『 WILLFUL 〜異大陸ミッドガルド ≪Past of Black Blood≫〜

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  WILLFUL 10−7  


がたがたと音を立てて石を巻き上げ、車体を揺らしながらひた走る一台のジープ。
「あーケツ痛ぇ」
補整されていない砂利の道を走り始めて数刻、ティミラはあまりクッションが効いていない座席に少しだけ愚痴をこぼして舌打ちをした。
商業区を出発した二人は、ティミラの本来の目的地のとある家を目指して車を走らせていたのだが。
「アイツ、もっと近い場所で生活してりゃいいのに」
別に話し掛けるというつもりでもないが、独り言というほどの小さな声でもない――
「………………」
のだが、先ほどから何を言っても連れが一言も発しない。
いや、先ほどではなく“商業区を出発してから”、という方が正しいだろうか。
ついでに言えば視線も感じていない、ただの一度も。
横目でその表情を確認しようにも、始終そっぽを向かれていてそれも出来ずにいる。

――ま、どーせ眉間に皺でも作ってんだろうけどよ。

分かりやすくため息をついて見せても首が動くことは無く、銀色の髪の毛だけが風に流され煌くのみだ。
「おい、イラついてんのぐらい分かってんだからいちいち黙り込むな」
「……別にイラついてなんか」
「ウソつけ。どうせキリュウだろうが」
「……っ……」
さえぎられた言葉に違うと言いかけたが、声が上手く出せなかったようで。
彼は観念したようにため息を吐き出し、ようやくこちらを向いた。
案の定、眉間に皺を寄せた不機嫌な表情をさせて。
なかなか見れない顔つきだ、などとのん気な事を考えつつもティミラは言葉を続ける。
「オレをまともに診れる人間がアイツしかいねぇってのは分かってるよな?」
少しの間を空けた後、ルージュは顔を正面に向けて頷き、
「分かってるよ……」
独り言のように小さくそう呟いた。
そう、分かっている。
彼女の身体は稀少、珍しいという言葉を通り越して特異で唯一無二だ。
「アイツ以外にはキミの身体は診れないからね。それは理解してる」
けれども、彼は決して「医者」というような立場で彼女を診てるわけではない。
ルージュにとってはそれがとても不満でならなかった。
彼は「純粋な興味」のみを持って彼女の身体を診ているのだ。
それは「観察」というものが含まれているのは明白だろう。
彼女の身体を使って実験をしているとか、そういう非道な事を行ってるという事実はない。
だからこそ、彼女がそういうこと全てを割り切った上で彼を頼っているのも知っている。
彼女の身体は、彼女自身でさえ把握しきれないものであるのだから。
観察という題目があるにしろ、自身の身体を診れる唯一の人間であることに代わりは無い。
でも脳がそれを理解しても、感情ではなかなか納得できるものであるわけがなく。
「あー、こんなんだからアイツにガキなんだとか言われちゃうのかなぁ」
嫌味と自己嫌悪をたっぷり含めたため息を吐くと同時にそう呟くと、横でティミラが噴出すのが聞こえた。
何か変なことでも言ったかと彼女の横顔を見つめると、視線だけがこちらを向いた。
「いいじゃねぇか、ガキで。アイツが歳食いすぎなだけなんだし」
「そりゃ向こうが年上なのはそうだけどさ。でも」
「いーんだっつーの」
言葉は遮られ、翡翠の瞳も逸らされたけれど。
「オレはそのままのお前がいい」
確かに聞こえた言葉と少しだけ微笑んで見える横顔に、ルージュは抱えていた胸のもやが晴れたような気がした。
しばらくの間、どちらが話し掛けるわけでもなく、二人は穏やかな沈黙を保ったまま目的まで到着した。
車を降り、以前は人が住んでいたのであろう廃屋と化したビルや建物の並ぶじゃり道を歩いていく。
人気の無い道を進み、壊れかけたビルの中を抜けた先に、その場所はあった。
「あっれ……なんか……」
目の前に広がった光景に、ルージュは驚いたように呟いた。
つい数歩前までは荒れた街並みだったというのに、ビルを挟んだこちら側には緑の風景が散らばっていたからだ。
足元を覆う萌葱の草と花、奥にちらほらと小枝を揺らしている苗木。
ここに住んでいる人間と似合うかといわれればどうにも頷けないけれど、この大陸には少ない自然の姿がそこにはあったのだ。
「アイツ、実は自然大好きとか、そんなオチ無いよねぇ」
「ないから安心しろ。半分がアイツの実験で育った植物だ」
「……肉食とか?」
「食わないから安心しろって」
コイツの中のキリュウとはどんなイメージなのだろうかと、呆れ半分面白半分に笑いながらティミラは自然の中にぽつりと佇む一軒家に向かった。
「おーい、来たぞー!」
こんな静かな場所に似つかわしくない大きな声を張り上げ、戸を乱暴気味に叩くティミラに思わず眉を潜めながら、
「声大きくない?」
「キリュウもお前と同じで、集中すると飯抜き当たり前になるからな。うるさいって怒鳴られるぐらい騒がないと気付かねーの」
ひたすらティミラに叩かれているドアを見ながら壊れてしまわないかなど場違いな心配をしつつ、ルージュは初めて訪れたこの家の周りを眺めた。
ふと視界の端に入り込んだ何やら大きな黒いものが気になり、ティミラをその場に残してそれに触れてみる。
