『 WILLFUL 〜異大陸ミッドガルド ≪Past of Black Blood≫〜

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  WILLFUL 10−5  


壁からのライトに淡く照らされた地下の室内。
ティミラはコンピュータの前に置かれていたイスに、背もたれを前にして腰掛けていた。
何を掴むでもなく伸ばした左の手を何度も何度も握っては開き、それを黙って見つめる。
右手で左の二の腕に触れ、何かをなぞるように指を滑らせていく。
そこは、あの炎のような黒い痣のある場所。
「まだ持つか。大概頑丈になったもんだな」
誰に聞かせるでもなく吐き出した呟きとため息は、諦めや不安と言ったものより失笑に近いものがあった。
「……そっか。お前も頑張ってくれてるんだよな」
そう言って胸元で揺れている翡翠色の石を指先で転がしながら、ふと笑顔を見せる。
「ティミラ、準備終わったよ」
呼びかけに顔を上げると、階段を下りてくるルージュの姿があった。
薄手の黒いジャケット姿の、こちらでしているいつもの格好だ。
ルージュを先頭にツヴァイ、シランとブルーが地下に足を踏み入れる。
イスから立ち上がりながらそれを迎え、ふとティミラはブルーの服装で視線を止め、眉間に皺を寄せた。
「お前、その服を選んだのか?」
あからさまに濁った表情に、今度はブルーも眉をしかめる。
「何か悪いのか?」
「いや、良い悪いじゃなくてだな」
呆れたように呟くティミラに、ブルーは手にしていた剣をベルトで締めながら黙って先を促す。
「……服、色々あったはずだぜ?」
その言葉に視線をあさってに向けながら、昨日のずらーっと部屋に並んでいた服の山を思い出し、うん、と首を縦に振って答えると、変わらぬ声色でティミラが続けた。
「お前らの趣味趣向が分かんねぇから、色々なのを用意しておいたぜ?」
それにも首を縦に振ることで答えるブルーに、ティミラはこめかみ辺りを痙攣させて続けた。
「じゃあなんでジャージですか? 教えてくださいよブルーさん?」
シランは自分が見繕ったから問題は無い。
自信を持って言える。
しかしブルーが前日に選び、今着ている服は黒に近い紺色のジャージジャケットなのだ。
せっかくこちらに来たのだからもう少しマシな物を選ぶかと思っていたし、ルージュも一緒だったはずなのだが。
下がジーパンだということと、無駄に見た目が良いだけに何でも着こなせるのが救いの点だろうか。
「何お前……そういう格好が好きなのか?」
「これがどういう種類かは分からんが、着てみた中で一番楽だった」
「あーそー……まぁ本人がいいなら、別にいいけどさ」
「…………あのな、ティミラ」
やたら自分にばかり文句を言うティミラに、ブルーはものすごく不機嫌そうに眉を潜め、
「お前のその格好もどうなんだ?」
「あ?」
彼女の姿は、見慣れた黒いハイネックのノースリーブは相変わらずのヘソ出し、足はスカートに代わり太ももの肌まで出ている短いパンツ。
奥のテーブルの脇に白いロングコートが見えるが、今はそれを羽織っているわけではない。
肌色が非常に多いのは、多分気のせいではない。
「上はそんなに変わってないから譲るとしても、問題は下だ」
指が示す先、相変わらずな露出度の服装にブルーは憮然とした態度で続けた。
「スカートじゃなくなっただけマシだが短すぎだ。なんだそれは、水着か?」
「水着なわけねぇだろ。ショートパンツっつーんだよ、これは」
自らの太ももを撫でながら、ティミラは当たり前のように答える。
「どっからどう見ても普段着だろ」
「どっからどう見たら普段着になるのかじっくり教えて欲しいものだ」
「ンだよ、いちいち人の服装にケチつけんな!」
「それはこっちのセリフだ!」
「はいはい、そこまでにしたらどうだ」
鼻先がついているのではと思えるほど顔を近づけにらみ合っていた二人の間に、ツヴァイの腕がついと差し込まれる。
「なんだよ! これからだってーのに…」
「馬鹿たれ、シランとルージュを待たせる気か?」
呆れた風に親指が指す背後に目をやると、苦笑したままの二人と視線ががっちり合ってしまい、思わず眉を潜めて黙り込む。
つぃとブルーを視線だけで見やると、向こうもバツが悪そうに腕を組んでそっぽを向いている。
「あー、まぁ、なんだ……じゃあさっさと行くか」
そう言ってブーツの先で床を小突くと、地下の床全体を埋めるように描かれていた魔方陣から淡くか細い光が零れ始める。
「……これ、どこかに繋がってるの?」
しゃがみこみながらそれを指でなぞりながら、シランはルージュを見上げて聞いた。
「あれ、分かった?」
ルージュが驚いた風に目を見開くと、光に照らされ輝いてすら見える新緑の髪を揺らしてシランが頷く。
「なんか、どこかに力が流れてってるように感じるんだけど……」
「良い線いくね、ゲートの魔方陣だよ」
光線を靴の先でなぞり、ルージュは続けた。
「ミッドガルドの上空をユグドラシルで飛び回るわけには行かないからね、これで首都近くまで移動してるんだよ。陣を媒介に魔力を定着させて、いつでも自由に行けるように。僕かティミラがいないと動かないよう設定はしてあるんだけどね」
しかし、言い終わりながらもルージュは首をひっそりと傾げた。
彼女は今まで魔術を扱うことが出来ず、魔力を操ることも叶わなかったはずだ。
魔方陣に触れたとしても、そこに込められた魔力を感じ、尚且つその流れを理解するなどあり得なかった。
「よく分かったね。どうして?」
純粋に湧き上がった疑問に、けれどシランは「なんとなく」といつもの笑顔で答えるだけだ。

