『 WILLFUL 〜最初の冒険〜 』
WILLFUL 3−2
時は夜。
妖しげな、それでも見とれてしまうような月が空に浮かび、その月を静かな波が水面に映す。
カーレントディーテが治める通称『魔法大陸』に、物資を運ぶこの港街サーヴ。
静かな海と空とは正反対に、街はいつも船員や商人などで溢れ、騒がしくなっている。
シラン達は、サーヴの街まで運んでくれたおじさんと別れた後、割と賑わいのある、酒場が兼営されている宿を取った。
情報収集には、こういった場所がもってこいなのだが――
「うるさい……」
騒がしいのが基本的に苦手(嫌いともいう)なブルーは、ものすごく不機嫌だった。
「しょうがないじゃん。ここ、街の宿屋と酒場の中でも人気が多いらしいし……」
運ばれてきた料理に手をつけながら、ルージュは諭すように苦笑いをしながら言った。
場所は宿屋1階の、酒場と兼営されている食堂。
ブルー達の周りでは、酒を飲めや飲めやで大騒ぎしている男達もいる。
がっちりとした身体つきといい、日焼けした肌といい、おそらく船員なのだろう。
遠慮の無い宴会騒ぎが起こっている。
その光景は、この街では当たり前の事なのだが――
「あ〜、うるせ……」
コップの中の水を飲み干し、ブルーは不満爆発なため息を吐いた。
彼にとっては、ストレス以外の何モノでもないようだ。
出てきた料理を食べてはいるものの、進みは遅く、フォークでつついてばかり。
イライラしているのが、目に見えてわかる。
「神経質なやつは大変だねぇ。ブルー君?」
「きさま……嫌味か?」
「べっつにぃ〜。オレには良く分からないし」
ティミラは割と騒がしいのも気にならないタイプらしく、黙々と料理を口に運び、コップの中の少し赤目の飲み物を咽に通している。
「ティミラ〜。何飲んでるの?」
肉料理を口に運んでいたシランは、ティミラの飲んでいる物に興味を示し、そのコップに手を伸ばす。
「あ〜、だめだめ。コレ、酒だよ」
「お酒!? もうお酒飲んでるの?」
「酒っていっても…そんなにアルコール度数高くないヤツだよ。第一サワーだしな、コレ」
シランの目の前でコップを揺らし、それを口に運んで飲み干す。
自分が注文したミルクを飲みながら、シランは興味深そうにそれを見ている。
「そういえばシラン」
料理を食べ終えたルージュが声をかける。
「な〜に〜?」
「あのさ、実はお金稼がないとヤバそうなんだよね」
「ヤバい……?」
ルージュの言わんとすることが良く分からず、シランは首をかしげた。
「用は、金がなくなりそうってことなんだろう?」
相変わらず料理をつついていたブルーが適当に説明した内容に、ルージュはうなずいた。
「旅先で稼げばいいや、と思ってあんまりお金持ってきてなかったんだけど…」
そこまで言って、ルージュは疲れたような視線をシランに向ける。
「……な、何? あたしのせい?」
自分は何かお金を使うようなことをしただろうか?
シランはここ数日の行動を思い起こしていたが、それらしい事は思い浮かばない。
「いやぁ…まさかシランが無一文で旅に出てくるとは思わなくて。考えてたよりキツイんだよね…今日の宿代と、船代とかを考えるとヤバいんだよ。無くなるね、確実に」
――カラン…
料理をつついていたブルーのフォークが、手から滑り落ちる。
「お前、少しも持ってきてなかったのか……?」
「……そう言われれば、何も持ってきてないなぁ」
机に肘をつき、手の上に顎をのせてシランはあさっての方を見ながら呟いた。
持ってきたと言えるのは『創造戦争』のことが書いてある本だけ。
今現在手に入ったと言えるのも、母からの贈り物の『セイクリッド・ティア』。
それは今現在、姿を見せていないが。
どうやらこの『セイクリッド・ティア』という武器。
ルージュいわく『魔術的処置』らしいモノが施されているおかげなのか、普段は消えていて“持ち主”であるシランが必要とあらば姿を現す、というシロモノらしい。
ので、今シランは武器が無い状態と言っても過言ではない。
逆から言えば、いつでも武器が出せると言う事は、いつでも戦える、という事でもあるのだが。
「何も持ってきてないって……どうするんだ、これから」
「どうするって……」
シランは顔をうつむかせたまま、目線だけを3人に向けながら
「……稼ぐしか……ないよねぇ……」
彼女の言葉に、3人がうなずいたのは言うまでも無い。
そんな3人を見て、シランは「ごめんなさい〜…」と小さく言う。
「ま、しょうがないね。それで、どうする。何で稼ぐ?」
「う〜ん、賞金とかでも見つけよっか?」
などと4人が話しこんでいるところに。
「あ!! さっきのにいちゃん達じゃないかい!?」
急に聞いた声に話し掛けられた。
その声は入り口の方から聞こえ、シラン達はそちらに顔を向ける。
「…あれ? 昼間乗っけてくれたおじさんだ……」
そう、その声の主は昼間、このサーブの街まで乗せてくれたおじさん本人。
だがその隣には誰と知れない男の人を連れている。
「いやぁ、まさかにいちゃん達がここに泊まっているなんて思わなかったよ」
