『 WILLFUL 〜始まりの歴史〜 』
WILLFUL 2−4
闇夜に翻るは、黒の衣――
その手が狙うは、命――
街も眠りにつき、明かりが消えた夜。
「ちくしょー。冷えるじゃねーかよ……」
兵士は悪態をつきながら、城の城壁から辺りを見回した。
彼が歩いているのは城の後ろ側に当たる方。
カーレントディーテは背後に海を持つ国構えなのだ。
「海側歩くとほんと冷えるぜ。風が冷てーからなぁ……」
そう言って、身体を少し振るわせる。
「………特に異常もないな」
そして、あたりの闇に目を凝らす。
周りは、わずかについている城の部屋の光が見える程度。
それ以外はただの黒。
「さて……じゃあ行くかな……」
―――ヒュン!!
一瞬、風を切るような音が耳に入る。
「なんだ!?」
彼は反射的に腰の剣を抜いて、構える。
だが、辺りはやはりただの黒。
彼は緊張しながらも、静かに辺りに目を配り、気配を探る。
長い静寂と緊張が続き――
「…………………………誰もいないのか?」
彼が、ほんの一瞬油断した瞬間。
――ドッ!!
「ぐぁ……」
兵士は後頭部に強い衝撃が走ったのを最後に、記憶が途切れる。
「はっくしょい!!!! あ〜〜……あれ? もうこんな時間かぁ」
ルージュは昼間から読んでいた本を閉じ、席を立って窓から外を眺める。
街の明かりは消え、月夜が良く見える。
「いやぁ〜、いい天気だねぇ。明日も晴れるかな?」
のん気に伸びをして、頭をかく。
「さて……」
そう呟いて、ルージュはパチンと指を鳴らす。
すると閉じていた部屋のドアが静かに開く。
「何か用? あんまり変な気配ださないでよ〜」
あっけらかんと、そのドアの向こうに立っていた人物に言う。
「阿呆か。誰が変だ、誰が」
ブルーは小さくため息を吐いて、部屋に入ってくる。
服装は昼間と違ってラフな格好。
手には剣が握られているが――
「で?」
「で? じゃない。分かっているんだろ?」
「え〜〜? なんのこと? 僕、わっかんな〜い♪」
ルージュのボケさ加減に、さっきより大きくため息を吐く。
「……丁度いいウサ晴らしが出来そうなのにな。」
「あら? もう侵入してるの?」
「そうだ。行くぞ」
「クカー……スピー……」
部屋では小さな寝息が聞こえている。
「あはは〜……もう食べらんないよ〜……」
などと寝言を言いつつ、寝返りをうつ。
その部屋の窓の外に、黒い影が映る。
次の瞬間―――
――ガシャーーーン!!!
「っ!!??」
窓ガラスが一気に割れ、シランは目を覚ます。
「………どちら様で?」
「…………………」
シランの問に、影は答えない。
黒い影が、月夜に照らされはっきりと見える。
――暗殺者か〜……やっだなぁ、もう……
シランは普段と変わらない思考で文句を言う。
王女という身分上、ごくたま〜にあったりするのだ、こういう事が。
――嬉しくないのだが。
「あのさぁ……誰の命令?」
「………………………」
暗殺者は無言で武器を抜く。
闇に属する類の者が使う、ダガーと呼ばれる小さな短刀だ。
「………………カーレントディーテ王女。御命、頂戴する!」
暗殺者が武器を構えて、シランに向かって振り下ろす。
「うわっ!!!」
シランは布団から身をひるがえして、それをよける。
――まいったなぁ…
シランは心の中で思いながら、少しづつ後ずさりながらドアに向かう。
暗殺者が武器を構えなおし、体勢を立て直す。
―――と、いきなり
「は〜〜〜い、そこまで!」
「なに!!??」
暗殺者は背後からした声に、思わず振り返る。
月夜の見えるベランダ。
そこには宙に浮くルージュの姿があった。
「馬鹿な! どこから!?」
「それはこちらのセリフだが?」
似たような、それでも明らかに威圧感の違う声がする。
