『 WILLFUL 〜異大陸ミッドガルド ≪Past of Black Blood≫〜

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  WILLFUL 10−2  


複数のモニターに、それぞれ違う映像が流れている薄暗い一室。
部屋の隅には青白いライトに照らされたカプセルが並び、時折気泡が浮かぶ水溶液の中に大きさの異なる何かが浮かんでいるのが見えた。
「あぁ、噂では聞いているが」
モニターの前に雑然と物が広がるデスク。
そこに腰を据えた男は、キーパネルを指先で操作しながら脇のスピーカーから聞こえる声に答えた。
『どうにも怪しいんだけどね』
「なら無理やりにでも調査すれば良い。今のお前にならその権限があるだろう?」
『出来たらしてるし、アンタにコールなんかしないっつーの』
肉声より薄く響く声に片手の動きを止め、右目のモノクルを指先で直しながら男は何も言わずに再びモニターに視線を向け続ける。
無言の返答にスピーカーからふうと短いため息をつく音が響き、
『あの施設のコアは完全停止中。だから今まで調査が出来なかった。ありとあらゆる機能が停止しているお陰でパスワードも受け付けず、ドア一枚開けられなかったから』
男の、スピーカーに向けられる瞳だけの一瞥の間を開け、声は続けた。
『けどさ、そう考えるとおかしいんだよ。地下施設部分が、ある時期以降パスワードを拒否してくる』
そこまで聞いて、小さな電子音を立てていたキーパネルの音が止んだ。
「……拒否だと?」
『やっと話を聞く気になった?』
「私の気の向き具合などどうでも良い。どういうことだ?」
『そういうこと。死んだはずの人間が声に反応して手を動かした。まぁそんな感じさね』
「あの施設がか?」
『そうだっつってんでしょ』
「だが、アレはプロトタイプが完全に破壊した」
別のキーパネルを操作すると、今までとは違う画面が中央に表示される。
ヒビの入った概観や、完全に倒壊している場所などが次々に映し出される画像は、人の気配さえ感じさせない荒廃を現していた。
『アンタ、まだティミラのことそう呼ぶわけ?』
僅かに怒気を含んだ声色に、けれど男は詫びもおどけも見せずに続ける。
「スカーレットは死んだだろう。三年前、私達の目の前で」
『……キリュウ。ウチの声は聞こえてる?』
「あぁ。電波もスピーカーの調子も問題無いが?」
『そうじゃないっての!』
トーンも変わらぬ男に、声は怒鳴った。
『アンタいい加減にしなよ! あの子のこと、なんだと思ってんの!?』
部屋に反響する怒号にスピーカーの音量を下げ、ため息を吐く。
「五月蝿い。音が割れている」
『キリュウ!!』
「話が進まないのなら切る。私は暇ではない」
『ちょい待ち! まだ話は終わって…』
「声量と、ついでに頭の温度も下げて来い」
『ちょっとキリュ…』

――ブツッ。

キーパネルのそばにあったケーブルを引き抜き電源そのものを落とせば、鈍い電子音を鳴らしスピーカーは沈黙した。
右目のモノクルを再び直し、男は何事も無かったかのようにモニターに視線を戻していく。
と、今度は別の電子音が一度鳴り、別のモニターに文字を映し出す。
一瞥し、すぐに目線を逸らしかけてそれを止める。


