『 WILLFUL 〜森の遺跡〜 』
WILLFUL 5−2
「捕まったって……どういう事?」
「ぼ、僕もよくわからないんですけど……」
少年は自分を落ち着かせるかのように、大きく深呼吸をして息を整える。
「この中の一番奥の……なんか聖堂みたいな場所で、お師匠様達が戦ってて……」
「戦うって、何と? モンスターなの?」
シランの問に、少年は眉を寄せて悩みながら口を開いて言った。
「モンスター……なんだと思うんですけど。お師匠様が“隠れろ”って、僕を突き飛ばして、その後、一瞬周りがすごく光って……」
そのあとは分からない。
そんな風に肩を落とす少年を見て、シランも表情を暗くさせる。
――どうしよう。中に入っても良いけど、一人じゃあ……ねぇ……
3人の顔が、脳裏をよぎった。
で、その3人―――
「もうそろそろな感じ」
森の道を進み、少し開けた分かれ道。
ルージュは足を止めて、ある一方を指さした。
開けた道の向こうが、森の木々とは別の岩肌をあらわにしていた。
道は、その岩場の隙間に滑り込むように繋がっていて、そしてその奥に消えている。
「なんだ、あそこ? くぼ地……なのか?」
「わからないけど……もしかしたら、シランの言っていた遺跡、かもよ?」
「ンだよ、結局来ちまったってことか?」
思いっきり愚痴を叩くティミラに苦笑しながら、ルージュは歩みを進める。
「そーなっちゃうね。まっ、仕方ないさ」
先行く双子を横目で見やり、ティミラはやはりため息を吐いてその後に続いた。
その岩肌が近づくに連れ、その大きさがだんだんはっきりとしてくる。
確かに、ただのくぼ地にしては大きすぎるし、何より道がしっかりとしている。
ここ最近は使われていないにしろ、過去の昔に使用されていたのは明らかである。
岩肌の、短い坂を下り、開けた眼前に広がるのは、朽ち果てかけている、まさに遺跡。
倒れた石柱があたりに散らばり、砕けた石像が所々に見受けられた。
過去の古、神殿のような存在だったのだろうか。
「……結局来ちまったか」
ティミラのぼやきにルージュは含み笑いで、ブルーはため息で答える。
彼らの視線の先に映るのは、立ち尽くしている見慣れたオレンジ色の服に緑髪の少女と、青いマントを羽織っている黄色い髪の少年。
「シラン!!!」
ティミラの呼びかけに、緑の髪が揺れ、その顔がこちらに向けられ、聞きなれた声が響く。
「ティミラ……ブルー、ルージュ!!!」
「ばっきゃろー!!! お前、一体何考えてんだよ!」
「ご、ごめんってばー……」
謝っているものの、立場は弱い。
3人の名前を呼んだ直後に、ティミラはすぐさま側に駆け寄って、怒声を浴びせた。
「ごめん、で済んだら法律も国王もいらねーんだ!! わかってんのか!?」
「悪かったってばぁ……まさか迷子になるなんて思ってなくて…」
「こっちだって、お前が勝手に居なくなるなんて思ってなかったな!!」
「そ、それはそうだけど〜……でも」
「でも、もクソもあるか!!!」
反論聞き入れず、ティミラは心の奥底からストレスをぶちまけてゆく。
シランも、ココまでティミラが怒ると思っていなかったのか、面食らった表情でひたすら謝るだけしか出来ない。
ルージュもブルーも、ティミラは止めても聞かないだろうと、もはや諦めである。
シランをフォローしようにも、今回の非は彼女にあるのでどうしようもない。
「いいか!? 自分の旅の目的、忘れたわけじゃないだろう!? ウロチョロするな!!」
「いいじゃん、たまには…」
「お前のは“たまには”じゃない!! しょっちゅうだっ!!!」
「そ、そんなことより聞いてよ!!」
「聞け!? 何を聞けって!? 新しい言い訳だってか!?」
「違うよ〜〜!! この子だよっ!!」
