『 WILLFUL 〜最初の冒険〜 』
WILLFUL 3−4
「ナパーム!!!」
声を荒げながら、ティミラはガンのトリガーを引く。
――グゴオゥ!!!
銃口から巨大な炎が噴出し、モンスターを火の渦で飲み込む。
同時に、水を蒸発させたときの白い水蒸気がモンスターの周りに立ち込める。
それを合図に、ルージュとティミラはそれぞれ反対側に走り出す。
バラけた方が、あの水の砲撃から避けれると考えたからだ。
「もう一発……ナパーム!!!」
ティミラは霧が晴れかけたのを見て、さらに火炎を浴びせ、霧を持続させる。
先ほど自分の炎とモンスターの水がぶつかり、2人の周りで霧が発生した時、
モンスターは霧が晴れかけた直後に攻撃をしてきた。
つまり、霧に包まれていた敵=ティミラ達が見えていなかった。
モンスター自身にも視角がある、と判断できた。
2人が別々に移動する時に、こうしておけば相手からは見えず、多少は躊躇を期待したのだ。
――だが、
――ザヒュッ!!!!
「っな!!??」
走っていたお陰で避けることが出来たが、モンスターは確実にティミラを狙って攻撃を開始してきた。
後ろを振り返ると、砂浜に小さい穴が開いている。
「うそ……見えてるのか!?」
ティミラは叫んでモンスターに顔を向けた。
だがやはり、モンスターの周りはまだ霧が晴れていない。
「どうなってんだ……?」
そうこうしてるうちに、霧を裂いて水が一直線にティミラに向かって飛んでくる。
「……っち、ナパーム!!」
少し後ろに飛んで、それを避けつつ、ガンから再び炎を出し相殺させる。
「おかしいな……見えてんのか、そうじゃないのかわからない…」
空中の霧と、モンスターの周りの霧が晴れ、その姿が完全なまま現れる。
ティミラは舌打ちをしながら、ガンのカートリッジの石を抜いた。
「あ〜ぁ、普通のモンスターなら殴って終わりなのに……こういう敵はめんどくせー」
ガンの狙いをモンスターの頭に定め、トリガーを引く。
――ッドン!!
鈍い音が響き、白いエネルギー波が一直線にモンスターの頭を打ち抜いた。
だがやはり水で出来ているのか、バシャっと音がしたと思った瞬間には元の姿に戻っている。
それを見たティミラはモロに顔をしかめ、ため息を吐いた。
モンスターは静かに顔らしき部分をティミラに向ける。
――標的はオレか……めんどくせー。
そう愚痴りながらも、足を少し開き、いつでも攻撃に対応出来るよう体制をとる。
「変だなぁ…」
霧に包まれ、視界が失われたはずの状態でティミラに攻撃を仕掛けたモンスターを見て、ルージュは首をかしげた。
彼もティミラを同じ考えをしていたために、あの攻撃は不思議でしょうがなかった。
「どうして見えるんだろう……まさかヤマカンってやつじゃあないよねぇ」
モンスターがティミラに向き合ってるのを都合に、ルージュは観察をしていた。
そもそもこのモンスター自体が変なのだ。
こんな水で作られたような者など、存在していない。
――彼の知りうる限りでは。
だが一つだけ、この状況を作り出せる可能性があった。
「だけど、ねぇ……」
渋い顔をして、腕組みをする。
確かにあるのだ。
このように水を形成する『術』が。
世界に存在する『精霊』に、または自身の『魔力』であらゆる物に干渉を起こし、操作することを可能とする術。
木を操る”ウッドフレイヤー”や、地面や土を操作する”ディグアース”がその典型。
その術を水にかければ、あのように水でモンスターを形成することも出来る。
しかし――
「そんな魔法。僕だって作ってないのに、他の誰かが作るのかね……」
魔術開発に置いて、本音をいって自分より優れている魔術師はいないと思っている。
根本的に、魔術開発自体を行う魔術師は少ない。
実力と経験、知識も時間さえも必要とするものだから、大抵の魔術士は自分の「魔力」を成長させる事の方を取る。
「まさか……」
ルージュが一瞬モンスターから目を逸らし、顔をしかめた時――
「うわぁぁぁっ!!!!」
ティミラの叫び声が聞こえた。
「しまった……!!」
その方向に顔を向けると、ティミラに焦りの表情が伺えた。
どんなものかは分からないが、何かの攻撃が来たのは予想ついた。
顔をしかめ術を唱え始めた時、モンスターの手がかすかに動いた。
――ドシュッ!!!!
