『 WILLFUL 〜森の遺跡〜 』
WILLFUL 5−1
森は静かで、穏やかな風が舞っていた。
太陽の日差しは、木々の葉に透かされ、暖かく柔らかな光になって差し込んでゆく。
鳥のさえずりも、さながらまるでこの森林の美しさを歌っているかのようである。
――だが。
「…………おい、どーすんだ一体……」
さえずる鳥を落とし、日差しを消す勢いで、黒髪の美女は漠然と呟いた。
その声色は完全に怒気を含み、その美しい顔つきは、ものの見事に鬼の形相と化している。
身体全体から溢れるオーラは、はっきり言って「近づくならば死あるのみ」と言わんばかり。
「おい……お前等、聞いてんのか?」
「……もぅ、ティミラ〜。落ち着いてよ……」
前を歩く銀髪の青年の一人が、顔だけ振り返りながら美女に言う。
だが、そんな青年の言葉を「フン」と一息で跳ね除け大きくため息を吐きながら、ティミラは言う。
「落ち着け? それはオレに対するセリフじゃねーだろーが」
「それはそうだけど〜……」
「分かってんなら文句言うんじゃねーよ、馬鹿ルージュ」
暴言吐きまくりなキレ口調。
あまりの怒りっぷりに、思わずルージュさえも言葉を失った。
普段、ティミラの“怒る”というのは、大抵怒鳴り散らす事がメインなのだが、このようなキレ方ははっきりいって珍しい。
だからと言って、見れて嬉しいかと言われれば、それは微妙である――
ただし、希少価値が高いのは確実だが――
相変わらず物騒な顔付きで歩くティミラに、前を行くルージュとブルーは小さくため息を吐いた。
「まったく……シランのヤツ、どこをほっつき歩いているんだ?」
事の始まりは、些細と言えば些細である。
イルヴォールを旅立ってから、数回野宿を行なった。
馬車を使えば、近くの街までの距離は段違いに変わるのだが、シランは「歩きたい」と言い出した。
吐いて捨てるほどある金を使わないのか、と言われれば「今後のため」などと言い返す。
あげく「野宿をしたい」という彼女の言葉に、ティミラまで賛同したのが決定打だった。
楽しげに、まるでピクニックの計画を立てるかのように話し合う二人を見て、双子は静止を諦め、しかたないと納得して、旅の道中を歩いてきた。
途中にある小さな村に一度寄ったが、一日止まって即日旅立つという、なんとも忙しい宿泊を行なったこともある。
そんな日を過ごしてるうちに、だんだんシランの悪い部分が白日にさらされてきた。
迷子の回数が、異常に増えているのだ。
それもタチ悪く、あっちを見て騒ぎ、こっちを見て騒ぎ、きょろきょろしては居なくなる。
何も告げず、好奇心のみで動くそれは、まさに初めての散歩をする子犬同然。
別に道に迷うタイプの迷子ではないのだが、勝手にブルー達の側を離れてしまうのだ。
呼べばすぐに戻ってくるし、草原に連なっている道では、邪魔になる物も無く、発見するのは容易いことであった。
だがそれも、あくまで「草原」での話である。
その日、太陽が傾きかけた頃に野宿が決定し、近くの森の中に泉を発見。
水浴びがしたいと言う女子二人の言葉に、その森で野宿が決まった。
多分、その選択が間違っていたのだろう。
翌朝、割とのどかな森で歩き詰めだった身体を休めていた一行の中からシランの姿が消えた。
彼女が居なくなった理由は大体想像がついた。
前日の夜に「森の奥のほうに遺跡があった」と、散々嬉しそうに言っていたのだ。
だがもちろん、寄り道より目的意識のある3人に断固反対をされ、探索は却下。
きっと、自分の好奇心を満たしたい一心で、一人でそこに向かったのだろう。
草原とは違い、木々の生い茂る森の中でそう易々と人が見つかるわけが無い。
結局、戻ってこないシランを探すために、3人は森の中を行くハメになり、それにティミラがついに痺れを切らした、というわけである。
「まったくね〜……シランの行動の早さには、目が回っちゃうよ」
乾いた笑いを浮かべながら言うルージュに、ブルーが同意の意を表す。
「同感だ……『創造戦争』の事を調べねばならないのに、何を考えているんだ」
「多分、なぁ〜〜〜んも考えてないと思うよ……」
的確すぎる分析に、なんだかため息を吐かざる負えない双子。
「ところでルージュ。本当にシランの居場所、わかるのか?」
後ろを歩いているティミラが、腕を組みながらぶっきらぼうな口調で訪ねる。
シランが居なくなってから、3人はただ闇雲に彼女を探しているわけではない。
ルージュが先頭を切って、森の中に見つけた一本道を歩いている。
彼曰く、シランの魔力をたどれば大丈夫だろうとのことであった。
だが、魔法等に少し疎いティミラには、実感の湧かないものである。
「大丈夫だと思うよ。魔術は使えなくても、シラン自身の魔力はめちゃくちゃ大きいし……」
たどれば見つかるよ、と言い、ルージュは顔を正面に戻した。
双子の背を見つめながら、ティミラは小さく息を吐いた。
「『創造戦争』……か……」
「気になるのか?」
