『 WILLFUL 〜最初の冒険〜

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  WILLFUL 3−7  


質素とは言えないが、嫌味の無い豪華な作りの階段を上がり、ソルトの背の後を追って2階の廊下を進む。
彼は時折後ろを振り返って、昼間みた美女の姿を確認していた。
目が合うわけではない。
その顔は廊下を見つめていて表情を窺い知れないが、廊下の窓から入ってくる月の光に照らされた、憂いの表情をかもしだしている。
瞬きの一つでさえ、見逃したくないような美麗である。

――実に綺麗な方だ……

心でそう思いつつ、ソルトは静かに前に向き直り、たどり着いた廊下の一番奥のドアの前で足を止める。
「ここがボクの部屋だよ。月明かりも良く入る。景色もいいしね」
「はぁ……」
ティミラは曖昧な返事をして、目の前のドアを見た。

――見た目は普通、か。どんな内装してるんだか……

「さぁ、入ってよ」
ソルトが開けてくれたドアに、ティミラは身体を滑り込ませ、その後に続いて自身も部屋に入る。
静かに閉じられたドアの音を聞きながら、ティミラは中の部屋を見回した。
豪華な作りが成されているベッド。
部屋に置かれたテーブルは、どこかの芸術家が製作したのかと思えるほどのシロモノだ。
床に敷かれている絨毯は、赤に金の刺繍が織り込まれていて、ただ豪華さだけが目立っている。
テーブルやベッドとの雰囲気は、正直言って合っていない。
だがそれでも、ソルトが自慢する通り月明かりは綺麗に差込み、夜の海が一望できる。
「どう? この部屋は。けっこういいでしょ?」
そう言って彼は、テーブルと一式になっているイスに腰掛けた。
「このベッドとテーブルは父さんが買ってきたんだけどね。この絨毯はボクが選んだんだ。どう? ボク、こういうのが好きなんだよね。目立つし、イイ感じがするでしょ?」
「はぁ……」
なるほど。だから部屋の雰囲気がおかしいのか。
父の趣味と息子の趣味が合っていない。
そりゃ内装だって変わってくるものだ。
納得がいって、ティミラは手招きされてイスに腰掛けた。
「で、えっと……」
「あぁ、リーアです。リーア、でけっこうですから……」
ティミラは前々から考えていた通り、偽名を名乗った。
これならもし彼が本当に妖精の子供を連れていたとして、それを奪還した後、本名を呼ばれても問題は無い。
「そう、リーアか。名前に負けないくらい美人だよね。ほんと、綺麗だよ」
「ありがとうございます……」
静かに、それでもティミラは少しだけ笑顔を作った。
それからは、彼のティミラ(リーア)に対する印象が切々と語られた。
半分以上適当に、それでも確実に作り笑顔で乗り切りながら、ティミラは部屋をゆっくり観察していた。
見当たるのは、ベッドとテーブルと、ある程度準備された食器ぐらいである。
とても妖精が隠されている場所が見当たらない。
 
ただ一つ、部屋の奥にあるトビラを覗いては――

――確率として高いのはあそこだな。

心の中でそれを決めて、今度はティミラから話題を切り出す。
ここからは駆け引きだ。

相手の本音をどうやって引きずり出すか――
相手にどうやって話をしゃべらせるか――

「それにしても、ソルトさんのお父さん……ギースさんですよね? 随分凄腕の行商人のようですね」
「どうしてそう思うんだ?」
「いえ、家の中に通された時の天井のシャンデリアとか、階段の作りとか。すごい雰囲気が統一されていましたから……きっとすばらしい目利きな方なんだろう、と思いまして」
その言葉を、ソルトはなんとも言いがたい表情で聞いている。
喜びとも、怒りともつかない顔。
多分、父親ばかり誉められるのは好きではないタチなのだ。
それが分かれば、話は早い。
「ソルトさんも、ご自分で何か手に入れられたりなされてるんですか?」
「……まぁ、一応はね」
そう言われたソルトは目を細めて、少し吊り上げられた口元に手を運び、何かを考えているようだ。
ティミラはせかす事もなく、ただ静かに返事を待っていた。
ここでしつこく言っても意味は無い。
こういった人間には、控えめで堅実な態度が望まれる。
そう、自分を敬ってくれる態度が好まれるのだから。
「うん、そうだ。気になるなら、見せたい物があるよ」
「本当ですか?」
ここぞとばかりにティミラは笑顔を作った。
「うれしいです! 何か見せていただけるなんて……ありがとうございます!」
そして恭しく頭を下げる。
「いや、そんなに喜んでくれるなんて、でもきっとキミも驚くと思うよ? ちょっと待っててね」
ソルトは静かに席を立ち、例の奥のトビラに入っていった。
それを見届けてティミラは小さく息を吐き、腰のポーチからルージュに渡したのと同じ通信機を取り出し、スイッチを入れた。


