『 WILLFUL 〜異大陸ミッドガルド ≪Past of Black Blood≫〜 』
WILLFUL 10−8
「見難いなぁ……」
傍で階段を照らすライティングだけを頼りに、ルージュはゆっくりと地下の部屋へと足を踏み入れた。
階段は緩く螺旋状になっていて、その距離は思っていたよりも深かった。
地下への道だというのに明りがつけられるような機械は見当たらず、それは室内も同じだったようで。
「……何があるんだろう」
この部屋の壁にも明りのスイッチが見つからず、ルージュは魔力の光を頭上より少し高く上げてその場を見渡したが、中にあったのは何の変哲もない本棚ばかりだった。
妙な実験場というわけでもなく、何か大事な物がしまってあるというわけでもないようだ。
足音だけが響く室内をゆっくりと歩き、一つの本棚を見上げてみる。
中に収められていたのは本というより何かをまとめたファイルばかりで、相当の間放置されていたのだろう、埃は棚につもるだけつもり、挙句ファイルの表面さえも覆ってしまっている。
明りを傍に寄せ、埃を指で払い落としタイトルを確認してみる。
「……じ、人体での……さいぼ…」
色あせと文化の差での文字の違いに戸惑いはしたが、そこには先ほど上で見たのと同じ単語が見受けられた。
「人体での細胞……実験……」
自分で読み上げたファイル名の言葉があまり理解できず、ルージュはそれを引っ張りだして読み上げてみる。
中に書かれていたのは、ここの家主――キリュウが研究していたという細胞の成長、老化についての実験内容だった。
それは実験初期のものだったのだろうか、実験の概要と結果の憶測などが多く書かれていたが――
「……これって」
ルージュの目に止まったのは、内容や結果への推測などではなく。
その実験の被験者名。
「……キリュウ=ナツイ?」
氏は知らないが、その名の部分は確かに覚えのあるもので――
「どうしてアイツの名前が…」
その瞬間だった。
上から何か大きなものが落ちるような、鈍い音が響いてきたのは。
「何だろう」
地上での足音がここまで響くとは考え難い。
家主が帰ってきたのとは違うだろうと思い、ルージュは足早にその部屋を後にして階段を駆け上がっていく。
「ティミラ、暴れてもアイツが早く帰って来るわけじゃないよー?」
音の一番の原因を勝手に想像し、冗談めかしてそんな風に呼びかけたのだが。
「……まさか本当に暴れたとか?」
鍵が閉まっていたはずの奥の研究室へのドアが壊されているのを目の当たりに、ルージュはやれやれとため息を吐いて、ふと気がついた。
ドアはこちらの部屋へ吹き飛ぶように壊されている。
つまり、奥の部屋から力を与えられたということ。
眉をしかめたルージュが次に聞いたのは、大きな音を立てて走り出すバイクのエンジン音だった。
今、この場でバイクをいじっている人物は一人だけ。
「ティミラ!?」
急ぎ家を飛び出し、バイクの置いてあった場所に向かったがすでにその姿は瓦礫の隙間を走り抜け、遠くに行ってしまっていた。
一体何があったのか訳も分からず、ルージュは首をかしげてその場を見渡す。
あたりには、まさにバイクを磨いていた最中ですと言わんばかりに物が散乱したのだが。
それはティミラが何かをする時にはいつものこととなるのだが、その風景の一角に異常さがあった。
ある部屋への窓が壊されていたのだ。
位置からして、奥にあるキリュウの研究室なのはすぐに分かった。
室内から壊されたドアを抜け、その中を見てルージュは酷く驚いた。
何かの溶液が溜められている中に奇妙な物が浮かんでいるカプセルが目に入ったが、それだけなら家主を考えれば別段にありえない話ではなかった。
問題は、壊されたキーパネルとその上に設置されていたモニターの映像。
そこには覚えのある、けれど出来れば二度と見たくなかった場所が映っていた。
「これは……あの女の、研究所?」
動揺する自分を自覚しながらもそれを抑えきれず、次に流れてきた映像にルージュは思考が止まるのを感じた。
いくつものガラスケースに浮かぶ少女達。
その子達は一様に黒い髪をし、そして片腕に黒い痣が刻まれていて。
「どうして……まさか……」
事実を認識した瞬間、ルージュはなぜティミラがこの場から走り去ったのか理解してしまった。
「……ミラ……ティミラッ!!」
すぐに踵を返し、ルージュは家を飛び出してティミラが消え去ったのと同じ方向に向かい走り出す。
「ツヴァイはこのことを知らないのか……キリュウは何も伝えてないのか?」
憎々しげにそう吐き出し、魔力を具現化させた使い魔の白い鳥を空へと解き放つ。
「なんで、なんでこんなことが起こってるんだッ!!」
叫び声に呼応するかのように一鳴きし、力強く空を駆ける使い魔。
――ティミラ、キミはまた一人であそこに行こうと言うのか!?
