『 WILLFUL 〜闇の影〜

Back | Next | Novel Top

  WILLFUL 4−1  


どこまでも広がる晴天。
海風が運ぶ潮の香り。
商人や船員、旅人が行き交い、賑わいを見せる街並み。
「うっわぁ!! すごい人だね!!」
船から降りた瞬間から、シランは一気に街の雰囲気に飲み込まれている。
街のあちこちに目をやっては、キャーキャー騒ぎまくって盛り上がっている。
確かにカーレントディーテの街も住民は多い。
だが、それとは違う『港町』という雰囲気は、彼女を盛り上げるのに十分なようだ。
「ほぉ〜、こりゃまた随分賑わってる港だ。サーヴとはまた違った雰囲気だな」
シランの横に立ち、手を額に当てながらティミラは辺りを見回す。
港街というものが自分の住んでいた大陸にないので、これまたティミラにとっても少々盛り上がれる街並みである。
街を見る目は、自然にシランと近い雰囲気を帯びている。
それでも騒ぎ立てないのは、彼女とシランの差なのかもしれない。
「2人とも!! どっかに行かないでよね〜〜!!」
バーグラスと甲板で話をしていたルージュが、興奮きわまっているティミラとシランに大声で注意を促した。
ちなみにブルーも、ルージュと一緒にバーグラスの元にいる。
2人は依頼料を受け取るついでに近辺についての事を聞いている途中だった。
シランもティミラも港についた途端、船を降りてしまったために、2人が残ったのだ。
ルージュの忠告にティミラは適当に手を振って答えた。
シランと言えば、近場にある行商人が開いている店や、仕入れられた品物、漁によってを引き上げられた魚の山などを眺めて歩いている。
人が多いとはいえ、見失う距離ではない。
ティミラは近くの石段に腰掛け、シランの様子を見ることにした。



「すっごい人…色々物もあるんだなぁ…」
魚の入った樽、穀物などの麻袋、仕入れ品のものだろう木箱などなど――
城や城下町では見ることの叶わなかった新しい物に、シランは目移りをしていた。
「サーヴも賑わってればこんな感じなのかなぁ……おっ!?」
立ち並ぶ品物や店の中に、シランは自分の好物に足を止めた。
真っ赤に熟れ、鮮やかな色彩をその身にまとっている果物。
「やった、リンゴだ!! 食べたいなぁ……」
口を思いっきり緩ませ、ふらふらと箱の中に詰められた大量のリンゴに歩み寄っていく。
もちろん、すでに周りの風景など目に入っていない。



そしてそこにもう一人。
周りが見えてない女の子がいた。
緩くウェーブのかかった茶色い髪を肩までのばし、顔には眼鏡をかけている。
だがその視線は、両手を塞いでいる茶色い紙袋で遮られ、前が見えていない様子。
はっきり言って、ハタから見ると危なくて見ていられない。
ふらつく足取りで歩く女の子の通過地点に、フッと人が入り込み――

――ドンッ!!

