【 短編集 】
桜物語 【前編】
――季節は春
――暖かく、花が咲き乱れる
――そして春の代表的花といえば『桜』
――今年も外の公園などの枝に、綺麗な桃色の花が咲いている
「はずだったのに……」
私は目の前の光景に、思わず拳を握った。
「なんでもう葉桜になってんのさ……」
そう、いつも毎年恒例でお目にかかれるはずの桜の木の枝が、既に緑色になっているのだ。
「確かに、確かに……確かに今年は暖冬だったし、暖かかったから桜は早く咲くかも、とか思ったわさ……」
でも……
でもでも……
でもでもでも……
「だからって春休みに桃色の桜が無くて、どうすんだよーーーーー!!!!」
私は思わず窓から見える緑色の木に、大声でイチャもんを叫んだ。
「つかさ、やかましいわよ!!!」
――スカン!!!
「痛で!! あにすんの……って、お母……」
私の背後には、鍋のふた片手に目を吊り上げている、我が母。
母の後ろのキッチンからは、白くいい匂いがする湯気が出ている。
そういえば、さっきレタスなんか切ってたっけなぁ。
今日の朝食は何だろう……?
「な、なにも物を投げなくてもいいじゃん……」
私は頭をさすりながら足元を見やった。
側にお玉が落ちてる。
さっき投げたのって、これか。
包丁じゃあなくて良かった……
私はそれを拾って、母に渡した。
「なんか窓の外を見つめながらブツブツ言ってる危険な子供に、どんな声をかけろっていうのよ」
お玉を受け取りながら、母はジト目で私を見つつ言い放つ。
「ちょっと、私がイっちゃってるみたいな言い方、やめてくんない?」
「だって本当に恐かったんだもの。目は血走ってるし、あげくに急に叫びだすし……危険人物以外の何者でもないわ」
自分の娘をそこまでけなすか、あんたは。
「だって、見てよ!! 春休みに入ったってゆーのに、この葉桜よ!?」
「あら、本当だわ。いくらなんでも早すぎねぇ」
私の隣から窓の外を眺めつつ、母もちょっと残念そうに呟いた。
そうでしょう!
そうでしょう!!
そうでしょう!!!
私は首を縦に振りまくって、その考えを後押しした。
だが―――
「でも、別にわたし達はお花見するわけじゃあなかったし……季節感が湧かない程度よねぇ」
――っがーーーーーん!!
「ちょっとお母、何言ってるのさ!!!春の醍醐味と言ったら“花見”でしょうが!!!」
握りこぶしに力を入れて、私は母に抗議をする。
「美しい桃色、暖かい風……そして、夜になると闇夜に映える”夜桜”……すばらしいじゃ、あ〜りませんか!!!」
「……なるほど。毎年春休みになると、アンタがさつきちゃんたちと遊びに行くのは”花見”するためだったわけね……」
「ぎくっ………」
「ど〜〜〜〜〜せ、お酒も飲んでたんでしょ?」
「ぎくぎくっ………ふっ、何の事かしら? お母様……」
――スカン!!!
「高校生の分際で、酒なんて一万年早いわよ!!!」
「お、お母……私は17だから、あと3年でハタチ……」
――カコン!!!
「問答無用!! まったく……そんなことしてないで、ちゃんと真面目に生きてよね。これだから現代っ子は困るのよ」
そら無茶苦茶でっせ、お母……
再び飛んできたお玉と、新たに飛び道具にされた鍋のふたがヒットした頭をさすりながら、私はそう心に思った。
「あぁ〜〜〜……これじゃあ花見は無理だね、さつき」
「そうですねぇ、私も残念です……」
この春休み、割と暇人な私は友人のさつきを呼び出して、本来なら桜満開のはずの近場の公園を歩いていた。
このさつき。超有名な貿易会社の社長令嬢で、子供の頃からの付き合い。
ガキのころはそんなに大きな会社じゃなかったのに、IT革命などの波に乗って、今じゃ大企業の仲間入り。
まぁ、さつきのしゃべり方は元々こうなんだけどね。
「せっかく今年はアメリカで有名なお酒を買ってきてもらいましたのに……」
「マジ!? どんなのよ!?」
「えぇ、長期間熟成させた年代物の、とても美味しいワインでして。お父様もお母様も気に入ったもので……」
「へぇ〜、おじさんとおばさんも気に入ったんだ? じゃあきっと美味しかったろうにねぇ……」
「桜満開の中で飲んだら、もっと味わい深くなると思いました。残念です……」
――はぁ〜。
私らのため息が、公園の空気の中に消えていく。
あぁ、寂しいもんだね。
散っていく花すら見れないなんてさぁ…
――帰りたい……
「さつき、いくら葉桜だからってもう帰るの?」
「え? つかさちゃん、私何も言ってませんよ?」
「は? だって、帰りたいって……」
――帰りたいよ……
また聞こえた声。