――“なんとなく”なんて、あり得ないと思うんだけど……

目を細め、手を口元に添えてルージュは少し思案をめぐらせた。
シランが魔力の流れを感じたのは、わずかながらも確かなようだ。
けれど、その原因はまったくもって思いつかない。
首を傾げながら、頭をフル稼働させて可能性を探ろうとした瞬間。

「ル・ウ・ジュ」

――ゴヅ。

「あだッ!!」
黙り込んだまま微動だにしなくなった彼の脳天目掛け、ティミラのかかと落としが綺麗に決まった。
「何ぼーっとしてんだっつーの」
ティミラは鈍い音をさせた頭を抑える彼を見下ろし、腰に手を当てて眉を潜める。
「なんだよ、何考えてんだよ」
「いや、別に何も……」
「……ふーん。ま、いいや。さっさと行くぞ」
目を細め、何やらを感じ取ったティミラだがそれ以上は追及せず、自らは白いコートを羽織りながら顎で行動を促す。
ジーパンを叩いて埃を落とし、ルージュは方陣の中央にいるシラン達を挟み込むようにティミラとは反対側の位置で足を止めた。
「それじゃ、行くよー」
声を合図に、ルージュとティミラの足元に小さな魔方陣が生まれ輝きを放ちはじめるた。
それに二人が触れるのと同時に、地下室に刻み込まれていた魔方陣の淡い光がより強く瞬いていく。
「岸壁の街ラズィ・ヤーナへ……ゲートッ!!」
輝きが地下を埋め尽くすほど溢れ出し、視界の全てを白く染めた一瞬の後、四人の姿はその空間から消えていた。
再び淡い光を纏い始めた魔方陣をその場に残して――








「カーリェ、これも部屋に運んでおいてちょうだい!」
「はいで〜す」
赤い陽光の差し込む断崖の街に、少女の声が響き渡った。
溢れんばかりの稲穂が入った籠を抱え、少女――カーリェは小さく掛け声を出してそれを持ち上げる。
光に反射し、淡くオレンジに輝く髪を揺らして駆け出したとたん、無理やり詰め込まれていたためか一束の穂が籠から落ちて足元に転がってしまった。
慌ててかがもうとした少女の動きを助けるかのように、後ろにいた大きな影がその束を咥えて差し出してくる。
「ありがとです、シュヌ」
それに答えるように喉を鳴らしたのは大きな狼だった。
夕陽のような、赤橙のたてがみが目立つ勇壮な風貌の大きな狼――その名がシュヌだ。
傍に寄り添うシュヌに微笑みかけ、カーリェが数歩歩き始めたところで再び稲穂が落ちた。
素直に籠に収まってくれない稲穂に苦笑し、すぐさま拾い上げてくれたシュヌの頭を小さな手で撫でる。
「シュヌ、ごめんです」
そう言って部屋に急がねばと顔を上げると、ふとシュヌの耳がピクリと動き彼方を見据えた。
何かの気配を感じ取った様子にカーリェもその方に顔を向け――そして笑みを浮かべた。
「あぁ、ルージュくんとティミラちゃんが来たですね?」
シュヌの一吠えがそれを肯定していた。





