『 WILLFUL 〜最初の冒険〜

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  WILLFUL 3−5  


次の日の朝――

空は昨日の戦闘など無かったかのような晴天に恵まれていた。
「いい天気だこと」
「そうだね〜。天気がいいと気分も元気になるよね!!」
そう言ってシランは、鼻歌交じりでピョコピョコ辺りを飛び回る。
「シラン、他の人もいるから静かにしてろって。怒られるぞ」
注意を促してコーヒーを飲みながら、ティミラは酒場の窓から見える空を仰いだ。
「……ほんとにいい天気だこと」
コーヒーの熱で温まったカップに口をつけ、吐息でコーヒーの熱を冷ます。
白くいい匂いのする湯気が少し浮かんで、辺りに掻き消える。
「……で、アンタはどうよ?」
カップを置いて、ティミラはテーブルの上に置かれたお皿に目をやる。
その皿には水が入れられている。
水の妖精が、海水に浸かっているのだ。
どうやらこの妖精、長年ココで生きているようで、海の水が好きだとか。
しばらく子供探しで海を離れるので、こうしてチャプチャプと海水に浸かっているようだ。
「はい〜。やっぱりこの塩の香り、落ち着きます〜」
嬉しそうにそう言って、少し足をばたつかせる。
小さな水しぶきが皿の中で波紋となり消える。
「そう、そりゃ良かったな……」

なんだかババクサイ妖精だ――。

思いつつティミラはそこから目を離す。
その視線の先には今だ酒場の中をうろついているシランがいた。
ただ飛び跳ねているのかと思ったが、どうやら壁に掛かっているランプやら絵、張り紙などを見ているようだ。
「そんなにめずらしいかね」と呟いてティミラは再び窓に視線を戻した。
しばらく外を眺めていると、窓の向こうを通り過ぎてゆく双子とタックスとバーグラスの姿。
「やぁっと来たのか……」
少しぬるいくらいに感じたコーヒーを飲み干して、ティミラはシランにブルー達が来た事を伝える。
それを聞いた彼女は嬉しそうにドアに駆け寄り、入ってきた4人を笑顔で迎え、ティミラのいる席に案内した。
水の妖精に話を聞くため、ブルーとルージュは別の宿にいた2人を呼びに行っていたのだ。
「いやぁ、遅くなって申し訳ないです」
タックスは小さく会釈して、ティミラの前の席に座る。
バーグラスもその隣に座り、シラン達も適当に席に着く。
「さて……じゃあ水の妖精、詳しい話を聞かせてもらえる?」
「は、はい!」
ルージュの言葉に答えて、妖精は水の中で姿勢を正して、小さい翼をはためかせて空中に浮かぶ。
「まずは、子供のいなくなった経緯を聞きたいんだけど」
「はい……数日前なんですが、とある夜に私が子供を連れて海辺で月光浴をしていたんです」
妖精は少しさびしそうに話しだした。
「子供は好奇心が旺盛な子でして、よく海辺を離れてしまうことがあったんです。その日の夜もそうでした。私、あまりにもきれいな月夜で、見入ってしまって……子供が側を離れたのに気づかなかったんです。注意力が散漫していたんでしょうけど……子供の悲鳴で我に返って、あわてて子供を捜したんです。浜辺を探しても見つからず、街の近くまで見に行くと、子供を両手で捕まえている人間を見たんです。でも、浜辺を離れた私に子供を取り返すことは出来なくて……」
「それで、子供を捕まえたであろう街の人間に気づかせようと、水を操って船を転覆させたりゴーレムを作ったりしたの?」
「はい、いずれは気づいてもらおうと思って……」
「でも、気づかれずに今にいたる、と……」
ルージュの言葉に小さくコクリとうなずいて、妖精は悲しそうに頭を垂れたままテーブルの上に座り込んでしまった。
「なるほど、誰かが妖精の珍しさに、思わず捕まえたって所だろーねぇ」
足を組んで手を顎にあて、ルージュは口を尖らせて言った。
「でもさぁ、捕まえたってっ事は見えてたんだよね〜? あたし達が戦ってた時あなたは見えなかったのに、どうして子供は捕まっちゃったの?」
シランは妖精に近づくように身を乗り出した。
「私達妖精は、大人になると魔力が自在に扱えるようになるんです。だから姿を消したり、水を操ったりできます。ですが、子供はまだ未熟です。姿を消すのもままなりませんから……」
「そっかぁ」
「連れ去った人間は、誰だか分からないんですか?」
タックスの言葉に、妖精は首を横に振った。
「暗すぎて、誰かは分かりませんでした。2.3人で歩いていたんですけど……どうだか…」
「じゃあ、どうやって探しましょうか……」
「いや、探す方法はあるんですよ」
タックスの言葉を、簡単にルージュは覆す。
「あるってーのか、にいちゃん。どんな方法なんだ?」
「魔力をたどるんです。妖精などの純粋で強力な魔力は、すぐにわかりますからね。それにココにはその子供の母もいます。この子の力も借りればすぐ見つけれます」
「な、なんだかよくわからねーが、とにかく見つかるんだな?」
「はい、すぐにでも」
バーグラスの強い目線に、自信満々で答えるルージュ。
その表情は余裕さえある。
発見は確実だろうと読める。
「よし、じゃあさっそく探しに……」
「やっぱり、バーグラスじゃないか?」
唐突に声が割り込み、それにあわせて妖精はパッと姿を消す。
その声に、バーグラスは顔をしかめながら静かに振り返る。
「これはこれは、ソルトの坊ちゃんじゃありませんか……」
その声色は明らかに嫌悪を抱いている。
「ふん、こんな所で何をしてるんだ? 船で荷も運ばずに遊んでいるっていうのか?」
ソルトと言うのだろうその少年は、18.9ぐらいの年頃。
茶色がかった髪の毛、吊り上がり気味の瞳には、他人をけなすような印象の強いグレーの色。
「なんだ、タックスもいるんじゃないか。何をしているんだ?さっさと仕事をしろよ」
偉そうに言って、手をシッシッと促すように動かす。
「そうは言いますがね、坊ちゃん。今の海の現状を知っているでしょう。海に出たら危険なんですよ」
「ふん、そんなの知るか。賃金貰っているんだからしっかり働けよ?」
「それはもう…ギースさんにはお世話になっていますからね……」
「わかってるならさっさとしてよね」
ソルトは汚い物でも見るかのような目つきで全員を見渡して、ふと一点で目を止める。
視線の先はティミラ。
「へぇ〜、随分綺麗な人もいるじゃないか。美人だね、キミ」
だがその言葉を聞いていないかのように無視するティミラ。
「そうだ、こんな宿屋止めなよ。ボクの家に来れば、豪華な部屋に泊めてあげるよ?」
笑顔で自慢気にそう言うソルト。
だが空になったカップを眺めながら、ティミラは上目遣いに睨みなつつ、
「……失せろ。邪魔だ」
一言言い放たれた言葉に、笑顔を引きつらせたソルトは「フン」と振り返り、外に出て行った。
「……なんなんだ、あの男は?」
いつもと変わらぬように淡々と言うブルーに、バーグラスとタックスは顔を合わせる。
「あれは、オレが荷を運んでいる商会長の息子さ。自分が金持ちだからって、天狗になってやがんだ。商会長のギースさんはいい人なのによぉ」
「しかたないでしょう。けっこうチヤホヤされてしまったらしいですし。ギースさんだって悩んでましたからね」

