『 WILLFUL 〜始まりの歴史〜

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  WILLFUL 2−12  


シランは、あまりの出来事に目を大きく見開いたまま、小箱の魔方陣に視線を注いでいた。





『え…と…なんて言ったらいいのかしら? ねぇ、あなた…』
『おまえなぁ…あれほどオレが言いたい事をまとめておけ、と言っただろ〜?』
『ま…まとめたんだけど…いざとなると…』





おどおどと言葉を紡ぐ母。
本当に自分の母なのか? と、少しだけシランは不思議に思った。
思わず、顔が緩んだ。
母の声と会話をしているのは、少し若く聞こえるが、明らかに父アシュレイの声。





『えぇ…と。どうしよう?』
『どうしよう? じゃないっつーの! ほら、言っとけって』
『う…うん。そうよね』





おしとやかな印象を受ける声色は、静かに語りだした。





『シラン、よね?…コレを聞いてるって事は、きっとあなたはこれから旅に出るのね?』





シランはその言葉に静かにうなずく。





『私はね、いつかあなたもきっと、お父さんのように…アシュレイのように、
旅に出ると思っているの』





『だって、私とアシュレイの子だもの』





声はそういって、照れたように笑った。





『シラン、世界は広い。あなたが知っているより、あなたが見ているよりずっと……』
『ずっと、広くて大きいわ。きっと驚くわよ?ふふ……』





母が子に語る口調は、優しく、穏やかで、暖かい。





『シラン? あなたは、あなたの目で世界を見る必要があるわ。確かに、王族としての使命もあるのかもしれない。だけど…』

『これは、勝手な言い分だけど…王族である前に、あなたは自分の意志をもっているでしょう?』

『それに従いなさい。あなたが見たいのなら見に行けばいい。知りたいのなら求めていい。あなたは、王族としてより”シラン”としての考えを作りなさい』

『それは決して、無駄なものではないわ。きっと、あなたのためになる』





「お母さん…」
シランは、静かに、ただそこに自分のことを気にかけてくれている存在に、
思わず顔が微笑んでくる。





『私は、もうすぐ死んじゃうの。あ、シランにこんなこと言ってもしょうがないよね……ごめんね』

『だから、側にいられなくなるんだけど。でもね、私は本当にあなたが大好きよ、シラン』





「…あたしも、お母さんが大好きだよ…」
思わず、聞こえるはずの無い返答を出してしまう。
なんだかさびしい気もするが、この声が届くような気もしている。





『それでもあたなが私の事を、大好きって言ってくれてるなら、私は幸せね…』

『私が出来るのは、今ココで、こうして話すことだけ…今私ね、赤ん坊のあなたを抱いてるのよ。静かに寝ているけどね』





とても嬉しそうな、幸せそうな声。





『大きくなったあなたがどんな容姿なのか、私にはまったくわからない。だけど…』

『あなたに母親らしいこと出来ない私にも、側にいることも、送り出す事も出来ない私でも…』

『一つだけ。あなたに協力出来るから。ううん、協力したいから。だから、今こうして話しているの』





幸せそうな声色は一変して、少し悲しそうな色をかもしだした。





『あのね、私は無事にあなたに家に帰ってきて欲しい。ここは…カーレントディーテはあなたの家だから…でも、私には無事を祈る事すらできない』

『だから、これをあなたにあげるわ。私が、アシュレイと一緒に…もちろん、リルナも一緒にだけど。旅をしていた時に、持っていた武器なの』





「……これ…って?」





『あ、そうそう。見えてないのよね…当然よね、ごめんなさい』





シランの疑問に答えるかのように、声は続いた。





『えっとね…私が今から言う事を、復唱してくれる?…良いかしら?』





「復唱? 何を言うんだ?」
「わからない……けど、言うよ。お母さんの言葉だし」
ブルーに笑いかけ、シランは言葉の続きを待った。





『よく聞いてね…』





『我と共に戦う剣、我を守る盾よ。この身に宿りて、力となれ』





「…………………………」
シランは静かにブルーに目を配る。
彼は静かにうなずいた。
「……我と共に戦う剣、我を守る盾よ。この身に宿りて、力となれ」
シランが言葉を言い終わると同時に、小箱から魔方陣が出たときとは比べ物にならない光があふれだす。
「うわ…!!」

