【 短編集 】

桜物語 【後編】



「ここですの? 声が聞こえたという場所は……」
「あぁ。なんか“帰りたい”って聞こえてな?」
「はい。不思議な感じで……」
「そうですの。わかりましたわ」
さっき、私達が歩いていた公園の道。
私の説明を聞いたみどりは、さっそく貰った水晶を片手に乗せ、目を閉じて神経を集中させる。
しばらくそのままの状態が続いたが……


――帰りたいよ……


「聞こえた!! みどり……!!」
「わかっていますわ。ちょっと静かに待っていてくださいませ……」
みどりは額に汗を浮かばせながらも、必死に何かを念じているようだ。
「見えましたわ!!! こっちですわ!!」
みどりが叫んだと同時に、公園の桜並木の中に駆け込んでいく。
なんだか見えたとかなんとか言ってるけど……
みどりだから説得力ありすぎて恐い。
おばけだったらどうしよう……!!
ひぃぃ。私、おばけとかだめなんだよ〜〜!!!!
「あ!! つかさちゃん、あぶないです!!!」
「は!?」

――ゴチン!

「いってぇぇ!! あんだよ、一体……」
怒りに任せて怒鳴り、目の前を見やる。
……って、桜の木だし。
「なんでぇ。ぶつかったの……」
いたむ額と、ぶつかったであろう幹の部分を撫でながら、私はぼやいた。
「つかさ……だいじょうぶなのですか?」
「ん? あぁ、だいじょう……ぶふ!?」
みどりに声をかけられて、私はその方向を見たのだが、彼女の足元の存在に驚いた。
なんか透明な……
「こ、子ども?」
そう。
そこには小さな3.4歳くらいの女の子がちょこんと体育座りをしていた。
ただし、その身体は微妙に透けている。
「…………………………幽霊?」
「まぁ、つかさがそう思うのは仕方が無い事ですわね」
みどりは女の子に声を掛け、立たせた。
「この子、桜の木の子どもだそうですのよ」
「はぁ? なに、それ……」
「これから詳しく聞きますわ。さぁ、こっちへ来て下さいまし」
みどりに連れられて、女の子は私の側に歩いてくる。
うわぁぁぁあああ……足が透けてる〜〜!!!
「つかさちゃん、恐がってどうするの?」
「だだだ、だって……」
足が……
足が……!!
足がぁぁああ!!!
「まったく、ちょっとぐらいがまんしてください! さぁ、みどりちゃん……」
「わかりましたわ……」
そういって、みどりは女の子に話し掛け始めた。
「あなは、お名前は?」
「さくら……」
みどりの質問に、女の子――桜はおどおどと答える。
「そうですの。じゃあ桜ちゃん、どうしてこんな所に?」
「ママ、ママを探しにきたの……」
「ママ?」
ママって誰だ?
「あのね、ママはね、この町の何所かにいるの……」
「ちょい待ち、桜ちゃん」
私は桜の言葉をさえぎって質問した。
「何所かにいるって、あんたのママはどんな人なんだ?」
「……ママは桜。この町で大きな桜なの……」
「あのさぁ……桜ってのは、あんたの名前でしょうが」
「違うの!! さくらのママは桜なの!!! おっきな、綺麗な花を咲かせてるの!!」
私の言った事にムキになって言い返す桜。
待てよ、ママはさくら? ってことは……
「あんたのママって、桜の木か!?」
「だからわたくしがさっき言ったじゃありませんか」
みどりは呆れた、と言った感じでため息を吐いた。
そんなこと言われても信じろって方が無理だよ。
私、割と現実主義なんだからさぁ。
「おそらく、この子は親に当たる桜の木からはぐれてしまった桜の妖精といったところでしょうね」
「よ、妖精って……んなもんがこの世にいるのかよ」
…って、ここにいるんだよね。
私は思わず桜に目を向ける。
丁度私の方を見ていたのか、その子と目がかち合った。
よくよく見ると、ピンクの髪の毛に茶色の目。
……桜っぽくすぎて、なんだかなぁ。
ま、確かにこんな人間……もとい子供なんかいないわな。
本当に“妖精”なのかもね。
そこまで考えたとたんに、桜はみどりの足元に隠れてしまった。
「あら、どうしたの? 桜?」
げ……微妙に怯えた目ぇ、してるし。
「いやだわつかさ……いくら嘘くさいからって、子供を睨まなくても」
「あのなぁ!! いくら目つき悪いからって、そりゃないでしょうが!」
「ふ……ふえぇぇぇぇん!!!」
私の大声に驚いたのか、桜はついに泣き出した。
――ちょ、ちょっと待ってよぉ……
「桜ちゃん? 大丈夫ですよ。つかさちゃんは悪い人じゃありませんから」
おいこらさつき。
それはフォローになっていない気が……
「えぇぇぇん!!!」
だがやっぱり桜は泣き止まない。
あぁああ、もう!!
だから子供は苦手なんだよ!!
「桜、泣くな!!!!」
「ひっ、ふえぇ……」
「泣くな!! 泣くんじゃない!!!」
さっきの大声より大きく…というより、私は怒鳴った。
イライラしてきたのもあるけど、ちゃんとはっきりさせたいのもあった。
どこで、どうして、なにをしてこうなったのか。
桜の母にあたる木がどこにあるのか。
謎ばかりなのに、泣いてもらっていても困る。
……悪人と思うなかれ。手っ取り早く行きたいんです。
私は「コホン」と咳払いをして、目に涙を溜めている桜に合うように、しゃがみこんだ。
「いい? 桜。あんた、ママ探してんだろ?」
「………………」
しばらくうつむいていたが、桜は顔を上げてうなずいた。
「よし、じゃああんたはどうしてママとはぐれたんだ?」
「桜たちはね、春になると風さんにのって自分たちのママに会いに行くの。桜たちが会いに行くと、ママたちは凄い綺麗な花を咲かせて出迎えてくれるの」
なるほど、この子たちが桜を咲かす”力”ってわけか。
「で? どうして、桜のママがここにいないってわかるんだ?」
「あのね、ママたちは自分たちの子供が来ると桜を咲かせてくれるの……」
そういって桜はまたうつむいた。
「どこのママも、桜が行っても咲いてくれない……桜の本当のママは、ここにはいない……」

