『 WILLFUL 〜最初の冒険〜

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  WILLFUL 3−6  


「ルージュの奴、うまく行かなかったら呪うからな……」
日の暮れたサーブの街。
ティミラはバーグラスとタックスに連れられて、ギース宅に向かっていた。
もう夕飯時に近いせいか人影はまばらで、通りかかる酒場からはけっこうな騒ぎ声が響いている。
「ねーちゃん、ずいぶん恐い事言うじゃねーか?」
ティミラの呪い発言に、大口を笑わせてバーグラスは言った。
「当たり前だろ!? なんでオレがとばっちりを受けなきゃならねーんだ!!」
ティミラは歩きながら腕を組み、フンとそっぽを向いてしまう。
よっぽど頭にきているようだ。
「しょうがねーだろ? ソルトのぼっちゃんはアンタがお気に召したようだしな」
「っざっけんなっつーの。オレはあの類が嫌いなんだよ」
「ですが、あの妖精の子供を助けるにはあなたの強力が必要なんですから、仕方ないですよ」
タックスは諭すように笑顔で言う。
そう言われてはティミラも何も言えず、「やれやれ」とため息を吐いて頭をかいた。
あの妖精の、子供を心配する様子の一部始終を見ていては、とてもほおっておく気にはなれない。
「しかたないな」と呟いて、ティミラは暮れた空を仰いだ。
「あ、アレです!あの屋敷がギースさんのお宅です……とは言っても、ギースさんは行商でいないんですけどね」
タックスは道なりの奥に見えた屋敷を指さした。
確かに、けっこうな大きさの屋敷である。
その主が居なければ、あんな子供が威張っていてもしょうがないのだろうか。
「はん、親父がいなけりゃ天下ってわけか……まだまだ小せぇなぁ」
そう言って不敵な笑みを浮かべたティミラは、潮風になびいた黒髪を手で払い、
「バーグラスさん、タックスさん、案内ありがとうな。行って来る」
「おう、よろしく頼むぜ、ねーちゃん」
バーグラスの言葉にティミラは背を向けたまま、手をヒラヒラさせて答える。
それをみてタックスとバーグラスは頷いて、宿にと戻っていった。
「よっし、いっちょガキを助けてやりますかね……」
奥の屋敷を見つめる目を細め、ティミラはやはり不敵な笑みを浮かべていた。










「シラーン!! 夕飯出来たよ〜!!」
明るいルージュの声と共に部屋のドアが開き、いい匂いが部屋に漂う。
ベッドで本を読みながら寝っころがっていたシランは、それを掘り投げて身を起こす。
水の妖精は、側らの枕にうもれて静かに寝息を立てている。
ドアの方に顔を出すと、ブルーとルージュが料理を運んでくるところだった。
「わぁ〜! すっごいいい匂いだねぇ、今日の夕飯って何?」
ブルーが2つ持っていたトレイを一つ受け取りながら、シランは嬉しそうに訪る。
「海藻のサラダと魚介類のピラフ、あとは貝のスープだな」
「いやぁ、さっすが港街だね。海の幸が新鮮だこと! きっとおいしいと思うよ」
そう言いながら、料理を奥のテーブルに並べ始めるルージュ。
窓の近くのイスに腰掛けながら、シランはそれを手伝う。
白い湯気が美味しそうな香りで辺りを包む。
「うっわ〜、美味しそう!……でもどこで作ってきたの、この料理?」
「あぁ、1階の厨房借りてきた。おかみさんに許可もらってな」
一緒に運んでいたジュースをコップに注ぎながら、ブルーは言った。
コップをシランに渡して席につき、自分とルージュの分のコップにもそれを入れる。
「でもわざわざ作らなくても……下でご飯食べれるのに」
「ま、旅だからっていってもさ。なんとなく出されつづけるのって性に合わないんだよ」
笑いながら言うルージュの言葉に頷きながら、ブルーはサラダを口に運ぶ。
「いつも作ってたから?」
「まぁね。……ん、割と上手く出来てるね」
スープを少し飲んで、ルージュは満足そうに頷く。
ルージュに習ってスープに手を伸ばすシラン。
まだ熱いのか、それは白い湯気が立ち上っている。
スプーンでそれを掬い上げ、息を吹きかけて温度を下げ、それを口に入れる。
海で育った貝独特のあっさりとした味が広がっていく。
あいかわらず、この2人の料理はおいしいとシランはつくづく思った。
「ティミラにも作ったの?」
「うん、出る前に軽くね。いくらティミラだからってお腹は減るでしょう?」
「随分グチグチ言いながら食ってたな」
「ティミラは素直じゃないからねー」
嬉しそうに笑顔を作って、ルージュはまたスープを飲んだ。
「……でもさぁ、ティミラに頼んでよかったの?」
ピラフをつつきながら、シランは上目遣いにルージュを見た。
「あのソルトっていうやつの?」
それに頷いて、シランはピラフを口に運ぶ。
「だってさぁ……んぐ……あの人のこと、嫌がってたじゃん?」
「食いながらしゃべるんじゃない。行儀悪いぞ」
「ん……」
ブルーに言われ、しばらく口をモゴモゴ動かして、ピラフを飲み込み言葉を続ける。
「だから、嫌がっていたのにいいのかなぁと思ってさぁ……」
言い終わると同時に、再びピラフを食べる。
「それは僕だって嫌だよ〜? あーんな奴の所にティミラを行かせるなんてさ!」
両手を広げて、心底嫌そうな顔つきでルージュは言う。
そういえば、ティミラがソルトに声をかけられた時もずいぶん面白くなさそうな顔してたっけ、とシランは思った。
ルージュもソルトにいい印象は抱いていないようだ。
ま、当然と言えば当然だろうか。
「だけど、このコの子供を助けてあげないと。かわいそうじゃない?僕等じゃ屋敷には入れないしさ」
ピラフを食べながらシランは頷く。
「それにティミラから通信機預かってる。何か有れば連絡が来るよ」
「ツウシンキ?」
黙々と料理を食べていたブルーが怪訝そうな顔をする。
その横ではピラフを詰め込みすぎたのか、シランが胸をパタパタ叩いている。
「うん、コレだけど……シラン、大丈夫?」
見かねたブルーに背中を叩いてもらっているシランに声をかけつつ、ルージュは袖口から手のひらサイズの黒い固まりを取り出した。
「……っぷはぁ。ビックリした」
「あんなに慌てて食べなくてもいいだろうが…それで? そんなので連絡取れるのか?」
「だ〜いじょうぶだって♪」
黒い通信機を持った手をヒラヒラさせて、ルージュは笑顔を作る。
「なんたってティミラの大陸の機械だしね。性能はバッチリだよ」
そう言って、通信機のアンテナを伸ばして席を立ち、それを窓際に置く。
「何かあれば連絡が来る。それまで待機さ」










