『 WILLFUL 〜始まりの歴史〜 』
ＷＩＬＬＦＵＬ ２−１
「……こうして、彼は魔術師の中でもっとも最高とされる称号を手に入れ、魔術師としての地位も一気に上がったのです。しかし、彼は自分の思想を捨てずに民のため、国のためにその生涯を費やしたのです。そんな彼は、今でも我々、魔術師を含めるカーレントディーテの人間にとっては正に、憧れであり、目指すべき者でもあるのです」
「スピー……クカー………」
太陽の光が当たる部屋。
その中は、まさにお昼寝日よりな暖かさがあった。
城の中にある広大な図書館の中の学習室。
部屋の構造は、前に黒板と教卓。そして１０個ほどのイスと机のセット。
中にいるのは、２人。
教卓の前に立っている金髪の女性と、机の上で突っ伏している緑髪の王女、シラン。
女性の金髪の間からは、とがった耳が見えている。
魔法王国であるカーレントディーテには珍しくないが、森に住まうエルフの特徴である。
机に顔をつけているシランの背中は、静かに上下している。
小さく、気持ちよさそうな寝息も聞こえてくる。
「姫？」
「……んあ〜、もう食べれないよ〜……むにゃむにゃ……」
――ピクピクッ。
金髪の女性のこめかみに、青筋が立つ。
「ふぅ……」
大きなため息を吐いて、女性は手にしていた本を閉じ――
――バン！！！！！
「姫！！！ 起きなさい！！！！」
本を教卓に叩きつけると同時に、大声でシランを起こす。
「んあ！！？？………あれ？ リルナ？」
一瞬身体を大きく強張らせ、飛び起きたシランだが、まだ半ボケのようで、辺りを見回す。
「………あれ？ ご飯は？」
「何を言っておられるのです？ 姫？」
金髪の女性――リルナは、叩きつけた本を手にしてシランの前に立つ。
「え、だって……あたし、部屋でご飯食べてたんだもん」
「どこで？」
「夢の中で」
――ビシッ！
リルナの平手が、シランの頭にヒットする。
「痛い……」
叩かれた部分をなでながら、シランは口を尖らせる。
「文句言ってもダメです。寝ていたのは姫ですから」
「だって、つまんないんだもん」
「そういう問題ではないでしょう……」
言ってリルナはひとさし指でこめかみを押さえる。
「大切な事なんですよ？ こういうことは」
「だってあたし、魔法使えないじゃん」
「そうですね」
「でしょ？ そんなあたしに魔術師の話なんかしたって、しょうがないじゃん？」
「それとコレとは別です」
「なんで？」
「いいですか、姫。わたしは姫に、魔術師の勉強をしてほしいのではないのです」
「………じゃあ、何を勉強するの？」
シランは頬杖を突き、つまらなそうに聞く。
「先代の王や、有名な方の経験などを勉強することで、これからに役立てるのです」
「あたしの役には立たないもん」
「いいですか？ 備え有れば憂い無し。聞いておいて損になることは無いのですよ」
「損にならなくても、得にはならない」
「損にならないのならば、頭に留めておいてください」
「無理」
「姫……」
きっぱりと言い放つシランに、肩を落とし脱力するリルナ。
「フッ、勝ったね」
「勝負ではありません……まったく……」
「ね〜ね〜。話終ったならもういいでしょ？」
「話じゃありません。勉強です」
――ガタガタ。
「………姫？」
リルナが音のした方を向く。
目に映るのは、机から立って出口にむかう王女の姿。
「どこにいかれるのです？」
「どこか」
「姫！！！」
――バタン。
リルナの声などどこ吹く風。
シランは部屋から出て行った。
「姫！ 待ちなさい！！」
リルナも慌ててドアを開ける。
だが、そこにシランの姿はない。
「……っ！！ 姫！！！」
リルナは怒りのオーラを発しつつバタバタと走り出す。
「さっすがあたし！ 脱走の天才なだけある……うんうん…」
シランは、図書館の中でも奥に位置する古代の歴史の本が並ぶ場所に身を潜めていた。
無論、しっかりと図書館から出て行くリルナを見届けている。
「さて、しばらくしたら出るかな〜。まだ、外にいるだろうし」
そう言って、本棚を見上げる。
シランの身長の何倍もある本棚が、所狭しと並んでいる。
「どこから集めたんだろう？こんなにいっぱいの本なんて……」
