『 WILLFUL 〜闇の影〜 』
WILLFUL 4−4
「アレインリシャっていうのは、このイルヴォール大陸をさらに東の大陸にある国でね。神々や精霊なんかを信仰している国なんだ。通称的に『神聖国アレインリシャ』と言われてる」
「ふ〜ん……『神聖国』、ねぇ……」
ルージュの説明を聞き終わった後、ティミラは辛気臭そうに呟いて窓の外に目を向けた。
時刻は夜――
4人は昼間に取った宿屋の部屋に集まっていた。
ルージュとティミラは、図書館から出てきたシランとブルーに丁度出くわし、宿の帰りがてらに詳しい説明を受けた。
伝承のようなおとぎ話の『創造戦争』、そして大書庫のある『神聖国アレインリシャ』の存在――
シラン達の暮らす、こちら側の大陸の事柄に詳しくないティミラにすれば、いくら有名な国も人物も初耳が多い。
アレインリシャの存在など、知る由も無い。
「んで? アンタはそこに行く事にしたのか?」
出窓に寄りかかったまま顔だけ向けて、ティミラはベッドに座っているシランに訪ねた。
当の本人は枕を抱きこんだまま、首を横に傾げるだけ。
「シランが決めないと、オレ達は行きようがないだろ?」
「う〜ん……もちろんアレインリシャにも行きたいんだけど、直行しなきゃダメ?」
的外れな聞き返しに、ティミラとルージュは思わず顔を見合わせる。
「ダメって……僕は別に、寄り道しようが構わないよ? 旅は嫌いじゃないし……」
「オレも同感。そもそも、アンタが決めない事には動けないしな」
「ブルーは?」
ルージュの言葉に、シランとティミラの視線が一点に向けられる。
ベッドの側の壁に寄りかかり、腕組みをして目を閉じたままのブルーは、微動だにひとつしない。
「ブルー?」
シランの呼びかけに対して静かに、ゆっくりとその青の目が開かれる。
だがその瞳は、少しばかり下を向いていて、他の3人を見ていない。
明らかに、何か様子がおかしい雰囲気に、シラン達は顔を見合わせる。
シランは静かにベッドから下り、ブルーの前に立ち、彼を見上げた。
「どうしたの? 具合とか悪い?」
心配そうに自分を見上げる、金色の瞳の少女。
何回も瞬きを繰り返すその瞳は、いつ見ても引き込まれそうな色。
「……お前はどうせ、俺達が反対しても寄り道するつもりなんだろう?」
大きく息を吸い込んで、思いっきりため息を吐きながら苦笑を洩らすブルー。
「止めても無駄なのは、よく知っているつもりだからな」
「じゃあ……どっか寄ってもいい!?」
心配そうな表情を一変させ、いつも通りの無邪気な笑顔を浮かべるシランに、ブルーは静かに頷く。
それを肯定と理解して、シランは部屋中をハシャギまわる。
「あ〜シラン!! 騒ぐんじゃない、やかましい!!」
「そうだよ? いくら寄り道するっていっても、観光じゃあないんだし」
動き回るシランを止めに入っているティミラを見ながら、ルージュは苦笑しながら追加する。
「確かに。あくまで俺達の目標は、今のところ『アレインリシャを目指す』事だからな」
「そうそう。あっちゃこっちゃ行ってたら、キリがないでしょ? 本を探さなきゃいけないんだし」
「わかってるよ〜〜」
いつのまにか、ティミラによってベッドに押さえつけられているシランは、それでも嬉しそうに答えた。
「そーいえば、ルージュ。本はどこにやったの?」
ベッドに座り直しながらのシランの言葉に、ルージュは少々驚いた顔をしながら、
「あれ? 枕の下に置いてなかったの?」
そう、シランとティミラが座っているベッドは、昼間ルージュが寝転んでいたベッドであり、本をしまったところでもあるのだ。
隣の、ティミラとシランが寝る部屋には、ここに集まる前、彼女達が入ったきりで、自分は入っていない。
シランの聞き方からすれば、彼女が持ち出したとも思えない。
案の定、シランは首を横に振るだけだ。
「え……? ベッドに無い?」
ルージュの言葉に、今度は首を縦に動かす。
「まさか、無くしたのか?」
「あのねぇ、僕は一応19歳なんですけど……そこまで子供じゃないよ」
「じゃあなぜ無いんだ?」
「な、なぜと言われても……」
一瞬、部屋の中に言い様も無い雰囲気が漂う。
もちろん視線は全員、ルージュの方を向いている。
「え、え……ぼ、僕のせい?」
「本が出てこなければな」
キツイ兄の一言に、ルージュは思いっきり顔を引きつらせる。
「そっ、そんなぁ〜! 僕は確かにココに……」
あわててベッドに駆け寄り、ルージュがその手を敷布団にかけた瞬間――
『――――ッ!!?』
シランも含め、全員が一斉に窓の外の気配に身体を凍りつかせる。
「これはこれは……ものすんごい嫌な気配だね……」
ルージュの呟きと同時に、ブルーは剣を、ティミラはシランを背後に庇いながらガンに手をする。
「……これ、あの時と同じ……」
「え? 何か言…」
「来るぞ!」
「ウォール!!!」
――クゴゥッ!!!!