シランは、自分の背後にいた、話に置いてけぼりにされかけている少年を押し出した。
少年は一瞬ティミラを見上げ、「あっ…」と小さく声をあげ、肩をすくめる。
理由はどことなく察知出来るが、今回は仕方ないのかもしれない。
「……このガキがなんだって?」
綺麗な翡翠の目は完全に据わっていて、あげくガキ呼ばわりである。
だが、少年は意を決したのか、顔を上げ、ティミラ達を見上げて叫んだ。
「あ……あの、僕のお師匠様達が奥でモンスターと一緒に消えちゃって……捕まっちゃったのかもしれないんです!! 一緒に探してください!! お願いします!!」
少年の、意外すぎる言葉に3人は思わず顔を見合わせた。
「僕だけで、遺跡の中歩き回っても仕方ないし……魔術を習ってるけど、実戦なんてまだ一人じゃ到底無理です……でも、このままお師匠様達をほおって置くわけにはいかないです! だから、お願いします!! 一緒にお師匠様達を探してください!!」
一生懸命に頭を下げる少年を見て、ティミラもさすがに無視するわけにもいかない心境である。
背後に来ていた双子を振り返り、その意志を問うように目を見つめた。
シランも男の子の横で、心配そうにそれを見ている。
「……まぁ、この状況で無視はできないだろう。助けに行くぞ」
顔にかかる銀髪を払いながら、ブルーは冷静に言葉を紡いだ。
ブルーの言葉が信じられないかのように、顔を勢い良く上げる少年。
その視線に気づいたブルーは、静かに目を閉じ、首を縦に動かす。
「あ……ありがとうございます!!! 本当に、ありがとうございます!」
感謝の気持ちを満面の笑みに変え、少年は何度頭を下げ、お礼を言いつづける。
その肩に手をかけ、「よかったね」と声をかけてくれるシランに、少年は「ハイッ!」と答えた。
「さて、じゃあ中に入ろうか……って言いたいけど。キミ、名前は?」
ルージュに突如質問をされ、今だ興奮覚めやらぬため、はたまた混乱しているのか、少年は「へっ!?」とマヌケな声を発する。
それに苦笑しながら、ルージュは少年の身長にあわせてしゃがみこむ。
「ごめんごめん、いきなり聞くのも悪かったね。僕はルージュだよ」
「ルージュ……? あの、ルージュ=リヴァートさんですか!!?」
「えっ!? あ、うん。多分、そのルージュだと思うよ?」
いきなり飛びつく少年に驚きつつ、冷や汗出しながら答えるルージュ。
「あの……あの、あの!! 『白銀の双頭』の!! カーレントディーテで有名な!!」
自分の名声は、ある程度は知っているつもりだったが、ここまで熱狂的な子供に会ったのは初めての経験。
いや、それなりに会った事もありはするが、名前だけで理解する子供は少ない。
ルージュは少々焦りながら、今だ瞳を輝かす少年を押しのけ、落ち着かせる。
「ちょ、ちょっといいかな?」
「は、はい!! すいません、ルージュさん!!」
またまた上がった息を整えようともせず、少年はらんらんと輝く目でルージュを見ている。
その笑顔たるや、師匠が助かるとわかった以上に見受けられる。
「あの……キミの名前、教えてくれる?」
「はい!! 僕、ケイル=ヴァンリーブって言います!!!」
「ヴァンリーブ……だって?」
少年の氏名に、今度はブルーが目を見開く。
「お前、もしかして兄がいないか? ライルと言う名前だ」
「はい、そうですけど……兄を知ってるって事は、もしかしてブルーさんですか!?」
「あ? あぁ、そうだが……」
「うわ〜〜!!! まさか“白銀の双頭”の二人に会えるなんて思ってもいないです!!!」
ブルーの存在とルージュを確認し、ケイルはさらに興奮度を増して騒ぎ出す。
「兄から話は伺っていました!!! 凄い活躍だったそうで…」
