫を寝かせました。
本当に寝ているかのような表情に、小人達は涙を流しながら棺を囲んでいました。
そろそろゆっくりと眠らせてあげようと棺の蓋を閉じた時、ふと道の奥から白馬の蹄の音がなってきました。
けれども悲しみにくれる小人達はその音と人物に気がつきません。
「これはこれは、一体何があったのですか?」
その人影が白馬から下りて小人達の背後から声をかけました。
やっと人がいることに気がついた小人の一人が振り返り、言いました。
「あぁ、貴方は王子さ……あれ? 王子役って確かシランじゃ……」
「そうだよ? シランだよ?」
「いや、あの……確かに髪の毛の色と瞳の色でかろうじてシランかなーって思うけど……」
「じゃあどうしたの?」
「どうしたのって…………どうしてそんな姿になってるの?」
「そんな?」
「だって身長が普段の僕等と同じぐらいになってるし、髪も少し短いし……何より、さ」
「うん、何?」
「なんで男の姿してるの? しかも声も低いんだけど……?」
おーおー、俺の若い頃に良く似てるぜ。
「そうなの?」
おうよ、もーちょい髪が濃い色で長かったら完璧だな。
「へぇ」
「いやいやいやいやアシュレイ様、シラン!?」
「何、ルージュ?」
「何じゃなくて……一体どうしてそんな格好を……」
「まーまーそれより、話すすめなくちゃ」
「え、いや、その前に…」
そうだな、じゃあ行くぜー。
「え! アシュレイ様ちょっと……!」
不都合があるわけじゃないんだからいいだろ?
ほらルージュ、王子様に説明をしないとな。
「え……えぇっと……白雪姫が倒れて死んでしまったのです……いいのかなぁ?」
「なんとそれは悲しい事か……」
そう言って王子は棺の中を覗き込みました。
そこに眠っていたのは、とても綺麗なお姫様でした。
「……うわー、ブルー綺麗だねぇ」
……あ、今ブルーの眉がちょっと痙攣したな。
「なんと美しい姫だろうか。小人さん、この方を私の方で静かに眠らせてあげてもよいでしょうか? 綺麗な花の咲く場所を用意してあげたいのです」
その申し出に小人はきっと白雪姫も喜ぶと思い、すぐに頷きました。
王子もまた満足そうに頷き、もう一度その顔を見つめました。
「本当に綺麗なお姫様だ。まるで眠っているだけのようだ」
呟いて、王子はガラスの棺の蓋を開け、胸の辺りで組んでいた両手を自分の手で包み込みました。
「なんとかわいそうに。せめておやすみの口付けを」
そう言って王子は白雪姫の手の甲に唇を寄せました。
「あ、ブルーの顔が赤くなった」
ウブって奴だな。
「うるさいぞ、お前ら! そんなツッコミするな! 大体俺はウブじゃな…」
あ、起きちまったよ。
「あ〜ぁ、そんなムキなって怒らなくてもねぇ」
「……あ…………」
ったく、しょうがねぇなぁ。
えー、王子の口付けを受けた白雪姫は勢い良く……じゃなくて、ゆっくりと瞳を瞬きさえて、目を覚ましました。
「あー、えぇと……ココは一体? 俺はどうしんたんだ?」
「ホントにブルーは台詞通りに喋らないんだね」
「あ、お前は王子…………って、シラ……ン…………?」
「ん、どうしたの?」
「あの……お前、シラン? いや、でも男だよな?」
「見た目はね」
「いや、見た目というか、ガラス越しの声も微妙に低く聞こえたが……シランって男だったか? 俺より身長低かったような……」
「あはは、ブルーってば混乱してるね」
「そりゃするだろうに! お前、一体どうしてそんな……」
なんだよブルー、娘の配役は王子だって知ってるだろ?
「それは知っていましたが……だからってどうして男の姿に……」
「だって、せっかくブルーを助けるんだもん。ならば気合を入れようと思ってね」
「思って?」
「ルージュと同じように、シャグナに頼んで幻術かけてもらったんだ! カッコいいでしょ?」
「いや、胸を張って言われてもだな……」
「そうだよ。僕だってえらいびっくりしたんだから」
「あはは、出てくる直前まで内緒にしてたからね。驚かせたかったし」
ま、とりあえず晴れて白雪姫は目覚めたわけだ。
ところがここに来て、今まで晴天だった空が急に暗い雲に覆い尽くされました。
一体何事かと全員が見上げた空から、黒い人影が見えました。
それは、魔法の鏡で白雪姫が生き返ったことを知った王妃でした。
「ったく、さっさとその棺ごと埋められてれば晴れて話は終わったのによ」
「ほんっとお前は悪役の台詞しか言わないな」
「うっさい! オレだって好き好んでこんなのやってるわけじゃねぇ!」
「俺だって好きでこんな格好するか!!」
「えぇ、ブルー似合ってるのになぁ」
「シラン……お前も『王子やるなら男じゃなきゃ!』とか言い出すなっつーの」
「だって。せっかくブルーを助ける役なんだもん。かっこつけたいじゃん」
「ま、そのお陰で目玉ひん剥いたみたいに驚いたブルーが見れたから満足だな」
「ティミラ、知ってたのか?」
「あぁ、カッコよく王子やるにはどうすればいいかって相談されてな。ま、本人が楽しければいいんじゃねぇの?」
えーっと、話すすめていいかな、君達。
「あ、親父忘れてた」
今度こそ白雪姫を倒そうと、王妃は魔女の力を解放して雷を起こし始めました。
「さぁってと、それじゃあさっそく王子もろともあの世へと……」