カバーが掛けられていて中が確認出来ずに眺めていると、
「それ、バイクだよ」
ドアを叩くのを止めたのか、傍に駆け寄ってきたティミラがそう言いながらカバーを外していく。
彼女の言う通り、中からお目見えしたのは黒光りする大型の二輪車だった。
何度かティミラの大陸に来ているルージュには見慣れたその姿だが、二つの車輪を前後に置いた乗り物など自分達の故郷には無い。
シラン達が見たら驚くだろうなと思いつつ、なぜこれがここにあるのかとも疑問を感じた。
「アイツ、バイク乗ったりするの?」
「キリュウが? 違うよ、オレの」
「……なんでここに?」
不満を顔に出してしまったのだろう。
苦笑するティミラに小突かれ、「あんまり使わないタイプだからここを置き場にしてる」と簡素な事実を教えられた。
「そんなしかめっ面ばっかすんなよ」
「だって……」
「はいはい。それよりさ、なんか鍵かかってないっぽいから入っちまおうぜ」
「えぇ!?」
「行くと連絡はしてあるし返答も貰ってるから平気だろ」
あっさりと言い切られて驚くルージュを横目に、さも普段通りという態度でティミラはドアを開けて中に入っていく。
おずおずと後に続いてドアをくぐった先は、酷く殺風景で無駄な物に興味も示さないキリュウらしさが前面に出ている室内だった。
「これまたえらいシンプルな……」
思わず呟いたのは、誉め言葉という色合いの少ない声色になってしまったのだが。
家主は研究に没頭していると聞いていたが、本当に生きるのに最低限なものしかない室内というのも珍しく、
「ある意味すごいや」
めぼしいものがあるわけでもないのに部屋中を見回してしまう矛盾した行動に笑い、ぽつりとテーブルの上に置かれていた厚めのノートを開いてみた。
文化は違えど生きている場所は同じということか、自分達の大陸と似通った文字で書かれていたそれは、どうやら彼の研究内容を記したものらしい。
「さいぼ、うの、ろう、ろうか……老化?」
ノートに書かれている文字を、自分が普段使う文字と照らし合わせて読み上げてみる。
「……細胞の老化現象について……?」
研究内容はこの題材を一貫しているらしく、他のページをめくってみても違うネタのものは一向に出てこなかった。
「アイツって老化について研究してるの?」
「ん? あぁ、生物の成長・老化な」
そこで先ほど外で見た植物が頭をよぎった。
「もしかしてあの苗木とかって、アイツが手を出したとか?」
「らしい。細胞の成長を促進させるってやつ、植物で試したって……ん? 開かねぇな」
部屋の奥でドアノブをいじっていたティミラは、眉を潜めてそれを見つめる。
「奥に何かあるの?」
「奴の研究室。家は開いててこっちが閉まってるってことは、すぐ帰ってくるか。待ってようぜ」
「ずいぶん無用心じゃない?」
「こんな場所までくる強盗はいないし、何より奴が盗まれて困るものは全部この奥だからな」
閉ざされたままのドアを指差し、ティミラは窓の外に目をやって「バイクでもいじるか」と再び家から出て行った。
てっきりさっさと用事が済むかと思っていたルージュは、別段やることも思いつかず、とりあえず部屋の中をうろついてみることにした。
とはいってもそんなに大きくもなかった外観に違わず、これといってめぼしいものがあるわけではないのだが。
「なんで家にいないんだよ……」
会いたかった訳でもないが、この場所に長居するつもりもなかったのにと、誰に言うでもなく愚痴をこぼす。
寝てしまえば時間も過ぎるだろうと考え、イスに手をかけた時、ふと視界の端に本棚が見えた。
妙に分かり難い角に追いやられているそれに近づき、一冊本を手にして広げてみる。
「研究者なのにこんなとこに本置いてどうすんだろう」
呟いた言葉は本の中身でなんとなく答えが出てきた。
そこに並んでいたのは文学書や分厚い辞書、図鑑など彼が研究してるものとは関係の無いものばかりだったからだ。
雑然としているがその蔵書の種類にルージュは内心わくわくしながら棚を眺め、背表紙のタイトルに目を馳せる。
と、上段の棚に違和感を感じふと眉を潜めた。
ある一冊の本の手前部分だけ埃が薄くなっているのだ。
「……なんだ?」
疑問に思い、その背表紙に指をかけて引き出してみると、何かに引っかかるようなわずかな感触と同時に本棚の奥から「ガチャ」と音が聞こえた。
まさかと思いながらも本棚の端を掴み、力を込めて横にスライドさせてみると、
「これはこれはこれは……」
奥から姿を現したのは、かなり頑丈そうにみえる鉄の扉だった。
「へぇ、隠し扉ねぇ」
ティミラが言うに、彼が大事にしている研究室はこの一間から繋がっている奥の部屋のはずだ。
それなのにこんな場所に、しかも小細工をしてまで隠しておく部屋を必要としているということは。
「秘密のお部屋かな?」
ティミラはここを気にしていた様子も無かった。
隠しているようなリアクションも見受けられなかったことから、おそらくここを知らないのだろう。
彼女がこういった本棚に興味を示すとも思えないし、ここの家主はいじられるのを酷く嫌うはずだ。
「なぁんか絶対怒られそうだけど……」
魔術に対する研究や探求で培われた興味心はとても心をくすぐってきてしまい、
「ま、殺されなきゃいっか」
短絡的な言葉で自制心を捨て去り、ルージュはその扉を押し開け、地下へ続いている暗い階段を下っていった。