魔力の流れを感じ取った瞬間、ホワイトアウトした視界が再び薄暗い景色へと変化して――
「ここは……?」
転移が完了したのを理解して、シランは目を開いて辺りをきょろきょろと見回した。
ティミラの家の地下の鉄とは違う洞窟に似た石壁に、どこか自分たちの大陸に近いものを感じる。
「岸壁の街ラズィ・ヤーナさ。首都の傍にある街で、転移方陣の出口だよ」
そう言ってルージュは光が差し込んでいる出口に向かい歩き出す。
全員がそれにならって外に出ると、瞳を指すような赤い光が視界を覆ってきた。
「空が、赤い?」
「……わぁ、ホントだ」
空を見上げたブルーの驚きの声にシランもまた空を仰ぎ、手で光を遮りながら目を細めた。
今はまだ昼前のはずなのに、空を染める色は青ではなく夕陽が照らしているような紅。
思いも寄らぬ光景に足を止めた二人に、ツヴァイが背後から教えてくれた。
「ここ、ラズィ・ヤーナは上空の空気中に特別な粒子が舞っているんだ。そのせいで光が屈折して、色が夕陽のような赤に変わっている。夕方になれば紫に変化する不思議な場所なんだ。驚いたか?」
「あぁ、こんな場所は俺達の大陸にも無い……すごいな」
素直に感嘆を口にし、空の色合いに足を止めていると遠くから犬の遠吠えのような声が響いて来た。
「お、気付いたか」
懐かしさと嬉しさを混ぜた声色で呟き、ティミラは立ち並ぶ岩壁を見上げ、ある一点で視線を止めて声を張り上げる。
「おーい! シュヌー!!」
声に呼応して岩の上から姿を表したのは大柄な狼一匹。
赤い日差しを背に浴び、赤橙のたてがみが風に揺れて炎のように漂うその風貌は、さながら炎の化身のような姿だ。
ティミラが大きく手を振ったのを合図に狼は地を蹴り上げ、崖の上をしなやかに跳ねて駆け抜けてくる。
勇壮さと優美さを兼ね備えた姿に目を奪われていたシランは、ふとその背に誰かが乗っているのに気が付いた。
岩を飛び越える動きに振り回されることも無く流れに身を任せ、少女は狼の背に腰掛けている。
「すごい……」
思わず感動の言葉を漏らしている間に、狼は最後の岩場を蹴り上げてこちらに着地する。
「よっ。シュヌ、カー…」
「おひさしですティミラちゃーーん!!!」

――ドゴッ!