――ガコン…

シランはその眩しさから、思わず小箱を手放してしまった。
「あ! やばっ…」
そうは思っても、あまりの光に目が開けれない。
「どうした!?」
「箱、落としちゃった…」
ブルーの心配そうな声に、シランはぼーぜんと答えた。
言い終わると同時に、光は消えたようで、閉じていても眩しかった光はなくなっていた。
それでも4人の目は、かなりくらんでいて、まだ開けないが。
「あ〜……シラン、アンタの母親って手品が好きなのか?」
「うぅ〜、わかんない。ちょ〜っと、眩しすぎだよねぇ〜……」
ティミラのちょっとだけ怒りの混じった声に、苦笑しながらシランは言う。
「あ〜、眩しかった……」
シランは目を擦りながら、少しだけ目を開けた。
「…………………………………あ……」
「シラン……これは……?」
「な、なんだよ……」
「はぁ〜……すごい…」
思わず4人は息を飲んだ。
4人の眼前には、小箱の上に静かに浮かび、たたずむ剣があった。
柄は美しい金の装飾が施されていて、小さな宝石が頭に飾られている。
それは、剣と呼ぶには大きい「大剣」だった。





『あなたは、どんな風に形を取ったのかしら…?』





小箱からは、また声が聞こえた。
シランは落としてしまった小箱を拾い上げる。
「これって一体……?」
空中に浮かぶ大剣と小箱を交互に見つめ、シランは唖然としていた。





『シラン…それはね”セイクリッド・ティア”っていう武器なの』



「セイクリッド・ティア…?」



『私は略して”ティア”って呼んでたけど…これは持ち主の精神にあわせて姿を変える武器なの』



「姿を変える…って、そんなことが可能なの!?」
「信じられないな…」
「あぁ、オレもだ…」
シランを除いた3人は、思わず声をあげる。





『私は弓を使っていたんだけど……たまに剣に姿を変えて使っていたわ』





母の声は、いつのまにか真剣に変わっていた。





『さっきも言ったけど、これは持ち主の意志にあわせて姿を変える武器。シラン、あなたの意志に合わせて』



「あたしの……意思、かぁ」
シランは”セイクリッド・ティア”と呼ばれた大剣を手にする。
柄を握ると、一気に浮力が無くなり、手に重量がかかる。
刃の大きさを見てもシランの腰から足首ぐらいまでの、かなりの大きさである。
それ相当の重さがあると思っていたが、以外にもそれは軽かった。
「すご〜い、軽いよ……」
シランは、それを片手で頭上に掲げる。
刃は、薄い青とも銀ともつかぬ、不思議な色合いをしている。
日の光にあたり、その刀身は綺麗に輝いている。





