『 WILLFUL 〜最初の冒険〜

Back | Next | Novel Top

  WILLFUL 3−1  


「あれがサーヴの街だよ」
「ほぉ〜、けっこうでかいんだな」
荷馬車の後ろから顔を出すと、道なりの最終地点に家々が見える。
道の距離から見ても結構離れているのに大きい。
サーヴの街の大きさがうかがえる。
「リーベルの街がそんなに大きくなかったから期待はしてなかったけど……なんでこっちの方が大きいんだ? リーベルの2倍はあるぜ?」
『ま、カーレントディーテに比べたらそうでもないか。』とティミラはつぶやいた。
「サーヴの街は、この大陸に物を運んでくれる港街だからな。自然に栄えているんだ」
荷馬車の中で、剣の手入れをしていたブルーが答える。
「ふぅん……」
走行によって生まれた風に黒髪をなびかせて、ティミラは適当にうなずき、目だけで中を見た。
ブルーは角度を変えながら、刀身をわずかに入ってくる光に当てて、刃の様子を見ている。
「お前なぁ、こんな揺れる馬車の中で剣の手入れしなくてもいいだろ?」
外に顔を戻しながらティミラは呆れた、と言う風にぼやく。
「お前と違って剣は繊細なものだ。そうそう手荒に扱えるか」
「はぁ? あんたの使ってる剣が”繊細”とは、お笑いだなぁ…」
「なんだと、この男女……」
「どっちが男女だ、この雌雄同体……」
「雌雄同体だと…!? 貴様、言っていい事と悪い事の区別も付かんのか……」
「お前が先に言い出したんだろーが!!!」
ティミラは思わず身体を中に戻し、ブルーに食って掛かる。
「どーしたの、ティミラ?」
くだらない口喧嘩に、外の御者さんの隣に座っていたシランが中を覗き込む。
「シラン!! こいつ、一体いくつなんだよ!? ガキくさいったらない!」
ブルーの胸倉を掴んだまま、ティミラは怒り出す。
「お前に言われたくはない。そっちこそもっと学習が必要なんじゃないのか?」
「あんだとぉ!!!」
「もう、喧嘩なら他所でやってよ〜……」
シランさえもが呆れたようにため息を吐いた。
「お嬢ちゃん。ちゃんと座ってないと、あぶないよ?」

――ガゴン!!

「あ、はぅあ!!」
「痛っ!!」
「おいティミラ、上に乗るな。重い……」
「……てめぇ、覚えておけよ」
御者のおじさんの言葉通り座りなおそうとした途端、馬車が大きく揺れ、動きが止まってしまった。
「あちゃ〜、言わんこっちゃないでしょ?」
おじさんは頭をかきながら、衝撃で荷馬車の方につっこんでしまったシランに声をかけた。
「は……はぁい…以後気をつけます…」
頭をさすりながら顔を上げるが、別に周りに変わったことは無い。
馬が暴れた、という様子でもない。
「あの、どうしたんですか?」
「さぁねぇ、これから調べないと…」
「おじさん、おじさん」
先に外に降りたらしいルージュが、御者に近づきおじさんに声をかける。
「どした? キレイな兄ちゃん」
「馬車の後輪が、なんか窪みにハマッてるみたいだよ。降りて見てよ」
「えぇ!? どれどれ…」
ルージュの言葉に顔色を悪くして、おじさんは御者席を降りていった。
「どうした?」
荷馬車の中から御者席にブルーが顔を出してきた。
どうやらどんな様子か知らないようだ。
「ん〜……なんか後輪がハマッたみたいだよ。降りてみよ?」
「あぁ、わかった」
顔をひっこめ、ブルーはティミラに声をかけて後ろから地面におりた。
「んだよ……」
外に出たティミラは、車輪の近くでなにやら話し込んでいるルージュに声をかけた。
ルージュは彼女に気がついて、手招きをしてきた。
一緒に外に出たブルーと顔を見合わせて、とりあえず見に行く事に。
「なんだよ、どうしたんだ?」
「あ、もうしわけないねぇ。車輪がはまっちまったんだ」
言われて見てみれば、確かに後輪がモノの見事にはまっている。
窪みは自然に出来たものだろうが、けっこう深く馬を使って動かしただけ
では出れそうにない。
「まいったねぇ…馬達にがんばってもらって、後ろから押すしかないかねぇ」
おじさんは手で顎をさすりながら呟いた。
「でもおじさん、押すだけで出れる? これ……」
ルージュは窪みを指差しながら、ちょっと疑心そうに訪ねた。
「どうだろうねぇ……荷馬車を持ち上げる事が出来ればいいんだけど。そうなると人手が…」
「完全に持ち上げないといけないのか?」
おじさんの言葉をさえぎって、ブルーは言葉を挟んだ。
「いや、そこまでしなくとも。ちょっと持ち上げればそれでいいんだが」
「そうか……軽く上がればいいんだな」
「あぁ、そうだが……どうするかねぇ……」
おじさんはまた顎に手を当てながら、車輪を見つめてしまった。
そんなおじさんを横目に見つつ、ブルーはティミラに耳打ちする。
「ティミラ。上げれそうか?」
「オレ一人でか?」
「いや、俺も手伝う。出来そうか?」
「オレは平気だけど……ブルーこそ出来んのかよ?」
「…ってことは、出来るな?」
ブルーのセリフにティミラはふっ、と口を吊り上げた。