  色々面倒なことになった。
  そのうち暇見つけて戻るから、そんとき身体診てくれ。
  また連絡する。


「“面倒”」
目に付いたのはたった一つの単語。
「プロトタイプ……一体何をやらかしたんだ」
答える事の無い文面を目の前に、男はそう小さく漏らした。













二対の大きな翼を広げ、ユグドラシルはゆっくりと大空を旋回していく。
「うわぁー!」
流れる風に揺れる髪の毛を手で抑えつつ、シランはその背から身を乗り出し、視界を埋め尽くす海と空の青に思わず大きな歓声を上げた。
太陽の光を反射して輝く波やユグドラシルの翼に裂かれた雲が、白い流星のように次々に流れ消えていく。
「シラン、あれだ」
あたりの風景を見渡し、ひたすらきょろきょろしているシランにティミラは声を掛けた。
ユグドラシルの背をひょこひょこ伝いながら、シランはティミラの傍に歩み寄り、その指が示す方を見やった。
紺碧の波間を埋めるように一つの大陸が姿を現していた。
「あれが……ミッドガルド」
初めて空から眺めた風景に、シランは感動と少しの戸惑いの色を含んだ声で呟いた。
大半が街と自然が共存しているように見受けられるのだが、ある一角だけが異質な風景に見えたのだ。
ある都市の周辺だけが一際目をひきつける。
浅黒く痩せた大地と、黒くそびえる大きな鉄の建物。
まったく自然が無いわけではないようだが、その異様さを打ち消すほどの量は無い。
「あそこは……?」
呆然としたように呟くシランに、ティミラは少し困ったように笑いながら、
「あれが首都だ。オレの育った場所でもある」
懐かしそうに、けれど苦しそうにそう教えた。
「地面が……黒い……」
「あぁ、大地に良くない方法でエネルギーを生み出してたからな。地面が枯れたんだ」
はるか上空から大地を眺め、ティミラは苦虫を噛んだような表情をした。
「良くない方法?」
「……大地の生命の“核”の部分を抉り取ってエネルギーを生み出してたんだ。簡単に強大な力が手に入るが、その分ダメージもでかい」
力を享受する者ではなく、力を生み出す側に致命的な痛みを与える手法。
それゆえに大地は枯れ始め、命のサイクルさえもが狂い始めた。
草木が真っ先に姿を消し、次に空気や水の汚染が進んだ。
劣悪な環境は人間の心にも見えない圧迫となり、余す事無く降り注いだ。
そんな生活は、いつの間にか裕福な者とそうでない者も作り上げ、人間同士の亀裂さえ作り上げていた。
大地の一角から始まった腐敗は、徐々に全てを覆い尽くそうと根を伸ばし始めた。

そして――

「ま、いいさ。前の話はやめとこうぜ」
瞳を閉じ、頭をガシガシとかきむしりながらティミラは笑いながら言った。
「どうせ……全部過ぎたことだ」
笑っているのに、笑っていない。
笑顔で隠しきれていない心情は、シランには到底計り知れないものだろう。
「ティミラ……」
ポツリと名前をつぶやき、次の瞬間シランはティミラに思いっきり飛びつきタックルをぶちかます。
「うおぁ!!」
衝撃でユグドラシルの背に倒れこんだティミラは、わき腹にめり込んでいるシランの頭を鷲掴みにして上げさせた。
「お……おま、何やってんだ……」
「突撃。えへへー」
なんて笑いながら、満面の笑みを見せるシランに思わず拍子抜けをくらい――
「……ふっ…あっはははは!」
なんだか我慢が出来ずに噴出すと、当の本人は何事かとほほを膨らませる。
「何で笑うの?」
「や、なんでもない。うん、なんでもない」
心に引っかかる何かを押し流してくれるような、太陽のように明るく暖かい笑顔。
初めて会ったときもそうだった。
自分の背景など気にせずに接してくれた少女。
自暴自棄になっていた時、彼女はこう言ってくれたのだ。

――会えて嬉しい。

満面の笑みで、嘘の無い声で。
『嬉しい』と言ってくれたのだ。
取り繕っていない言葉だと分かったから、それに救われている自分がいた事を思い出した。
「さて、とりあえず上陸しようぜ。後ろで死にかけてる馬鹿双子を看病してやらねぇとな」
先ほどの暗い表情を消し飛ばし、ティミラは親指で背後を指してあきれた風に言った。
何やら身体を丸めている当の本人達に聞こえるように、わざと大きな声で。
小さく反論が聞こえたように思えたが、風の音でそれはかき消され、ティミラの耳に届くことはない。
「どこにいくの?」
「あっち」
ティミラが指差したのは、黒くなっている都市とは正反対側の大地。
そこは位置だけでなく、風景さえも真逆の場所。
青々とした木々が生い茂る森だった。
「緑が、綺麗……」
「あの一角に大地の『核』があるんだ。取られたのを戻したから、森にも生命力が戻り始めてる」
「首都じゃなくてあそこに住んでるの?」
「あぁ。色々訳有りってやつでな。じゃ頼むわ、ユグドラシル」
『御衣』
そこで言葉を切り、ティミラは黒い背を撫でながら声をかけた。
翼を大きく広げ身体を反転させ、風を切りながらユグドラシルはその大地に向かっていった。





