『 WILLFUL番外編 ― シーパラダイス ― 』

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 シーパラダイス 1 −WILLFUL ≪番外編≫−


「あづー……」
悶々とした熱気が立ち込める部屋。
シランは一人、うちわをパタパタさせながらベッドでぐったりとしていた。
「なんで……なんで今年はこんなに暑いの? もーやってらんないし」
何をやるのかも良く分からないが、いつも以上のやる気の無さ気な表情。
動くわけでもなく、授業を受けるわけでもなく、ひたすらベッドでゴロゴロする。
「あー……あづ…」
今年、カーレントディーテを包み込む夏は、いつもの気候の予想をはるかに越えた熱気を持ってきた。
島国だが、南国では無いこの国の夏は、暑いとは言うものの、カラっとしているのだ。

んがしかし。

今年に限って、身に纏わりつくようなジメッとした熱がこの国を包んだ。
前にもこういうことがあったなぁ、と誰かが愚痴っていたのを聞いたような気がした。
とりあえず異常気象ではないのだが、そんなの関係無しに暑いものは暑い。
全開にした窓から入り込む僅かな風が、今はとてもありがたい。
仰ぎ疲れた手をベッドに投げ、シランは大きくため息を吐いた。


「あー……あっちぃ……」


ため息とともに、そんなセリフを吐いたのはシランだけでなく。
執務室に身を置くこの国の王、アシュレイもこの暑さに滅入っていた。
「なんだって今年は……きびしぃなぁ……」
「そうですね、暑いですね」
サラリと返すリルナを、アシュレイはジト目で見た。
本来森で暮らしているはずのエルフの彼女。
この暑さには一番弱いはずなのに、今は汗一つさえかいていない。
むしろ、いつもと変わらぬ表情で仕事をこなしている。
「おめぇ…よっくケロっとしていられるなぁ…」
「そうですか?」
言葉だけ返し、書類に目を通しペンを走らせるリルナ。
それを見ながら「やれやれ」と、もう一度大きくため息を吐いたアシュレイ。
だが、その身に感じた微弱な魔力を読み取り、すぐさまリルナに歩み寄った。
「オイ、リルナ!! お前、風の精霊使ってんだろ!?」
詰め寄られ、そう言い放たれて、リルナは「ばれたか」という表情を見せた。
「セコイぞ!! 何してんだよ!!?」
「セコイも何も…ただ外気を遮断してもらってるだけです」
魔術とは少々異なる精霊魔術。
その根元となる属性を持つ「精霊」達。
それに干渉する能力の高い種族のリルナは、その力を使って、暑さをしのいでいたのだ。
むろん、こんな細かすぎる魔力の調整は魔術では難しく、精霊を意のままに操れるエルフのみが出来るわけで。
「ずりーじゃねーか!! 俺も涼しくしてくれよぉ〜!!」
「その机の上の書類。片付けたら、してさしあげますよ」
そう言われ、ちらりと背後の机をふりかえる。
目に飛び込むのは、山のように詰まれた紙。
「出来るか!!」
「じゃあやりません。世の中はギブ・アンド・テイクですよ、陛下」
「くっそぉ……じゃあいい!! リルナには頼まねぇ!!」
ガタンと立ち上がり、アシュレイはそこ等にあった白い紙に大きく何か文字を書上げる。
「………何してるんです?」
「………………よし出来た!! おい、全兵と使用人に伝達してくれ」
眉をしかめるリルナに、ビシっと文字を書いた紙を見せつける。
その紙には、『海水浴休み』なる文字が――

