『 WILLFUL 〜最初の冒険〜 』
WILLFUL 3−3
「つっきがぁ〜、出ぇた出〜た〜。あ、そ〜らよぉいよ〜いっと♪」
海の上、暗闇の空に浮かぶ月に向かってルージュの声が響く。
「……何変な歌ってんだよ、ルージュ」
「お月様ソング」
「あ、そ〜ですか…」
ティミラはしゃがみこんだまま砂浜の手ですくいあげ、指から落ちる砂に目をやっていた。
さっきの宿屋から近い砂浜。
ティミラが「酒飲んで熱くなったから、外行く」と言って出てくると、ルージュが「付いてくよ」と、勝手に一緒に出てきたのだ。
バーグラスの依頼についての詳しい事は、シランとブルーに頼んできた。
二人は船が入っている港が見える砂浜に出てきていた。
「いやぁ、それにしても丁度いいタイミングで依頼が来たねぇ」
「ん、アレの事?」
「そ! ラッキーだよね。普段の行いがイイからかなぁ」
そういってルージュは「アハハ」と笑った。
月光を反射する銀髪。
明るい時のそれも綺麗だが、夜の闇に輝き、海風に流れる髪は一層美しく映えて見える。
口元は微笑みが浮かび、月を眩しそうに見る目元と、長い睫。
光の力が普段以上の美青年に見せている。
その場所に普通の女性がいたのなら、確実に感嘆の声を漏らし、見惚れる容姿である。
「普段の行い〜? 女をナンパするのがイイことなのかよ」
面白くなさそうに目を細め、ティミラは再び砂浜の砂を手ですくう。
宿屋の1階の酒場で食事を始める前、ルージュはさっそうとウェイトレスの女の子に声をかけまくっていたのをティミラはきっちりと覚えていた。
ルージュの見かけが見かけなだけに、女の子も頬を赤らめたりなど、反応がすごいのだ。
「ティミラ、もしかして妬いてくれてるの?」
「呆れてんだよ、バーカ」
手の平にまとわりつく砂を払い落とし、ティミラは海に向かって歩き出した。
おもむろにブーツを脱ぎ、白い泡を立たせる波打ち際に足をぬらす。
「あ〜〜…気持ちいい…」
目を閉じ、微笑んでティミラはそのまま波打ち際を歩く。
漆黒の黒髪が海風になびき、月の光をも吸収して妖しくも美しい輝きを放っている。
細く開かれた目からは、なんとも表現できない美しい青緑色をしている瞳があり、微笑している唇は化粧をしているわけでもないのだが、女性らしい艶やかさと色気を持っていた。
女性らしいスラっとした身体のラインが、普段の服装のせいでハッキリと見える。
バシャバシャと音を立てて歩く姿は、月の後光を浴びて、例えるなら女神のような雰囲気。
――まさに絶世の美女…ってやつだよね。
ルージュはそんなティミラを、じっと見つめていたが、
「……ん、なんだよ」
彼の視線に気づいたティミラは、砂浜にあがりながら眉をひそめてそう言った。
「綺麗だなぁ〜と思ってね」
ルージュは率直にそう言ったが、ティミラは「ハイハイ」と適当にうながしながら、水のせいで足についている砂をはたいていった。
「本音なんだけどね」とルージュは呟いて、片足を上げて辛そうな彼女の側に歩み寄る。
砂浜ではバランスが取りにくいのか、ティミラはフラフラしながら砂をはたいているのだ。
「大丈夫?」
「あ〜、ありがと」
ティミラの身体を支えながら、ルージュはその横顔にクギ付けになった。
――やっぱり綺麗だよねぇ。
「人の顔、ジロジロ見てんじゃねーよ」
顔は下に向けたままだが、目線だけをルージュに向けて、ティミラは毒をはいた。
だが、そんなものは効くわけも無く、ルージュはあいかわらず微笑みながらその表情に見入っていた。
――オレのどこがいいんだか……
心の中でそう思いながら、ティミラは砂の取れた足でブーツをはいた。
そんなのは、彼と逢ったときから思っていた事だ。
ルージュとティミラが出会った3年前。
どんなに「好きだ」と、「愛してる」と言われても、永遠に答えの出そうにない問題。
答えは出ずともルージュの言う事は素直に受け止める事が出来る気がするのだ。
誰よりも自分を見ていてくれる、信じてくれる彼。
彼だけは信じれる――
それは根拠も何も無い確信――
「さて…そろそろ戻る?」
「あぁ、そうするか……」
ティミラが風でなびいた髪を手で梳きながらうなずく。
「……………いや、まだ帰れそうに無いね……」
ルージュは海を睨んで、低い声で言った。
ティミラも言いたい事はわかった。
気配がする。
海の方から――
「どんなモンスターだ?」
「わからない…だけど…」
――ザアァァァァァ……
静かだった波が、いつの間にか大きく音を立てている。
「確実に敵だ……」
ティミラは腰のホルスターからガンを抜き、カートリッジに小さな黄色い宝石のような物を詰め、静かに構える。
ルージュも目線を逸らすことなく海を睨む。
しばらく波が慌しい音を立てていたのだが、突如としてそれが止まった。
「……来る」
――ガァァアアアア!!!