部屋に目を戻すとそこには、シランを背後にかばうように立つブルーの姿。
「……な!! いつの間に………」
「こっちのセリフだって言ってるでしょ? まったく、こんな真夜中にさぁ……」
頭をかきながら、ルージュは割れた窓から部屋に入り、地面に足をおろす。
「阿呆、夜中に暗殺するのが基本だろーが」
「でもさぁ。もうちょっと工夫とかユーモアを求めないのかな?」
「求めてどーするんだ。この阿呆」
「アホアホ言わないでよ! 僕がアホみたいじゃないか!」
「阿呆だろ? アホバカ弟」
「言ったなぁ!!!」
「くっ……ふざけやがって!!」
今までほったらかしにされていた暗殺者が、ルージュに向かって襲い掛かる。
「死ね!!」
すばやくルージュに近づき、武器を急所に向かって振り下ろす。
だが―――
その手に感じるはずの、人間を切るときの感触が無い。
ダガーは空しく、何もない空間をかすっただけだった。
――バカな!? 確かに……
「確かに、狙ったはずなのに?」
「!!??」
自分の思考が読まれた事と、ルージュの声が背後からしたことに驚く。
だが、その一瞬をルージュが逃す事は無い。
暗殺者の片腕を掴み、そのまま正面に押し倒し、腕を締め上げ全身の体重で押さえつける。
暗殺者がルージュを襲ってから、ほんの数秒の出来事。
「……な、ばかな。どうやって避けたんだ……」
「避けたんじゃなくて、消えたって言った方が正解かな?」
あいかわらず、明るい口調でしゃべるルージュ。
「消えた、だと?」
「そう。そういう術があったりするんだなぁ、これがさ」
そう言って、顔だけをブルーとシランに向ける。
「シラン、アシュレイ様に言ってきて。あとそこいらを見回ってる兵士を少し呼んできてよ」
「うん! 分かった!」
こちらもかわらず、かるい口調で言い、部屋を出る。
「いいのか? オレ以外にも誰かいるかもしれないんだぞ?」
「それはない。気配が無いからな」
遠めに暗殺者を見ているブルーが、サラリと言う。
「気配が無いのは当たり前だ。それを消して、オレ達は仕事をするのだからな」
「そうか? お前の気配は分かりやすかったがな」
言って、髪の毛をかきあげる。
銀髪が月夜に照らされて、綺麗に映える。
「銀髪………そうか……お前らが『白銀の双頭』」
「あれ? 知ってるの?」
暗殺者の呟きに、ルージュがわざとらしく驚く。
「まぁ、いいけどさ。さて、じゃあ色々吐いていただこうかな」
「吐く? オレは何も知らないな」
「どうだか。素直に吐くヤツもいないが、そう言ってほんとに知らない人間もいないだろ」
ブルーは剣を抜き放ち、剣先を暗殺者に突きつける。
「そうだな。だが、貴様のような脅し方で吐く人間もいない」
挑発するような言い方だが、そんなのに反応するブルーではない。
「確かに。正論だな」
――ざわざわざわ
そこまで言って、廊下が騒がしくなる。
シランが呼んできた兵士達が来たようだ。
「ふ〜ん……ま、せいぜい頑張ってね♪ ココの牢獄は、世界でも随一を誇る酷さだから」
「……牢獄に捕まったままでいるものか」
「逃げる、か。そんな気も失せるよ。きっとね」
そう言って、ルージュはブルーが兵士から受け取った錠で、暗殺者を捕らえた。
「ここは、海に近いのが難点でさ。シランさえ死にかけるほどなんだから」
ルージュは笑ってブルーと共に兵士に連れられる暗殺者を見送った。
後日談として――――
捕まった暗殺者が牢獄の「臭い」の酷さに身体の調子を壊し、病院送りになったらしい。
―――と、ブルーとルージュは聞いたのだった。
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