――まさか…

嫌な予感を感じるリルナを後目に、アシュレイは物凄い笑顔で続けた。

「明日、海で海水浴すっぞ!! 街にも張り出しだ。皆で騒ごうぜ!!」

「やっ……やっぱり……」
当たった予感を呪いつつ、リルナは気が遠くなるのを感じた。





――というわけで……

「夏だ! 海だ! サマーだ!!!」
「なんだそれは……」
異様に盛り上がる弟ルージュを見据え、ブルーはため息を吐いた。
膝丈の青のグラデーションの海パンに、白い薄めのパーカー。
あまり肌は出したくないと思って、部屋を漁ってなんとか発掘した。
ルージュも似たようなもので、上はノースリーブに黒の膝丈の海パン姿である。
「というより……こういうのはありなのか?」
ブルーは呆然と呟き、目の前で元気にはしゃぎまくる自国の人々を見つめた。
海でハシャぐ野郎たち、波際でビーチバレーをしている女性たち。
なぜか出店が出てたりする、海の家。
「……………………………あ〜…もう、考えるのやめよう」
どこか遠い目をしているブルーを横目に、ルージュは水着で遊ぶ女性達に目をつけまくっていた。
「あっ! あの子、可愛いなぁ…水色の水着なんて爽やかでいいなぁ…でも隣の白色の子も捨てがたいなぁ…ショートカットってのも悪くないし……」
「………………あ〜…もう、帰りたい」
すっかりナンパモードの弟に絶望し、頭抱えて、ブルーは一人浜辺で座り込む。
「だいじょーぶ? どうしたの?」
聞きなれた声が耳に入った。
ブルーは顔を上げ、太陽の光に目を細めて、その人物を見つめた。
「……………シラン……?」
緑の髪が太陽を反射して、エメラルドに光っている。
肩より短めの髪は、今日に限って二つに分けられて、横に縛ってある。
いつもと少し違う雰囲気に、一瞬目を見開いてしまう。
「どうしたの? だいじょうぶ?」
もう一度顔を覗きこまれ、ブルーは少し身を引いた。
オレンジ色の水着が、雰囲気によく合っている。
見慣れない姿に、顔が少し赤くなる。
「なぁにしてんだよ、シラン? あ、ブルーじゃん」
声を掛けられた二人が背後を振り返れば、そこに居たのは黒髪の美女。
赤いビキニに、腰にパレオ。
そこから覗くスラリとした足は、大抵の男なら目で追ってしまうだろう。
こちらもまた、長い黒髪を一つに縛り、肩から流している。
「何頭抱えて座ってんだ?」
「横を見ろ…」

言われて、見ると――

「あ〜ん!! やっぱり、青い水着の子の方がいいなぁv あの足の細さ…かわいいし、なによりビキ……」

――パコンっ!!

「いったっ! 一体だ………………れぇ……」

ティミラが手にしていたスイカ型ビーチボールが見事頭にHIT。
ルージュが初めて気配に気付き、振り返っても時すでに遅し。
「何してんだ?」
ものごっつい笑顔で問い掛けるティミラに、ルージュは一瞬極寒の悪寒を覚えた。





「いやぁ…冬場でもないのに、凍死するかと思っちゃった」
あははと渇いた笑いを浮かべ、ルージュはポリポリと頭を掻いた。
「あのなぁ……ちったぁ反省しろ!!」
「してるよぉ。だからこうやってジュースおごってるでしょ?」
「それとこれとは、話が別だ」
「えぇえええ!? 一番高いジュース飲んでおいて何言うの!?」
「うるさい。スイカ割りのスイカにされたいのか?」
「えぐいこと言わないでよ…」
グーにした手を向けられ、ルージュは苦笑いしつつジュースを手にする。
「そーいえば……シランとブルー、どこいった?」
ジュースを半分ほど飲んで、ティミラはルージュに聞いた。
今自分達が居るのは、即席で街の人々が作り上げた海の家。

見える範囲に姿は確認できないのだが――

「あ〜…ブルーならシランに連れまわされてるんじゃない? 海水浴だって楽しみにしてたみたいだし」
「へぇ……」
「そういえば……髪、縛ってるんだね」
肩から胸に掛けて、揺れる髪に触れる。
夏の熱気と、その色の特質のためか、少し暖かく感じる。
「暑くて邪魔だからな。首筋、汗かくし……」
ジュースのストローを口に入れつつ、ティミラは首を触りながらぼやいた。
「切れば?」
普通の会話の一部のような言葉に、ティミラは思いっきり眉をしかめる。
「え? どうしたの?」
「お前が長いほうが良いって言うから伸ばしてるんだぞ? 切っていいのかよ?」
ティミラの口から出た言葉に、ルージュは目を見張った。
「え…それって、3年前の…? 覚えててくれたの!?」
「当たり前だろ? なのにお前と来たら………わかった。切っていいんだな?」
「いやいやいやいやいやいやっ!!! そのままで、ね??」
険悪そうに目を細めるティミラをなだめ、ルージュは自分が飲んでいたメロンソーダを差し出した。
「ごめんね。どぞ、飲んで」
不満気な態度はしているものの、ゆっくりとグラスを受け取る。
「……甘い」
「そりゃそーでしょ」
文句タレつつもストローを口にするティミラ。
苦笑しながら、ルージュはそれを見つめていた。
「おうおう熱々カップルよ〜!!!」
突如横からかかった大声に、二人はその方を見た。

