『 WILLFUL 〜最初の冒険〜

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  WILLFUL 3−11  


「サンダーブラスト!!」

――キギガァッ!!

『ぐがぁっ!!!』
浜辺にすさまじい雷光が走り、辺りを縦横無尽に駆け回る。
突っ立っていた十数人の野盗達は、うめき声を上げつつ次々と地面に沈んでいく。
「てめぇ、何者だ!? 何しやがる!!」
雷撃から逃れた残りの数人が、怒りをあらわにして剣を抜き放つ。
月光を背後に受けながら、静かにたたずむ人影。
光のせいで顔が良く見えない。
いきなり目の前に現れた人間は、剣に臆する様子も無い。
「何か言ったらどうだ!?」
風が静かに流れ、青の服と月夜に銀が輝く。
「……キミ達、ソルトの部下とかでしょ?」
青年の静かな言葉に、野盗達が一瞬息に詰まる。
「な、何の事だ!?」
「何の事、じゃないよ。館の近くの入り江以外にもまだいたんだ?」
その言葉に、野盗の一人がピクリと顔を強張らせる。
「入り江をあんなにしやがったのはてめぇか!!」
「正確には僕ら、だけどね。人売りだとか珍獣売買なんて、ご苦労さま」
「なめやがって……!!」
小馬鹿にした言葉遣いに、野盗達は苛立ちを表にしていた。
だが、さっきのが魔術だということは、十分認識できる。

それもかなり強力な術であることも――

「悪い事は言わないからさ、素直に投降すれば逃がしてあげる。ほんとにね」

――さもなくば……

その言葉の代わりに、手に小さな雷をまとわせる。
返答次第では、それが自分達を襲う事は確実である。
「にいちゃんよ〜! その辺にしといてやれよ」
野盗達の緊迫した雰囲気を壊すかのように、バーグラスの声が響いた。
その横に立っているタックスさんも、同感と言わんばかりにうなずいている。
「だってさ〜。バーグラスさんの知ってる近道で浜辺に来たら、あーんな船があるんだよ!?」
ルージュは手の内に集めた魔力を四散させ、目の前の船をビシッと指さす。
「用意周到すぎて、思わず壊したくもなるよ!!」
ルージュは一しきりわめいて、思いっきりため息を吐く。
『ルージュさん!!』
袖の中から、妖精の子供が顔を出し、浜辺から街に続いている道を指差し叫んだ。
『お母さんが来ます!! こっちに!』
「ほんとかい?」
期待の念を込めて、ルージュはその方向に目を向ける。

――だが。

「な…なんだ、これは!?」
期待を裏切って、現れたのはソルトだった。
野盗の倒れている光景に驚いているその手には、妖精の母親が握られている。
『お母さん!!!』
血相を変えた妖精の子供が、母親の側に行くために飛び出してしまった。
「駄目だ、行くな!!」
ルージュの声に、子供は身体を大きく震わせ、泣きそうな表情で振り返った。
「……キミまで捕まったら、手立てが無くなるよ」
静かな声色に頷きながら、子供は母親よりなお小さい身体を縮ませ、悲しげに側に戻る。
その様子を見ていたソルトは、走ってきたためか荒かった息を整えもせず野盗達を睨んで、叫び散らした。
「お前等!! 妖精のガキの方、しくじったのか!?」
「へ、へい。向こうの連中……やられたようで……」
「ようでじゃない!! ふざけるな!!」
顔を真っ赤にし、切れ切れになっていた息を直そうともせず、ソルトはルージュを睨んだ。
「お前が邪魔をしたのか!!!」
「邪魔、とは心外だね。人助けして、何が悪いんだい?」
「この……ッ!!!」
スかした態度がカンに触ったらしく、ソルトはさらに顔を怒らせる。
もっともルージュの場合、確信的にそういう態度を取っているのだろうが。

「ソルト見っけ!!」

唐突に聞こえた声と共にシラン、ブルー、ティミラが、浜辺に姿を表す。
ソルトを見つけたシランは手にしていたセイクリッド・ティアを構え、矢を放つ。
「な……うわッ!!!」

――ズシャッ!