水の柱が、ティミラの周りを攻撃する。
「……っな、に!?」
さっきの手からの攻撃ではなく、砂浜――地面から下に突き上げるような攻撃だったのだ。
おそらくティミラは不意をつかれたのだろう。
勢いから見て、手の攻撃と威力は変わらないだろう。
――攻撃が早い……やばい!!
再び手がかすかに動く――
――守らなきゃ!!!
ゲートを唱えようとした瞬間――
自分と同じ銀髪が彼女の側を通った。
――ドドシュッ!!!
その攻撃はティミラに当たることは無く、虚しく空中で四散した。
「あ……」
「ルージュ! 大丈夫!?」
後ろから聞きなれた声がした。
振り返った目に映ったのは、シランである。
「シラン、どうしてここに?」
「浜辺で光が見えて。ブルーが、ルージュの魔術だろうって……」
そうか、見えていたんだ――
心の中で少し安心して、ルージュはホッとしかけ、顔を慌てて上げる。
「ティミラは……!?」
「ここだ。阿呆」
前に顔を戻すと、ティミラの肩を持って支えている兄。
「ブルー、ティミラは…」
「生きてるに決まってんだろ。勝手に殺さないでくれ」
汗をかいて、少し疲れた表情をしているものの、顔をあげた彼女は笑顔でそう言った。
攻撃の瞬間に、ブルーが助けに入ったのだ。
ティミラは少し疲れたようにルージュの前に座り込んだ。
「……あーゆー敵は嫌いだ。倒しにくくてたまらない」
口元をニィっと笑わせて、ティミラは「ハハハ…」と言った。
「ごめんね。考え事しちゃってた……」
「いいよ、オレは大丈夫」
そう言って静かに銀髪に触れる。
「なんか考えてたんだろ? 答えは出たのか?」
きっとあのモンスターについて考えてたんだ、と読んだティミラは彼を攻めなかった。
「うん、出たよ。あのモンスターはきっと…」
――グゥオオオオオ!!!
モンスターの咆哮が辺りに響き、その周りに水が集まり始めた。
先ほどとは違い、いくつもの水球がモンスターの周りに現れた。
攻撃が来る事は、誰もが簡単に予想できる。
「なぁ、さっきよりヤバそうじゃないか……?」
少しだけ苦笑いを浮かべるティミラに、ルージュは呪文を唱えながら小さくうなずいた。
モンスターの手が動き、ルージュが術を発動させようとした瞬間――
「こ、この野郎!! こんな浜辺にまで来やがったのか!!??」
聞いた声が浜辺で響いた。
声のした方を見ると、そこには酒場から出てきたのだろうバーグラスとタックス。
それ以外にも、街の人々が浜辺に集まっていた。
「早く逃げてください!!!」
ルージュが大声を張り上げ、それに合わせてブルーとシランが駆け出す。
モンスターの視線が、街の人達に向いている。
戦闘になれていない人達を巻き込むわけにはいかないのだ。
だがルージュの願い虚しく、モンスターは手の先を街の住人に向ける。
「させるか…」
モンスターの手の先から水の攻撃が来ると同時に、走りながら唱えていた術をブルーが解き放つ。
「フレイムロアー!!」
炎が矢のように、水を目指して突き進み、激突した瞬間に水蒸気が辺りに舞う。
「ど〜して来ちゃったんですか?」
一足早く、バーグラス達の元に着いたシランは首をかしげならが言った。
「どうしてって、あんたらが慌しく出て行くもんだから、何かあったのかと……」
「あ、そっか。見てたんですか?」
「のん気に話してる場合か?」
住人達の前に立ち、ブルーはモンスターと対峙する。
海にたたずむモンスターだ。
接近戦は不可能。
ブルーは不満げに舌打ちして、術を唱える。
「フレイムロアー!」
先ほどと同じ炎が、モンスター目掛けて襲い掛かる。
だがモンスターも手を動かし、水の攻撃を繰り出す。
――ッバジュゥ!!
