『 WILLFUL 〜最初の冒険〜

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  WILLFUL 3−8  


月が闇夜に美しく、薄い白の光を放っている。
そんな夜空の下、ブルーとルージュは屋敷に向かって歩いていた。

――割とのん気な雰囲気で。

「うまくいけばいいんだけどねぇ〜」
道中、ルージュはボヤくように言った。
その言葉に、ブルーは前を向いたまま、
「何が言いたい?」
と、一言静かに言い放つ。
「ソルトだよ。ど〜も変な感じがするんだよね。ありゃ絶対裏で何かしてるよ」
「何か?」
「そう。第一、けっこう甘やかされてるみたいだし?」
「……そうだな」
そう言って、ブルーは足を止めて上を見上げる。
視線の先は何かの施設だろう、普通の家よりも少し大きめの建物。
「ルージュ、歩くのも面倒だ。上から行くぞ」
「えぇ?? 別に普通で良くない? 歩いて行こうよ」
「アホか。偵察に行くのに、どうして正攻法でいかなきゃならないんだ。それに……」
人差し指を立て、ブルーは静かに言う。
「近道、しようじゃないか」
そんな兄の言葉に、「そうですか…」と笑いをこらえながら、ルージュは小さく呪文を唱える。
「フライ!」
ブルーの手を取り、建物の屋根まで身体を宙に躍らせる。
幸いその屋根は屋上のような、平らな建物だったので着地も楽に出来た。

――まぁそうでなくとも、2人には問題ないだろうが。

「あの家だな」
屋上からある一点を指す。
月明かりに照らされている、ひときわ大きめの屋敷が見える。
屋敷全体に明かりは灯っていないが、2.3部屋の明かりは点いている。
何人かが、そこに居る証拠である。
「よぉっし。そうと分かれば、とっととあっちに行き……」


――ザ……ザザーー。


「ますかねぇ……って、一体なに?」
袖に入れておいた通信機を取り出す。
わずかだが、雑音に混じって向こうからの音声が入っているようだ。
「どうした?」
「……様子がおかしい」
通信機をいじりながら、ルージュは冷静に答える。

周波数を合わせようと、摘まみを動かした途端――


――『なにすんだ!!!』
――『静かにしろ。おとなしくしていれば、怪我しないですむよ?』


それは怒鳴り声のティミラと、ソルトの声。


――『キミとこの変な小さいやつ。売ればけっこうな値段がつくだろうね』
――『なめてんじゃねーよ! さっさとその小さいのを返せ』
――『……これでもか?』
――『んな…………ってめぇ!!』


「何人相手にしてるんだ? とにかく、ヤバそうだな……」
「うん、急ごう!!」
家々の屋根を飛び移りながら、ブルーとルージュは一路、ソルトの屋敷を目指した。





「さっさと歩くんだ」
「…………」
憮然とした表情のまま、ティミラは口を開かずに暗い地下の石畳を歩いていた。

――オレとしたことが…あの時に気づけばよかったのに……

後悔の念が頭を巡る。
ティミラが怪しいを睨んだ奥のドアにソルトが入り、そして、出てきたときには数人の野盗な雰囲気の男達も一緒になって現れてきた。
その中の一人が、手に小さな鳥かごを持っていたのだ。
中に、小さな妖精の子供が入ったかごを。
だが気づいても後の祭り。
一暴れして妖精の子供を取り返そうと思ったが、人質にとられては話にもならなかった。
いや、たとえ人質に取られていても、倒そうと思えば倒せた。
助ける事も出来たが、どうもあのソルトは遠慮を知らないらしい。
本気で妖精を殺しかけそうな、そんな雰囲気を持っていた。
暴れられて妖精とティミラを逃がすくらいなら、妖精を失ってもティミラを売ろうと考えているのだろう。
万が一、妖精を人質にしてティミラがいなくなっても、妖精を売れば金は入る。
二兎追うものは一兎も得ず、という言葉をよく知っているようだ。
無論、母親の妖精のことを考えれば、動く事など出来はしないし、置いて逃げるなんてのはプライドが許せなかった。
連れられるままに屋敷の地下の、隠し道のような所に通された。