「ものすごく気持ちが悪い……」
穏やかな光が木々の隙間から野道を照らす静かな森。
土を盛り上げ、姿を表している大きな樹木の根に腰掛け、ブルーは盛大にため息を吐いた。
「車酔い……いや、馬車酔い……でもないな。こういう場合、竜酔いで良いのか?」
その横に肩膝を尽き、腰のポーチを漁りながらティミラは呆れたようにぼやく。
ブルーの位置から反対側にはルージュもが同じようにへばり、横になっている。
「あぁそうだな。そうなるな」
「ツッこむ気力も無いって事は重症だな」
どんな判断の仕方だと思ったが、重症なのは事実でいつもみたいに騒ぐ気力も無く。
はぁと再びため息を吐き、ブルーはいよいよ身体を横にした。
「ダメっぽいか?」
少し青ざめても見える頬を指でつつき、眉を潜める。
やっとこさに思える緩慢な動きで頷く彼に、ポーチから小さな袋を取り出し頬に貼り付けた。
「……なんだ、これは」
それを指先で摘んで上下に振れば、何かさらさらと音がする。
「薬だ。シランが水持ってきたら飲め」
ぶっきらぼうに、けれど少しだけ笑いながら言うティミラに薬を摘んだしたままの手で礼をし、すぐに目を瞑る。
それを見届け、小枝を踏み折りながら反対側で卒倒しているルージュにも歩み寄り、顔を覗き込む。
うっすらと開けられた瞳が自分を捉えるのを感じ、薬を差し出す。
「具合は?」
「ちょ〜絶不調ってトコかな……」
普段の勢いの微塵の欠片も無い彼に苦笑を漏らす。
「おかしいのな。普段は酔わないだろ?」
「まったくもって酔わないねぇ。一体どうして今回に限ってこんな……」
そうモゴモゴと口を動かし小言を垂れまくる。
普段このように行き来しているときは、こんな症状になったことなど無い。
ティミラもさることながら、ルージュ自身もだ。
それが今回、双子が三半規管をやられたか体調不良を訴え、森で一休みと相成ったわけだ。
「ティミラ、水持って来たよ〜!」
樹木の傍にある緩やかな下り坂から、シランが水差しを抱え駆け上がってきた。
下に沢があると言われ、自らが「水を取りにく」と言って姿を消していたのだ。
「よう、悪かったな……ってどこで見つけた、その水差しはよ」
行くときには手に何も持っていなかったはず。
だからどうやって汲んでくるのか謎だったのだが。
あんなものを隠しておける服のスペースも無いに決まってる。
怪訝そうに首をかしげるティミラに、シランはあっけらかんと笑顔を見せ、
「丁度いいやと思ってティアを使ったの」
「……ちょっと待て。その形に変えたのか?」
今までシランの武器として様々な形状に変化してきたセイクリッド・ティアだったが、
「うん、便利でしょ」
「…………そだな」
よもや水差しにまで使われるとは思わなんだろう。
しかし姿を変えたということは、少なからずシランの意思を汲み取り理解しているというい事で。
満面の笑顔でとんでもない発想をする主人に苦労するだろうなぁと言葉も発せないティアに少し同情しつつも感謝をし、その水差しを受け取りルージュの背を腕で支える。
「ほら、起きれるか?」
「……うぇ、なんとか」
力の入らない体を起こし、幹に背を預けて水を口に含み開けてもらった薬を流し込む。
舌を突く苦味に顔をしかめつつも、何とか嚥下し胃に押し流す。
「シラン、ブルー頼むわ」
飲み込んだのを確認し、シランに水差しを手渡してルージュを横に寝かせる。