だが目の前のさつきの口は動いていなかった…
「なんだ……?」
――ひっく、ひっく……帰りたいよ……
「まただ……」
「私にも聞こえました、つかさちゃん……」
「……帰りたいよ?」
さつきは黙ってうなずいた。
聞こえたのは子供っぽい声色。
だが近くに子供の姿なんかないし。
「……なんだよ、どうなってるんだ??」
今だに聞こえる姿無き声に、私は少しだけ警戒心を表す。
だがあたりを見回しても、やっぱり人はいない。
いや、いると言えばいるのだが距離がある。
こんな、呟くような声など聞こえない。
「……こうなったら、つかさちゃん。みどりちゃんに頼みましょう」
「みどりに?」
さつきの出した人名に、私は少し驚く。
みどりは、私とさつきに共通した友達だ。
ただちょっと趣味が変わっているので、私ら以外にあんまり友人はいないのだが……
「えぇ。みどりちゃんなら、きっと何か感じるはずですわ……」
「そりゃその可能性大だけどさぁ…あいつ、春先に動いてくれるかなぁ」
「その点は大丈夫です。私の所にとても美しい水晶が手に入りました! きっとみどりちゃんなら、気に入ってくれます!!」
「なるほど、餌にするってわけね」
「ひどいです、つかさちゃん……交渉、と言ってください」
そう言って「ふふふ」とさつきは笑った。
「よっし、じゃあみどりを呼びに行くか……」
「嫌……」
「みっどり〜、頼むよ〜……」
公園から約10分程度歩いたところに、みどり宅は存在する。
いま私らがいるのは、みどりの部屋。
まぁ…部屋とか言っても、なんかカーテンの変わりに暗幕引いていたり、中に住む人間がローブかぶってたりするんだけどね……
コイツ、なんだか「霊感」だとか「神通力」だとかが強いらしく、あげく占い好きでいるために、普段から他人との関わりを好んでいない。
ダークな雰囲気が好きらしく、普段の服装も黒が多い。
ので、必然的に周りが恐がってしまうのも無理ないかも…
まぁ、その趣味の占いが良く当たるもんだから、あながち辛気臭くないんだよね。
割と付き合うと楽しいし、頼りにもなる。
クールで冷静だしね。
「どうしてこんなにぽかぽか陽気に、わたくしが動かねばならぬのです?」
「あんたしか頼りがいないからだ!! 頼む、みどり〜〜!!!」
私は誠心誠意こめて頭を下げ、両手を合わせた。
それでもみどりは、プイっと横を向いただけ…
「みどりぃ〜……」
「冗談じゃありません。わたくし、こんな時に外に出たら融けちゃいますわ……」
――あんたは雪かよ……
ツッコミたくても、この場は我慢……
あの変な声のためだ……!!
……こうなったら。
「こうなったら最終兵器!!!」
私はがばっと身体を起こして、胸を張ってみどりと対峙する。
「最終兵器?? どんな呪法を使うおつもりで?」
「ふっ……みどり、あんたにそんなものが効かないのは百も千も万も承知!!」
私はバッと手を振りかざし、ポーズをとって叫んだ。
「見よ!! 最終兵器を!!!」
――バタン!!
私の声に合わせるように、部屋のドアが開けられる。
その向こうに立っているのはさつき。
手には先ほど言っていた、まじで綺麗な水晶を持っている。
だが、色は黒く妖しい光を放っているのだが。
「なッ……! そ、それは!!??」
その姿を見たみどりが驚きのあまり、イスを蹴り倒して立ち上がる。
「それは!! 原産国でも手に入りにくい“ブラックオニキス”の水晶玉!!! それを、どこで?」
「ふっ……私のお父様の知り合いから頂いたモノです……」
さつきの言葉に合わせるかのように、ブラックオニキスとやらの水晶は輝きを増す。
「そ……そ、それを……どうする気?」
「決まっているじゃない、みどりちゃん。あなたへのプレゼントです」
「ええぇぇぇぇぇぇ!!?? わ、わたくしにくれますの??」
「たぁぁだぁぁしぃぃ!! 条件があるんだよ……」
喜びのあまりか、震えているみどりの肩を抱き寄せて、私は続けた。
「わかってんだろ? 外に来てくれよ……」
「う……で、でもわたくし、外は……」
「み〜〜〜ど〜〜〜り〜〜〜ちゅわぁぁぁぁぁん???」
「うぅぅ〜〜〜………わ、わかりましたわ………行きましょう………」
ひざをがっくりを床につけて、みどりはうなだれた。
よっしゃっ!!! ノッてくれたか!!
「じゃあコレは、みどりちゃんのものです。お受け取りください……」
さつきはみどりに、黒光りする美しい水晶を手渡す。
「よし、じゃあさっさと行くぞ。あの公園に……!!」
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