『 WILLFUL 〜最初の冒険〜

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  WILLFUL 3−10  


「くそっ……」
ブルーは宿を見上げながら、手の色が変わるほど拳に力を込めてしまう。
3人が戻った時には窓ガラスは無残に割れ、宿の入り口には人集りが出来てしまっていた。
「にーちゃん達!!」
人ごみの中から耳に聞いた声が入る。
タックスとバーグラスの2人だ。
「いったいどうしたんでぇ!? あの窓は……おじょーちゃんは!?」
「オレ達にもわかんねーよ。ただ、シランとお前の母親に、ソルトの刺客が向けられたのは確実だな」
ティミラは側にいる妖精に顔を向けながら、声を低くさせて言った。
妖精の子供は心配そうな顔で「お母さん…」と呟き、宿の窓を見つめている。
「ったく、オレ達はバレてたって事か……」
「おそらくね。街には彼の手下が大量に居たって事でしょ。くやしいけど……」
ルージュも目を細め、居心地悪そうな様子。
「さて……こうまでして、これから彼はどういう風に行動してくるのか……」
静かに言い放ち、ルージュは辺りを見回した。
「シランを探さないと……」
「オレ達にも手伝わせてくれ!」
ルージュの言葉に、バーグラスとタックスが緊迫した表情で詰め寄った。
今回の事件の原因は、元はといえば彼らにあると言えなくも無い。
本人達は責任を感じているのだろう。
その気持ちはブルー達もよく理解できる。
「人数は多い方がいい。行くぞ」
静かに言ったブルーの言葉に、4人は頷いた。










「街の方……騒ぎになってなきゃいいんだけどなぁ〜」
野盗を倒し、のん気に帰り道を歩くシランはため息を吐きながら呟いた。
もし騒ぎになっていれば、ブルー達にどやされるのは目に見えている。
宿のガラスまで割っているのだ。
弁償は確実だし、何より勝手にどこかに行ったのも言われるだろう。
そんな事を考えていると、自然とため息が出てしまう。
「どうしよう……」
『でも、悪い事をしたわけではないんですし……大丈夫ですよ!』
妖精が元気付けようと、空を舞いながら落ち込み気味のシランに声をかける。
「そうだよね。元々あたし達、悪く無いんだし……」
弓形のセイクリッド・ティアを月明かりにかざしながら、シランは開き直りを決め込んだ。
「それにしても、宿にまで来るなんてね。まだ油断できないかも……」
「その通りだよ」
『キャアッ!!』
妖精の悲鳴が耳に響いてきた。
「誰っ!?」
シランがセイクリッド・ティアを構えながら、距離を取りつつ降り返る。
そこにいたのは、妖精を片手で握っているソルトと野盗と思しき男共4人。
ソルトの顔には、余裕の笑みが浮かんでいる。
「こんな夜中に無用心だね、キミ……」

「……え、誰?」

身構えた身体を崩しながら、シランは眉をひそめながらもあっけらかんと言い放つ。
「ふっ、冗談を言っている場合かな?」
『ヒッ……』
妖精に小さなナイフを突きつけながら、ソルトは不敵な表情で呟く。
妖精はガタガタと小さな身体を震わせ、怯えの表情をあらわにしている。
「これでも、忘れたというのかい?」

「忘れたって言われても……そもそも知らないし」


――間――


「キミ……本気で言ってるのか?」
「え、うん……どこかで会ったっけ?」
「会っただろうが!! ほら、昼間に、宿屋で!!」
痺れを切らした野盗Aが、ソルトに代わって大声を上げる。
「宿屋……?」
『ほ……ホラ、ティミラさんに声をかけてた……』
思わず妖精すらもが、教えだしてしまう。
シランはしばらくうつむいて、腕を組んで考えていたが、
「ごめん、やっぱわかんない。ティミラに声かける人なんて、沢山いたし……」
「ま、まぁいい! こうして妖精の母が手の内にあるのなら、妖精のガキもすぐ手に戻るからな!」
気を取り直したソルトは、意気揚揚と妖精にナイフを突きつける。
妖精の顔に、再び恐怖が宿る。
「さぁ、どうする……?」
「ど……どうするって言っても……」
シランはセイクリッド・ティアを握り締めながら、口を尖らせる。
コレで倒す事は容易だろうが、それでは妖精の安全も確信できない。
目の前に立ちふさがる5人を見つめながら、シランが考えをめぐらせていると。