「俺は仕事を成したまでだ。それなら、お前の兄の評判も良かったんじゃないか?」
「あ……いやぁ、そんな……」
兄弟を誉められて、ケイルは顔を赤く照れさせて「アハハ」と笑顔を浮かべる。
「まさかライルの弟くんだったなんてねぇ……奇遇なもんだね。世の中」
「知り合いなのか?」
盛り上がる少年達を、不思議そうな顔で見ているティミラがルージュに問う。
シランも様子が理解できないようで、その状況を見つめているだけだ。
ルージュは「詳しくは後で話してあげるよ」と言い、遺跡の中を覗き込み、ケイルに声をかけた。
「ほんじゃ、チャッチャと救出に向かいましょうかね?」
「は、はい!! お願いします……」
現実に戻ったケイルは、険しい表情を浮かべ、それに頷いた。
「ライルは、3年くらい前までカーレントディーテに住んでいたんだ。グレンベルトに引っ越して今は、そこで騎士を勤めている。前に、モンスターの討伐で派遣された時に、ひさしぶりに会ったんだよ」
「は〜ん……つまり、元同僚ってワケ?」
ティミラの殺伐としたまとめ方に眉をひそめながらも、ブルーはそれに頷く。
「で、ケイルがその弟って事か」
「みたいだな。弟がいるとは聞いていたが、会った事は無かったからな……」
遺跡の中を見渡しながら、ブルーは声だけで答える。
古くの昔とは言え、人の出入がある建物だっただけに、空気の循環も良く、中がかび臭いという事も感じない。
崩れた石柱等を見れば、ただただ使われなくなり朽ち果てたというのが容易に想像つく。
先頭を行くティミラとブルーの後ろにシラン。
さらにその後ろにはルージュと、彼の側を歩くケイルの姿。
話を聞いてみると、どうやらケイルは魔術師になりたいがために“師匠”と呼ぶ人物と旅をしているとのことらしい。
師匠の「エレ」という女性と、その仲間の「アーガイル」という男性と共に。
だが、この遺跡を見つけ、奥の聖堂で何者かと接触。
エレという師匠と、アーガイルという男が姿を消し、路頭に迷いかけたという。
ルージュを見て気分が盛り上がったのは、魔術師として若くして名を馳せる彼への羨望の眼差しだったのだろう。
現にカーレントディーテで魔術師を目指す者の中に、ルージュ本人を目標にしているのは少なくない。
それはカーレントディーテ以外でも言えるようで、そのうちの一人がケイルでもあった。
「それにしても……このまま行って大丈夫なのか?」
ただひたすら、奥に続いている道にティミラは足を止める。
振り返れば、まだ入口が見え、その光で中は見えているが、これ以上進めば、それは望めなくなってしまうだろう。
「こんな暗いトコ歩いて……ほんとにココ、人が出入りしてたのか?」
「う〜ん、してたと思うよ」
ブー垂れるティミラに、ルージュは側にあるひび割れ、砂の掛かっている壁に手を伸ばし、砂を払い落とす。
「ホラ」と言って見せられたのは、かすれているが、何かの印の様にも見える模様。
「何、それ」
「これはさ、魔術を持続させるための印なんだ。直に物質に書いたり刻んだりして使用する」
「で、何に?」
ティミラの言葉にニッと笑い、ルージュは呪文を唱え、その印に手をかざす。
一瞬、その印が淡く光り、それが消えた後、奥の道に一気に光が現れて行く。
反対側の壁にも現れた光の周りには、ルージュが見せた印が淡く光を洩らしている。
「こんな風に、魔力を込めて明かりをつけるんだよ。こういうのは、人の手で行なうものさ」
手をかざした印からも現れた光に、ルージュは眩しそうに目を細める。
光の灯った道を見渡しながら、ティミラは一言「電源のスイッチみてーだな」と洩らした。
「あっ!! なんかあるよ〜!!」
明かりのおかげではっきりと見えるようになった神殿内。
シランが指さしたのは、遠目で神像と思しき石像。