炎が掻き消える音と共に、水も蒸発し消えている。
「ちっ、無駄か?」
「多分いくら攻撃しても無駄っぽいよ」
後から駆けつけたルージュとティミラが、ブルーと一緒に並ぶ。
「あれ、きっとどこかに水を操ってる術者がいる」
「ど、どういうことですか、にいちゃん!?」
タックスや街の人達が不安げに聞いてくる。
「……魔術師が絡んでるのか?」
「ちがうねぇ、あれはきっと…」
繰り返されるモンスターの攻撃をウォールで防ぎながら、ルージュは続けた。
「きっと、水の妖精が絡んでる」
「よ、妖精!?」
街の人達がざわざわと騒ぎ出す。
「妖精なんて、いるのか? にいちゃんよ……」
バーグラスが目を見開きながら問い質す。
「えぇ、存在します。まぁ人間の前にはそうそう姿は見せませんけどね。だから存在自体があまり知られていないんですよ」
「でも、妖精とアレがどう関係してるんだ?」
「だから、アレを作り出しているのが“水の妖精”なんです」
「……ってことは、妖精がオレ達の船を襲っているのか」
「どーいうことだ?」
ティミラがガンを構えながら、声だけで聞く。
バーグラスは少しイラだった声色で、
「あのモンスターが、船をいつも転覆させたり、沈ませたりしやがるんだ!!
溜まったもんじゃない!!」
「水の妖精はそんなことしませんよ」
そう叫んだバーグラスを、ルージュは冷静にさせる。
「水の妖精はそもそも温厚です。それがこんなことまでするなんて、何かあったんです」
「何かって、なんでしょう?」
怯えた様子のタックスを見て、ルージュは目を細めながら、
「それはわかりません。ただ、何かがあるハズです。それがなんなのか分かれば…」
「でも、そうは言ってられないんじゃないのか…?」
ティミラが目を細めながら、モンスターを睨んでいる。
ウォールで防げるからいいとして、この場に街の人達を置いておくのは良くないし、なにより戦いにくい。
ティミラは、さっさと事を終らせてから話をしたいのだ。
でも、攻撃呪文もきかない状況なのに一体どんな手立てがあろうか?
止める方法が思い浮かばない。
「ねぇねぇ、ルージュ」
今まで黙っていたシランが、ルージュの服を引っ張りながら声を掛ける。
「なに、どうしたの?」
「あのさぁ、思ったんだけどね」
シランは指を顎に当てながら、
「凍らせちゃえば、話早くない?動かなくなるだろうし、倒しやすいんじゃないのかなぁ…」
――間――
しばらくあたりに静けさが漂う――
そのセリフにブルーもルージュもティミラも、固まったままシランに視線を注いだ。
なんだか自分が変なことでも言ったと思ったのか、シランは頭に目一杯「?」を浮かべている。
「………そっか。その手があったんだよな?」
「確かに凍らせれば、すぐに終るな……」
「どうして僕等、気がつかなかったんだろ……」
ルージュの言葉に、ちょっとだけ寂しさを覚える3人。
風のせいか、砂がサァ〜っと音をさせて流れてゆく。
「……って、哀愁に浸ってどうすんだよ!!! やるぞ、ブルー、ルージュ!!」
「まっかせてよ!」
「……しかたないな」
ティミラはガンのカートリッジに青の石をはめ込み、ブルーとルージュは早々に詠唱を終らせる。
「アイス!」
『ディープフリーズ!!』
3人の声が響き、ガンのエネルギーと魔術が重なり合って極冷の光を生み出す。
――オオォォォォォ!!
