『 WILLFUL 〜森の遺跡〜 』
WILLFUL 5−10
「ナノドライブ!!」
メスティエーレの声と同時に、モノリスとウェリダの周囲を炎が荒れ狂う。
『こざかしい!!!』
言うが、手の振りで火を割り、モノリスがティミラ目掛けて爪を振り下ろす。
横に飛び、それをかわして銃口を向け、石を入れ替える。
「トライン!!」
空気を走る雷撃を避け、モノリスはさらにティミラとの距離を縮める。
『美しい……人間のモノにするにはもったいない』
「…悪いけど。人外魔境なアンタのモノになんざ、なりたか無いね」
攻撃をかわし、あるいは受け流し、ティミラは続けた。
「それに……ルージュを好き勝手にしてくれた連中の言いなりってのも嫌だ」
『ほう、彼は君の愛しい者か?』
「あぁ、そうさ。ルージュは……オレのモノだ!!!」
声を荒げ、ティミラの拳がモノリスの顔を直撃する。
うめきを上げて倒れるモノリスを見下ろし、黒髪をなびかせたティミラが再び構える。
「さぁ、来なよ。二人をあんなにしやがって……たっぷりお返しさせてもらうぜ!」
『人間が……こざかしいわ!!』
『綺麗な顔ね。本当に素晴らしいわ……』
「お褒めの言葉、ありがとう。嬉しくはないがな」
悠然と自分の顔を眺めるウェリダを見上げながら、ブルーは憮然とした態度で答えた。
『もっと喜んだら? 私のモノになるのだから……』
「あいにくだが、俺は誰かのモノになったりしない………アーガイル!!!」
「おうよ!!!」
呼び声に答え、ウェリダの背後をアーガイルが突く。
だがそれを交わしたウェリダの術がアーガイルを狙う。
『醜いもの……ケシズミになりなさい!!』
――ゴゥッ!!
「あっちぃ!!」
舞い上がる炎を剣で払い、打ち消してアーガイルは地面に転がった。
まだどこか熱いのか、地面をゴロゴロ転がっている。
「おいブルー、あちぃぞ!!! しかも醜いとか言われたし!!!」
「安心しろ。顔は溶けていない」
「それ、なぐさめてんのかよ……ってうぉ!! 髪の毛焦げたぁ!?」
『うるさいわね。消えなさい!!!』
再び襲う炎を、アーガイルは剣の一振りで消し飛ばす。
『な、炎が!?』
「……消えた?」
前の炎もそうだったが、普通剣を振ったときの風圧などでは絶対に炎は消せない。
魔族が使う炎なら、それも魔力に準じた魔術に近いもののはずである。
「まさか、その剣。封魔の力があるのか?」
「ご名答、さっすが魔剣士!! 話がわかるなぁ」
「メスティエーレさんが?」
「まぁな!」
相手の魔法効果を封印し、効果を打ち消す封魔の術。
メスティエーレが、アーガイルの剣に込めておいたのだろう。
それがウェリダの魔力を打ち消し、炎をかき消していたのだ。
『ふ……人間の女如きに、この私が……本当、邪魔ね……』
先ほど以上に、殺意の雰囲気を漂わせたウェリダの視線が、メスティエーレに向けられる。
『先に始末してあげるわ……行け!!!』
荒々しい声を合図に、地面に赤い魔法陣が浮かび上がる。
「まずい! アーガイル、メスティエーレさんの所に戻れ」
「……わかった」
意図を汲み取り、アーガイルが駆け出すと同時に魔法陣から黒い影が現れる。
「うぉ、なんだこりゃ?」
「マデス・デーモンというの。気をつけて、けっこう強いわ」
「まっかせろよ。エレにぶっ飛ばされたのに比べたら、メじゃねーよ」
「あら。じゃあ、あの頃よりは強くなったのかしら?」
不敵な笑みを浮かべるメスティエーレに、アーガイルは苦笑を返すのみ。
「まっ、見ててくれや、姉御ぉ!!」
「その言い方、止めなさいっていってるでしょ!!」
罵声を背に受けながら、アーガイルはデーモン目掛けて切りかかる。
現れたデーモンを挟み撃ちのように、ブルーが対置からけしかけていく。
「まったく……こんなことばっかりだ……」
剣が一閃をするたびに、デーモン達の数が減っていく。
確実な手応えを感じていた時、自分の足元が一瞬影になった。
顔上げ、そこが視界に映った瞬間、目の前にティミラの顔が。
「なッ……!?」
「どぇええええ!!!」
――ゴン。
「痛てーじゃねーか!!」
「お前こそ、なぜ降ってくる必要があるんだ……」
「オレはインキュバスに吹っ飛ばされただけだ!」
――オォォオオ!!!
「うるさい!!」
「うるせぇ!!」
――ドズン!!
横で雄叫びをあげたデーモンに、ブルーの剣とティミラの蹴りがめり込む。
消え行くデーモンを後ろ目に、二人は背を合わせて立ち上がる。
「囲まれた。ティミラ、責任取れ」
「オレのせいかよ!?」
「ちょっと!!! 二人とも!!!!」
互いに責めあいをしていた二人を、メスティエーレの声が現実に返す。
声の主に視線を向けると、その顔が驚愕に染まっている。
『人間とは、本当に愚かだな』
モノリスの静かな声。
「……シラン!!」
翡翠と紺碧の瞳に映ったのは、咽元に鋭い爪をあてがわれた少女の姿。
今だ意識が回復していないのか、首が力なく垂れ、新緑の髪が揺れている。
「……人質取って、オレ達を倒せると思ってるのかよ」
細められ、敵意を剥き出しに現す翡翠の目。
『ふ……脅しでは動かぬようだな。だが、別に貴様達は倒すつもりではない』
「じゃ、なんでそんなことしてんだよ」
『このためよ……』
背後から、艶かしい音が耳に入る。
デーモンとシランの事で、気が取られた。
背に感じる冷ややかな体温。
――しまった……!