「…………綺麗……」

『は?』
どうした、ルージュ。
「いやぁ、ティミラが魔女の王妃役をやるって聞いたときはどんな服を着てくるのかと思ったけど……そんなステキなドレスだなんてね。黒がキミを引き立ててるね、うん。綺麗だよ、とっても」
「後にしろ、そんな話。とにかくさっさと雷を落して……」
「魔女ってだけあって、妖艶な美しさというか? もう最高!」
「だから黙れって言って……ちょっ、ルージュ、待て。今はまだ話の途中で……」
「そんなの関係無い!! このまま帰ろう、そんでデートしよう!! 良いレストランで食事しよう!!」
「阿呆かお前は!! 今はそんな場合じゃっ……って抱きつくな!!」
「嫌だ! もうどうせ終わり部分なんだし、さっさと帰ろう!」
「帰るって意見には賛成だが……ってコラ! 幻影の奴まで引っ付くな!!」
「んははー、この幻影は僕の意思に従うからね。どんなに暴れてもは・な・さ・な・い・よ!」
「うわぁあああ気持ち悪ぃいい!!! 離れろ!! というか消えろ!!」
「消えるならキミと一緒に!!」
「いやぁあああ!!! お、王サマ!! もう魔女が負けたってことでいいだろ!? 王子の剣が不思議な力を持っていて、それが魔女の力を撥ね退けたって。そのストーリー通りに進んだってことでいいだろ!?」
え、あ、まぁ結末が一緒なら別に……
「なら早く終わらせてくれ!! このちっさいルージュがウザくて……離れろこら!!」
「嫌だ!! ティミラ大好きだもん!」
「ウザい!! たまらなくウザい!!!」
…………えっと、こうして魔女は力尽き倒れてしまいました。
「……こんな進み方でいいのか?」
「終わり良ければいいんじゃないかな?」
「そうか……」
魔女が倒され、空に再び抜けるような晴天が戻ってきました。
王子は目覚めた白雪姫の両手を握り締めて言いました。
「白雪姫、良ければあた……じゃなくて、僕と結婚してくれませんか?」
「立場逆な気もするが……わかりました。喜んで……」
…………………………
「アシュレイ様、拗ねないでください」
「そうだよ、これは劇なんだから。ね、ブルー?」
「…………そうだな」
なんでそこでちょっと残念そうな間を入れるんだ、ブルー!!
「やかましいですよアシュレイ様! 終わったんだからさっさと締めてください!」
ちっくしょー……こうして白雪姫と王子はけ、け……結婚、して……
「親父、早く読み上げてよ」
…………結婚して幸せになりましたとさ! ちくしょう!
「最後が余計だよ!」
「まぁ何はともあれ、これで無事に終わったな」
「そうだね、じゃあブルー。後ろに乗って?」
「は?」
「ほら、絵的に白馬でのんびり帰るってのもいいじゃん? 手綱は握るから、ブルー後ろね?」
「…………お前、心底楽しそうだな」

+ + +

こうして白馬に揺られながら王子の国に戻り、二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし……?