「ママの所に帰りたいよぉ……」

そして桜はまた、すこしだけグズってしまった。
「……つまり、まだ咲いていない桜の木を探せば良いのですね」
「なんでだよ?」
側にあった桜の幹に手を当てながら、みどりは続けた。
「この子がココにいる、ということは今だ咲いていない桜があるということですのよ」
まだ子供を迎えていない桜のママが、ね。
みどりはそう締めくくった。
「あ〜、つまり……」
私は足元でグズっている桜を見て、
「こいつのママを探さなきゃ、話が終らないってことか?」
さつきとみどりが静かにうなずいた。





「さつき、あった!?」
「ないです……はぁ、全部葉桜になっちゃってます……」
私とさつきは、公園内の全ての桜の木を見て回ったがどれも葉桜、つまり咲き終わったものばかりだった。
走り回ってみてきたから、けっこうキツイ。
「くっそぉ……まだ咲いてない桜なんてあるのかよ…」
「あ、みどりちゃん!!」
さつきの方を振り向くと、桜を連れて歩いてくるみどりの姿。
「どうだった!? 咲いてないの、あった?」
私の言葉に、だがみどりは首を横に振った。
「はぁ〜……無いのか……」
まいったなぁ。
私は近くにあったベンチに腰をおろし、みどりのそばにいた桜を呼び寄せた。
「おい桜。本当にこの辺にママがいるのか?」
「うん、いるよ。風さんたちがママの側まで運んでくれるの」
「じゃあ風の手違いじゃないのか?」
「そんなことない!!!」
桜は叫んで、首をブンブン横に振る。
「風さんはいつもちゃんと運んでくれるの!! 間違いなんてないもん……」
語尾の方は、少しだけ泣き声だった。
「あ〜あ〜、悪かった……だから泣くなって」
そう言われて、桜はちいさくうなずいた。
「しかしこの公園には葉桜、咲いた後の桜ばかりですわよ。咲いてない桜なんてあるのかしら?」
「さぁね。みどり、あんたの霊視とかで見れないの?」
「おあいにくですけれども、そこまで便利ではないですわ……」

『はぁ〜〜〜〜……』

3人のため息がそろって吐き出される。
どうしたもんかね?
「あら? つかささんたちじゃない?」
「あ?」
名前を呼ばれた私は、その声の方に顔をあげる。
「……いのりじゃん」
そこには、巫女さん姿のいのり。
いのりはこの近所にある泉美神社の娘だ。
そして、私ら3人とよくつるむ友達でもある。
だから普段、巫女さんの服装――袴でいても当然なのだが。
「どうしたの? こんな公園に……」
「えぇ、ちょっと買出しなんですけどね。3人こそどうして?」
『い、いやぁ……ちょっとねぇ……』
思わず声をハモらせて、私達はあらぬ方向に目線を飛ばす。
「……そう。それにしてもここはもう葉桜なのね」
「ン? あぁ、そうなんだよ。花見する暇さえくれなかった……」
「あら。じゃあ私の神社の裏にある桜の木で、お花見すれば?」
「え? あの木、まだ咲いてるの?」
「いえ……その、まだ咲いてないのよ」

――咲いてない!?