――コンコン

ドアをノックした音の後のしばらくの静寂ののち――
「はい、どなたでしょうか?」
ドアが少し開き、中に女性が立っていた。
おそらく住み込みの働きなのだろうか、白いエプロンをつけている。
「すいません。あの、昼間ソルトさんと会った者なんですが……」
「はぁ……」
名乗らないティミラを不信に思ったのか、少し眉をひそめる女性。
ここで不安がらせて印象を悪くしてはいけない。
ティミラは勤めて笑顔で――

「実は昼間、ソルトさんに失礼をしてしまいまして……ぜひお詫びを申したいのです。会わせて頂けませんか?」
満面の笑みを浮かべ、腰の低い態度でそう言う。
女性は少しだけティミラの顔を見ていたが、丁寧な物腰を信じたのだろう。
「分かりました。ソルト坊ちゃんを呼んできますので、どうぞ中でお待ちくださいませ」
ドアを完全に開き、女性はティミラを中に招き入れる。
「ありがとうございます。心遣い感謝します……」
丁寧に頭を下げて、ティミラは一歩足を屋敷に踏み入れた。
中は豪華なシャンデリアが天井を飾っている、広いホールの吹き抜けだった。
ただ外から見ただけでは分からない、かなり内装に凝った屋敷だ。
「すごいですね……この内装……」
「はい、ギース様がこういった物がお好きなのです」
「へぇ……」
そう言って辺りを見回す。
豪華な作りのホールだが、嫌味が無いシロモノばかりである。
ギースという人物は、悪趣味ではないようだ。
「おや、昼間の美人さんじゃないかい?」
聞きたくなくても、聞かなくてはならない嫌味な声が、上の方から耳に入ってきた。
「ソルト坊ちゃん」
女性がその人物の名を述べたが、名など聞かなくても誰だかはすぐに理解できた。
 

――あのソルトが妖精の子供を連れて行った可能性は高いよ。魔力がまとわりついているから、よく分かる。


「ソルトさん、ですよね?」


――彼の屋敷に行って妖精の子供を捜し、連れ出して欲しい。あの手の人間は自慢がお好きだろうから、話はすぐに聞けるだろうね。


「昼間の態度を謝りたくて、ここを教えてもらったんです」


――ソルトに気に入られているキミにしかお願いできないんだ。僕等じゃ怪しまれるしね。


「お時間の方、よろしいでしょうか?」


――頼んだよ、ティミラ。何かあったら連絡してね。すぐに行くから……


昼間の態度の変化に驚きもしないで、ソルトは笑顔でティミラを部屋に呼ぶ。
「ありがとうございます」とティミラは静かに頭を下げる。
その伏せられた顔に不敵な笑みを浮かべているのを、ソルトは知らない。


――大丈夫だ、ルージュ。行ってくるよ。


「さて、一仕事か……」

聞こえるか聞こえないか、口だけで言葉を紡ぎ、静かに顔を上げ、ソルトの部屋に続いている階段を上った。
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