叫びとも、うめきとも聞こえるけたたましい声を上げて、海がせり上がり、海水がそのまま大きく形を成す。
ルージュ達を余裕で見下ろすその全長は、ざっと2.3メートルぐらいだろう。
まさに水で作られたゴーレムのようにも見えるモンスターだ。
「トライン!!!」
ティミラが声を荒げながら、モンスターに向かって銃を撃った。
――ガッ……ドン!!!!!
声にあわせて銃口から光りが溢れ、身体を震わすほどのすさまじい雷撃がモンスターに襲い掛かった。
だが、モンスターはその身からパチパチと軽く放電させただけで、ビクともしていない。
「…っな!! 水のモンスターなのに雷平気なのか!?」
「ティミラ、もう一回行くよ!!」
そう言うが早く、ルージュは素早く呪文を唱えて、手をモンスターに向かって突き出し術を発動させる。
ティミラもそれに合わせてガンを撃つ。
「ウィッシュボルト!!!」
「トライン!」
ルージュの発動した術と、ティミラのガンの雷が合わさりすさまじい雷撃となってモンスターを襲う。
しかし結果はやはり同じ。
かなりの威力を持っているハズの雷撃に当たってもビクともしていない。
「おいおい……」
「うわっちゃあ。こりゃどうなってんだろ……?」
ルージュ達が呆然としていると、モンスターの手がゆっくり彼らに向けられる。
「なんだ…?」
警戒態勢のティミラとルージュの目の前で、その手に水が集まり始める。
「…っ!! ウォール!!」
――バシィッ!!!
とっさに唱えたルージュの術が発動すると同時に、その水がまるで槍のような勢いの水圧で一気に2人に襲い掛かった。
一歩先に完成していたルージュの術が、2人の目の前で見えない壁となりそれを防いだのだ。
「そーくるか……」
ティミラはガンのカートリッジから黄色の石を取り出し、代わりに赤色の石をはめ込み、銃口をモンスターに向けて撃つ。
「じゃあこれはどうだ……ナパーム!!」
――ガゴォ!!!
さっきの雷撃とは違うのだが、威力は勝るとも劣らぬ火炎がモンスター目がけて襲い掛かる。
――ジュシュウゥ!!!
モンスターは突き出したままの手から、再び水の攻撃を繰り出してきたが、ティミラの放った火炎と激突すると、かなりの風圧がこもった水蒸気と風になって水も炎も掻き消えた。
「……っち」
風とともに水蒸気が白い霧となって当たりに充満したため、周りが見えにくい。
「ティミラ、見えなくなっちゃったよ〜」
「あ、すまん……」
「もぅ、ちょっと待ってね……トルネードクロス!」
苦笑しながらのルージュの声とともに、小さな風が起こり、白い霧を吹き飛ばす。
「よし! これでだいじょう…」
「ルージュ、あぶない!!!」
――ズシャッ!!
