『 WILLFUL 〜始まりの歴史〜 』
WILLFUL 2−9
ブルーとルージュの出て行った王の間。
アシュレイはリルナを呼ぶように兵士に伝え、王座にもたれかかって天井を仰いでいた。
何もせずに、ただただ天を見つめていた。
色々な考えが頭を巡っていく。
シランが旅に出たい、と思うのはしょうがないと思っている。
自分もそうだったから。
最初から全てがあって、その全てが自分に求められる。
初めからそう育てられたのなら、疑問にならなくも無いのだが、自分は違った。
あまりにも「すべて」を求められすぎて。
あまりにも「すべて」を与えられすぎて。
そしてなんとなく思った。
「すべて」を与えられ、求められるのが「アシュレイ」という自分ではなく「王子」という存在。
それが悲しかった、といえば大げさだが、どうも不に落ちなかった。
自分の教育係につくものが必ず言うのだ。
『王子なのだから』と――。
じゃあ自分から「王子」という存在を取ったら何が残る?
残るのは『自分(アシュレイ)』という人間だけ。
―ならば「王子」をやめてみよう―
―この広い世界だ。誰か一人くらいは「オレ」を必要としてくれる奴がいるかもしれないし―
そんな考えで、城を出て行ったのだ。
「……なぁんでそんなトコロが似るのかねぇ……」
「血は争えないとは、よく言いますからね」
上を向いていた顔を正面に戻すと、そこには金髪のエルフの姿。
「……いたのかよ」
「呼んだのは陛下です。いたのか、とは失礼な言い方ですよ」
「あ〜あ〜、悪かった悪かった……」
手をパタパタを振り、悪気の無い態度で謝る。
「謝る気、あるのですか?」
苦笑しながらリルナはアシュレイの前に立つ。
「それで、御用というのは?」
「おう、お前には話しておこうと思ってな〜…」
「何でしょう?」
「ん? まぁ…なんていうか…」
アシュレイはちょっと口篭もりながらも
「シランを旅に出したから。承知しておいてくれ」
と伝えた。
それを言われたリルナの顔に大きな変化は無い。
ただ、きれいな眉がピクっと動いたくらい。
――やっべぇ…どやされるかな??
そう考えて少し覚悟をしていたのだが、リルナから返ってきたのは
「そうですか……それは姫のご意志で?」
意外や意外、肯定の言葉。
「陛下?」
「え!? あ、あぁ。娘の意思だ」
あっけない納得に、少し動揺する。
「……陛下。私が頭ごなしに反対すると思っていたのですか?」
「思ってた……正直、驚いたぞ?」
ちょっとムッとした表情を浮かべて、リルナは
「私だって馬鹿ではありません。ちょっとくらい想像はつきますわ」
「さっすがエルフだな〜」
「あまり関係ないと思いますが……陛下こそ、よく考えつきましたね?姫の考え」
「あったりまえよ!」
リルナの言葉に、自信満々に答えるアシュレイ。
「ブルーとルージュは、真夜中の襲撃だってのにいつもの服装をしていたんだぜ?」
そういってアシュレイは、騒ぎの最中の二人を思い出した。
黒いマントに身を包んだ兄と、青い法衣を身にまとった弟。
「ありゃあ何か計画していたって証拠だろーに」
そこまで言って、にっと笑い
「それに……オレの娘なんだ。何もしない方が変かもな!」
と、つけたした。
「お前こそ、よく黙認したじゃねーか…なんでまた?」
リルナはフフッと笑う。
「旅は姫だけでなく、ブルーとルージュにとっても良い勉強になるでしょう。
例え少しばかり名を馳せているとはいえ、世界は広いものです。何事も経験が必要ですからね。少しは息子達にも、社会勉強が必要でしょう?」
「……そうだな」
アシュレイは穏やかな表情で、王の間に光を導く大きな窓に目をやった。
空は、どこまでもきれいな青空が広がっている。
――クリス。お前の言う通り、オレに似た性格になっちまったよ。
心の中で、自分の妻にそう語りかけた。
――……何も
「何も起こらなければいいが…ですか?」
自分の言わんとしたことを先読みされて、アシュレイは苦笑した。
「なんでもお見通しか?」
「一体陛下と何年の付き添いだと思っているんです?」
リルナは口元を緩ませたまま、ため息を吐き
「もう、腐れ縁に近いですわ」
「腐れ縁か。妥当な表現だな!」
「はっはっは」と大きな声で、アシュレイは笑い出す。
「笑い事じゃないんですがね……」
苦笑を浮かべつつ、リルナは窓に目をやる。
――クリス。どうぞ、我が息子達もよろしく御願いね。
―――――やはり空は、どこまでも澄み切っていた。
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