『 WILLFUL 〜最初の冒険〜

Back | Next | Novel Top

  WILLFUL 3−12  


涼しげな海風が、太陽の光を受けて映える黒髪を弄んでいく。
まだ出港する様子のない船の甲板の手すりに肘を立て、ティミラはボーっと海を眺めていた。
周りに目をやれば、『海の怪物が消えた』という情報を聞きつけた多数の船が、出港の準備に大忙しである。
「これでやっと出港できるねー」
背後から声が掛かった。
顔だけで後ろを向けると、他の船を見回しながら歩み寄ってくるルージュの姿。
青の法衣と銀髪が、風でなびいている。
「出港っつってもよ。シランとブルーはどこに行ったんだ?」
ティミラは視線を海に戻しながらぼやいた。
「これじゃあ出港できないし、バーグラス達にも迷惑かかるだろうに……せっかく乗せてもらえるってのに、何してるんだか」
「まぁ、シランはソルトに用が有るんだから、しかたないよ。ブルーも一緒だし」
「ソルト、ねぇ……」
そう言って、小さくため息を吐く。
昨日の夜、妖精の子供の救出は完了した。
シランの妙な説得の仕方は、ソルトに結構な衝撃を与えたようで――
側にいた野盗達をさっさと引き上げさせ、自分の非も詫びていった。
とはいっても、これまで罪になる事をしてない、と言えばうそになる。
だが、シランはそこをあえて無視して、「修行に行け」の一言しか言わなかった。
ただ、あのような心境に一番近いのはシランだ、と考えるとどうしても否定できなかった。
「ま、これで一件落着したんだし……問題ないでしょ?」
ティミラの隣に立ち、ルージュは相変わらずの笑顔でサラっと言う。
それを横目で見つつ、「まぁね」と苦笑しながらティミラも賛成した。
元の目的は、海の怪物の退治であり、ソルトを捕まえる事ではない。
彼が更正するかしないかは、彼自身の問題なのだ。
自分達がどう干渉しても、しかたがない。
「それにしても……ブルー達、遅いねぇ……」
「そうだな。早く出たいもんだ…」










「じゃあ、これが紹介状だよ。気を付けてね」
「あぁ。わかってる」
シランから封筒を受け取ったソルトは、それを手持ちの荷物の中に突っ込む。
「それにしても、キミ。まさかあの行商人ロイス=レボアの知り合いなんて……何者だい?」
ソルトが出したロイス=レボアとは行商人ではかなりの有名人。
そして、かなりの鑑定者としても名を馳せている人物でもある。
シランは、彼にソルトを紹介する手紙を、昨日の夜に書き上げたのだ。
「あ、親父と交友があってさー。だから、知ってるんだ」
シランは笑ってごまかす。
よもや、実は父親(国王)お抱えの行商鑑定人とは言えない。
「そうか……でもまぁ、いい機会だしね。行ってくるよ」
「うん。今度は別の何かを鑑定してね」
シランの言葉に、ソルトは軽く苦笑で返した。
「じゃあソルト坊ちゃん。行きますか?」
既に旅仕度を終えているソルトに、タックスの声がかかった。
行商で、もう一度街や城に行くというタックスに、ソルトを同行させるよう頼んだのだ。
タックスの呼びかけに小さく頷いて、ソルトはもう一度シランに顔を向けた。
「……いいチャンスくれて、感謝してる…」
「どういたしまして!」
相変わらず笑顔で返すシランに、ソルトはやはり苦笑で対応する。
「そうだ、彼女に……リーアに誤っておいてほしい」
「リーア?」
「ティミラの事か?」
側にいたブルーの弁護に、ソルトは頷いた。
「もうあんな事はしない、と。それから、出来れば今度会ったら、食事でも……と」
「あぁ、言っておく」
「すまない」と言って、ソルトは馬車が止めてある港とは反対の、街の入り口に向かって歩き出した。



「……アイツ、更正なんかできるのか?」
ブルーの言葉に、シランは彼を見上げながら言った。
ソルトの姿は、すでに人ごみで見えなくなった。
「更正する必要なんかないよ。あれがソルトさんなんだからね」
そう言って、踵を返し駆け出す。
「さ、早いトコ船に行かなきゃ! ティミラ達に怒られちゃうよ!!」
「多分、文句ブツブツ言ってるだろう……」
「じゃあ、なおさら急がなきゃ!!」
笑いながら駆け出すシランを、ブルーは小さなため息を吐いて追いかけた。










