『 WILLFUL 〜最初の冒険〜

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  WILLFUL 3−9  


「あの〜…何かご用ですか?」
すっとぼけたように、サラっと言うシランに、野盗は微妙にずっこける。
「お嬢ちゃん……用がなきゃこねーだろう?」
「はぁ、そーですよね」
シランはそう言って、布団の中で眠っていた妖精を摘んだ。
『う〜……ん、どうしたんです……か?』
もぞもぞと布団から出てきた妖精は、目の前にいる野盗達を見て言葉を失った。
『な……なんなんですか、この人達……』
「ん? あなたを捕まえにきた人だよ」
『そ、そんな!!』
さらっと言われた言葉に妖精は怯え、叫んでシランの側に舞い降り、顔を俯かせた。
当然である。
さらわれて、どうなるかなんて想像つきやすい。
末路が見えているのだから。

「とゆーわけで、出てってください」

唐突にシランの冷静な声が、静かに部屋に響いた。
妖精はゆっくりと顔を彼女に向ける。
「ここはあなた達の来るべき場所ではないんです。出て行ってください」
野盗達を静かに見つめ――否、視線をぶつけながら言う。
静かなでわずかな、それでも威厳のある威圧感に妖精は小さく咽をならした。

こんな少女には似合わない雰囲気――

「……だめだなぁ。そんな敵意を剥き出しにしちまってよぉ」
野盗の一人が、ひょうひょうと言う。
「お嬢ちゃん、俺達を舐めてもらっちゃこま…」
「じゃあ、あたしが出て行く」
「何!?」
言うが早く、シランは妖精を両手で包んで窓に突っ込む。

――ガシャン!!!

鈍い音を立てて窓ガラスが砕け散り、身体が宙を舞い、体制を立て直し着地をする。
幸いだった。
取った部屋が2階だった事と、普段から脱走をしていた事。
こんな所で功をそうするとは思いもしなかった。
リルナの呆れ顔が目に浮かび、思わず笑いがこみ上げてしまった。
だがそれに浸る暇はない。
「海に行こう!! そーすれば、あなたも戦えるでしょ?」
シランは両手を離し、妖精を開放する。
羽を伸ばし、空にひょいと浮かび上がった妖精は、自信なさ気に、
『で、でも……』
と、どもってしまった。
自信なんて…戦った事などないのだから、当然といえば当然だろう。
だがシランはそんな雰囲気を無視。
「だいじょ〜ぶ♪ なんとかなるって! 行こう!!」
シランは満面の笑顔でそう言ってくれた。
月夜に淡く映る新緑の髪、いつ見ても見入ってしまいそうな金色の瞳。
不思議と納得がいってしまう、そんな可愛らしい笑顔と言葉。

根拠なんか必要としない、ただ聞いただけでうなずけそうな、明るい声――

『そうですね……! 行きましょう!!』
妖精の言葉と同時に宿屋のドアが開け放たれた。
野盗達が、わらわらと口々に何か言いながらこちらを目指しているのが見えた。
「追いつかれるから、急ごっか?」
『はい!』
「じゃ、行くよー」
軽く言ったシランは軽やかに地面を蹴り、見た目とは裏腹の速さで街の通りを駆けて行く。
それに出遅れかけた妖精は、あわててスピードを上げ、シランに追いつく。
『は、早いんですね……けっこう』
「うん、走るの大好きだから!」
余裕の笑顔で走りながら、シランはあっけらかんと言う。
後ろを見ると、男達とのその距離は明らかに離れていく。
「おっそいなぁ……これだから、おじさんとかって運動しないとダメだよ〜」

――いや、あなたが早いだけなんじゃ?

後ろを振り返りながら余裕の少女に、妖精は思わず笑ってしまった。
「あ、笑った! 何がおかしいの!?」
無邪気に頬を膨らませたシランだが、すぐに妖精と同じように笑顔を洩らす。
そうこうしているうちに、前日に妖精と出会った浜辺に到着である。
「うん、まだ来ないね。よかったよかった♪」
息すら切らせず、シランは背後の道を見ながら笑顔で言う。
まるでこの状況を楽しんでいるようだ。
いや、実際楽しいのかもしれない。
ちなみに、男達の姿はまだ見えない。
あたりを見回すと、街と浜辺の境目になるように木々達が並び、その周りには海で削られた岩が目立つ。
「よ〜〜し……じゃあいっちょやりますか。ねぇ、ちょっと手伝ってくれる?」
シランは人差し指を口につけ、目を細めて言った。
『もちろんです! で、何をですか?』
「うん、あのね……」
近づいてきた妖精に、シランは耳打ちをする。
シランがコソコソと何か言うたびに、妖精は小さな顔を上下に動かした。
「ま、単純だけど、けっこう行けそうでしょ?」
『そうですね……がんばります!』
「うん! よろしく!!」
笑顔で敬礼をして、シランは浜辺の周りにある木々の方に駆け出した。