本棚を見回しながら辺りを歩く。
大体が、一度はリルナや勉強係の魔術師達から聞いた事のある名前や、事柄が目に映る。
「……ん？」
そんな、風景の一部だった本の中に気になる題名が目に飛び込んだ。
「なんだろ……『創造戦争』？ 初耳だなぁ、コレ。聞いた事ないや。なんだろ？」
誰の口からも聞いた事の無い題名に興味を惹かれ、シランは本を手にとる。
けっこうな重さの本だが、かなる古いのだろう。
ボロボロ、と表現できるほどである。
「うっわ、古いなぁ……かなり昔の本なのかな？ でも、戦争……だよねぇ」
言いながら、本のページをパラパラとめくる。
「うえ〜、文字ばっかりじゃん。やっだなぁ………あれ？」
本の途中のページ、色が落ち、茶色くなった挿絵に目が止まる。
挿絵の絵柄はまるで、天から舞い降りた天使に、人間がすがっているように見えた。
「女神様ってヤツ？ なになに……」
シランは興味深々にそのページの文章を読んだ。
文字がビッシリ並んでいるために、指で追いながらでないと読みにくい。
「天の大地に住まい、天よりの舞い降りし、翼を持つ者達は、自らを『天空人』と名乗り、地上に住まう者達を支配しはじめた…」
シランは、その部分で手を止めた。
「……支配しはじめた」
そう呟いて、もう１ページめくる。
そのページには、さっきのよりは色の残っている絵があった。
その絵は人間達が剣を持ち、金の髪の天使『天空人』と向かい合っている絵。
あきらかに戦争の絵。
「……なるほど。さっきの絵は、支配する『天空人』と支配されている人間ってわけね」
その絵は大きく１ページ使っている。
向かいのページに、また文章が書かれていた。
『天空人の支配に不満を感じ、地上人は戦争を勃発させる。
だが、おそるべき力をもった天空人に地上人が叶うはずも無く、戦争は、天空人の圧勝で終るかと思われた。
しかしある日、奇跡が現れた。
天空人と対等に戦える力をもった地上人が突如、姿をあらわした』
さらにページをめくると、天空人とたった一人、剣を持った地上人が向き合っている絵があった。
『救世主と呼ばれたこの者は、地上人達を勇気付け、天空人との戦いで先陣を切って戦争を勝ち抜いていった。
そして、ついに地上人が天空人の巨城を攻め落とす日が来た。
だが、それでも天空人の王の力は強かった。
数多の地上人が、王を倒す事を諦めかけたとき、救世主は単身、天空の王に戦いを挑んだ。
だが、救世主でさえ苦戦を強いられた。
救世主は、戦争に勝利する地上人に未来を託し、相打ちとなる形で天空の王を打ち倒した。
救世主によって戦争に勝利した地上人が、今の人間達の祖先とされているために、この戦争を『創造戦争』と呼んでいる』
シランはそこまで読むと、また適当にページをめくっていった。
そして、その手がまた止まる。
最後のページの絵である。
「あれ……？」
シランが本の中の絵をマジマジと眺めていると――
「姫！！！！」
「うっわ！！！」
唐突に聞こえたリルナの声に、シランは本を落としそうになる。
「……な、なななんだ、リルナかぁ……」
「リルナか、じゃありません。姫、学習室にお戻りください」
言って、奥の方に見えるドアを指さす。
シランが飛びだした、学習室の部屋。
「そんな事、どうでもいいんだよ」
「どうでもいいって……またそんなこといって…」
「こ・れ！！」
呆れ顔のリルナに、読みふけっていた本を突き出す。
開かれたページは、最後のページの絵。
「……あら、姫が歴史の本を読むなんて」
「そうじゃなくて…」
「じゃあ、わたしが色々話してあげます」
「だから、リルナってば！！」
「わかっています」
言って、突き出された本を取り上げる。
「あ！！ 返して」
「部屋に行ったら返してあげます」
「うそつき！」
「なんとでもおっしゃってください。さぁ、いきますよ」
リルナは本を元の場所に戻すと、シランの腕を掴んで歩き出す。
「えええぇぇぇぇ！！？ リルナってばぁ！！」
シランの叫び声は、完全に無視されていた。
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