成金ってやつか――

そう思ってティミラはため息を吐いた。
ああいう男に興味は無い。
邪魔なだけだ。
言った言葉は嘘でない、本音。
ティミラはその手のような、金や見かけで判断する輩を好んでいないのだ。
「あの人……」
目を細め、ルージュはソルトにまとわりつくように感じた魔力に全神経をめぐらせていた。
人にはそれぞれ、潜在的に備わっている魔力がある。
それが強ければ強いほど、身体にピリピリと感じるものがある。
だが、ソルトに感じた魔力は人間のそれとは少しちがった感じがした。

――まさかねぇ……

周りがソルトのことを話しているのを小耳に聞きつつ、魔力の雰囲気を確かめていく。
「……水の妖精さ〜ん、もう出てきていいよ?」
なんとなく恐怖感を感じたのだろう、姿を消していた水の妖精がシランの言葉を聞いて姿を表す。
「はぁ、他の人間はなんだか苦手です……」
「そうかもね。これからはココに隠れててくれない?」
ルージュは法衣の腕のすそを指して言った。
「はい、わかりました〜」
妖精はそれに素直に従って、その中に身体を滑り込ませる。
「さて、じゃあティミラ。君に強力して欲しいんだけど……」
「何をする気なんだ、ルージュ?」
怪訝そうな顔色のティミラを笑顔で返して、
「妖精の子供、簡単に見つかりそうなんだ」
事も無げに言ってのける。
「え? 本当!?」
席を立ち上がり、シランは嬉しそうに詰め寄る。
それを静かに制しながら、
「あぁ、ばっちり! まっかせてよね」
ルージュはウィンク一つで答える。
「だがいきなり過ぎないか? なんでまた唐突に……」
「魔力だよ、ま・りょ・くv」
「さっきの小僧のアレか……?」
「そう、やっぱりブルーも分かった?」
「分かり易すぎだな。ま、俺達に取っては、だがな」
「なにがだよ……」
双子の会話にまったくついていけないティミラ達4人は、頭が混乱気味になっていた。
「だから、魔力だって。あのソルトって人から妖精に似た魔力を感じたんだ」
「なんだって!? じゃあ……」
「そう…あのソルトってのが犯人の可能性が高い。ものめずらしさに捕まえたんだろうね、きっと」
「それなら、事は早い方がいいよね!」
嬉しそうなシランの笑顔に、ルージュも口を吊り上げた笑みで答え、うなずいた。
「ま、そういうことだから、ティミラ。強力頼むよ?」
「……はいはい。わかりました」
足を組みなおして「しょうがない」といった顔付きでうなずく。
あんなに子供の安否を気遣う妖精をほおっておくなど、到底できない。
それは無論、皆が同じ気持ちだった。
「んじゃ、考えがあるから皆耳かして。ぜひ強力してほしいんだ」
ルージュの言葉に全員がうなずいた。
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