『 WILLFUL 〜闇の影〜

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  WILLFUL 4−2  


「で、その図書館はどこにあるんだ?」
「中央広場だよ。大きめな建物だからすぐ分かるだろうって」
シランの言葉にブルーは黙って頷きながら、道沿いに建ち並ぶ店に目をやった。
ルージュ達と別れた2人は、店が建ち並ぶ大きな街道を歩いていた。
けっこうな賑わいを見ると、この街が活発に栄えているがよく分かる。
新鮮な野菜が並べられている店や、様々な織物が飾られている店。
光輝く宝石が並ぶ店に、価値の解りづらい骨董品のような物が置いてある店もある。
ブルーは静かに顔だけで店を見渡す程度だが、シランが大人しくしているわけが無い。
ちょこちょこと動き回っては、店を眺めて歩き回っている。
混雑とまでは行かないにしろ、こんな賑わいの中でははぐれかねない。
シランが側を通ったのを見計らい、ブルーは彼女のオレンジの服を掴み上げた。
「……わっ!?」
驚いて振り向いた彼女は、「なんで掴むの?」といった表情である。
「いちいち動くな。はぐれたらどうするんだ?」
「だって、いっぱいお店があるから……」
不満げにそう言って、シランは店を指差す。

――店がある→色々物がある→楽しそう→見たい。

そんな彼女の単純思考も、ブルーにかかれば問答無用で中止にされてしまう。
「言い訳するな。今は先に図書館に行くんだろ?」
「そりゃそうだけど〜……」
「後で一緒に見に来てやる。だから急ぐぞ」
「ほんと!?」
ブルーが出した思わぬ条件に、シランは顔を輝かせた。
見上げた先の彼は、静かに頷いて自分の背中を押した。
それが「行こう」という意味だと理解して、シランはブルーの横について街の路地を歩いていった。










「キミ、かわいいね♪ イルヴォールでキミのような子に会えるなんて、僕は嬉しいよ」
「え……そ、そうですか?」
少女は頬を赤らめて、照れたように顔を下に向けてしまった。
そんな少女の様子に笑みを浮かべながら、ルージュはその肩に手をのばす。
「もし、キミが今時間を持て余してるならさ、僕にイルヴォールの街を案内してくれない?」
「えぇ……? わ、わたしでよければ……!!」
少女が嬉しそうに、パッと顔を上げる。
上げた視線の先には、輝く銀髪に優しく微笑む端麗な微笑。
それに視線がクギ付けにならない女性がどこにいるだろうか。
「………………」
思わず固まってしまった少女に、ルージュは「ん?」と首をかしげる。
そんな動きにも、少女はさらに頬を朱に染めてしまう。
嬉しい反応に、ルージュは心の中でかなりヘラヘラ笑っていたが――

――世の中、そんなに甘くはない。

――トントン。

「はい?」
自分の肩に、何かが叩いた感覚を受けて、ルージュは首だけで後ろを軽ーく振り返った。
その瞳に映ったのは、見慣れた黒髪に緑とも青ともつかぬ、翡翠の目。
「なんだぁ……ティミラか。脅かさないでよ〜……っ!?」
そう言ってルージュはもう一度前を向こうとして、瞬間的に再び背後に向き直る。
再び見たその顔は、普段絶対に見れない満面の笑顔に変わっていた。
ちなみに笑っているため目が閉じているので、その色合いがうかがえなくなっている。
「見事な二度見をかましたな、ルージュ?」
「ティ…ティティ…ティミラ………」
気のせいだろうか、ティミラの名を呼ぶ声は枯れいるよう。