ルージュの呪文が完成すると同時に、辺りを強力な爆風が駆け抜ける。
ウォールのお陰で衝撃は受けなかったものの、窓側の壁は完全に大破し、無残な瓦礫と化している。
部屋の中で夜の海風が舞い、薄く砂埃が立ち込める。
一陣の強い風が、その砂埃を外に吐き出してゆく。
「誰だ、貴様は……」
夜景と夜の港街を背景に姿を現したのは、一人の青年。
暗くて見難いが、白いローブと少し暗い色の短い髪が夜風になびいている。
「お探しの本は、これか?」
見かけと違い、思いのほか低い声で青年は言った。
その手に『創造戦争』の本を手にして――
「確かに、探してるのはその本なんだけど……」
少し苦笑しながら、頬を掻きつつルージュは呟く。
「どうして、そちらが持ってるのかが理解できないね。どうやって部屋に?」
「部屋になど入っていない」
「……ということは、転移魔法か……まさかルージュ以外に使える者がいるとはな…」
あっさりと答える青年に、ブルーは剣の柄に手を這わせながら言う。
だが、その言葉に青年は顔をしかめた。
「魔法などと同じにするな」
意味不明な言葉にブルーとルージュは思わず顔を合わせる。
彼の言い分を素直に受け止めると、すなわち彼の使った術は『魔法ではない』という事になる。
「何が言いたいのかはよくわからないけど。とにかく、本、返してくれない?」
しばらく突き出された手と、自分が手にしている本を交互に見ていた青年は、突然フッと鼻で笑い、
「これは、貴様達には必要ない」
一言言い放つと同時に、手にしていた『創造戦争』の本から炎が噴出す。
『……っ!?』
4人全員が息を詰まらせた一瞬に、本はあっという間に燃え尽き、炭と化し風に流されて行く。
「本が……」
「貴様……一体何を考えている…」
一瞬の出来事に戸惑いを隠せないブルーとルージュの言葉に、青年は口に笑みを浮かべるだけ。
だが―――
「あなたでしょ? あたしの事、ずっと見てた人……」
シランがポツリと洩らした言葉に、その笑みの顔が強張る。
ブルー達をどけて、シランは青年の前に立ち、彼を見上げた。
「一体あたしに何の用? どうして本を燃やすの? 何が目的でこんな事を?」
青年は次々出される問には答えず、静かにシランを見つめている。
「……何か言ったら?」
わずかながらに怒気を含んだ口調にも表情を変えず、青年は立っているだけである。
しばらく辺りには、わずかに聞こえる波と、風が葉を弄ぶ音だけが響く。
「それとも………『創造戦争』について、何か知ってるの?」
その言葉に、一瞬大きく目を見開く。
だが、直後にその目を閉じる。
――なるほど。ファーネル様が気にかけるだけの事はある。
「知ってるんでしょ?」
尚も質問を繰り返すシランの言葉に、彼は再び目を開いた。
「……カンのいい人間だな。だが、所詮人間。これ以上関われるのは、邪魔だ」
『邪魔』の一言に、シランは眉をひそめる。
「邪魔……ね……」
「そう、邪魔だ」
言うと同時に青年の周りに、淡い光を帯びた紋様が、幾つも浮かび上がる。
それはさながら、母の墓に埋まっていた箱の中の魔法陣にも見える。
だが、その効果はまったく違う物。
魔法陣から出現したのは、幾何学的な人型をした人形のようである。
その数は、目に見えるだけで10体以上。
さらにその数は確実に増してゆく。
「な……なんだこれは!!?」
突如として、港の方から声が上がった。
その方に目をやると、そこにいるのは街の住民。
宿屋のドアからも数人の人が出てくる。
叫び声と爆発音に、皆が気づいてしまっていたのだ。
「逃げろ!! 死にたくなければ、走れ!!!」
人々は、シラン達から見て人形をはさんだ向こうに立ちすくんでいる。
この状況では、守るのは難しい。
そう判断したブルーは、街の人々に声をかけたのだ。
人形の出現で混乱し始めていた人々は、血相を変えて、あるいは悲鳴を上げて逃げ出して行く。
それに合わせるかのように、人形達が一斉に頭らしき部分を上げ、シラン達や街の人々に向かって動きだす。
ルージュとティミラが、街の人々を守るためにその場から駆け出し、人形の群れに突っ込む。
ブルーは剣を抜き、シランの側に構える。
「どういう事!!? これ、何のつもり!?」
人形に囲まれるように立つ青年に、シランはあらん限りの声で叫ぶ。
「言ったはずだ。“邪魔”だと」
平然と言ってのける青年の態度に、嫌なくらいはっきりと頭に血がのぼる。
「あたし……アンタ嫌い」
怒りに染まった金色の瞳に射抜かれてか、青年はわずかに目を細めた。
「アンタ、とは随分だな。我が名はセエレ」
そう一言言い残し、青年――セエレはその身体を宙に浮かし、現れた魔法陣の中に姿を消して行く。
「待てっ!! まだ話は終って…」
「シラン、動くな!!」
突然のブルーの言葉に、シランは身体を硬直させる。
瞬間、剣の一閃がシランの真横にいた人形を真っ二つに分けた。
その向こうに声の人物を確かめ、シランは再び空に目を向ける。
だが、そこには何も無く、ただ星が輝く夜空が映るだけ。
――逃げられた……
震える手を握りしめ、シランは目を閉じる。
考えている暇は無い。
『セエレ』という人物より、今はこの状況を打破するのが先だ。
「セイクリッド・ティア!」
その手にだいぶ手馴れた感触を確かめて、シランは目を見開く。
瞳に映るのは、虚ろな動きながらも自分に迫ってくる人形達。
そして、目に見える以外にもこの人形はいるのだ。
――守ってもらうだけじゃダメだ。
「……シラン」
背後から聞こえた声に、静かに頷く。
「大丈夫。あたしも……戦える!」
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