『 WILLFUL 〜闇の影〜 』
WILLFUL 4−5
手にしたセイクリッド・ティアを構えて、シランは迫り来る人形達に向かって走った。
目に見えるだけで5.6体はいるだろうか。
暗くて細かく判断がつかないが、それでも倒せばいい話。
一気に間合いを詰めて、攻撃させる隙も与えずに人形を真っ二つに裂く。
ゴシャ…と鈍い音をさせて、人形が力なく地面に転がった。
それを見届ける間もなく、後ろに迫った別の人形の動きを察知する。
振向きざまに大剣を横に振り、そのまま人形をなぎ払う。
先と同じように、音を立てて崩れる人形を見ながら体制を立て直す。
直後――
「……なッ!?」
――ザッ……!!
二の腕あたりに、かすかな痛みと風が走った。
剣を握る手に力を込めて、シランは振り返りつつ人形との距離を取った。
「え……な、なんで?」
自分を攻撃した人形を確認して、シランは思わず目をみはった。
その人形は手の部分だったと思われる個所が、剣の刃先のように鋭く変化していた。
だが、シランが驚いたのはもっと他の部分にあった。
人形の腹に亀裂が入っている。
つまり、今しがた自分が倒したハズの人形が攻撃をしてきたのだ。
「えっ!? だって、さっき倒して……」
思わず自分に言い聞かせるように言葉を発したシランは、次の瞬間声を失った。
倒したハズの2体目の人形が、倒れた地面の上で動き出し、元のように身体を接合させている。
「………な、直って……るの?」
それが終った人形は、ゆっくりと何事も無かったかのように立ち上がってきた。
「はぁっ!!」
刃先の形状に変わっている人形の手を蹴り上げ、その腕をへし折る。
支えの無くなった腕は、重力に逆らう事無く地面に落ちていく。
折られた衝撃で動きの鈍った人形の、その一瞬をティミラは見逃さなかった。
そのまま人形の足を払い、倒れた身体を起き上がらせる間無く頭を踏み潰す。
「ふん……意外にモロいんだな。オレだったらもっと丈夫に作るけど」
呟きながら、横からせまってくる人形に視線を向ける。
「アイシクルエッジ!!」
――ドドドッ!!!
突如空中に出現した氷柱の矢が、ティミラに向かっていた人形を貫き、破壊していく。
呪文を放ったルージュに目を向け、感謝の意を込めてニッと口を吊り上げる。
すぐさま向かってきた別の人形に向かって、体制を整える。
この人形、動きが鈍いとはいえ攻撃そのものが弱いわけではない。
余裕はあるといえばあるが、数を考えれば油断は出来ない。
自分達の所とシラン達の宿屋側の数を想定しても、20体はいるだろう。
街の人々はとりあえず避難させることが出来た。
後は、どうやってこの数をこなしていくか、だけである。
振り下ろされる刃を払い、その流れのまま身体を反転させて頭目掛けて蹴りを入れる。
首と胴体が離れ、頭が固い音をさせて地面に落ち、胴体も力なく沈んでいく。
生物のそれとは違う、硬い感触が足にくる。
「なんか、面白くねーなぁ……」
黒髪を払いながら、ティミラはつまらなそうに言葉を吐いた。
「面白いとか、そーゆー問題じゃないでしょうが?」
背後から聞こえたルージュの声に、やはりティミラはつまらなそうに「フンッ」とそっぽを向く。
「んなこと言ったってだな。“物”と戦っても、なんかやりがいが無い」
言いながら攻撃してきた他の人形の腕を掴み、そのまま地面にたたきつける。
その衝撃でか、掴んでいた腕がモロく外れた。
「やっぱり面白くねー」
「じゃあ、アレをどう思う?」
取れた腕を地面に捨てるティミラに、ルージュは静かに指を刺す。
その先にあったのは、倒した人形の残骸。
「アレが何だって言うんだ?」
「まぁまぁ……見てれば分かるよ」
眉を潜めつつも、ティミラは人形に視線を向け、ため息を吐いた。
――別に何もないじゃないか。
そう思った次の瞬間、地面の人形の残骸が動きだした。
「は……?」
思わず呟くティミラを他所に、残骸達は確実に元の形に戻り、再び立ち上がってきた。
「どー思う?」
嫌に笑顔で聞いてくるルージュに、ティミラもまた不敵な笑みを浮かべ、
「これはこれは……やりがいがある」
呟いて、あたりを見回す。
先ほど腕をとられた人形もまた、同じように復活を果たしている。
「……で、倒す方法はわかってんのか?」
ティミラの言葉にルージュは静かに、別の方向を指差す。
そこにあったのは、頭と腕を壊されている人形の残骸。
だが、なぜか復活を果たしていない。
「なんであれだけが……」
「キミが倒した人形だよ。キミ、アレの頭砕いたでしょ?」
言われれば、ふと思い出した。
地面に転がった人形の頭を踏み潰して――
「な〜るほど……頭壊せば済むって話?」
「そゆこと。そこがたぶん、人形達を動かす呪印が込められている」
「細かい事はいい。それよりシラン達は知ってるのか?」
「ブルーが気づいてる。助けに行ってくれるよ」
「そうか、じゃあ話は早いな」
言い終わるが早く、ティミラは駆け出し人形に攻撃を仕掛けた。
狙うのは、その頭。
繰り出される攻撃を受け流し、確実に人形を撃破していく。
「行動が早いなぁ〜。ま、そこも好きなんだけどね〜!!」
デレっとした表情をしたまま、ルージュは人形達と距離を取りながら呪文を唱える。
呪文が唱えられていくと同時に、いくつかの光球があたりに出現していく。
それもお構いなしに近づいてきた人形を見つめるルージュの口元が、その表情を一変させる。
「プラスティックレイザー!!!」
―――ドッ!!!