セイクリッド・ティアの光がソルトの足元を抉る。
それに驚き、思わず尻餅をついてしまったが、それでも妖精は離さずにいる。
「も、もう奴等を倒したのか!?」
「あんなの秒殺だよ!!」
少々眉を潜め、シランが怒った口調で言い返す。
まだ“子供扱い”を根に持っているようだ。
「くそ、ちくしょう……ボクの手にコイツが居るのを忘れるなよ!!」
『キャ……』
『お母さん!! お願いだから、止めてぇ!!』
母親を握っていた手に力を込めるソルトを見て、子供が悲痛な声を上げる。
『お願い……私は捕まえていいから、お母さんは助けて、お願い!!』
その水色の瞳から、透明に透き通った涙が溢れ出す。
目を閉じると、さらにそれはこぼれて、浜辺に落ちて行く。
「知るか、そんな事!! もういい、構うもんか! お前ら、奴らを倒!!」
ソルトの言葉に、だが剣を構えるのを渋る野盗。
当然である。
その数はわずかで、ルージュの術を見ている時点で勝ち目がないのは一目瞭然なのだから――
「何してるんだ!! 早く倒せ!!」
冷静さを失ったソルトの叫び声に、だが野盗達は顔を見合わせるだけである。
「ちくしょう……なんでだよ……金を払ったのはボクなんだぞ?」
「当然だろ。金だけで……」
「ブルー」
言いかけた言葉を、シランが止める。
ブルーはいかぶしげな顔で止めた本人を見たが、帰ってくるのは静かな金色の瞳だけ。
吸い込まれそうな静寂を宿した瞳からは、ただならぬ雰囲気があった。
それがなんなのか、彼には理解できなかった。
顔を戻すと、俯いたソルトがいた。
その妖精を掴んでいる手がわずかに震えている。
そこにいた誰もがその震えは、自らが捕まる恐怖と焦りだと感じていた。
「ボクが雇ったんだぞ……ボクが……なのに、みんなしてボクのこと、馬鹿にしやがって……」
「………………」
唯一、その言葉を理解できた少女がいた。
「ボクが何したって……いつも、いつだって“ギースの息子”の一言で決め付けて……!!」






――認めてくれない

“さすが王女ですね”

――名前を呼んでくれない。

“王女なんですから”

――淋しい想い

“どうしました、王女様?”






「ボクがいい商品を見つけたって、いつも出てくるのは父さんの名前ばっかり!!」
ソルトは震えた声で叫んでいた。
「どんなことを、何をしても“父さん”の名前ばっかり出して……」
「そんな……だからって、闇商売をしなくても良かったじゃねーのか!?」
「なぜ!? それは“父さん”の名に泥を塗るからか!?」
バーグラスの言葉にソルトは顔を上げ、悲痛な声を上げた。
その顔は昼間の雰囲気とは、まったくの別だった。
そんな彼に、バーグラスは言葉を失う。
何も言い返せずに、目を細めただけだ。
「ボクは、ボクの力でやりたかった……それには、コレが一番だったんだ!!」
掴んでいた妖精を目の前に突き出して、ソルトはあらん限りにき言う。
「裏の世界は実力だ! 名も生まれも関係ない!! だから……」
そこまで言って、上げていた手を静かに浜辺に下ろす。
力が抜けた手から、妖精が静かに身体を空に浮かした。
「だから、ボクは………」
意外すぎたソルトの言葉に、ブルー達も沈黙してしまう。
シランが止めた理由がわかった。
彼は“王族”の名に縛られていた彼女と同じ。
だから、止めたのだ。


静かに浜辺を走る波のざわめきと、海風の音だけがしばらく流れ――

静寂をやぶったのは、シランだった。
靴底で砂を鳴らし、ソルトの側に歩み寄る。
「行商人さんて、物の鑑定もできますか?」
にっこり微笑んで、シランは開口一番そう聞いた。
何かつっかかれるかと思っていたソルトは、口をあけたままポカンとしていたが、
「もちろんだよ……そうして、値段を決めていくんだからね」
そっぽを向きながら、割と落ち着いたのであろう。
ソルトは冷静な、昼間の雰囲気に戻っていた。
「じゃあ、コレ。見てほしーんだけど……」
言いながら、シランは服の下に隠れていたペンダントを取り出し、ソルトに手渡した。
親指の先程度の大きさの金具に、黄色の宝石が埋め込まれている。
最初は驚いていたソルトだったが、品定めを始めた眼差しはいたって真面目だ。
「こう暗くちゃ、判断しにくいんだけどな……」
「あ、そっか。じゃあルージュ」
「了解。ライティング」
言わんとすることを理解してくれたルージュは、指をパチンと鳴らし、魔力の光を出現させる。
「これでどう?」
「ありがとう……」
自然と出た感謝の言葉に、ソルトは気づきもせず、再び品定めを始めた。