その羽がゆったりと舞う中、ルージュもまた術を使い地を蹴って空に駆け上がった。
ティミラが向かったであろう、あの場所へ向かって。
「人間を、素体に……だと?」
聞いたことの無い言葉だった。
「生体兵器……?」
信じられない現実だった。
「それがティミラなんですか?」
シランの問いに、ツヴァイは視線を俯かせたまま静かに目を閉じる。
それを言葉の無い肯定と理解し、シランとブルーは思わず顔を見合わせた。
「でも、どうしてそんな実験を……」
大地が枯れている場所はあれども、彼女の幼少時代にそのような事があった痕跡はこの大陸から感じられないし、ティミラからもそんな話を聞いたことは無かった。
何の意図を持ってそんな事が行われ、彼女があのようにならなければいけなかったのか。
「今から三十年ほど前、社(カンパニー)という小さな組織が強大なエネルギーを秘めた鉱石を発見した」
言葉の続きを言えなくなったツヴァイに代わり口を開いたのは、モノクルをはめた白衣の男――キリュウだった。
「そのエネルギーを秘めた鉱石とは、この大陸の言わば核。地中深くに眠っていた、自然達の命の源で…」
「ちょっと待て」
淡々と吐かれていく言葉を遮り、ブルーは眉を潜めて言った。
「なんでそれとティミラが関係あるんだ?」
「最後まで聞け」
質問には答えずそうとだけ言い返し、キリュウはモノクルの縁を指先で撫でながら続ける。
「社はその核を利用する技術を開発した。摘出出来るエネルギーを凝縮させ、小さな欠片を作り、その力を引き出すことに成功した」
膨大なエネルギー資源を力に、社は大陸の治安を抑えるまでに成長した。
だが、そんな安定かと思われた生活も数年ののちにあっさりと終わりを告げられることになる。
理由は鉱石から発せられるエネルギーが、このままのペースだとあと数十年後には失われるという事実が判明したためだ。
「それでも人間達はこの鉱石を使用し続けた……今から見れば非常に愚かな行動だったな」
いつかなくなるものなら、今のうちに手に入れておかねば。
そんな心理が働いたのか、次第に人々によるエネルギーの奪い合いが始まった。
「先にも言った通り、エネルギー抽出源はこの大陸の核だ。当時の人々はそんなことは露も知らず、ひたすら資源にすがりつき、それをむさぼり続け…」
結果、大地は酷く荒れた。
「大陸は、核が発見された森から一番遠いこの首都から衰退していった。富やら金を手にした人間達は社の作り上げた上層階に移り住み、そうでないものはそのまま赤茶けた大地に取り残された」
「…………おい」
「これを前提としての本題だ」
遠まわしのような話に再び声をかけようとしたブルーは、そのセリフにまた押し黙る。
「貧富の差が構成されてからの十数年、金のある者達はこぞって新しいエネルギー発見や自己欲求を満たすための実験や開発などにその金のつぎ込むようになっていた。エネルギー発見はまぁいいとしよう、自分本位とはいえ大陸のためにはなる」
問題はもう一方に、自らの欲に金をかける者達だった。
「奴らはそれこそ何にでも金をつぎ込んだ。合法非合法問わず、摂理や倫理なども無視してありとあらゆる事に手を出し始めた。身体を美しく保つ方法、老化を止める方法……」
ふと一呼吸置き、一瞬の一瞥をどこかに向けて、
「ふむ、他に感情ある機械仕掛けの人形作成を依頼する者もいたか。あれもなかなかの研究内容だったな」
キリュウの薄ら笑いを貼り付けた口元から漏れた小さなつぶやきに、つぃとツヴァイの眉が僅かに潜められる。
だが、キリュウから一番遠い彼の表情は他の三人の視界には入っていなかったため、誰もがそれに気付くことは無かった。
そんなことはいいか、とそれ以上は語らず、キリュウは笑みを消して次の話題に進めていく。
「大体の研究は成金達の我侭から始まったものが多数だったが、中にはそれを利用する研究者がいた」
「利用?」
「『珍しいものになら金を出す』という成金達の心理をだ」