「遅い!!!!」
「ごめん!!!!」
「ごめんで済めば、警察はいらんわぁ!!!」
「そこを何とか!!」
「なるか!!! 遅刻は遅刻だ!!! 後でコーヒーおごれ!!」
「えぇ〜〜!? ずるいよ、そんなの!!」
船に到着したシラン達を出迎えたのは、目にあからさまな殺気を出しているティミラだった。
待ってましたと言わんばかりに、大声で二人にストレスをぶつけまくる。
ただ、言ってる事が支離滅裂な感じがしないでもないが――
「第一、遅刻したぐらいでなんでコーヒーおごらなきゃいけないの!?」
「何言ってんだ! あんた、良い値打物持ってるんだし、平気だろ?」
そう言い放ち、シランの胸元を指さす。
その先に、あのトパーズのペンダントがあるのを確信して。
「あぁ、もしかしてコレ?」
ティミラの言わんとすることを理解して、シランは内側からペンダントを取り出した。
それは太陽の光を浴びて、夜とは違った輝きを放つ。
「……ティミラ。言っとくけど、コレ偽物だよ?」

『は?』

ペンダントを手にしながら、さも当然のごとく聞こえた言葉に、シラン以外の3人はマヌケな声を発してしまった。
「に、偽物って……それ、本物なんだろ?」
目を点にしながら言うティミラに、シランは静かに首を横に振った。
「え……じゃあ、昨日の夜の“本物”ってのは?」
ルージュの力の抜けた声に、シランは満面の笑みで、
「ウソに決まってるじゃん」
と、はっきりと口を動かす。
ティミラとルージュが、思いっきり脱力して甲板の手すりにもたれかかる。
「……では、何がしたかったんだ?」
すぐに冷静さを取り戻したブルーは、静かに真意を問う。
そんな彼に対しても、やはりシランは笑顔である。
「これね、ロイスおじさんに貰ったの」
「ロイス……って誰だ?」
「城のお抱えの行商人だ。アシュレイ様と交友があるらしい」
「1.2年前かな。親父に会わせてもらったことがあるんだけどね……」
ペンダントをいじりながら、シランは事を話し出した。
「色々物を見せてもらった中で、これが一番綺麗なアクセサリーだったんだ。あたし、ずっとこれを眺めてて……そしたらおじさんが“あげようか?”って。親父が“じゃあ支払いを”って言っても、おじさんは“いらない。これは精巧に作られた偽物だからね”って言ったの。親父は“本当か!?”って驚いてた。どう見たら偽物だと思うのか、検討もつかないくらいに、精巧なんだって」
ペンダントを見ながら、シランはさらに続ける。
「でね、おじさんが言ってたんだよ。『コレを偽物だと鑑定出来る人間は、そうそういないだろう。いたら、是非わたしが雇いたい』ってね」
それを聞いて、全員が気が付いた。
シランはソルトを更正させるつもりなど無かった。
彼の才能を理解し、彼が最高に腕を振るえる場所を提供したのだ。
この街では、ソルトは『ギースの息子』でしかない。
だが、ロイスのところに行かせれば、彼は『ソルト』として雇ってもらえるのだ。
「ソルトさんは更正なんて必要ないよ。あれだけしっかり裏商売できるんだから」
ペンダントを仕舞い込み、シランは手すりにもたれかかった。
「でも、本当に彼が生きれるのはそっちじゃない。あのままじゃ縛られたままだもん」
「あんた、そこまで考えて……?」
ティミラの驚きの表情に、やはりシランは笑顔を向けていた。