軽い足取りで根を乗り越え、目を閉じていたブルーの頬に触れてみる。
ゆっくりと開かれる瞳に自分が映り、何度か瞬きを繰り返した。
「大丈夫?」
普段に比べ、顔色はかなり悪く見える。
自身もそうだが、いつもは無駄に思えるほど健康優良児なだけに心配が増えるばかりだ。
「大丈夫だ、すぐ良くなる」
目の前の表情があまりに心配そうに見えて、ブルーは苦笑して頬に触れた手を自らのもので包んだ。
自らが護らねばならぬのに、こんな失態を晒しているわけにはいかない。
肘を突いて身体を起こし、幹にもたれかかって大きく息を吸い込めば、森の中の澄んだ空気が多少なり気持ち悪さを紛らわせてくれる気がした。
さっさと治れとばかりにもらった薬を飲み込み、ため息を吐いた。
「にが……」
「良薬口に苦し、ってゆーんでしょ?」
普段シランに対して述べている苦言を出され、ブルーはん、と言葉を詰まらせ頭を掻いた。
「横になれば?」
まだ相当青ざめて見える顔を覗き込んで言われたが、ブルーは少し笑い、そしてうんと呟いて目を閉じる。
何か様子が変だと首をかしげると、片方の瞳だけを開いて横の場所を指先でトントンと軽く叩いてきた。
意味が分からずに、今度は逆側に首を傾けると再び指先が動く。
しばしそのまま首をかしげていたシランだったが、「あ」と言いたい事に気付いて手を合わせた。
「座れば良いのか」
言いながらその場所に腰掛けると、おもむろにブルーの頭が膝に乗っかった。
「……ブルー?」
「なんだ?」
「何をして?」
「木の枕は落ち着かない」
そう言われ、太ももの下にある木の感触を確かめてみたりする。
「……うん、硬いかも」
「だろう。頭も下がるし、気持ち悪くなる」
そう言って、落ち着く場所を探しつつもぞもぞしていた頭が静かになった。
そのまますっと瞳を閉じ、ブルーは静かに呼吸を始める。
「……寝ちゃった?」
「多少は睡眠薬入ってるからなー。体調悪いし、寝た方が治るだろ」
背後から聞こえたティミラの説明に何度か頷き、まぶたにかかっている銀髪を指で払う。
くすぐったそうに眉を潜めたが、それはすぐに消えていく。
面白いなと思わず吹き出すと、うっすらと瞳を開いてブルーが見上げてきた。
ごめんねと言う意味で頭を撫でると、彼は苦笑し再び瞼を閉じた。
「……なぁ」
ふと小さく聞こえた、かすれ気味の問に間を開けることで先を促す。
「お前の母親に、俺達に似た知り合いはいたか?」
「ブルー達に似た?」
自分の言っている事を不思議に思い、ブルーは言葉をつぐんだ。
「……いや」
少なくともシランは知らないだろう。
知っていれば、そういった類の会話が出会った当初にあっていいはずだ。
まして孤児であった自分たちが居れば、「知り合いでは?」と思われる可能性もある。
だが、そんな話は噂レベルですら聞いたことが無い。
「なんでもない。気にするな」
「そう? まぁ多分、答えはブルーが想像してる通りだと思うけど」
「そうか」
「とりあえずゆっくり休みなよ。頭使うと疲れちゃうよ?」
そんなシランの言葉に思わず吹き出すと少しだけ頬をつねられ、その後に髪を撫でるゆっくりとした指の動きを感じた。
優しく、穏やかな動き。
暖かさと、そして訪れた眠りへの誘いにブルーはゆっくりと意識を手放していった。