モンスターが雄叫びを上げ、水の攻撃を繰り出す。
だが、それすらも巻き込んで青い光はモンスターに襲い掛かった。
――ビキキィィッ……
衝突の瞬間、身体を冷やす風が浜辺に流れ、
「す、すげぇ……」
バーグラスを始め、街の人々から驚きのざわめきが起こる。
海には、身体を凍りつかせたモンスターがそのままオブジェ状態で立ちすくんでいた。
「はは、案外簡単に終っちまったな……」
ガンをホルスターに戻しながら、ティミラは乾いた笑いをした。
ブルーとルージュも、なんだかあっけない終わり方に、少々疲れた表情をしている。
「すご〜い。一発で終わりだね」
シランが笑顔で側に歩み寄る。
自分の考えが見事に功をそうしたのが嬉しかったのか、満面の笑みだ。
「あぁ、なんだか呆気なさ過ぎたな。ここまで簡単だったとは……」
――なんで思いつかなかったんだ、オレ達……
心の中で付け足して、ブルーはちょっとだけ自分の脳みそをバカにした。
「あとは、あれの後始末だけだな」
「そうだね。でも妖精が絡んでるとなると、魔術は使いたくないなぁ」
「なんでだよ?」
ルージュは頭を掻きながら難しい顔をして、
「妖精ってのは、根源的には精霊に近い。ただ精霊より弱いだけなんだ。だから魔術を使う事によってなんらかの影響が出るかもしれない」
下手に術をかけたら、また水に戻って攻撃してくるかもしれない。と言った。
そんなルージュを見てシランが、
「そうだろうと思ってさ。あれ、あたしがやるよ」
「お前が?」
ブルーの驚きを無視して、シランはウィンクをすると海辺近くに歩き出す。
彼女の後ろについて、ブルーも歩く。
浜辺を走る風が少し肌寒い。
楽な格好のまま飛び出してきたために薄着なのも原因の一つか。
「何をするんだ?」
彼の言葉に、やはり笑顔だけで答えたシランは静かに両手を前に出し――
「セイクリッド・ティア」
その声に答えるように、光が淡く溢れ、そしてそれが集まり大剣の形を成す。
シランが母、クリスから譲り受けた武器、セイクリッド・ティアだ。
ブルーや街の人々が見ている中、シランは大剣を両手で空に掲げる。
――お母さんが弓の“セイクリッド・ティア”で戦ってたなら、その形も出来るはずだよねぇ。
目を閉じて、頭の中で弓を作り上げて行く。
「セイクリッド・ティア!!!」
弓のイメージをそのままに、シランは力を込めて叫んだ。
空に掲げられた剣は再び輝きだし、その形を変えていく。
手にしていた柄の部分が、一瞬つかめなくなり、シランは慌てて目を開けた。
その眼前には、手を放しているにも関わらず宙に浮かんでいるセイクリッド・ティア。
すでに剣ではなく、赤い宝石の施された美しい弓の形をしている。
近くに来ていた街人達も、目の前で起こったことに半分放心状態だ。
目の前で武器の形状が変わったのだ。
常識の範囲を超えているのだから、当然と言えば当然の結果だろうが――
「すっご〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!! ねぇねぇ、ブルー!!! 見た見たぁ!?」
やはりシランのリアクションは、こんな感じである。
相変わらずな反応に苦笑しながらも、ブルーは静かにセイクリッド・ティアに触れた。
瞬間、ピリっといった、微弱電流のように何かが身体を走った。
――なんだ?