「……どこにでもいるんだね、そういう人って」
「人間などそんなものだ」
呆れ半分に言ったシランに、キリュウはさも当たり前だろうと短く言った。
「で、その珍しいものというのがティミラと関係あると?」
ブルーの問いに一瞥だけをくれ、キリュウは背後に積み重なっている瓦礫の山を見上げながら答えた。
「大陸の核が掘り起こされ、大地と共に人々の生活が腐り始めてから十数年。とある女の研究者が社を訪れた」
「……スカーレット」
ふと今まで黙り込んで話を聞いていたツヴァイが口を開いた。
憎しみや悲しみや後悔、様々な重々しい感情が入り混じった低い声だった。
「奴は元々社でエネルギー開発に関わっていたんだ。そこで何やら厄介なことを発見したらしくてな……それを研究するための援助を求めようと社にこう言い放ったんだ」
『ミッドガルドを囲む境界の外に、こことは違う文化を形成している大陸を発見しました。そこには広大な土地が広がっております。エネルギーも豊富でしょう。そこを攻め落としてみるというのはいかがかと』
「攻め落とすって……それってあたし達の大陸を?」
「そうだ」
あっさりと頷いたツヴァイに、シランはブルーと顔を見合わせ信じられないと頭を振った。
「そんな、一体どうやって?」
「言葉のままだ。このミッドガルドの周りを走る『境界』のことはティミラから聞いたか?」
「うん、機械がだめになって越えられないって」
「そう、だから最初は社も乗り気ではなかった。境界を越えることが出来るのか、ましてや境界の外に本当に大陸があるのかと」
だが、女は全ての疑問に答える証拠をそろえていた。
ある実験を施した鳥を放ち、境界を越えさせ、そしてその大陸の映像とそれが実在するという現物を持ち帰らせていたのだ。
『外の大陸は我らの大陸より文化が低い。私の研究が完成すれば、容易に落とすことが可能です』
様々な可能性を見せられた社は態度を一気に変え、彼女に最高の権限を与えた。
研究において不自由することないよう、結果を出すことが出来るように。
――それが、彼女の策略であったとも知らずに。
「策略?」
「奴にとって、大陸を攻めるということはさしたる目的ではなかったんだ」
「目的じゃなかったって……じゃあ何が目当てでそんな…」
「察しが悪い」
疑問だらけになっていくシランとブルーの言葉を、キリュウはそうきっぱりと言い切って止めた。
「察しが悪いって……」
挑発するつもりは無いのだろうが、どうにも神経に障る言い方にブルーは痺れを切らし、声を荒げる。
「分かるわけないだろう! 俺たちはこの大陸の人間じゃないし、それにアイツのことも何も…!」
「ブルー」
シランに遮られ、ブルーは言葉を飲み込んだ。
――何も、知らない。
彼女の名はティミラで。
彼女はこの大陸の出身者で。
彼女の母はすでに亡くなっていて。
彼女の身体は、何かの実験のせいで異質へと変化していて。
知っているのはそれだけだ。
ただの断片でしかない。
彼女の故郷が潰れされていたということも、知らなかった。
ルージュとの旅の出来事も、当り障りの無い事しか知らない。
どういう思いを抱えているのかさえ、知る由もないのだ。
「……俺は二人にはあの子を知って欲しい。だからここ(瓦礫の街)へ連れてきた」
押し黙ってしまったシランとブルーの肩に触れながら、ツヴァイは続ける。
「確かに二人は何も知らない。けれど、それでもティミラはこの大陸に二人を連れて来た。この意味は大きい」
知られたくないのなら向こうで待たせれば良かったのだ。
本心からそれを望むなら、ティミラは絶対に二人をここに連れてはこないはずだ。
わざわざ知らせたいと思っているわけではないのだろう。
少なくとも、聞いて気持ちのよい話ではないのだ。
けれど、もし知るような事態になったとしても――
「何があったとしても君達なら大丈夫だと……そう信じているんだ、あの子は」
目の前の二人に長い、長い沈黙が落ちる。