ポツリと洩らしたティミラの言葉をブルーは聞き逃さなかった。
振向きもせず、声だけで答えを返す。
「お前は気にならないのか?」
「なるさ。だが、アイツは何も言わなかった……」
そう言って、少し視線を下に向けてしまった。
イルヴォールでのあの表情。
何かためらいでもあるのだろうか。
自分にも知られたくない、その何か――
「ルージュはなんかわからねーの? オレは本は読んでないから、あんまり……」
黙ってしまった雰囲気を気遣ってか、ティミラは言葉を続けた。
「さぁねぇ……本は一応目を通したけど、最初の方だけだったし。最後まで見てないから」
言い終わって、目を兄に向けた。
その視線に気づいたブルーも、静かに「俺も、最後まで読んでいない」と答えた。
「ってぇことは、全部知ってるのはアイツだけってことか……」
――どこに行ったんだよー……
そう心で付け足して、ティミラはブルーとルージュについていくため、足を動かした。
「やっばー……迷子になったかも?」
森の中の一本道で、シランは左右をきょろきょろしながら呟いた。
「どうしよっかなぁ……またブルー達に怒られちゃうよ〜」
のん気に頭を掻きながら、シランは口を尖らせ、ぶぅと唸った。
無論、ティミラの脳みその火山が噴火寸前なのは、知る由も無い。
「まったく……いいじゃん、遺跡くらい探索したって〜。そりゃ確かに『創造戦争』の事を調べたいから旅に出たけどさ。だからって3人そろって“ダメだ!!”なんて言わなくていいじゃん……」
ふくれっつらになり、シランは一人適当な方向に足を進める。
完全にイジケ状態に入っているこの状況では、どこに進んでもいいやとふてくされているのだろう。
シランが足を向けたのは、左右の道でなく、森の中だった。
ブツブツと膨れながら愚痴りつつ、シランは足元も見ないでひたすらに歩いた。
時々、遺跡への道のりは森の中なんか通ったか疑問に思ったりはしたが、今更引き返しても余計わからなくなるだけと判断した。
それでも、少し不安になったのか時々数回背後を振り返りつつ足を動かした。
それを何回か繰り返しているうちに、その時間が徐々に長くなってきて最終的には後ろに顔を向けたまま少しだけ歩いてしまった。
ほんの一瞬のつもりだったのだが、あまりにも前を無視しすぎたのだろうか。
シランは気が付かなかった。
――ガラッ……
「えッ……う、うわ、ぁああああッ!!!」
――ドサッ……!!
その先が、切り立った壁の上だということに。
「い、痛……イタタ…」
幸い、大した高さでもなく、運良く受身も取れたおかげか、少々肩をぶつけた程度だった。
少し赤くなっているが、動かしても支障のあるほどでない。
適当に肩を回して、シランは目の前を改めて確かめた。
「やったぁ!! 王道だけど……落ちてラッキーだったかも♪」
目の前には、前日に見つけた当初の目的地の遺跡の入口だった。
昨日は、見つけたことに興奮して慌てて野宿の場所に帰ったため、改めて回りを見回した。
自分が落ちた壁が、入口を隠すかのように円を描くように切り立っている。
その端っこに小さな道があるのが見えた。
多分、昨日自分が来たのはきっとその道だったのだろう。
どうにか道を見つけれれば、坂を下って遺跡に到着できたのかもしれないが、方向を間違えたシランは、運悪く壁から転がり落ちたようだ。
遺跡と言えば、昔は綺麗な神殿のようなものだった事を彷彿とさせる崩れ、倒れた石柱が地面に軒を連ね、その横はひび割れ、崩壊した壁達が立ち並んでいた。
雨風にさらされたのか、顔が崩れていたり、上半身が壊れている石像も多数見受けられた。
「はぁ……でっかいなぁ……」
ぽつりと言葉を洩らし、シランは静かにそこに足をしのばせる。
砂利を踏み、歩く靴音だけが聞こえる遺跡。
その奥は、切り立った壁の中に作られていたのだろうか、洞窟のようにぽっかりと黒い入口がある。
「中入って平気、だよね……」
誰に言うまでも無く独り言を呟き、シランはゆっくりと歩く。
――カラン……
「んあ?」
奥のほうから、少し崩れるような音が聞こえた。
自分以外に、誰かいるのだろうか。
「……ティア」
念のため、セイクリッド・ティアを呼び、その手に握る。
「誰かいるの!?」
――ガラガラッ!!
声に反応するかのように鳴る音に、シランは即座に剣を構える。
静寂と緊張が、身体を支配した瞬間――
「っあ〜〜!! 人がいました〜〜!! よかった……」
崩れた遺跡からヒョイと顔を現したのは、黄土色の髪に青の目をした、10歳前後に見える少年。
「な……何してるの?」
拍子抜けし、ポカンとするシランを横目に、少年は一目散にこちら目掛けてかけだす。
「助けてください!! お、お師匠様が……奥で捕まっちゃったんです!!」
「えぇっ!?」
飛びつきながら背後の入口を指差しつつ発した少年の言葉に、シランは驚愕の声をあげた。
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