「うわっ!?」
「きゃっ……!!」

――ドサッ、ゴトゴト……

当たった衝撃で茶色い袋からは、色々な果物があたりに散らばり、転がっていく。
「あぁああ……!!」
「ご…ごめんなさいッ! 大丈夫ですか!?」
ぶつかった本人――シランは慌ててしゃがみこみ、落ちた果物を拾い上げ、目の前に座り込んだ女の子に手を差し出した。
「あ……いえいえ!! こっちこそ、前も見ずに……」
「うぅん、あたしだって周りを見なかったのが悪かったんだし……」
差し出された手を掴み、女の子は立ち上がりスカートをパタパタとはたき、砂を落とす。
その間に、シランは残りの果物を拾い、紙袋の中に詰めていく。
「はい、これどーぞ」
果物全部を入れ終わった袋を、笑顔で差し出す。
それに女の子も笑顔で答え、それを受け取った。
「ありがとう。えっと……名前は?」
「あたしはシランだよ。呼び捨てでいいから」
「そう、私はニーファよ。ありがとう、シラン」
そう言って笑顔を浮かべる女の子――ニーファに、シランもまた笑顔を返す。
「お礼なんかいいよ〜、ニーファ。ぶつかったの、あたしが悪いんだもん」
「そんなことないわ。私も悪いもの。こんな荷物で…」
「そういえば……」
ニーファが抱える荷物を見ながら、シランは首をかしげた。
「一人分にしては、量が多くない?」
大きさにして、抱えて顔が隠れてしまう量の果物と、もう1つパンの入った紙袋。
16.7に見えるニーファには、多く感じてしまうのは仕方が無い。
だがそんな質問にも、ニーファは笑顔で、
「これはね、おじいちゃんの分もあるの。私達、2人でくらしてるから」
「そ〜なんだぁ、びっくりした……あの、両親は?」
「お母さんとお父さんは、違う街で司書の仕事をしているのよ。死んだわけじゃないわ」
申し訳なさそうに聞くシランに、ニーファはクスっと笑いながら説明してくれた。
それを聞いて、早とちりだったなと感じたシランも苦笑いを浮かべる。
「なぁんだ、司書さんなんだ……司書?」
繰り返した言葉に、シランは思わず顔を強張らせる。
「どうしたの?」
急に変化したシランの雰囲気に、今度はニーファが心配そうに声をかける。
「ねぇ、ニーファ。両親はこの街では司書の仕事、してないの?」
「えぇ……この街の図書館の管理は、私のおじいちゃんがしているの。私は手伝いを」
「この街に図書館があるの!?」
シランの期待の眼差しに、ニーファは目をパチパチさせつつも頷く。
「どこどこ!! 教えて!!」
「ちゅ……中央広場にある、大きめの建物よ。見れば分かると思うけど……」
「今……今、案内お願いできる!?」
「構わないけど……シラン、一人なの?」
「………あ」
その言葉に、シランは港の方に顔を向けた。
港から自分を見ていたのだろう、ティミラの視線がまともに自分とかち合ってしまった。
彼女の顔はまさに「何かあったのか?」という雰囲気である。
このまま勝手にどこかに行ったら、ティミラどころかブルーとルージュの二人に大目玉を食らうのは確実である。
「えぇ、っと……落ち着いたらにする……」
「そうしたようがいいよ。図書館に来れば、いつでも会えるし」
シランの向いた方を見て、ニーファも苦笑しながらそう言ってくれた。
「それじゃ、またね」
そう言って、港から街に続いている街道を歩き出すニーファ。
彼女に手を振りながら、シランは目下『創造戦争』の事を考えていた。

――もしかしたら、何か見つかるかな……

「どーしたんだ、シラン?」
見送っていた背後から、ティミラの声が掛かった。
顔を振り向かせた先には、ブルーとルージュの姿もあった。
「人とぶつかっちゃっただけだから、大丈夫。それより……」
「バーグラスさんとはちゃんと話をつけたよ。依頼料も貰ったし」
言って、ルージュは持っていた皮袋をシランに見せた。
「道中気を付けて、だってさ」
「そっか。ありがとね、二人とも」
よく考えれば、自分で引き受けると言った割には二人に話をさせてばかりだ、とシランは思った。
「で、これからどうする?」
港を見回しながら、ブルーは分かり易く先を促す。
「あのさ、ここで一泊したいんだけど……」
「観光でもする気か?」
少しウンザリ気味のブルーの言い方に、シランは身体を彼に向けて、
「違うよ〜、ここにも図書館があるんだって。何か分かるかもしれないし……」
「図書館か……この街にあるのか? 『創造戦争』関係の本が……」
「まぁ図書館ってのは、大きければ大きいほど種類もあるけど、でかければそれでいいって言うものでもないからね〜。探す価値はあるんじゃない?」
渋る兄の肩に肘を乗せて、ルージュはシランの後押しをした。
彼の言葉に、満足そうに頷くシランを見て、ブルーは大きく息を吐いた。
「よしっ。じゃ、決まりだね! 僕とティミラで宿をとりにいくよ。2人で図書館行ってくれば?」
ルージュの言葉にティミラは思いっきり眉を潜めて、
「なんでルージュが行かないんだ? 本を探すのは慣れてそうだけど……」
確かに、魔術師という身柄上本に触れ合う機会が多いのはルージュの方だ。
ティミラは、そんな彼ではなくブルーを一緒に行かせるのを不思議に思った。
「キミとブルーを2人にすると、どうせまたケンカするでしょ? だったら安全策を取るのは当然でしょーが。違います?」
その言葉にブルーとティミラは思わず顔を見合わせてしまった。
「まぁ、な……」
「ケンカしないって自信は、持てねーよなぁ……」
お互いにそう言ってしまっては元も子もない。
「じゃあブルー、行こっか? こっちみたいだから」
「わかった、じゃあな」
街道に向かって歩き出す2人を見送った後、ルージュは開口一番言い放った。
「さぁって、ティミラ!! ついに2人っきりだよ〜?」
「あっそ。さっさと宿を探すぞ」
盛り上がるルージュを他所に、ティミラはさっさと宿屋や酒場の建ち並ぶ港近くに歩き出す。
「えぇ!? ちょっとくらい付き合ってくれてもいいんじゃない?」
「疲れるから嫌だね」
「そ、そんなぁ〜!! 待ってよ、ティミラァ〜!」
嘆くルージュなんぞどこ吹く風。
背を向けて先を行く彼女を、ルージュは慌てて追いかけていった。
Back | Next | Novel Top
Copyright (c) Chinatu:AP-ROOM All rights reserved.