「あいっつ……置いとかせてくれっつったら本当に置いといただけかよー」
ぶつくさぶつくさと文句を吐き出しながら、ティミラは先ほどルージュが発見したバイクのエンジン部分をひたすらに眺めていた。
「あーぁ、全然動かしてないけど……動くかなぁ」
やれやれとため息を吐き、セルを回してエンジンをかけてみる。
一度、二度ではなかなか掠れた音しかしなかったのだが、三度目になってようやく大きな音を立ててバイクが目を覚ました事を教えてくれた。
動いたかと満足と安堵の表情でティミラは頷き、エンジンを止めてボディを綺麗にしようと外にある簡易の水道に足を運んだ。
その傍のケースから―これも勝手に置かせてもらったものだが―、洗車用のタオルを取り出して水で濡らしていく。
「ボディ自体はカバーかぶせてたからそんな汚れてないし、拭いたら少し走らすか……」
ティミラは、知らず心をウキウキしながら水を含んだタオルを絞り、バイクの元に戻ろうと思いながら一瞬ある方を見て足を止めた。
「……モニターついてんのか?」
そこは、部屋からは鍵がかけてあって入れなかったキリュウの研究室の窓。
僅かに開かれているカーテンの隙間から、ちらちらと何か光の色が変わる様子が伺えた。
「今度は何の研究なんだか」
興味本位で近づけば、思ったよりも広かった隙間から室内が覗く事が出来た。
相変わらずの暗い室内はモニターからの映像に照らされ、雑然とした室内を見せている。
「きったねー部屋……」
ぼやきながら一瞥していた部屋から目を外し、目当てのモニターに視線を向けた。
ある一定のタイミングで切り替わっていく映像。
それは何か崩壊した施設を映し出しているようだ。
ふと、何度も切り替わり、何度も映る映像に引っかかるものを感じた。
何だろうと疑問に思った瞬間、新しく映ってきた映像にティミラは翡翠の瞳を大きく見開いた。