――ガ……ガガガ……


『…ミラ……ティミラ!! どうしたの? 何か進展あった?』
通信機のスピーカー部分から聞こえてきたのは、宿で待機していたルージュ。
大きく感じたボリュームを、少しだけ下げる。
「進展というかね……もしかしたら早々に妖精のお子様が見つかりそうだ」
『本当? それは良かった〜。うまく行きそう?』
「ん〜、これからって感じだけど……やるだけやるさ。まぁ、待っててくれ。じゃあな」
『うん。気を付けてね?』
「あぁ、任せろ。大丈夫だ」
スイッチを切って、早々と通信機をしまいこむ。
バレたら元も子もない。
いや、奪還は可能だが、以降の旅に支障が出てはシランが迷惑をするのだ。
そんなことは決して出来ない。
ティミラは窓から見える景色を見ながらソルトを待っていた。










「だいじょぶそうなの?」
通信機を窓際に戻したルージュを見ながら、シランは聞いた。
話の断片からしてそう判断はつくのだが、それでも心配になる。
「うん。けっこう簡単に行きそうだって」
「そっか……」
食べ終わり、空になった皿にスプーンを置いて、シランはベッドで寝ている妖精の側によった。
連日、心労がたまっていたのだろう。
ぐっすりと眠っていて、側にシランがいても起きる気配はない。
「だが、何も無いとは言えないだろう。どうする。俺達も屋敷に行くか?」
「う〜ん、そうだね。どこか屋敷を見張れる場所でも見つけれれば……」
「あれ? 二人とも、屋敷の場所知ってるの?」
食器を片付けながら話していた双子に、驚きの声を上げるシラン。
屋敷へ行くには、タックスとバーグラスに聞くしかないと思っていたのだろう。
「一応場所は聞いておいたんだよ。知らないのはマズイと思ってね」
「ふ〜〜ん……」
あたしは知らないなぁ、と思いながらシランはベッドにうつ伏せになる。
「しかし、妖精を置いておくわけにも行かないだろう。起こすか?」
「えぇ〜? 可哀想だよ。寝かせてあげようよ〜」
ブルーの意見にシランは反論するが、その言葉に彼は眉をひそめる。
「この妖精に何も無い、とも言い切れんだろう?」
「うっ……じゃ、じゃああたしが残るよ!」
その提案にも、いい顔をしないブルー。
大きくため息を吐きながら、
「お前を一人にして、それこそどうなるかわからん。この間みたいに暗殺者が来ないとも言えないんだぞ?」
「それはそうだけど〜……」
それを出されては反論しにくい。
実際にやばい状況だっただけに、余計である。
シランは頼みの綱に、ルージュに目を向ける。
彼は困ったように笑って頬を指で掻いたが、ブルーに向き直って
「少しは良いんじゃない?いつでも僕等がいる状況が続くわけじゃないんだ。こういう状況にも慣れておかないと、何が起こるか分からないし」
「……っルージュ……!!」
よもやシランの肩を持つとは思わなかったのだろう。
ブルーは呆れたように口を開けてしまったが、しばらくして息を吐いて、
「……分かった。くれぐれも気をつけてくれ。いいな?」
その言葉に、シランは満面の笑みを浮かべ、頷いた。
「じゃあさっさと行こっか。シラン、後で食器戻してきてくれる?」
ルージュは席を立ち、片付けた食器を乗せたトレイを指さした。
「下に返してくればいいの?」
「うん。”どうも”っておばさんに言っておいてよ」
「わかった。二人も気を付けてね」
「それ、誰に言ってるんだ?」
イスの背にかけて置いた黒のマントを羽織りながら、ブルーはそう呟く。
「う〜〜ん……じゃあ怪我人出さないようしてね!」
「それも何か違うんじゃない?」
笑いながらルージュは通信機を袖に放り込む。
「ん〜〜〜、なんとなく?」
「まぁ適度にやるさ。行くぞ、ルージュ」
「うん、じゃあね。シラン!」
「行ってらっしゃ〜い!」





部屋を出て行く二人を見送ってから、シランはふと顔を曇らせる。
さっきからずっと。
そう、ティミラがいなくなってから、何か胸の中でモヤがかかったようにすっきりしない。
こんな場合はいつも原因が解決しない限り晴れたりしない。
「やだなぁ……」
胸元を掻きながらシランは枕に顔をうずめる。
「ちぇ、やな感じ……」

窓から覗く月に目をやりながら、シランはため息を吐いた。
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