それがなんなのか、すぐに理解できた。
魔力である。
物や武器に、魔力が込められているものは多くとは言いがたいが、存在はする。
炎の術を発動させることのできる宝石や、対魔の効力をもつ剣もある。
魔剣士であるブルーも、ルージュには及ばないが普通の魔術師とは段違いに魔力が強い。
それらを触った時の感覚と、セイクリッド・ティアを触れたときの感覚は同じだった。
だが、なにかが違った。
普通の魔力とは違う感覚。
何かはわからないのだが――
「どうしたの? ブルー」
シランの声が考えを止める。
はっとして顔を横に向けると、不思議そうな顔付きで自分を見ている緑髪の王女の姿。
「あぁ、なんでもない」
手に持ってしまった弓を渡そうとして、ふと気が付いた。
この弓、弦はちゃんとついているが――
「シラン、この弓はどうやって使う気だ? 矢がないだろう?」
弦もしっかりとついていたが、矢は一緒に現れていない。
どうやって戦う気なのだろうか。
弓を受け取り、しばらくそれと睨み合っていたシランだったが、
「大丈夫!! お母さんだってこれで戦ってたんだから、なんとかなるでしょ」
笑顔で言って、一歩踏み出し足を開き、弓を上にあげ構える。
先ほどの笑顔とは違い、氷付けのモンスターを静かな表情で見つめながらゆっくりと矢をつがえるように弦を引く。
それに合わせるかのように弓に光が現れ始め、シランが完全に弓を構え終わると、光は一閃の矢となっていた。
キリキリと弦の音がした後、シランの指から弦が離された。
――ヒュッ……
静かに空気を切り裂く音をさせ、光の矢は一直線にモンスターを目掛けて飛んでゆき、
――ピシ。
小さく、氷にめり込む音。
ほんの少しの静寂が辺りを包み込み、そこにいた人間の中の誰かが咽を鳴らす音さえ聞こえた。
「壊れろ…」
シランの、静寂の中でも聞こえるか聞こえないかの声を合図に、身体全体に一気にヒビを走らせたモンスターは、次の瞬間には綺麗に砕け散った。
氷の破片が、月光を反射して幻想的な雰囲気すら醸し出している。
「た、倒した……」
タックスの思わずの言葉は街人に広がり、歓声が上がった。
その様子をシランは微笑みながら見つめていた。
「よくやったな」
街人達に目を向けながら、ブルーは静かにシランを誉めた。
短いながらも嬉しい言葉に、シランはテレながら頭を掻いた。
「やったじゃねーか!! シラン!!」
ガバっとシランに飛びつきながら、ティミラはわしわしと彼女の頭を撫でまくった。
「それにしてもすごい武器だね。本当に姿を変えるなんて……」
ティミラに羽交い絞めされたままのシランに笑いながらルージュが言った。
「えっへへ〜〜! まぁね、あたしにかかればこんなものよ!!」
弓を持った手を上に掲げて、シランは心底嬉しそうに声を上げる。
全員が、一時的とはいえ、歓喜に包まれていると…
――よくも…
「え?」
弾かれたように、シランは顔を上げて辺りを見回す。
だが街の人々と自分達以外には誰もいない。
今の声が聞こえたのだろうか、街の人々のざわめきは歓喜のそれではなく、あきらかに動揺のものであった。
――許さない。人間達め。
透き通るような、それでも確かに頭に響く声に、一同は不安に包まれる。
「ゆ、ゆるさないって、なんの事だ!!?」
焦りからだろうか、街人の中の誰かが声を張り上げる。
――シラを切るつもりか。我が子を奪ったくせに!!
「我が子を? 誘拐?」
「「違うに決まってるだろ!!」」
ケロっとした態度で言い放つシランに、街人が全員でツッコむ。
「……なに、皆で言わなくてもいいじゃんよぉ」
いじけて砂浜にのの字を書き出したシランを横目に、ルージュが海岸に向かって、
「水の妖精でしょ? ちょっと話聞いてくれない?」
静かにそう告げたが、反応がない。
「おっかしいなぁ。ノーコメント?」
「話かけ方が軽すぎなんじゃねーの?」
「そんなの関係ないと思うんだけどなぁ、水の妖精だし……」
――なんだ、人間……
「おぉう! もうちょっと迅速に反応してよ〜。ビックリするじゃん……」
――関係ない。それに、貴様達の話も聞く必要も無い。
「ちょっとちょっと〜、それは無いんじゃないの?」
さすがのルージュも、冷たい反応に顔を苦笑させる。
本来、妖精達の中でもっとも優しく温厚な水の妖精が、ここまでの態度を取るとは、よほど怒っているのだろう。
姿すら現そうとしない。
「こっちの言い分も聞いてくれないとさぁ。ひどいんじゃない?」
――どっちがだ!!!貴様達こそ、我が子に何をした!!?