さっきの話からすると、どうやら妖精と自分を売り飛ばす様子だが――

――こっちの大陸にも”闇市場”ってのはあるんだな。

割と冷静な考えが出てきた。
多分、妖精は珍しいものが好きな金持ちにでも売られるのだろう。
ティミラ自身の行方もなんとなく想像ついたが、あまり考えたくなかった。

――まぁ、隙をみて通信機のスイッチを入れれたから、ルージュ達が気づくと思うけどな…

そこまで考えて、あたりの様子をうかがった。
あたりは屋敷の地下に作ったのであろう、石畳の通路が続いていて、周りは6.7人の男に囲まれている。
どういうわけか、ソルトは地下に入らずにそのまま上に留まったようだ。
彼の姿がない。

出来るなら、自分の力でとっとと脱出をしたかった――

もちろん妖精の子供を連れて。
だが、地下なんぞでいつも通りにガンなど使ったら崩れそうで恐いし、それにかなり入り組んだ地下のようで。
けっこうな曲がり角を曲がってきたため、ティミラは迷子になる自信がたっぷりあった。

――んな自信があってどうするんだよ!

心の中で泣いてみても、意味は無い。

――虚しいでやんの……やってらんね〜。

大きくため息を吐いて、男が手にするランプを頼りに、別の男が持つ鳥かごに目だけを向ける。
妖精は黙りこくってうつむいていたが、気配を感じたのか、ティミラの方に顔を向けてきた。
かち合ったその水色の目は、完全に恐怖に染まっていた。
ティミラは安心させる意味で極力優しそうな雰囲気で微笑んだ。
それに少しばかり安堵を覚えたのか、妖精もわずかに笑ってきた。
しばらく歩いて(歩かされて)いると、奥のほうに粗末な木のドアが見えてきた。
「さぁ、この先だ」
鳥かごを持った男が、静かに言い、ドアノブに手をかける。
長年あまり使われていなかったのか、ドアの部分はもろく壊れそうだったが、ドアノブは新調したのだろうか。
まだ真新しい銅色をしている。
「船は来ているんだろうな?」
「あぁ、問題ねぇよ。ソルトさんがちゃーんと手配してくれてるさ」

――全員グルかよ……落ちてんなー、あのソルトってやつ。

なんだか情けなくなってきて、ため息が出た。
「船員だって10人くらい用意してくれたんだぜ?それに仲間だっている。問題ねぇよ」
手にかけていたドアノブを男がひねり、ドアを開ける。
「さぁ、さっさとあの船……に……」
ドアの先を指さした男のセリフが止まった。
無理もない。
ドアを開けた先にいたのは、船員でもなく、仲間でもない。
夜風に流れる銀髪、月夜に浮かぶ端整な顔立ちに火のような赤の瞳、青い法衣。

「はぁい♪遅かったね、随分待っちゃったよ」

あっけらかんと手をヒラヒラさせながら、事も無げに男――ルージュはそう言い放った。
「な……なんだ、テメェは!!!」
「正義の味方で〜す」
満面の笑みで言うルージュに、男達は焦りと怒りを同時に感じた。
「ふざけてんじゃねーぞ! どこから来やがった!! 他の連中は…」

「倒した」

さらにドアの横から声がした。
目の前の男と似ているが、それでも明らかに威圧感の違う声。
頭の上に縛った銀髪、黒いマント、鮮麗された顔立ちに氷のような青の瞳。
「手応えのない連中だ。しょせん烏合の集、といったところか」
「なっ……!!」
敵が目の前にいるというのに、腕組みをしていて、剣さえ抜いていない。
「テメェら!! 余裕ぶっこいてると、痛い目みるぜ!!??」
「これでも痛い目に合わせられるって自信、あるの?」
ルージュは静かに横に身体を動かした。
奥に見えたのは、商品の妖精と女を運ぶ予定だった船。
さらに手前の地面には、船員、仲間がつっぷしていた。
仲間と船員合わせて20人はいたはずだ。

それが、こんな2人に――

「だ、だからなんだってんだ!! 2人位余裕で倒せる!!」
鳥かごを持った男の、その言葉を合図に、男達は腰に持っていた剣を抜いて遅い掛かってきた。
ブルーは攻撃を避けながら、抜いた剣の柄で相手を確実に気絶させていく。
ルージュは弱めた電撃の呪文で、敵をのしていく。
確実に、人数が減っていくのが分かった。

――実力が違いすぎる!