「ぁがっ!?」
とてもとても元気な叫び声に合わせ、にこやかに近寄ろうとしていたティミラが狼の突撃を受けて後方に華麗に吹っ飛んで行く。
「ティミラをぶっ飛ばすとは、やるな……」
「うーん、なかなか……って違うから! ティミラだいじょぶー!?」
砂煙を上げて倒れこんでいるティミラとその上に乗っかり太くやわらかそうな尻尾を振っている狼、さらにその上に腰掛けている少女の元へと、シランは慌てて駆け寄っていった。
「いやーははは。相変わらずシュヌとカーリェは激しいね」
「一体誰だ、あれは?」
普段ティミラがあんな目になっていれば真っ先に飛んでいくルージュがこの調子だ。
「カーリェとヴァルナという種族のシュヌ。三年前からの仲間だよ」
横に並んで怪訝そうに首を傾げるブルーに笑いながら言うルージュ。
三年前という単語を聞き、ふと嫌な予感を感じてブルーは目を細める。
「……あの子もティミラと同じか?」
「え? あぁ、違うよ。ただカンパニーに狙われていたという点は同じだけど」
「そうか……」
「大丈夫、ブルーが思ってるほど酷い目にはあってない。あの子自身明るいし、気にしてるほどじゃないみたい」
推測などでの発言でないのはその表情を見れば分かるし、いまだティミラにじゃれている様子からも彼女の性格は予想が出来る。
だが、まだ10歳になるかどうかという歳だろう。
そのような子どもさえも狙っていたカンパニーという存在に、ブルーはいささか気分を悪くした。
実を言えば、ブルーとシランは三年前の全てを知っているわけではない。
ある日突然行方不明になったルージュが、ある日突然戻ってきた際に連れて来たのがティミラで――
その時彼女は死んだような無感情な顔で、唇を震わせて、とても酷く疲弊しているように見受けられた。
彼女を抱きかかえていたルージュは彼女に声をかけることも出来ず、ただただその顔を見つめて。
悲しみや怒りやもどかしさ、やり場の無い思いを内に溜め込んで彼らは姿を現した。
そのような原因を作ったのが「カンパニー」という物であるのを聞いていただけに、不快は一層増すばかりだ。
「それ、潰れているんだよな?」
「……大丈夫、もう無いよ」
心配をしている兄に、ルージュは声色に感謝の言葉を混ぜた。
「シュヌ、どけっ! カーリェも調子こくな!!」
一際大きく上がったティミラの叫びに反し、少女――カーリェはケラケラと楽しそうに笑っている。
横に座り込んだシュヌの尾が楽しそうに揺れているのも確認し、ティミラはやれやれとため息をつきながら立ち上がる。
「遊びに来たんじゃねぇ。ジープ借りに来たんだ」
「今回はずいぶんとあっさりです。つまらないです」
「最近バタバタして忙しいんだよ。また遊んでやるから」
「爺達も顔を出せと言ってたです」
カーリェの言葉にティミラは肩を竦めて思いっきり顔を濁し、
「うげ。ますます来たくなくなるな」
なんて言いのけて、お互い顔を近づけて笑い出す。
「ティミラ、大丈夫?」
「おう、いきなり吹っ飛んで悪かったな」
心配そうに傍に駆け寄ってきたシランを見上げ、カーリェは少し驚いた。
新緑の髪に、見慣れない金色の瞳。
まだ短い人生だけれど、こんな瞳の色は見たことが無かった。
「えっと……ティミラちゃんのお友達ですか?」
不思議そうな視線に気付き、シランはカーリェの身長に合わせてしゃがみこみ笑顔を浮かべる。
「はじめまして。あたしはシランっていうの」
「わたしはカーリェと申します。こっちはヴァルナのシュヌです」
言ってカーリェはシュヌを傍に呼び寄せ、その大きな頭を撫でた。
「いいなぁ、暖かそう。あたしも撫でていい?」
「え? あのっ……!」
危ない、ダメだと言いかけて、カーリェはシランの手をさえぎろうとした。
ヴァルナという種族は元々人に懐きにくく、詳しい理由は不明だが自分以外に心を許すという事は無い。
幾度か面会し、また様々な事を共に乗り越えてきたティミラ達なら話は別だが、彼女は初対面。
ヘタに手でも噛まれようものなら、食いちぎられるのは必至だ。
けれど、そんな心配は簡単に払拭されてしまった。
「お、シュヌがしっぽ振ってる」
ティミラがあっさりとした口調で言った。
ツヴァイもルージュも、同じようにのんびりとした雰囲気でニコニコとしている。
シュヌ本来の気性を知るカーリェだけが、その状況に驚いていた。
知らぬ者の手で大人しく撫でられているシュヌの姿など、今まで見たことが無かったから。
街の人間でさえ、なじむのに時間がかかったというのに。
「シランさん、動物と特別に仲が良かったりするですか?」
カーリェの問いにシランは不思議そうに首をかしげ、次にゆっくりと左右に振る。
素直に撫でられているシュヌとシランの表情を交互に見つめ、はぁと半ば呆然としたように声を漏らすしかカーリェには出来なかった。
「珍しいこともあるですね……」
やっとこさの一言を呟くと、ティミラが「さて」とポケットに手を突っ込みながらカーリェを小突いてくる。
「それじゃ急ぎで悪いんだが…」
「あ、分かりましたです」
先を促したティミラに頷き、カーリェはシュヌを呼び寄せて先頭に立ち、赤い陽光に照らされた岩の道を歩き出して行った。