「おぉい!! そろそろ出港だぞ!!」

宝石偽物話の雰囲気に飲まれていた3人を、現実に引き戻す大きな声。
この船の船長、バーグラスの声である。
甲板から下の船室に繋がっている階段から、彼の顔が見えた。
全員の目が自分に向いたのに気がついて、階段を上ってくる。
彼の側らには、あの妖精の親子が舞っている。
「いよぅ。全員いるな?」
「あぁ、とっとと出港してくれ。暇でしょうがないんだよ」
ティミラの言葉にバーグラスはニィっと笑い、下の甲板にいる船員に準備を命じる。
今回この事件の件もあって、バーグラスの好意でこの船に乗せてもらう事が出来た。
1.2日掛かる航海のために部屋まで用意してくれた彼に、4人は感謝をした。
船員達の慌しい足音と、連絡を取り合う大きな声が船に飛び交い始める。
イカリを上げているのであろう金属音と、陸と船を結んでいた橋が畳まれて行く木のバタバタとなる音があたりに響く。
「よぉっし、出港するぞ!!! 帆を上げろぉ!!!!」
バーグラスの勇ましい声にあわせて、海と空の青に帆の白色が広がり、海風を受けて大きくしなる。
風を帆に受け、船は太陽の光を反射し輝く海に出ていく。
「うっわー!! すっごいね、バーグラスさん!!」
船は海原を走り、勢いのある風が生まれる。
思わず体が浮いて、持っていかれそうだ。
「あたりめーよ!! なんたってオレの船だからな。それに、これからは水の妖精がお守りしてくれるんだもんな!」
その言葉に、妖精の親子は満面の笑みを浮かべて頷いた。
事件後、シラン達全員は妖精の親子に海の住みかに戻るよう言った。
だが親子は、助けてもらったお礼がしたい、と返してきたのだ。
シラン達の助けになりたい、と言われ困惑気味になったが、シランが海仕事の多いバーグラス達を助けてくれないか、と提案したのだ。
自分達の旅はどうなるか、この先正直わからない。
だったら海で生きる人々を助けて欲しいと説得したのだ。
親子もそれに納得し、船長という職を持つバーグラスについているのだ。
「で? にいちゃん達はどこにいくんだ?」
「一応、次のイルヴォールでおりようと思ってるよ。後は大陸をセカセカと旅でも……」
「そうか、イルヴォールか。明日か明後日にはお別れだな」
わずかに淋しげな様子を見せたが、船旅での馴れであろう。
彼はすぐに笑みを浮かべ、
「じゃ、依頼料とかは後でも平気だな? 用が終ったらオレの部屋に来てくれ」
そう言って、妖精を連れたって階段を下りていった。
オレの部屋、というのは船長室を指しているのだろう。



「イルヴォール大陸かぁ。じゃあグレンベルトに寄って行く?」
潮風を受けながら、シランはバサバサになりかけている髪を両手で直している。
このままだと髪の毛が絡まりそうで、シランは少し焦っていた。
「そうだな。何か情報が得られるかも知れない」
風になびいて邪魔だったのか、黒いマントを外して、適当に手に持ちながらブルーが言った。
「それに、イクスおじさんにも会いに行きたいしねー」
「おじさんって……イクス国王だろう?」
ブルーの訂正に物怖じもせず、シランは口を尖らせて、
「だって、よく遊んでもらったから……親父とも仲良いしさぁ」
「あぁ、そうなのか……」
なんだか変な所で地位の差を感じたブルーであった。
「ここは風が強いな……オイ、下に降りようぜ?」
首のあたりに手をまわし、髪の毛を押さえていたティミラが歩き出す。
「そうだね。ちょっと強くなってきたし」
それに同乗して、ルージュも階段を降り始めた。
ブルーも後に続いて階段を降りようとし、後ろについて来てるハズであろう王女を振り返った。
だがそこには、空を見つめたまま動かないシランの姿。
何を見ているのかは分からないが、ボーっと空の彼方でも見ているようだ。

――そういえば……

サーヴの街に来る途中の森でも、同じように彼女はこうやって何処かを見ていたのを、ブルーは思い出した。

あの時は特に気にも止めなかったが――

「シラン!! 何をしている!?」
ブルーの呼び声に勢いよく振り返り、王女は笑いながら階段にかけてくる。
「何をしていた?」
少し揺れる船内の階段を降りながら、ブルーは振り返りもせずに聞いた。
だがシランは予想通り「なんでもない」と答えただけだ。
「なんでも無いなら、なぜ森でも同じようにしていたんだ?」
降り終わったところで足を止め、後ろにいるシランを振り返り、ブルーは追求をした。
その問に、考える様に目をしばし上に向かせ、シランは、
「いやぁ……なんか誰かいるような感じがするんだよね、たまに」
頬を掻きながら言う彼女に、ブルーは眉を潜めた。
「あ、でも敵意とかじゃなくて。なんか視線を感じる程度だから、平気だよ」
彼の表情が、「敵でもいるのか?」と言わんばかりになり、シランは弁護も付け足した。
実際に森のときも、さっきもただの視線を感じただけ。
敵意も、殺意もない。
だからこそ、護衛のブルーには心配させたくなかったのだ。
「ブルーだって、何も気配しないでしょ?」
「それはそうだが……」
言葉通りだ。
敵の気配を感じるわけでもない。
一応気に止めておきつつ、ブルーは頷き、それ以上何も聞かなかった。
階段を降りた先は食堂らしく、先に降りていたティミラ達が手招きで呼んでいるのが見えた。
それを見つけたシランは、喜んで駆け出していく。
その様子を見つつ、ブルーは階段の先から見える空を見つめていた。


「次はイルヴォ―ル大陸か……何も無ければいいがな…」


そう呟いて、自分を呼んでいる王女達の元に歩いていった。
Back | Next | Novel Top
Copyright (c) Chinatu:AP-ROOM All rights reserved.