「くそっ、あの小娘はどこに行きやがった!?」
息を切らせながら、盗賊達は月明かりだけが頼りの薄暗い浜辺に到着した。
「ちくしょう……なんてすばしっこい小娘なんだ。どこに行った?」
「わからねぇ。だが、あの道を通ってきたならここにしか着かないはずだ……」
野盗達は口々に言い合いつつ、緑髪の小娘を探し始めた。
だが目前に広がっているのは海だけである。
「……まさか海に潜ってるわけねーよな」
「あるかよ、そんなこと。隠れるとしたら……」
言って一人が並び立った木々を指さす。
「あとは海辺の岩肌ぐらいしかねぇよ」
だが、岩肌ってのはキツイだろうけどな。と付け足す。
「よし、じゃあ木々の方だな。適当に囲んでやっちまうか?」
一人の野盗の言葉に、他の男達も頷いく。
それからはけっこうな動きの良さだ。
木々の周りを適度な距離を置いて、様子を観察できるように広がる。
そして一人が、静かに木々の中に入っていく。
誰かが来れば、見つかるまいとあわてて出てくる。
あとは全員で捕まえれば済む――そんな寸法だった。
木々の中に入っていった野盗の影が、少しずつ動くのが見える。
「さっさと見つけねーと、ソルトさんにどやされちまうぜ?」
「そうだよな。俺達まで売り飛ばされちまうよ……」
「ま、今回は小娘一人だ。問題は無いだろう」
「そーだよなぁ!」
そう言って、緊張感もなく「ハハハ…」と笑いあう。

――バシャッ……

「誰だ!?」
海のほうから、確かに水音がした。
全員が一斉に少し遠い海の方に振り向くとそこには、月明かりだけでは見難いが、丁度小娘サイズの人影――
「あ、あんなところに居やがるぞ!!!!」
「いつの間に!?」
一人が指さし叫べば、もう全員がそっちに向かって駆け出す。
集団行動の性なのだろうが、それが勝負の命運を分けてしまう。
誰もが背後の木々のこと、そして入っていった野盗の一人のことを忘れて駆けて行ったのだから。
「ぐあぁ!!!」
森の中から叫び声が聞こえ、それにまた木々を振り返るが、時すでに遅し。
目の前には、弓形状の“セイクリッド・ティア”を構えているシランの姿。
「こ、小娘ぇ!!」
「小娘だからって、舐めるからいけないんだよ! 自業自得!!」
少しばかり渋い表情をしたシランは、馴れた手つきでセイクリッド・ティアをつがえる。
水のモンスターの時と同じように、光の矢が静かに現れる。
「ちくしょう!! やらせるかよ!!」
野盗達が、今度はシラン目掛けて駆け出してくる。
「矢一つで、俺達全員倒せると思ったのか!?」
そんな野盗のことばに、シランは笑みを浮かべて――
「誰が一発なんて言ったの?」
まっすぐに前を向けていた弓の矛先を、空に向ける。
『なにぃ……!?』
野盗は驚きの声を荒げるが、それを無視してシランは静かにつがえていた手を離す。
「こんな事も出来ちゃったりして……?」

――ヒュン……

光の矢は、軽い音を立てて空に舞い――

「そうだなぁ……『ティア・レイン』とでも名づけてみようかな♪」

一瞬だけ光った。
そう感じた次の瞬間に光が空で四散、一気に野盗達目掛けて光の矢が雨のように降り注いだ。
『な……なにぃぃいい!!??』
そんな光景を目の当たりにした野盗達は、思いっきり大声を上げ、慌てだす。
シランはそんな様子に、笑顔で手を振りながら、
「がんばって逃げてね〜♪」
『逃げれるかぁあああああ!!!!!』

――ズガガガガドガガッ!!

問答無用の光の雨は、半泣きの野盗達を次々撃退していく。
降り終わったその場所には、気絶した野盗達が転がっていた。
『やりましたね!!』
海の方から、妖精が喜びながら飛んでくる。
あの水の人影は、妖精のお陰である。
『でも……すごい攻撃ですね。大丈夫なんでしょうか?』
「う〜ん……威力は弱めにしたから、死にゃしないでしょ」
側に倒れている野盗Aを、指でつつく。
『一体なんですか? その武器は……』
シランの手の内に収まっているセイクリッド・ティアを見据えて、妖精は問う。
あんな攻撃が出来るなんて、とても普通の武器には思えない。
だがシランは笑顔で「形見、かな?」と言っただけである。
「さて、じゃあ宿屋に戻ろうか? あんな事しちゃったから、誰か起きちゃってるかもしれない……」
そういって、窓を割ったことをけっこう後悔するシラン。
手にしていたセイクリッド・ティアを握りしめて、
「よし。帰ろっか?」
『はい、そうですね!』
妖精はシランの肩に座り、シランは一路宿屋に戻る道を歩き出した。
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