「……っ!?」

映し出されたのは、ガラスケースに浮かぶ幼い少女。
腰あたりまで伸びた黒い髪を黄色い溶液の中で揺らめかせながら、静かに眠る少女。
それが、数十体。

理由など無い、本能が瞬間的に感じ取った存在。

「これ、は……」

その現実は、呼吸が止まるほどの衝撃をもたらすに十分過ぎるほどで。
心臓が嫌なほど大きく跳ね上がり、激しく脈を打ち始めるのを感じた。
大きすぎる衝動はすぐさまに身体を突き動かし、ティミラは抗う事無く窓ガラスに拳を打ちつけた。
その部屋のガラスは、普通のそれとは違い酷く頑丈に出来ていたのだが、それは今のティミラを止めるまでの障害にはなれなかった。
何度も、何度も激しい音を立ててガラスを殴りつけ、手に黒い血がにじみ始めてもそれは止まらずに。
幾度目かの衝撃でガラスにヒビが走り、次の一撃でそこは粉々に砕け散り、無残な姿をさらした。
まだ鋭利なガラス片がこびり付くそこから、肩や腕に傷がつくのも気にせずに中へと侵入していく。
砕けたガラスを踏みつけ、モニターの前にゆっくりを足を進め、改めてティミラはそれを見上げた。
次々と流れ、変化していく映像。
再び映し出されたガラスケースの少女。
そして、新たに画面の隅に現れた小さな画像に、ティミラは頭の中で何かがブツリと切れる音を聞いた気がした。

視界に映りこんだのは、ガラスケースの少女達の片腕に刻まれている黒い痣。
鳥の羽のようで揺らぐ炎の様にも見える、あの黒い痣。

自分の左腕に刻まれている痣と、違いの無い同一の黒い刻印。


――これが研究の成果。私が作り上げた最高傑作……


「そんな……」


画面の隅にそれを残し、次に流れたのはこの映像が終わるまでの最後の流れ。
牙や巨大な爪にも見える黒い影が見え、次第に画面に砂嵐が混じり始め――

映像が終わるまでの一瞬、映りこんだ影の動きを目にし、ティミラは完全に理性を飛ばした。


「なっ……」


――……あぁ、レヴィアンテ……


「……っふざけるなふざけるなふざけるなぁあああ!!!」


荒々しく叫び、目の前のパネルを叩き落して何も無くなったデスクに腕を叩きつける。
衝撃でデスクの脚が悲鳴を上げたのも気にせず何度もそれを叩き、それに飽き足らずに足で思いっきり蹴り飛ばす。
何か余計な物でも壊したのかガラスが砕ける音が聞こえたが、それさえも今のティミラには苛立ちを増やすだけの雑音だった。
止められなくなった衝動を無理やりに押さえ込むように、ティミラは荒く、深い呼吸を何度も繰り返し――

「あの、研究所か……」

未だに切り替わり映像を映し出すモニターを見上げ、目を細めながら、


「……殺してやる、全員」


一言呟き、鍵のかけられていたドアを蹴破り再び外へと飛び出す。
バイクのエンジンを再び唸らせ、ティミラはクラッチを放し一気にスピードを上げてその家を後にした。
 
 
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