黄色地に、赤やら青やら緑やら――

派手な模様が施されている海パンに、その手に赤と白のストライプのビーチボール。
その人物こそ、この海の騒ぎの張本人であり、カーレントディーテの王様・アシュレイ。
「…………なんスか……その派手な水着は…」
手にしたメロンソーダをそのままに、ティミラは呆然と呟いた。
ぶっちゃけシランの父なのだから、それなりに年齢は想像出来る。

若目に見えるとはいえ―――

「アシュレイ様……ちょっと無理があるんじゃ……」
「うっさいわぃ!!! いいんだよ、俺はまだ若いんだっ!」
ムキになる国王に小さく、気付かれないようにルージュはため息を吐いた。
「コホン…まぁそんな事は置いておくとして……」
「置いとくには、少し無理があるだろ」
「美人ちゃん、ツッコミがきびしい!! とにかく置いてくれ!!」
「……はぁ。で、何?」
冷たい視線もなんのその。
アシュレイはドーンと胸を張り、自慢気に笑みを浮かべた。
「ビーチバレー大会するんだ。お前等も参加しないか?」

『ビーチバレー?』

声をハモらせる二人に、アシュレイは大きく頷いた。
「おうよ。賞品も出るし、かなりの人が参加してくれるぜ。あ、娘とブルーもな」
そう、嬉しそうに言うアシュレイ。
ティミラとルージュは顔を見合わせて、ヒソヒソと話始めた。

(どーする?)
(景品出るんだろ? 行こうぜ)
(け…景品ったって……あんま期待できないかもよ?)

「安心しろ!! 今回は俺も奮発する! 俺のポケットマネーで避暑観光にご招待だ!」

『避暑観光!!?』

「うっそ!! アシュレイ様、そんな余裕何処に!?」
「ふっふふ、この大きな大きな心の中にさ!!!」
「信じられねぇ…よくリルナさんが許したな……」
「おぅ……説得するのに時間掛かった……」
どこか遠い目をした王を見つめつつ、ティミラとルージュは再び顔を見合わせた。
「出よっか? いっちょ、やっちゃおーよ!!」
「そうだな。お誘いもあることだし……避暑観光…気合入れていくぞ!!!」
嬉しそうな顔をして、ティミラとルージュは頷きあい、手を握り合った。








『よっしゃ参加者全員そろったなーー!!!』

風の呪文を使い、声を増幅させ――

アシュレイの気合入れに、全員が一気に盛り上がる。
「まーさか本当にブルー達まで参加とはねぇ…」
「避暑観光3泊4日だ。タダで行けるこんな機会、逃せるか」
「今のうちに家に帰って家事でも片付けてくればー?」
「っざけんな。今日はお前の当番だろう。お前が帰れ」
変に火花を散らす双子を横に、ティミラとシランはお互い楽しそうに会話をしている。
「ティミラとも当たるかなー?」
「…かもな。トーナメント戦だろ? 勝ってればいずれ戦うんじゃない?」
「そっか、楽しみだね!」
「おうよ! ま、お互いがんばろーぜ」

『おぅっし!! それじゃ、さっき引いてもらったトーナメントの場所発表だ!!!』

――パッパーン!!

どこぞから引き連れてきたのか、トランペットの音と共に、海岸に作られた大きな板の白い布がはがされ、それが日の目を浴びる。

―――どよどよどよどよッ!!

一斉に当たり中からどよめきが起こった。

それはもちろん、シラン達も例外ではなく――

「うそっ…あたし達、一番最後だ……!!」
「オレ達は最初だ……ってことは……」
互いに顔を見合わせて、ティミラとシランは息を飲んだ。
「お互いが残ったら…」
「お互いが最後の相手……か」
そう呟いて、二人は隣に居る双子に目を静かに映した。
「ふふっ。いい下克上の機会じゃん。いつまでも兄貴面出来ると思わないでよね…」
「ふざけるな。所詮弟は弟。実力の差を思い知らせてやる」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。お・に・い・さ・ま?」
「ふん、負け犬は良く咆えるというがな…」
「なんだとー!!?」
さっき以上に火花を散らせ、ブルーとルージュはお互いににらみ合い、今にもケンカを始めそうである。
「…………なんでこんなムキになれんだ?」
「さぁ。多分、ブルーはタダっていうのと、ルージュはティミラと旅行できるって考えてるんじゃないかな?」
「……………………なるほどね」
『よっし!! それじゃさっそく、第一回戦始めるぞー!!!』

――おおおぉぉぉおおっ!!!