――RuRuRuRu……

小さな窓から差し込む陽光が照らす室内。
木造の造りでありながら部屋には数台のモニターが置かれ、あちこちには銀色の工具が広げられている。
鉄製の部品や作りかけの物、あるいは破損しているものさえもが床に転がっている。
自然の中に映える無機質な物が、この室内に奇妙なバランスをかもし出している。

――RuRuRuRu……

部屋の片隅に置かれた電話が再び鳴り響き、受話器の傍のライトがリズミカルに点滅を繰り返す。
受話器を取る者が居ないわけではない。
ただ、気付いていないのだ。
キッチンからわずかに聞こえる、ポットが蒸気を吹き上げる音。
その傍に立ち、本を片手に壁に寄りかかっているのは一人の男。
金色の長い髪に晴天の空のような水色の瞳をした、酷く整った顔立ちの男だ。
小さく口元で音を紡ぎながら心地よさそうに足でリズムを取り、本のページをめくっている。
と、やっとポットの様子に気がついたのか、慌てた様子でコンロに手を伸ばし火を消した。
「忘れてた」
ポツリと呟き、コードを引っ張りながら耳にはめていたイヤホンを外す。
黒いイヤホンからはノイズを混じらせながら低音が小さく流れている。
「やっぱり音楽を聴きながら何かするのは止めた方が良さそうだ」

――RuRuRuRu……

三度鳴り出した電話の音に男が気付いたのは今になってからだった。
本をそばにあったテーブルに置き、ようやく受話器に手を伸ばす。
「もしもし?」
『おいツヴァイ! お前何やってんだよ?』
「すまない。音楽を聴いていた」
『お前またイヤホンしてただろ。あれ止めろっつったじゃん』
「悪かった。それにしても久しぶりな気がするぞ、ティミラ?」
そう告げると、受話器の向こう側は少し気まずそうに咳払いをしてきた。
『あ〜、そうだっけか?』
「そうだろう。“しばらく戻らない”だけ告げて連絡無しだ。ずいぶんじゃないか」
『連絡が無いのは無事な証拠って言うだろ?』
「お前の場合、連絡が無いのは“何かやらかしてる”証拠だからな。早々安心はできん」
『そらどーいう意味ですかね?』
嫌味に思いっきり不満をあらわにする少女に、男――ツヴァイは噴出した。
『笑うなよ』
「いや、すまない。それで? 一体何をやらかしたんだ?」
皮肉った返しに少女は大きくため息を吐いて、
『オレじゃねぇよ。ルージュとブルーのせいだ』
「……ブルー? ルージュの双子のお兄さんか?」
『そ。ついでにシランも連れてきたぜ』
「あぁ、噂のお姫様か。やっとこさ二人に会えるわけだな」
嬉々とした声色に、けれど少女は再びため息を吐いた。
『会わせたいのは山々なんだけどな、双子が道中で体調崩したんだ』
「え? 本当か?」
『あぁ、見事ノックアウトされててな。野郎一人担ぐのはわけねぇけど、二人になると話が別だ』
やれやれと言った具合に言う少女に、ツヴァイは言いたい事を察知した。
「迎えだな。場所は?」
『15分ぐらい歩けば着くはずだ。悪いな』
「構わないさ。お前の面倒を見るのが俺の役目だからな」
『……なんだか自分が言われるとくすぐったいな』
「何がだ?」
『や、なんでもね。じゃあ頼むな』
「分かった」
そう会話を締めくくり、ツヴァイは受話器を置いてそばにあったコートを羽織る。

――PiPiPi……

その瞬間、今度は電話でない別の音が小さく鳴った。
ドアに向かっていた足を止め、ツヴァイはその発信源に歩み寄る。
「メール?」
部屋の中のモニターの一つに表示された文字に呟き、そばにあったパネルを操作する。
「……キリュウか」
あて先は自分ではなく、先ほど電話をよこした少女宛のようだ。
「……嫌な予感がするが」
送り主と宛先人の少女の関係は、つながりが無い状態が一番良いと言えるものだ。
しばらく連絡の無かった少女に何かあったのだろうか。
会って聞けば良いだろうと操作をそこで中断し、ツヴァイは今度こそ部屋を後にした。

 
 
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