光にかざしたり、角度を変えたり――

しばらくそれとにらみ合っていた彼は、シランにペンダントを返しながら、
「コレ、どこで買ったの?」
と聞いてきた。
シランは、目を空中に泳がせながら、
「わかんない。家にあったのを適当に持ってきたからね〜」
「そう……じゃあ残念だったね。その宝石、偽物だよ?」
その一言に、周り全員が驚きを隠せなかった。
シランの側にかけより、彼女が手にしている宝石を見る。
黄色の輝きは、月明かりを浴びてさらに増しているように感じる。
一言で「綺麗」と表現出来るこれが、どうして偽物と言えるのか。
「こ……これはトパーズではありませんか」
一番驚いているのは、タックスのようである。
行商人である彼も、ある程度の鑑定力はあると思っていた。
ソルトとは違い、どう見てもこの宝石は本物だと言える自信がある。
「どうしてコレが偽物だと?」
シランからペンダントを借り、タックスはソルトに聞いた。
「トパーズってね。本姓インペリアルトパーズっていうんだけど、それは光を当てると独特な光り方をするんだ。宝石なのに、まるで影が出来たかのように暗い部分が出来る」
そのペンダントを、今だ残っている魔力の光にかざし、ソルトは続けた。
「こんな風にね……」
頭上で光を通して輝く宝石。
目を凝らして見ると、そこには確かに黒い影があった。

月夜に見える、雲のように――

「…じゃあ影があるのは、本物ってことじゃないのか?」
ティミラが顔を渋らせて言った。
まだソルトの事を信用しきれていないのが、よく分かる。
「そこが問題なんだ。この影、黒いだろ?」
「あぁ、確かに……」
「本物は黒い影なんか出来ないんだ。普通は黒ではなくて、黄土色。黒い影が出来るのは、偽物の特徴なんだよ。闇市場では、よく作られているからね」
そう終らせて、ソルトはペンダントを手の内に戻す。
魔力の明かりが少しずつ小さくなり、最後にはろうそくの灯火のようにふと掻き消える。
「……というわけで、これは偽物だよ。これがボクの鑑定結果」
ペンダントをシランに返し、ソルトははっきりと言い切った。
受け取ったそれを見ていたシランだったが、しばらくして静かに目線をタックスに向け、
「……タックスさんは、どう思う?」
いきなり話を振られたタックスは、少々慌てつつも
「私は本物だと思いますよ? トパーズ自体めずらしいですからね」
行商人らしく、しっかりとした意見を述べる。
「……で? 結局のところ、それは本物か偽物の、どっちなの?」
宝石鑑定の知識などないルージュ達からすれば、結果が気になるものだ。
先を促されたシランは、ペンダントを握りながらこう言い放った。
「これ、本物だよ。偽物なわけないでしょ」
「そ……そんなバカな!!!」
シランの言葉に反論したのは、もちろんソルトである。
「そのトパーズは偽物だよ!! 間違いない!!」
「でも、これは本当に本物なんだよ? 間違いないもん」
「そ、そんなっ……」
ソルトは目を見開き、信じられないとばかりにシランの、宝石を握っている手を見た。
「と、いうわけで。まだまだ未熟者ってことよね?」
いきなり明るく笑顔で言うシランに、ソルトが顔を上げる。
「どういう意味だよ……」
「そのまんまだよ。鑑定を間違えるんじゃあしょうがないでしょ? 未熟者ってこと」
「……っ!!」
“未熟者”という言葉に、ソルトは思わず歯軋りをしてしまう。

自分に有った絶対の自信が、こんないとも簡単に“未熟”と言われるとは――

力がこもってしまった手が、わずかに震えている。
「これで分かった? ソルトさんには、まだまだ実力がついてないんだよ」
プライドを打ちのめされたソルトは、下に顔を向けたままだ。
「だから、あたしがいい所紹介してあげる!」
シランの言わんとすることが分からず、ソルトは顔を上げてくる。
「あのね、あたしの知り合いに、ものすごい商売人さんがいるの。その人頑固でさぁ。偉かろうが、貧乏だろうが厳しいのは一緒なんだよね」
「何が言いたいんだ?」
そのセリフに、シランは満面の笑みを浮かべた。
「修行してくれば? いい経験になるよ、きっとさ!」
「な、なんでボクがそんなことを!?」
大声で言い、ソルトはそっぽを向く。
だがそんなソルトを見て、シランは意地悪く笑いながら続けた。
「あれ〜? 宝石一個も正確に鑑定できない行商人が、何言うの? それとも“ギースの息子”の自分に、そんなのは必要ない?」
一言に、ソルトの表情が固まった。
ここで終ったら、親の名に甘えてしまう。
結局は、名に好き勝手されてしまうのが現実なのか?
「………わかった。ボクは行く」
その言葉に、シランは笑顔で頷いた。
「じゃあ妖精の親子は諦めてね。もういいでしょ?」
ソルトは黙って小さくうなずいた。
『……っお母さん!!』
感極まった妖精の子供は、母の腕の中に飛び込み、大きな声で泣きだしてしまった。
今まで色々有りすぎて、頭が一杯だったのだろう。
母もその子の頭を撫でながら、涙ぐんでいた。
『良かった、無事で……ありがとうございます……本当に……』
「……すまなかったな」
立ち上がり、砂をはたきながらソルトは小さく呟いた。

妖精の母は涙顔ながらも、笑顔であった。
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