こんな言葉は無責任にも近い気がしてくる。
何も知らせずに約束をさせるような、卑怯な手段にさえ思えてくる。
それでもきっと、あの子の黒い血を知っていて尚傍にいてくれているのなら。
「……教えてください、ティミラのこと」
囁かれた声にツヴァイはゆっくりと顔を上げる。
「生体兵器がどうとかはよくわらないけど……あたし達が知っていいのなら、知りたい」
「そうだな。俺達は察しが悪いらしいから、出来れば分かりやすく」
続けて言うブルーの表情からは先ほどの苛立ちも消えていた。
「二人とも……」
「過去がどうであれ、ティミラがティミラであることに変わりはありませんし」
笑顔で言うシランと、それに静かに頷くブルー。
ツヴァイは心の底から、この子達が友達でよかったと、そう感じた。
「……聖魔王レヴィトという存在を知っているか?」
唐突に投げかけられたキリュウからの問いに、シランとブルーは顔を見合わせて、次に首を振る。
「奴から聞いたことも?」
「……それはルージュのことか?」
「そんな名だったか。で、どうなんだ?」
「聞いたことありません。レヴィトという名前自体も」
先を促すように言い切るシランを見つめキリュウは続ける。
「レヴィトとは、この鉄に囲まれた大陸で珍しく、唯一の信憑性を持つ神の名だ」
「神? 魔王という名前を持っているのに?」
「魔王と悪が同意語だと、一体誰が決めたのだ?」
返された思わぬ問いに、ブルーは言葉を詰まらせた。
「何かこの大陸で悪さをしたとか、そういうことじゃないのか?」
「違う。正確なことを言うと、レヴィトに関しての史実などは何一つも見つかっていなかった。伝説の一つでさえもだ。ただ、以前にこの大陸は今のような姿とはまったく違う世界を有していて、レヴィトはそこを統治していたのではないか、ということは信じられている」
「……史実が無かったというのに一体なぜ?」
「さぁ。まるで細胞に組み込まれているかのように、それだけは誰もが感じ、信じているのだ」
「あんたもか?」
「興味は無いがな」
しれっと言ってのける姿には、本当にどうでもいいという雰囲気がにじみ出ている。
「……では史実が見つかって“なかった”というのは?」
「スカーレットが発見したのだ。大地の核に微量ながら異質な遺伝子配列が付着しているのを」
「遺伝子、はい、れつ?」
「遺伝子という単語ぐらいはそっちの大陸にもあるのだろう?」
「えぇ、まぁ」
「単純に言えば遺伝子の並び方だ。通常ではありえない、この大陸にいるどの生物とも一致しない並びと種類が見つかった。元々研究魔と称されていたスカーレットは、それに酷く魅了されたんだろう」
いつ、どこで、どれだけの研究し、何を解明したのか。
それは彼女自身にしかわからない。
しかし、彼女は確実に研究に取り付かれ、徐々に限度を超えたものを求め始めた。
この細胞はこの大陸の何者とも一致せず、何よりも強く、そして何者をも乗っ取る異常さを持っていた。
――この遺伝子の持ち主は、人間を超越した何かなのかもしれない。
「鳥に施した実験とは、その異質な遺伝子配列を細胞に組み込ませるというものだった。生き物でそんな事が出来た事に高揚したのだろうな。『人間』に同じ事をしたら一体どうなるだろうかと、彼女の思考は流れていった」
――もしかしたら、人間を超えた者を自らの手で生み出せるかもしれない。
「『プロジェクト・レヴィアンテ』。古の異質なる者、レヴィトにあやかってスカーレットが考えた生体兵器開発計画の名だ」
幸いと言うべきか、当時の大陸は激しい貧富の差によって行き倒れる者や売られる者が多かった。
人間の実験体など、欲しいと思えばいくらでも用意が出来た。
だがそれには大きな資金もいるし、何よりいくら治安が悪くなろうとも人間を実験体にしていたなどと知れれば処分は免れないだろう。
だから女はあえて研究を見せることにより、社そのものからの支援を手に入れようとしたのだ。