声に反応して、現れた光球から光の矢が出現し、人形数体の頭を貫いていく。
頭を直撃された人形達は、今までと同じように崩れ、そして動く事は無かった。
「さて……チャッチャと終らせますかね……」
ルージュは残りの人形を倒すため、呪文を口ずさんだ。
「頭を狙え!!」
姿を戻した人形を見て立ち尽くすシランの耳に、ブルーの大声が入った。
その言葉を聞いて、反射的に近づいてきた人形の頭を凪ぐ。
風を切ると同時に、人形の頭が二つに分かれ、上の方と胴体に繋がった方と同時に地面に崩れる。
「気をつけろ。頭を破壊しないかぎり、復活するぞ」
シランの背後に構えたブルーが、小さく耳打ちをする。
「……こんなモンスターっていたっけ?」
セイクリッド・ティアを構えながら、シランは呟いた。
その質問に、ブルーは少しだけ間を置いて、
「少なくとも俺の知っている限りでは、いない」
「そっか……」
「考えるのは後にしろ。今は、ココを守らなければならない」
ブルーの言葉に静かに頷いて、シランは人形に向かって剣を振り下ろす。
頭から斜めに、肩まで一気に切り裂く。
倒れる人形に目もくれず、奥に残る人形達を攻撃する。
ブルーの言う通り、頭を壊された人形はピクリともしなくなっていた。
――セエレ……
頭の中でその名前を思い出し、シランは顔を思わずしかめてしまった。
――あたしは、いけない事をしたのかな……
目の前に残った最後の人形を倒し、ブルーはあたりを見渡した。
街の人達は、ルージュ達が逃がして無事のはず。
残っている人形も、とりあえず全て倒した。
後ろを振り返ると、そこにはシラン以外には誰も居ない。
――無事、か。
剣を鞘に戻しながら、ブルーはシランの側に歩み寄る。
「やっほ〜い!」
素っ頓狂な聞きなれた声が耳に入る。
のん気に手を振りながら戻ってくるルージュと、その横を歩くティミラの姿だった。
「無事みたいだな」
「当然っしょ〜? 誰に聞いてんの」
ニッと笑みを浮かべる弟を見て、ブルーは安堵に近いため息を吐いた。
突如、地面に転がっていた人形達が淡く光出す。
一瞬3人に緊張が走ったが、そんな様子を無視して人形達全てが光とともに掻き消えた。
「どうなってんだ?」
何事も無かったかのような道をみつめて、ティミラは思わず呟いた。
「たぶん、呪印が全部消えたから存在できなくなったんだろうね」
「ま、あのまま残られても、捨てるのに困るよな」
冗談を吐くティミラに、ルージュも苦笑を洩らす。
「ルージュ、ティミラ〜!!」
緊迫の解けた3人に、シランが笑顔で駆け寄ってくる。
「よかった、シラン。無事みたいだね?」
「ブルーのお陰だよ。頭を壊すのが分からなかったら、多分ずーっともめてただろうね」
笑って言いながら、手の内にあったセイクリッド・ティアが姿を消す。
「でもいいのか? 本は燃えて、無くなったんだぞ?」
「それは仕方ないよ。今更後悔してもしょうがないし……」
少し落ち込んだ表情を見せたが、それは直ぐに笑みに変わる。
「怪我人が出なかったのが、幸いって事で〜……どう?」
笑顔で話すシランの頭に、ブルーが手を乗せ、ため息混じりに、
「お前がそれでいいのなら、な」
その言葉に、シランが思いっきり笑顔を見せたのは言うまでも無い。
「あっ!!!」
ティミラが上げた大声に、3人は一斉に顔を向ける。
『あ……』
その顔が向いている方向に目をやると、シランもルージュも、ブルーさえもが声を洩らした。
「どーしよっか……?」
「ど、どうしよっかって、僕に言われても……」
「俺を見ても、部屋は直らんぞ」
口々に責任のとれない言葉をはいて行く。
部屋が半壊した、宿屋の一室を見つめながら――
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