ブルーは自分を背後から抱きしめるウェリダに顔をゆがめた。
顔を撫でる、白く細い指。
鼻をくすぐる魅惑的な香り。
耳をかすめる小さな吐息。
『堕ちましょう……』
感覚を奪われるような、陶酔感。
全てを満たされる浮遊感。
意識を取られるような苦味と、身体を取られる甘美。
『さぁ、一緒に……』
「やめ……ろ!!」
「ブルー!!!」
駆け出したティミラの前に、デーモンが悠然と牙を剥く。
「邪魔だ!! どけぇ!!!」
――マズい……
ティミラの叫び声が遠くに聞こえる。
目の前が、徐々に深遠に閉ざされ、色を失う。
――ここで、堕ちたら……シランは……?
『……安心しなさい。全てが貴方の思うままになる』
――すべて……?
優しく包み込むような声色。
『そうよ。心配することなんて、何もないのよ』
――何も?
心を満たす、その魅惑。
『そう……さぁ、身を委ねて……』
差し出された手は、白く、美しかった。
「シラ、ン……」
あれ……?
………あたし、何してたんだっけ?
『シラン!!!』
……あれ、ブルー?
『シラン!! 俺だ、ブルーだ!! わからないのか!?』
そうだ……ブルーの声だ。
『シラン!! どうしたんだ!!?』
あたしが、どうしたの?
どうしてそんな心配そうな声、してるの?
あの時呼んだの、ブルーじゃないの?
聖堂に入って……
それで……
そうだ、なんか甘い香りがしてて。
で、ブルーが居たんだよ?
そうでしょ。
ブルーが、あたしのこと呼んで……
ケイル達のことは、もう終わったって。
もう解決したんだって。
あたしが、本当に終ったのって聞いたら……
俺たちには関係ないだろうって……
『……まぁ、この状況で無視はできないだろう。助けに行くぞ』
あれ。
本当に、ブルーがそう言うかな。
関係無いなんて……
助けて欲しいって言った人を見捨てたことってあるっけ。
途中で投げ出したり、終らせたりする?
「関係ない」なんて、言う?
どうして、ブルーはあんなに優しいのに……
どうしてあたし、納得しちゃったんだろう。
そうだよ、終ってないよ。
あたし、ケイルとお師匠さん見つけるって、約束したじゃん。
『シラ、ン……』
ブルー……あたし、ここにいるよ?
ブルーはどこにいるの?
ねぇ、ブルー?
答えてよ……どこ……?
「……ブル…ゥ……」
『なに……!?』
紫紺の瞳が、見開かれる。
――馬鹿な! 堕ちた者が、自力で意識を取り戻せるハズが無い!!
「ブルー……ど、こ……?」
『くっ……!!』
モノリスは焦り、シランの目を見つめ、再び夢に誘う。
『眠れ、少女よ……』
うつろう瞳は、モノリスの目を見つめ――
「違う、ブルーは……ブルーはどこ!!?」
光を得た金色の目は、すでに夢に魅入らなかった。
――この少女、何者だ!?
自分の身体を押さえる腕を振り払い、シランは地面に足を下ろし、モノリスを見上げ叫んだ。
「ブルーはどこ!?」
「シラン……!?」
少女の声にティミラは耳を疑った。
呼び声に振り返ったその顔は、いつもの晴れやかさを取り戻していた。
「ティミラ!!」
名を呼ばれ、嬉しいと感じた。
「シラン、来い!! ブルーが……」
ティミラの言った名に、シランは急いでそばに走る。
目に飛び込んできたのは、ウェリダを庇うように立つ騎士の姿。
銀の髪も、見かけもそのままなのに。
瞳だけが重い色。
「ブルー……どうしたの!?」
「操られた。テンプテーションってやつらしいけど……」
「テンプ、テーション……」
――インキュバスなどの夢魔が扱う、魅了の術みたいなものですね。自力で解くのは難しいですが、術をかけた魔族さえ倒せば、効力は無くなりますよ。
いつぞや、リルナが言っていた教えが脳裏をよぎる。
「あたしも、やられてた?」
「ん……あぁ、まぁな」
「……そっか。ごめんね」
申し訳なさそうにしょげるシランの頭を、手のひらで撫でる。
「気にすんな。あとは、ブルーと……ルージュを戻せばいい」
ゆっくりを、視界の端で身体を起こす彼を見た。
出来れば、あのまま倒れていて欲しかったが――
「さて、またやっかいになりそうだ……」
「だいじょぶだよ」
つとめて明るいシランの言葉に、ティミラは思わず少女を見つめた。
「なんとかなるって!!」
『モノリス、情けないわねぇ』
『油断しただけだ。次は、確実に二人とも……』
端整な顔立ちが、妬みで染まって行く。
それを見ながら、ウェリダは悠然とした態度を現に告げた。
『……それじゃあ私の下僕よ。あの二人、捕えて頂戴!!』
白銀の双頭が、連なってウェリダとモノリスの前に立つ。
二人とも、その目は何も見えていないような、うつろな眼差し。
「違う!! ブルーとルージュは下僕じゃないもん!!!」
セイクリッド・ティアを手に、シランは声を荒げた。
「ブルーとルージュ……ぜぇったいに返してもらうからね!!!」
金の瞳が、うつろう二人の姿を映していた。
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