「咲いてないって、まだ開花してないのか!?」
「うん。なんか周りの木は咲いてたんだけど、一番大きな桜の木が咲いてないのよ」


『それだ!!!!』


「え、な……何が!?」
またもやハモった3人の声に、いのりはちょっとばかりビビったようだった…
「あ、うん。まぁこっちの話!」
「いのりちゃん、咲いてないのは裏にある大きな桜の木なんですよね!?」
「う、うん。そうだけど……」
「それですわね、間違いないですわね……」
「そうだな……桜、ちょっと走るが、構わないな!?」
足元にいた桜は、私を見上げてうなずいた。
「うっし、行くぞ!! いのり、サンキュな!!」
「え? えぇ、どういたしまして……」
いのりは訳がわからないと言った感じだが、のちのち話せばいい。
「じゃあな!! みどり、ついて来いよ!」
「平気ですわ……」
私達は一路、泉美神社に向かって走り出した。





「はぁ、はぁ……つ、着いた……」
息をめちゃくちゃに切らせながら、私達は神社の目の前にいた。
公園からの距離は、歩いて10分くらい。
走ればそんなに時間はかからないが、距離はある。
あぁ…普段からちょっとは運動しとけばよかった……
私は汗を袖で拭きながら、神社の後ろに目をやった。
そこには、たしかに葉桜になっていない大きな桜の木があった。
――桜の言った通り、この神社の木は町でもけっこうな大きさだ。
「さぁつかさ。行きましょう……」
み、みどりのやつ…ローブ着てるくせに、全然平気そうでやんの…
「あぁ……よし、桜。行くぞ?」
私の言葉にうなずいた桜の手を握って、私達は神社の裏に歩いていった。
寺の横を通り過ぎ、裏手に回って奥の道を歩く。
そこには少し開けた場所があり、周りに桜の木が立ち並んでいた。
全ての木が葉桜になっていたが、その中でもひときは大きい木が、いまだ小さなつぼみをつけていた。
「こいつだ……」
私は握っていた桜の手を離し、しゃがみこんで顔をのぞきこんだ。
「おい。ママ……で合ってるか?」
桜はしばらく私の顔を見つめていたが、やがてにっこりと笑って
「うん、ママ……桜のママだよ!!」
そういって、思いっきり笑った。
「当たり…ですね?」
さつきの言葉に私はうなずいて、桜の背中を押した。
「ほら、ママが待ってんぞ。行って来い」
「うん……」
桜は意を決したように歩き出した。
私達はその様子をずっと見ていたが、桜が近づくにつれて木から淡い光が溢れてきてるのに気がついた。
「なにかしら、あの光は……」
「さぁあ、なんだろうな。みどり?」
「わたくしにもわかりません……」
だが、桜が近づくと確実に光は大きくなっていった。
そしてついに木の目の前に桜が立つと、その輝きは一層増して、ついに私達は目を開けてられなくなった。
「あっ!! まぶっしぃ……」
「こ、こんな光に当たるなんて……」
「ちょっとみどりちゃん!! だいじょうぶですか!?」
「わ、わたくし……耐えれませんわ……」
「わぁ、みどり!! しっかりしろよ!!!」
などと押し問答しているうちに、光は消えていた。
「よ、よかったな、みどり……って?」
私は目の前の光景に驚いた。
木の目の前に立つ桜、その木の前には桜とおなじピンクの髪をした女性が立っていた。
その女性はこちらに気がつくと、桜の肩を持ってこちらに振り向かせ、優しそうな微笑を浮かべた。
「もしかして、桜のママ……?」
おもわず呟いたその言葉が聞こえたかのように、彼女はこちらに頭を下げた。
女性と一緒に桜もちっちゃくお辞儀をしてきた。
「……桜ぁ、よかったなぁ!!」
私は大声でそう声をかけた。
桜は顔を上げて、満面の笑みでうなずいた。
そして、母親にうながされるように桜の木に振り返ると、まるで霧のようにスゥっと来えていった……



**2日後**


――ピンポンピンポンピンポンピンポー―ン!!!

「だぁあ!! やかましい!! 誰、どなた!?」
あまりにしつこいチャイムに苛立ちながら、私はドアを開けた。
そこには、バスケットを持ったさつきと、相変わらずローブのみどり。
そして袴姿のいのりがいた。
「……なに、どしたん?」
「つかさちゃん!! お花見しましょ!!」
「おぉ!? もしかして、ついに桜が咲いた?」
私の言葉に、3人は満面の笑みで(といってもみどりはそうでもないけど)うなずいた。
「ぃよっしゃぁ〜!!! じゃあ、さっそく行きましょうか、神社に!!!」







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