余裕の表情もオマケして――

その顔に納得したブルーは、うなずいておじさんに声をかけた。
「俺達が浮かせるから、あんたは馬を操作してくれ」
「え…えぇ!? あんたらがかい!?」
おじさんはマジマジとブルーとティミラを見つめた。
確かにブルーは鞘を携えている事から剣士であり、力も望めるかもしれない。
だがティミラの方を見ると、とても重いものを持てるようには見えない。
ある程度鍛えてある事はなんとなく雰囲気からわかるが、かりにも女性なのだ。
「兄ちゃんの方はわかるけど……ねえちゃん、大丈夫なのかい?」
「あぁ、余裕余裕! とりあえず、おっちゃんは御者席行ってくれよ」
握りこぶしをして、笑顔でティミラはおじさんをうながす。
ティミラの表情に心配そうな顔付きをしつつ、おじさんは「じゃあ頼んだよ」と言って歩いていった。
「大丈夫なの?」
ルージュは二人を心配そうに見つめた。
ブルー達が乗っていた馬車は、リーベルの街からサーヴの街まで荷物を運ぶ馬車。
積荷があることを我慢する、と言う条件で4人は無料で乗せてもらっていたのだ。
と、いうわけで。
当然荷馬車の方には荷物が沢山。
とても短時間で荷物を下ろして、馬車を移動させ、さらに荷物を戻す、という作業はむりである。
さすがに重いのでは、とルージュは心配したのだ。
「俺一人では無理だろうがな。ティミラとなら、なんとでもなるだろう」
「同感。オレだって一人で持ち上げる自信はさすがに無いね。いったいどれだけの重量があるんだか、知れたもんじゃないし……」
そういって、荷馬車を手で叩く。
「しっかしついてないな。こんなのに当たるなんてさ」
窪みにはまった車輪を軽く足で蹴る。
だが、やっぱり動く様子も無い。
「にいちゃん達! 準備はいいかい?」
御者席に座ったおじさんが、顔をブルー達に向けながら声を掛けた。
「あぁ。じゃあやるか?」
「オッケィ〜」
ティミラとブルーは、角を挟んで、荷馬車の土台に手をかける。
「おっじさ〜〜ん! 動かしていいよ!」
ルージュがそう言うとおじさんは「それ!」と鞭を叩き、馬達を動かす。
それにあわせて、2人が力を入れて上に持ち上げる。
さすがの2人も少しだけ渋い表情をしているが、その顔に汗は浮かんでいない。
それでも馬車はわずかに浮かんでいるのだが。
やはり動くほどまでいかない。
「さすがに……少し重いな」
「んだよ、こんなに重いなんて思ってなかったよ……」
「そうだな。ま、お前に比べれば軽いもんだな」
「…ってめぇ!! さっきといい今といい、オレに喧嘩でも…」
ティミラが怒りに任せて力を入れた瞬間、

――ガゴッ!!

車輪が上がり、窪みを出て地面を少しだけ走る。
「よし、上がったか」
「………ブルー。お前って、けっこういい根性してるよな……」
「何を言う。最善の策、と言え。お前だって楽だったろう?」
「おまえなぁ〜…」
抗議しようと思ったが、無駄だと判断したティミラは疲れたようにため息を吐いた。
「お〜い、にいちゃん達! ありがとうな、助かったよ」
御者席に座り直しながら、おじさんはお礼を言ってきた。
「いや〜、別にいいんだ。重労働じゃなかったし〜……」
微妙に疲れた口調で、ティミラは手をパタパタと振った。
「そうかい? いやぁ、にいちゃん達を乗せてなかったら大変だったな。いや、ほんとありがとうね! 乗せて良かったよ。さぁさ、出発するから乗ってくれ」
たずなを握って、おじさんは3人をせかす。
「さて、じゃあさっさと乗ろうか?」
「ルージュ、待て。シランが居ないぞ?」
「あれ? そういえば…」
車輪を持ち上げる時にも、声すら上げなかったシランの姿が見えない。
「どこにいるんだ?」
あたりをきょろきょろと見回すと、窪みの側の土手。
道なりの森の奥を見つめたままボーっと突っ立っているシランがいた。
「シランー!? なにやってるの!?」
ルージュが大きな声を出して呼ぶが、まるで聞こえていないのか無反応。
ブルーがため息を吐いて、シランの背後に立ち肩に手をかけた。
「おい、シラン。何している?」
「へ!? あ……あぁ、なんだ。ブルーかぁ。脅かさないでよ〜」
声をかけられて心底驚いたのか、シランは胸を撫で下ろしながら振り返った。
「脅かすな、と言われてもな、普通に声をかけただけだが……」
シランが見ていた先。
森の奥を見ながら
「一体何を見ていたんだ?」
ブルーはそう訪ねた。
少なくともブルーが見る限りでは、あんなに気を取られるほどのものはない。
「あぁ……うん、ちょっとねぇ〜」
まるでごまかすかのようにシランは適当に答えをはぐらかし、「行こう」と言って馬車を指さした。
とりあえずモンスターが居たわけでもないので、特に気にも止めず、促されるままブルーはシランと共に馬車に向かった。
「よし、じゃあ出発するよ?」
御者席の隣にシランを座らせ、おじさんは馬を鞭打って馬車を進ませた。

カーレントディーテを飛び出し、リーベルの街で宿泊もせずに来たおかげで、今、空は夕暮れに近づいていた。
Back | Next | Novel Top
Copyright (c) Chinatu:AP-ROOM All rights reserved.