とってつけたように、この大陸が必要としているエネルギーのためなどと偽って。
「所詮、社もスカーレットの研究の支援をさせられていただけなのだ。あの女自身に大陸を救うだとか、お前たちの大陸を攻めるとか、そんなことは関係なかった」
ただ、自らの手で最高の者を生み出したい。
「異常な信念を持って、女は十数年にわたって実験を繰り返した。多くの人間を材料にして。そして幾重もの亡骸を積み重ね、ある日ついに成功例を誕生させた」
――これが研究の成果。私が作り上げた最高傑作……
「異質な遺伝子配列の侵蝕に耐え、それを飲み込み己が身体の一部と成して変異した生き物」
――……あぁ、レヴィアンテ……
「被験体ナンバー0999、サクセスナンバー00、プロトタイプ・レヴィアンテ……様々な計画名や番号で呼ばれた実験体はそうして生まれ、最後に名を与えられて今を生きている」
「それが、ティミラ……」
「そうだ」
「……ところでお前は何者なんだ? 俺の弟の事も知っているようだが……」
あらかた話にまとまりがついたと判断したブルーは、ふいに気になっていたことを聞いた。
それにアユハは手を合わせながら「あぁ」と声を漏らして、
「そういやこっちのこと全然話してなかったさね」
笑みを見せ、少し崩れたスーツを直しながら続ける。
「ウチの名前はアユハ、アユハ=トーサ。こっちの無愛想な男はキリュウ=ナツイ。三年前、ティミラと一緒にウロウロした仲間……とは言っても、こいつを仲間と呼べるか微妙だけどさ」
苦笑するアユハに、相変わらず表情を変えないキリュウはどう言われても良いとばかりだ。
「三年前……ラズィ・ヤーナにいたカーリェも一緒だったって聞いたけど?」
シランが出した名前に懐かしそうな笑顔を浮かべ、アユハは一人頷いて答える。
「あぁ、会ってきたんだね。そう、彼女も仲間だったのさ。ティミラとルージュ、ウチ、カーリェとシュヌ、ツヴァイとキリュウ……色々あったけど、このメンツで三年前のあらかたのことを片付けたのさ」
ふと陰りを見せるアユハに、シランは自分の知らぬ『三年前』に少し複雑な思いを抱き始めた。
人には誰しも、介入できる部分とそうでない部分がある。
どんな人生を歩んでいようと、ティミラがティミラであるのには変わりない。
ただ、知らぬが故に彼女を傷つけていたりはしないだろうか。
ふとシランの心にそんな思いが浮かぶ。
と、空から降った一つの羽がゆっくりと視線を裂いた。。
なんだろうと顔を上げると、一羽の白い鳥が小さな羽音をさせて舞い降りてくる。
「ルージュか」
魔力で構成された鳥の力の主を感じ取り、ブルーはつと指を差し出した。
「なぁにさ、それ?」
「俺の弟の使い魔だ」
指先に止まった鳥はブルーの言葉と同時に霧のように姿を霞ませ、折りたたまれた手紙へと形を変える。
「わお、すごい」
感動するアユハを横目に、ブルーはその手紙を読み、少し目を細めた。
「ツヴァイ、ルージュからだ」
「ん、何かあったのか?」
「俺には良く分からないが。なにやら『研究所に向かった』とかなんとか……」
「研究所、だと……?」
告げられた言葉に信じられないと声を漏らし、差し出された手紙を受け取り目を通す。
「ティミラが研究所に……? バカな、一体何が……」
「なぁに、どしたのよ?」
「アユハ……あの研究所は、スカーレットの研究所は死んだハズだ。そうだろう!?」
そんなツヴァイの言葉に、アユハは一瞬で顔を曇らせる。
「そうだったんだけど、最近になって妙な動きがあってさ。息を吹き返してる」
「なんだと……!!」
「ねぇ、一体どうしたのさ?」
肩をつかまれ、ツヴァイはハッと混乱しかけた意識をはっきりとさせる。
深呼吸し、手紙を握り締めてツヴァイはその内容を告げた。
「ティミラがスカーレットの……生体兵器開発施設に向かったと、ルージュからだ」
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