中にあるためか、外にあった石像よりも保存率はよいらしく、全身が見て取れた。
駆け出したシランを追いかけて、側にたどり着き、静かにそれを見上げた。
何かを守るかのように槍を手に持ち、勇壮と佇んでいる女神像。
シランはそれを見上げながら、その周りをきょろきょろを見て回っている。
「おい、あまりチョロチョロするな」
「も〜、わかってるってば!」
ブルーの忠告に答えた瞬間、シランの見上げた視線に何か光が入り込んだ。
角度を変えながらその原因を探っていると、ある一点で何かが光を反射しているのが見えた。
「宝石だ!!」
女神像が構える槍。
その飾り気の無い中に、たった一つだけ輝く赤い宝石が内部を照らす明かりを反射して、一層強い光を放っている。
「へぇ……あんなところに宝石なんか飾ってんだ?」
「ねぇねぇ、あれ貰っちゃっていいかな?」
「はぁ!? 何言って……って、オイ!!」
「シラン! 降りて来い!!」
ブルーとティミラの警告を無視して、シランは石像の石台に飛び乗り、さらに腕に手をかけて、その槍の宝石に手を伸ばす。
「ちょっとシラン! それ、泥棒だよ!?」
「いいじゃん、見るだけだから〜!」
石像から少し離れた位置で、シランを見上げるルージュ。
やはり、彼の警告にもシランは耳を貸さない。
ブルーとティミラは、石像の直ぐ下に立ち、シランに声をかけている。
「お〜い〜!! やめろっての!!!」
「見るだけ!!」
「見るだけって……どうせ持ってくつもりだろ!?」
「直ぐ戻す!!」
「すぐ戻すなら触るなっつの!!」
ティミラとの押し問答にもめげず、シランはそれに指を伸ばし、抜き取ろうと力を込める。
だが、きっちりはめ込まれているのか、その宝石はビクともしない。
「あれ? おっかし〜なぁ……こんなに固いのかな?」
「取れないのー?」
ルージュの呼びかけに頷きで答え、シランは再び宝石を触る手に力を込める。
もはやティミラとブルーもそれを見ているしか出来ず、シランを見上げて立ち尽くしている。
だが――
「どうしたんですか?」
腕を組み、考えるような表情を浮かべるルージュに、ケイルが首を傾げる。
「いや、ね。普通、こんなに風化の激しい建物の物なら、あんな宝石くらい簡単に外せると思うんだけどねぇ…」
そう言って、まだ宝石を取ろうと奮闘しているシランに目を移す。
――もしかして、あれって……
ルージュの脳裏に、一つの仮説が浮かんだ。
「シラン!! それから手を離して!!」
「え? なんで〜!?」
「いいから早く!! もしかしたら…」
――ガギン。
「あ、取れた!」
笑顔でそれを掲げるシランと、開いた口がふさがらないルージュ。
「シ、シラン!! 早く戻して!!」
「だからなんで〜?」
不服そうに宝石を見つめるシランに対して、焦り口調でルージュは続けた。
「もしかしたら!! それ、わ…」
――ガゴゥン。
『っう………わあああああぁぁぁぁぁぁっっ!!??』
絶妙に悲鳴をハモらせて、石像の下にいたティミラとブルーの姿がそこから消える。
「ティミラ!! ブルー!!!」
あわてて駆け寄るも、時すでに遅し。
ぽっかりと開いた、四角い黒い穴の中には、二人の姿は見受けられなかった。
神殿の明かりさえ入っても中が見えないとなると、深さは相当と思われる。
「ちょ……!! これって……」
宝石を持ったまま、慌てまくったシランが側に降りてくる。
その表情は、まさかという顔である。
ルージュは静かに息を吐いて、冷静に、そして少しだけ哀しそうに言った。
「だから……罠かもしれないから、止めてって言いたかったのに……」
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