いきなりの響きに、頭がキーンとなる。
ルージュはコメカミを押さえながら
「まぁ落ち着いてよ。キミは水の妖精に間違いないんだね?」
――……………………。
その言葉には反応がない。
まだ自分を信じていないため、口をきこうともしないのだろう。
頑固な妖精の態度にルージュは息を吐く。
「……水の妖精よ。我が声に答えろ」
先ほどの砕けた口調を一変させ、ルージュは紅の瞳を鋭く海に向ける。
しかしやはり妖精達の反応はない。
「……我が名はルージュ=リヴァート。妖精よ、これが最後だ」
少しの静寂ののち、ルージュは静かに言葉を紡いだ。
「……我が声に答えろ」
――……ルージュ? お前、本物のルージュなのか?
少し焦りの声色が、頭に響く。
「そう、ルージュ=リヴァートだ。よく知ってるだろ?」
不敵な笑みが、彼の顔に浮かぶ。
――まさか、本当に…!?
「本当だよ」
――本日2回目の間――
――そ、そんな……まさか……
「どうしたんだ?」
「さ、さぁ。わたしには分かりませんが……」
シラン達の背後で、バーグラスとタックスがいかぶしげな顔で話している。
さっきから頭に響いてくる声と言い、さっきのルージュの対話の仕方といい――
なんだかわけのわかない事だらけである。
ただ一つ言えるのは、どうやらルージュが、船の事故の原因と思われる妖精と話がつけれる、といった感じだろう。
妖精もルージュの存在に驚いているようだから。
街の人々も、ざわざわと騒ぎ出した時――
――ご、ごご……ごめんなさい〜〜!!!!!
妖精の謝罪のセリフが飛び出す。
――ほん、本当にごめんなさい〜!! よもやあなた様だとは知らず、本当に申し訳ありません!!!
謝罪というより、恐怖で平謝りしている感が否めない。
――もう……もうなんてお詫びしてよいのか、あんな態度を取ってしまうなんて……
セリフのあと、海に小さな光が現れ、ルージュの側に飛んでくる。
それはしばらく周りと飛んだ後、静かにルージュの目の前で止まり、光を失った。
そこにいたのは、手のひらサイズのちいさな妖精。
服も髪も、瞳さえも美しい水色をしていて、その肌も透き通るように白い。
その背には、薄く白く見える羽。
『ほほほ……ほんとうに申し訳ございませんでした!!!』
頭をぺこぺこ下げながら、妖精は半泣き顔で謝っていた。
「いいよ、別に。気づいてくれてよかったよ」
いつも通りの笑顔を浮かべ、ルージュは妖精に手の平を差し出す。
それを見て、静かに手のひらに妖精を下ろさせ、後ろを振り返る。
「そ…それが、妖精か…?」
あまりの小ささか、それとも妖精という存在に驚いているのか。
バーグラスは呆けたように呟いた。
街の人々も、それぞれの意味で驚いているのだろうが、中には「カワイイ」などの声も聞こえる。
「この妖精が、あのモンスターを操っていたんですか?」
タックスはバーグラスの後ろから、恐々と言う。
「えぇ。水の妖精にかかれば、あんな風に水を操るのは瞬きをするのと同じくらい簡単で、当たり前に出来ることですからね〜」
その言葉に、妖精が肩を小さくした。
「とにかく、妖精さん。なんでアンタがあんな事したのか、詳しく聞かせて欲しいんだが?」
バーグラスの言葉に、妖精はコクコクとうなずく。
「ま、今日はもう遅いですし明日の朝にでもしましょうか。さぁ、帰りましょ?」
ルージュがそういうと、街の人達も静かに戻っていった。
「キミも僕等と一緒にきてもらうよ? いいね?」
『はい。わかっています〜……』
妖精は手のひらから飛び立ち、ルージュの肩に止まり、ちょこんと座りこんでしまった。
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