ティミラがとっさにルージュを横に押し倒した瞬間、さっきまで立っていた砂浜に深い窪みが出来ていた。
モンスターの水攻撃が来たのだ。
さっきはルージュの呪文で防げたが、砂浜の窪みの深さから、人なんて簡単に
貫く威力はあることは容易に想像がつく。
「ばか! 余裕かましてるな!!」
「いやぁ、ごめんごめん……でもティミラってば、大胆だね」
「バカ言ってる場合じゃないだろ!! って、くそ!!」
下にいたルージュを抱いて、ティミラはそのまま横に飛ぶ。
モンスターの2回目の攻撃が、砂浜を抉る。
「ティミラ、今日はやけに積極的だね……」
口元を嬉しそうににっこり緩ませたルージュは、ティミラの腰に手を回そうとするが、
「アホ! 早死にしたいなら、一人でしてくれ」
その手をはたいて、ティミラはルージュと共に立ちあがる。
「いっや〜。まだ死にたくはないかな?」
服についた砂を落としながら、ルージュは目を細める。
「……まったく、せっかく2人っきりだったのに邪魔してくれてさぁ」
そういって、一つに縛っている髪の毛を手で払う。
「邪魔してくれたのは感謝するが、イキナリってのは嫌いだ」
ティミラも頭を掻きながらふくれっつらで言う。
「……ルージュ、ブチのめすぞ!」
ティミラの言葉に「ふっ」と鼻で笑って、
「当然じゃない……絶対に倒す!」
ルージュは前髪をかきあげ、力を込めてそう言った。
「ティミラ達…遅いね…」
シランはイスに座り、テーブルに肘をつきながらぼやいた。
依頼内容を詳しく聞いたシランとブルーは、その場でタックスとバーグラスの2人と別れ、2階の宿泊する部屋に戻っていた。
ティミラとルージュが出て行って、約20分くらいが経つ。
熱を冷ましに行くには少し長い、とシランは思ったのだが、
「ルージュといるんだ。そうそう早くは戻って来んだろう……」
ベッドに横になりながら、シランの持ってきた本を読んでいたブルーはそう言い切った。
「でもさぁ。いくらなんでもずっと外にいたら冷えるでしょ」
そんなシランを横目で見ながら、ブルーは「心配症だな」と言って寝かせていた上半身を起こす。
部屋に戻っているのもあって、ブルーはマントを外して楽な格好をしている。
「戻ってきたら、あいつらに事の説明しないとな……」
バーグラス達の周りで起こった「船が襲撃される」という事件は3日ほど前から起こり始めたそうだ。
3日前から、唐突に。
出港しようとする船に対して、水の化け物が海から現れて、船を破壊しているというのだ。
出港する船だけならまだしも、入港する船までも襲うのだから大変だ。
物資の入出が無くなっては困るから街の役人に頼んだのだが、やはり原因も分からず襲撃も終る様子もない。
完全にお手上げなんだそうだ。
ただ船が襲撃されるだけならまだマシだが、物資が入らなくなるのは例え数日だろうと大変な事だ。
他の船の船員達が別の旅人を雇ったりしているようだが、数は多い方がいい、といことでシラン達に声をかけたとの事。
「そうだね。早めに済ませないと……あ、お水飲も〜っと」
シランは席を立って、水場に向かう。
「あぁ、シラン。俺にもくれるか?」
「うん、わかった〜」
蛇口をひねり、2つのコップに水をそそぎ、ベッドにいるブルーに手渡してそのままそこに座る。
「んあ〜。冷た〜い!」
コップを頬に当てて気持ちよさそうにしているシランを見て、かすかに口を緩ませたブルーはベッドのそばにある窓の、閉めていたカーテンを開き窓をあける。
海特有の塩の香りを持った風が、静かに部屋に入ってくる。
「うわ〜、気持ちいい風だね」
「あぁ、静かだ……」
ブルーは風に目を細め、空に浮かぶ月に見入っていた。
「ねぇ、ブルー」
「なんだ?」
視線をシランに戻すと、彼女は窓の外を見たままで、
「今日って何かあるの?」
「どういう意味だ?」
静かに外の一部を指をさした。
「だって、なんか浜辺で光ってるんだもん」
シランの言ってることが良く分からず、ブルーは眉をしかめてその指先に目を動かす。
しばらく見てると、一瞬だが確かに何かが光った。
それを見たブルーは、何かに弾かれたかのように身体を起こし、窓の外に顔を出した。
「どうしたの? ブルー…」
彼の様子からただ事ではない事を感知して、シランも顔を外に出し、ブルーを見た。
「……魔術だ」
「え?」
シランは自分が指していたところを見たが、もう光は無かった。
「この魔力はルージュの……アイツ、魔術を使ってる。あの光は攻撃呪文かもしれない」
「……まさか、バーグラスさんの言ってたモンスターが!?」
「可能性としては、低くないな……」
ブルーはベッドから降りると、側に立てかけてあった剣を手にし、腰のベルトにはめる。
「行けるか? シラン」
「もっちろん、行かなきゃ!!」
シランもベッドから飛び降りると、二人はそのままドアを開け放って駆け出した。
Copyright (c) Chinatu:AP-ROOM All rights reserved.