「シラン!!!」

耳に聞きなれた声が届いた。
後ろを振り返ると、そこには見慣れた姿があった。
「ブルー! ティミラ!!」
「おや……来たんだね」
それでも尚、ソルトは笑みの形を崩していない。
「てめぇ……」
「やぁ、リーア。元気でよかった」
「っく……!!」
ティミラに苦悶の表情が浮かぶ。

――やはりバレていたのか。

思わず力を込めてしまった手を、シランが静かに握ってくる。
「シラン……」
「ティミラ……あの人、知り合い?」

「「は?」」

ティミラならず、ブルーまでもが変な声を出してしまった。
「お前何言ってんだよ? アイツがソルトだぞ!?」
「え!? あの人が!!!」
「さてはシラン。昼間コイツの顔、見なかったな?」
ブルーに指摘され、シランはギクッと肩を上げる。
ソルトが現れた時、余りにもしんみりしていて面白くなかったので、相手の顔を見ていなかったのだ。
だから、名前は知っていたけど顔は分からなかったのだ。
「なんだ……この人がソルトだったんだ。顔がわかんなかった」
「お前なぁ……」
ティミラは思いっきり脱力して、大きな息を吐いた。

――なんだか調子が壊れる。

「まぁ、とにかく……」
砕けた雰囲気を乗り越えて、ソルトが咳払いをしながら言葉を紡ぐ。
「妖精のガキもよこしてもらおうか。さもないと、母親はどうなっても知らないよ?」
「そんな手に乗るもんか!」
「やめろ、シラン。コイツは平気でやるタイプだ」
強気の発言を、ティミラはピシャリと否定する。
捕まった時の雰囲気で良く分かった。
あの時も妖精を人質にされ、危うく人買いに売られる結末もあったのだ。
下手な行動を取り妖精を消されたら、それこそ最悪の結末である。
「よく分かってるね、キミは」
ソルトが不敵で、勝利を確信した笑みを浮かべる。
「ま、人を見る目はあるつもりなんでね……」
「そう? じゃあそこから動かない事だね。妖精とキミを売れば、それで済むんだから」
「ソルトさん、もうすぐ連中が船を持ってきやすぜ」
野盗の一人が、懐中時計を見ながらソルトに告げる。
それを聞いて頷き、ソルトは笑みの表情のまま後ろに振り返った。
「ココはお前らに任せる。適当にやっちゃってよ。あ……」
走り出そうとした身体を止め、野盗達に最後の忠告を告げる。
「彼女だけは気絶させて連れてくるんだ。あとは構わないから。分かったね?」
『へい!!』
野盗の返事を合図に、ソルトは浜辺に向かい走り出す。

その手に妖精を掴んだまま――

「逃がすもんか!!」
シランがそれを追いかけようとするが、それを野盗Aが阻む。
仁王立ちになり、余裕の笑みからかニヤニヤした顔である。
「お嬢ちゃん、悪いが行かせるわけにはいかねーんだ」
「そうそう、“お子ちゃま”はおとなしく宿でおねんねしてたほうが身のためだぜ?」
「お母さんに子守唄でも歌ってもらいな」

「あ、お前ら……」



――ムカ。



「ティア・レイン一本バージョン!!!」


――ズドンッ!!!


浜辺での矢の雨を集約させた、強力な空からの光の衝撃波が野盗4名を一気に地面に静める。
さっきと同様、死にはしない程度の威力だが、気絶は免れない。
叫び声やうめき声すら上げず、野盗達は地面に倒れていく。
「……言わない方がいいと思ったんだよ」
ティミラは倒れた野盗を蹴りつづけているシランを見ながら、ため息を吐いた。
「前からガキ扱い、嫌ってたもんな……」
「とにかく、ソルトを追うぞ。シラン、いつまで蹴ってるつもりだ?」
「だってぇ〜!!!」
そう叫びながらも蹴るのを止めないシランを、ブルーが静止させる。
「そのへんにしておけ。妖精が危ない、急ぐぞ」
口を尖らせたシランだったが、「もう」と呟き、先に走り出したブルーとティミラを追いかけて駆け出した。
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