カーテンが締め切られ、壁からのライトだけで淡く照らされた一室。
キリュウはメールに添えられていた映像データを眺めながら足を組み直し、表情を変えることなく少しだけ荒くため息を吐き出した。
「これは想定外だな」
黄色い液体で満ちたガラスケースと、その中で瞳を閉じて眠りについている黒髪の幼い少女。
そんな物が画面に所狭しと並ぶ光景は、自然の摂理を覆していることを明らかにしている。
決して明るくない室内の壁に映像の光が反射し、肌や服の色と交じり合って奇妙な色合いへと変化していく。
少しブレながら映像の視点は動き回り、ガラスケースの室内を次々に映し出していった。
と、ある一定の場所まで動いた途端にその視点が今までに無い回転を見せ、画面の世界が反転した。
ふと、すみに牙や巨大な爪にも似た鋭い形をした影が映りこみ、次の瞬間に激しく画面が揺れ、映像に砂嵐が混じり始めた。
乱れる映像の狭間、キリュウは影の一瞬の動きに目を細め眉をしかめる。
「……あれは」
呟き、次の画面にガラスケースが映ったかと思った瞬間に、映像は完全に黒く変化していた。
これを映していた機械が破壊されたという意味だろう。
まさかという気がかりが生まれ、キリュウは最後の映像の部分を巻き戻しながらそのシーンを眺め始めた。

――RuRuRu…

もう一度映像をと思っていた矢先、デスクの脇に放って置いた電話が音を立て始める。
自分の行動を阻害されたような気分になりながら、キリュウは傍のスピーカーのボタンを押した。
『アユハだけど。メール見たの?』
それは先日、施設の異常を伝えてきた女――アユハの声。
キリュウは仲間とは思っていないが、仕事や立場の関係上縁が切れない人間の一人だ。
もっとも、相手も自分を毛嫌いしているのであろうが。
「映像を見ている最中だ」
『それはグッドタイミング。どう思う?』
「想像以上だ」
キッパリと言い切り、キリュウは再び最後のシーンを流し始めた。
「この映像はどうやって撮った?」
『侵入者とかを追跡できる映像転送機械をちょっと改造してね。あの施設に走らせて見たんだ』
「目的と正反対な使い方をしているな」
『うっさいっての! で、途中で映像が途切れた訳なんだけど……』
アユハの言葉に返答せず、キリュウは先ほどのシーンを繰り返しながら、時折その映像をストップさせては再生している。
スピーカーからも先を急かす言葉は流れず、しばらくキリュウのボタンを押す音だけが鳴り――
「あの研究所が以前何に使われていたのかを考えれば、可能性としては低くはないだろうな」
映像を、あの乱れながら流れる一瞬の隙間の影のシーンで止めて、キリュウはモノクルを指で触れながら呟いた。

「あの影、プロトタイプの変異後と同じ風貌をしている」

『……やっぱりか』
アユハの残念そうな言葉を聞き流しながら、キリュウは映像を切り替える。
映し出されたのは、ガラスケースに浮かぶ幼い少女。
キリュウが手元のボタンを操作すると、その細い左の二の腕がアップになり鮮明な画を映し出す。
「この痣も良い証拠だな」
鳥の羽のようで揺らぐ炎の様にも見える、その黒い痣。
アユハは何も言えず、スピーカーの前で沈黙してしまった。
今までの考えも、そしてその先も決して発して欲しくなかった言葉であったのだが――

「間違いない。プロトタイプを複製している者がいる」

キリュウが冷静に吐き出した言葉に、アユハは小さくため息を漏らすしか出来なかった。
 
 
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