アシュレイの言葉を聞き、一気に浜辺が盛り上がったのは言うまでもなかった。





「くっそー!! 相手があのブルーさんだからって、ひるむなよ!!」
「わかってるって!! 負けるもんかよ!!」
「甘いな。隙だらけだ…!」

――バシンッ!

日の光を反射する砂浜に、赤いビーチボールが打ちつけられた。
その瞬間、笛があたりに鳴り響く。

「セット終了!! 勝者、ブルー&娘チーム!!」

「やったぁ!! 2回戦突破だね!」
「余裕だ。問題無い」
ブルーの中でもかなり盛り上がってきているのであろう。
シランに抱きつかれても笑みを浮かべる余裕がある。
対する相手チームは、お互い肩を抱き合ってオイオイと泣いている。
「ちくしょー…せっかくの観光が……」
「しかたねぇよ…ブルーさんとルージュさん出てる時点で勝ち目無いって…」
「でも戦闘の実力とビーチバレーは違うだろ!?」
「それはそうかもしんねーけどよぉ……」
「だいだいそもそも、お前があのボール取ってないからこうなったんだ!!」
「なんだと!? それを言うならお前だって……!!!」
ミスの擦り付け合いを始めた敗者チームを横目に、ブルーとシランがコートを後にする。
「おめでとーございまーす。よくやるねぇ…さすがだよ」
1回戦、2回戦と連戦したブルー達は、休憩を取ろうと即席の待合室になった海の家に席を取った。
さすがの暑さに水を飲んでいると、ルージュが声をかけてきた。
「連戦じゃあツラいんじゃない? ま、2回戦の順番はクジ決まったから、しょーがないけど……」
「言ってろ。こんなの問題じゃない」
「へぇ…そう。そんな余裕かましていられるかな?」

――バチバチバチ……

またまた横で火花散らす二人をほったらかし、ティミラはシランの横に腰掛けた。
「よ。どうだ、2回やって」
「うん、だいぶ砂浜にも慣れてきたし……ボール拾うのが楽しいよ」
「そっか。攻撃はブルーか?」
「そうだね。あたしは力無いし……そっちは?」
「一応オレが前衛だよ。こういうの、故郷でやったことあるからさ」
「へぇ〜。なんかティミラのスパイク痛そう」
「おいおい、ビーチボールだぞ? そりゃ無いだろ?」
ジュースを飲みながら談笑する二人と、バックに稲妻を走らせる二人。
異様な雰囲気に、周りが少し離れているのは……まぁ仕方が無いかもしれない。
「じゃ、次僕等だから行くね。さ、ティミラ! がんばろうねぇ!!」
「わぁったからくっつくな!! じゃな、シラン」
「がんばってねー、ティミラ!」
「せいぜい健闘するんだな、阿呆弟」
踏ん反り返るブルーと、手を振るシランに見送られ、二人は一路コートに歩いていった。



「くらえ! 殺人アタックっ!!!」

――ドゴッ!!

名前が少々恐いが、ティミラが一発放ったスパイクは、モノの見事相手の顔面を直撃。
「だ……だいじょうぶかー!!?」
技名通り、一瞬で砂浜に沈んだ青年は、仲間の声で目を覚ました。
「く…くっそー……さすがティミラさんだ…強力だぜ……」
ゆっくりと、膝に手をかけつつ立ち上がる青年。
フラフラしたその姿は、はっきりいって大丈夫そうに見えない。
「おーい、だいじょぶかー?」
ネット越しにティミラに声をかけられ、青年は首を縦に振った。
「サーブ、ルージュの方だぞ」
アシュレイが投げたボールを受け取り、ルージュはコートの端でそれを構える。
「よし、いっくよー。よっと……」

――バシィッ!!

掛け声とは随分掛け離れたドライブサーブ。
それは勢いよく相手コートを捕えて――

――バカッ!!

まるで狙いを定めたかのように正確に、それはさっきとは別の青年の顔を直撃した。
ゆっくりと、ボールが落ちると共に青年も砂浜に落ちて行く。

のちに青年は、振るえつつ仲間に語ったと言う。


『あの瞬間……ルージュさんがすっげぇ笑顔してたんだ…オレは…オレは見たんだ……』
 
 
 
 
 
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