『シラン、それが私からの贈りもの。なんか、物騒な感じがするけど…あなたには、これくらいの贈り物をしても、平気そうだものね』





そう言った母の声は、さっきまでの穏やかさを取り戻していた。





『武器の形を変えるのはあなたの意思。つまり、あなたの武器を創造することができるのよ。ま、試してみて』



『あと…これから色々なことがあると思うの。つらいこと、悲しいこと、楽しいこと、嬉しいこと……』



『いい? これだけは聞いて』



『目の前から逃げないでね』



『例えそれが、死にたいくらい辛い時でも、苦しい時でも。決して逃げないで』



『そして死のうとしないで』



『あなたにはあなたを信じ、共に生きて、歩いている仲間がいるんじゃない?』



その言葉に、シランは後ろを振り返った。

金の瞳に映るのは、ブルー、ルージュ、ティミラの3人の姿。




『私に言えるのはこれくらい…側にいることは出来ないけど…きっと”セイクリッド・ティア”が役に立つわ。ほんと、物騒な贈りものでごめんね』



『本当に…母親らしくないよね…ごめんね…』



「お母さん……」



『それじゃあシラン…あなたの旅の無事を祈っているわ。あぁ、無事じゃあ済まないかしら?』





微笑んだ表情が目に浮かぶ、おだやかな声色だ。





『とにかく、カーレントディーテに帰ってきたときには、色々聞かせてね。楽しみにしているわ』



「うん、お母さん……ありがとうね!」



『それじゃあ……どうか、あなたにとってよい旅になるように……祈らせてね…』





その言葉を最後に、魔方陣は静かに消えていった。
赤い木箱は、ただの小さい箱と化した。
「お母さん……」
それでも、シランにとっては大切な小箱。
「……ありがとう」
満面の笑みを、木箱に向けた。







「さて……これでよしっと!」
シランは手についた砂を払いながら、胸をはった。
先ほど、母からの贈りものをしてくれた小箱を、同じ所に埋めなおしたのだ。
シランいわく「持っていても無くすし。だったらお母さんに持っててもらう」とのこと。
「それにしても……」
穴埋めを終ったシランの背後で、ブルーは”セイクリッド・ティア”を掲げていた。
「本当にこれが軽いのか?」
そう、さきほど判明したのだが、この”セイクリッド・ティア”。
シラン以外には、それなりの重量をあたえるようなのだ。

――とはいえ、身体を鍛えているブルーにとっては、関係ないようだが。

常人が扱うには、明らかに困難な重さだ。
「軽いよ。めちゃめちゃ軽い」
シランはブルーから”セイクリッド・ティア”を受け取り、型を取り、素振りをする。
シランは両手を使っているが、それは大剣ゆえ。
それに鍛えているとはいえ、か細い腕をしているシランが大剣を扱える時点で、彼女の言う事が十分に証明できている。
「一体どんな作りをしているんだろーねぇ、その武器」
「さぁね。姿を変えるなんて……オレの大陸でも作れないシロモノだよ」
素振りを止めて、剣を見ているシランを横目に、ルージュとティミラが話している。
「う〜ん…魔術的な何かが施されているか…あるいは元々の原材料によるものなのか…」
「どうでもいいじゃん。そんなの」
会話を聞いていたシランは、悪びれる様子も無く言い切る。
「お母さんからの贈りものだし…何より武器も手に入って一件落着だよ♪」
シランは大剣を片手に、にっこりと微笑む。

――嗚呼、王妃様…こんな娘になると、ご想像つきましたか?

ブルー、ルージュ、ティミラの3人は、心の中で少しだけ頭を抱えた。
「さて、じゃあ武器も手に入ったし。これからどこに行こうか?」
「ん〜……どこか情報集めでも出来るところとかがいいなぁ…」
目線を空にむけて、シランは希望を述べる。
「だが、その前に色々準備をしないとな……」
「そっかぁ…じゃあ、近くの街がいいね」
ブルーの言葉にうなずくシラン。
「一つくらい街を飛ばして行った方がいいだろうな。隣街のリーベルの周りのどこか……」
「リーベルかぁ……ちょっと南だよね?」
「ああ。あの街を経由して、どこかで滞在した方が良いだろう」
「だったら、その先のサーヴの街がいいんじゃない? 商店街も結構大きいし……」
「そうだな…無難なところだろう」
ルージュの提案に、ブルーも同意する。
「サーヴの街は、どう行くんだ?」
「リーベルから南東だよ。けっこういい街だし」
ティミラの質問に、ルージュは笑顔で答える。
「よし! じゃあ、サーヴの街にしゅっぱーーーつ!!!」
シランは両手を空に掲げて、大声でさけんだ。




――空はどこまでも澄み渡っていた。















それは歴史の邂逅

誰もが夢にも見なかった真実
誰もが知らなかった真実
誰もが覚えていなければならなかった真実

歴史に埋もれた真実を
歴史に埋もれた現実が紡ぎだす

それは歴史の邂逅

古の追憶

遠き日の真実

一人の少女が作り出した

一つの大きな邂逅の始まり


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