「ち、ちくしょう……!!」
鳥かごを持った男は、弱気になりながらも用心して女の監視に回ったが――
「あいにく、敵は2人じゃねーんだよ」
「なんだと!?」

――ドッ!!

「ぐ、げ……」
周りの男がいなくなり、ブルーとルージュが出てきて、妖精にまで気が回らなかったのだろう。
男は後ろを向いた瞬間に繰り出されたティミラの蹴りを腹部で受け、一気に意識を無くす。
落ちそうになった鳥かごを受け止め、そこについているドアを開けてやる。
妖精は安心したように、ティミラの肩に座り、嬉しそうな声色で
『ありがとう、おねーちゃん』
「どういたしまして。ただし、あっちの2人にも言ってやってくれな」
ティミラに言われ顔を向けると、すでに全員倒したのだろう、こちらに歩いてくる2人の姿。
「よかった〜〜! ティミラ、心配しちゃったじゃない、あんま無茶しないでよね〜?」
「あのなぁ……この作戦考えたの、誰だよ?」
「さぁ、なんの事かな?」
とぼけるルージュに、ティミラはわずかに苦笑しつつも作った拳で、軽く頭を叩いた。
「それにしても、よくこの場所が分かったな」
ティミラの言葉に、ブルーは妖精を見ながら、
「まぁな。話の内容からして、どこかに売り飛ばすつもりだろうから、屋敷近くの入り江にでも船を隠してるんだろうと思ってな。案の定というわけだ」
「お前も無事でなによりだ」と付け足して、ブルーは妖精の頭を指で触った。
「う……く……この野郎……」
ティミラが気絶させた男が、わずかに意識を取り戻したようだ。
微妙に動いている男を見やりながら、ブルーは嫌そうな顔をして、
「ティミラ。お前、手を抜いたのか?」
「適度にな。本気でやったら死ぬぜ? こいつ等」
「まぁ、そうだな」
「な、なんなんだ……テメェらは………まさか……!!」
弱々しく喋っていた男が、あることに気が付いた。
その存在になら、この強さも納得がいったからだ。

――銀髪に、美形の、双子。

「まさか……白銀のそうと……」

――ゴン!

言いかけた男を、ティミラの足が問答無用で黙らせる。
地面にめりこんだ男は、今度こそ確実に意識をブラックアウトさせた。
「あんたらって、本当にけっこうな有名人なんだな」
ティミラが改めて、しみじみとそんな事を言った。
「さて……じゃあ、子供も救出した事だし、帰りますか?」
「ちょっと待て」
肩を回しながら、帰る気満々のルージュをブルーが静止させる。
いない。

昼間に、会ったあの――

「ソルトはどこにいったんだ、ティミラ」
嫌な予感をさせながら、ブルーは静かに問う。
「さぁ、どこかは知らないけど、こっちには来てない。なにか用事でも……」
そこまで言って、気がついた。

――普通こんな事をしている人間が、途中で商品から目を離すだろうか?

「……ソルトは何をしに、どこにいったんだ……?」
3人に、嫌な予感がした。










――コンコン。

「は〜い、どちら様ですか?」
ドアを叩く音が聞こえ、シランはベッドから身体を起こした。
無論、枕で寝ていた妖精は、布団の中につっこんで隠した。
だが、中に入ってくる雰囲気はない。
「あの、開いてますけど?」
シランの言葉に、ドアノブが動きドアが開いた。
――キィ……
鈍い音をして開いたドアから入ってきた人物に、シランは少々身構えた。
「悪いな、お嬢ちゃん。夜分遅くにすまないな……」
そこにいたのは5.6人の野盗の姿だった。
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