――多分気のせいではない。

「ああああああ……あのその……やややや、宿はみ、見つかった???」
完全にロレツが回らなくなっているその言葉に、ティミラはなお笑顔のまま、
「あぁ、酒場のおばちゃんが教えてくれたんだ。いい人もいるもんだな、世の中」
「そそそ……そうだね!! そうだよね!?」
「だが。その世の中には悪人以上に、ロクでもない人間もいるようだな? ルージュ、どう思う?」
そのセリフの後、一瞬にして消え去った笑顔の次には、恐ろしいまでの無表情な顔が現れた。
綺麗な顔つきをしているティミラなだけに、余計に迫力が増している。
上目遣いというのは、大抵の女性がやれば少しは可愛く映るのだろうが、彼女の場合は別物に変化してしまっている。
内面に溢れんばかりの殺気を押し殺し、まるで目の色は「覚悟はできてんだろーな?」と言わんばかりの雰囲気である。
冷や汗が顔に浮かんでしまったルージュは、視線を海鳥が舞う青空や、人々の行き交う街並みに泳がせながら、「あはは」と引きつった笑顔しかできていない。
そんなルージュを怪訝そうに眺めまくったティミラは、彼の背後に回り込み、ルージュがナンパしていた少女に話し掛けた。
「すまなかったな。このバカが迷惑かけて」
思いっきり「バカ」の部分を強調した言葉に、ルージュは振り返ることすら出来ないくらいに固まっている。
その表情は完全に引きつった笑いでしかなく、先ほど少女と話し掛ていた時の雰囲気は、まるで無くなっていた。
無論ティミラには背後の彼がどんな表情か、手にとるように分かる。
それを百も承知の上で、ティミラは満面の笑みで少女に、
「これからオレ達、急ぎの用事があるから失礼させてもらうよ」
「え……あ、はぁ……」
まるで状況が読めていないのか、上の空の返事をした少女を後目に、ティミラはルージュの背を押して歩き出した。
背を押している拳に力を込めながら、ティミラは低い声で彼の耳元にささやいた。
「オレを働かせて、自分はのん気にナンパと洒落込んでいるとはなぁ?」
「えぇ!? そ、そんなつもりは…」
「問答無用!」
言いかけていた言葉を遮って、ティミラはさらにドスの聞いた声色で続けた。
「高みの見物とはいい度胸じゃねーか………なぁ、ルージュくん!?」
「ちちち、違うってばぁ!!」
「うるさい!!! このバカ魔術師が!!!」

――ゴズッ!!

「痛いッ!! ティミラ、痛いってば……………ん? そうか…そうなのか……」
押していたはずのルージュの身体が急に止まり、ティミラは思わずぶつかりそうになってしまった。
先の事もあり、不機嫌さが倍増した顔はさらに怒りを含んでゆがんでいく。
「おい、何とまってんだ! オレにぶつかるつもりか!?」
「ティミラ…キミの苦しみに気づかないでごめんよ………」
「は?」
思わず目が点になりかけたティミラを他所に、ルージュは背後の彼女を振り返り、その手を握り締め、翡翠の瞳をじぃっとみつめる。
なぜ見つめられているのか分かっていないティミラだったが、ルージュの赤い瞳の中にある「変な勘違い」を察知して、思わず逃げようとして手を動かした。
だが、こういう時に限ってコイツはいつも力が出るらしく――
握り締めた手は、いっこうに離れる気配がない。
「そうだよね……痛いに決まってるよね……僕がしたことを考えれば……」
「おい、ルージュ……」
「言わなくていい! 僕にはわかってるから…」
「だから何の事を言ってんだ?」
「キミという恋人がいるにもかかわらず、僕はいっつもあんな事ばかりして……」

――だから何がだ??

ルージュの一人走りについていくのを止めたティミラは、大きなため息を吐いた。
たまにあるから慣れたもんだが、訳の分からない「妄想」はいつも迷惑にしかならない。
しかもルージュの場合、自分に対する考え方がちょっとばかりスゴイから余計に疲れたりする。
「キミが殴るのも当然だよね……痛みを感じなければ分からないなんて……僕は恋人失格だ!!」
「そーゆー事をデカイ声で言うな!! だから、何の話をしているんだと聞いてるだろ!!」
ティミラの大声に、目をしばたかせながら、
「あれ? 僕、当てがハズレてる?」
「だから何が!? 主語が抜けてて訳がわかんねーよ……」
「え……だからぁ……」
ポリポリと髪の毛を掻きながら、ルージュはポツリと呟いた。

「キミは“僕がナンパしてるせいで、自分がどれだけ傷ついたと思ってんだ!?”って意味で僕を殴ったんじゃないの?」
「は?………あんたはオレが殴ったのは“これくらいの痛みを、オレは味わったんだぞ”って意味だと思ってんのか?」
「違うの?」

「…………ほぉう、そう考えるのか…」

小さく呟いたティミラの顔が、思いっきりニヤリと笑った。
その表情を見た瞬間嫌なものを感じたのか、ルージュは逃げ出そうとする。
だが無論、彼女がそれを許すはずも無く――
ものすごい力で握られた手は、少々血の気が無い色に変わり始めている。
「ティ………ティミラ?」
「“オレはこれくらいの痛みを感じたんだぞ?”」
「うわぁあああっ!! 滅茶苦茶棒読みじゃないかって……止めて、止めてぇええ!!!」


港街イルヴォールに、一人の人間の断末魔が上がった。

だがそれは、活気付く賑わいに掻き消えていった――
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