おじさんは笑顔でそう話し掛けてきた。
馬車が窪みにはまった時の事があったせいか、印象がよかったようだ。
「お〜い、バーグラス! このにいちゃん達だよ!」
おじさんは大声で、一緒に入り口に立っていた男を呼び寄せた。
バーグラス、というのだろうその男。
少し日に焼けた色黒の肌に、かなり鍛えられているであろうその筋肉のついた身体つき。
雰囲気から、商人や船員……といよりは、船長といった感じである。
「ほ〜ぅ、このにいちゃん達がか……」
シラン達が囲んでいるテーブルに近づいてきた男――バーグラスは、口元をニィっと吊り上げ、
「なんでぇ!! まだまだボウズじゃねーか!!!」
そう言って――いや、叫んでブルーとルージュの肩をバシバシ叩き「ガハハハハ!!」と大笑いをかます。
「おい、おっさん……コイツ誰だよ」
肩を叩かれつづけているブルーは、食事中のストレスも重なり、かなり殺気の
こもった目つきでおじさんを睨んだ。
「ひっ……いや、その…私がお世話になってる船の船長で……」
「ブルー、そんな殺気出しまくりの目つきでどうするのさ……」
小さく悲鳴を上げ、怯えた目線で説明をするおじさんをかわいそうに思ったルージュは、苦笑いをしながら注意する。
「いや〜、しっかしこんな細っこい腕でよく車輪をあげたもんだなぁ!!! ガハハハハ!!!」
「……っ細っこい…」
バーグラスの言葉にモロに眉をひそめ、普段から低い声を一層ドスの聞いた低音に変えて、ブルーは手にしていたフォークを折り曲げる。
「あのぉ、おじさん…あたし達の事、話したんですか?」
今までせっせと食事を終らせたシランがおじさんに声をかける。
「え? あ、あぁ。あんないい土産話はそうそうないからねぇ」
そういっておじさんは笑顔で答えてきた。
ブルーから開放された思いからか、かすかに爽やかな笑顔だ。
「そうそう、タックスからお前さん達のことを聞いたのさ」
「タックス……?」
「あぁ、私の名前です」
そういっておじさんは軽くお辞儀をしてきた。
「私はタックス=ドーター。行商人やってる者でして、そしてこっちのは……」
「オレはバーグラス=ドーターってんだ。船の船長してんだ。よろしくな!」
双子の肩を叩いていた手を離し、シランとティミラに向かって軽い会釈をする。
「……ドーターって?」
「あぁ、イトコなんだ。私らは」
『イトコ!?』
思わずシランとティミラが大声で叫んだ。
どう見ても二人は似ていない。
兄弟などではないから、当然なのだが似てなさ過ぎである。
「えぇ、私が行商人、バーグラスが船の船長ってことで、協力してもらってるんだ」
「へぇ……そうなんですか…」
シランはコップに残っていたミルクを飲み干しながら、適当にうなずいた。
「…そういえば、確か車輪を持ち上げたのはにいちゃんとねえちゃんだって聞いたが?」
バーグラスは顎に手を当て、上を見上げながら言った。
「あぁ。ブルーと一緒に手伝ったのはオレだよ」
ティミラが、新たに注文したサワーを飲みながら答えた。
「ほぉう。こんな美人さんが……ふむ…」
そこまで言ってバーグラスは何か、考えているようだった。
「どうかたんですか? バーグラスさん…」
その様子にシランが眉をひそめながら声を出す。
「いや、ちょいと困ってる事があってね……あんたらなら平気そうだ。頼まれてくれないか?」
先ほどの陽気な雰囲気から一転して、バーグラスは厳しい表情を浮かべた。
「頼まれてくれ、じゃあ失礼だな。そう、仕事の依頼、とでも言おうか」
「依頼…だと?」
さっきのことでまだ不機嫌なのか、ブルーはそっぽを向きながら先をうながす。
「あぁ、ここ最近…実は船がやたら頻繁にモンスターに襲われているんだ」
「モンスターに?」
「そうなんだよ。おかげで船は出港出来ずに、皆こうやって酒場に溜まっているんだ」
確かに、船員がここまでの人数で騒ぐのは、そうそう無い事だ。
「皆、海に出ることも出来ずに困っているんだよ」
「なんでモンスターはそんなに船を襲うんですか? 原因は?」
「それがハッキリとわからないんだ……だからこそ!!」
バーグラスは必死の表情でシラン達を見ている。
「だからこそ、この原因を調べて、解決してほしい…これは、ここにいる船員、他の船の連中も思っている事だ…頼む!! 礼金もちゃんと支払う。依頼主として…」
そう叫んで、バーグラスは頭を下げてきた。
いつのまにか周りで騒いでいた船員らしき男達も、静かにシラン達に視線を注いでいる。
――期待の眼差しで。
シランは静かに周りを見渡し、ブルー達と向き合い、うなずき合った。
「いいですよ。あたし達が出来ることならします!!」
――おおぉ!!
シランの宣言に、周りの男達も歓声を上げた。
「ただし……」
その中で申し訳なさそうにシランはバーグラスに、
「依頼料の方…どうぞよろしく御願いします♪」
そう笑顔で耳打ちした。
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