『 WILLFUL 〜森の遺跡〜

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  WILLFUL 5−9  



――ギィンッ!!

「くっそ……」
セイクリッド・ティアを受けながらブルーは小さく舌打ちをし、それを払いのけ、横に飛ぶ。
その姿を追って体制を変えたシランに向かい、アーガイルが剣を構え、駆け出す。
「当身だ、安心してくれよ!!」
確実に横向きの姿を捉え、剣を突き出す。
だが、冷たい金色はそれを逃しはしなかった。
足を使い身体を反転させ、軽くその剣を弾きあげる。
「なっ……」
思わぬ力と速さ。
打たれた衝撃で手がしびれる。
「すっげぇなー」
呟きながら距離を取り、柄を握りなおす。
小柄なこの少女のどこに、こんな力と速さがあるのだろうか。
よくよく考えれば、身長の半分以上の大剣を振り回し、自在に操る時点で不思議である。
疑問に思いながらも、振り下ろされた剣を弾き、再び距離を取り、ブルーのそばに戻る。
「すげーな、あの子。どんな体力してんだ?」
「あれはシランの体力じゃなくて、あの剣の力だと思う」
「剣の?」
言われて、シランがケイルを襲った瞬間を思い出した。
彼女が“セイクリッド・ティア”と呼ぶと同時に剣が現れる――
「あの剣……なんなんだ?」
「俺にもよく……言えるとすれば、シランに取って最高の武器。彼女の意思を汲み取り、姿を変え、呼び声に答える。従順な武器」
「姿を変える!? ほぉ〜、ほんとにすげーな」
「オイ!! のん気に話してんじゃねーよ!!」

――ゴッ!!!

ティミラの声が響くと同時に、目の前に爆炎が舞い上がる。
炎は地面を抉り、黒い跡を焼き付けた。
その焦げた跡のすぐそばに、ティミラがこちらを睨んでいる。
翡翠の眼光が、めちゃくちゃ怒っている。
「ありがとよ、ティミラちゃん!」
「うるせー! 礼を言う暇あったら、シラン止めろよ!!」
「……ロックスパイク」
「なっ……ティミラ!! 横に飛べ!!!」
ルージュの言葉を聞いたブルーが声を荒げる。
瞬間、地面の異変を感じ、地を蹴りその場から離れた。
と同時に地面がゆがみ、土の槍が、何本も一気に空虚を貫いた。
「ま、まぢ、かよ……オイ」
目標物が無かった術は即効力を失い、ただの土塊と化し崩れていく。
勢いからすれば、人間の身体なんて簡単に串刺しにされるほどだろう。
ブルーが焦って叫ぶのも頷けた。
「オレでもやばいぞ……って、どわぁッ!!!」

――ドガガガガッ!!!

文句を言いかけたティミラ目掛けて、氷の槍が降り注いだ。
間一髪避けたものの、後を追って立て続けに氷柱が頭上を捕える。
「なぁぁあんでオレを狙うんだよ!!!?」
「……愛情の裏返しだろ」
「こんな所でされても大迷惑だぁ〜〜〜!!!!」
変にツッコミを入れるブルーに、術を避けながらティミラは半分泣き声で叫び返す。
「ちくしょう……」
自分を見据える瞳は、冷たい。
いつもの飄々とした顔がウソのように思えてくる。

――なんだよ。いつもはぎゃーぎゃーわめいて人に抱きついたりするくせに……

普段のうるさいほどの彼の行動が、脳裏をよぎる。


――いつもはオレに絡む男をぶっ飛ばしたりよ〜……

――つーかさ。好き勝手にナンパしまくるし……

――いっつもいーーーっつも、オレが迷惑こうむってよぉ……


ろくな行動が浮かばない。
考えれば考えるほど、今までのウップンが積もって行く。
あれが性格だ、と理解しても、それをすべて許せるほど脳は単純ではない。
この現状の焦りを越える何かが、胸中を埋め尽くす。

「なぁ〜〜んかだんだん腹が立ってきた……」

「はぁ? どーしたんだい、急に……」
突っ立ったままぼやくティミラに、アーガイルが声をかける。
だが、それに返答する様子も無く、ティミラはひたすら何かをブツブツ続けている。

――そーだよな。よくよく考えれば、これだってサキュバスなんかに操られるコイツがだらしねーんだよなぁ……

――オレに散々「愛してる」とか言うくせに、こんな簡単にコロっと行きやがってよ。

――……そーだよ。オレらって悪くねーじゃん? むしろ被害者だろ。

「ティミラ!! 何やってるんだ、避けろ!!!!」
急に耳をつんざく声に、視線だけを動かす。
目に映るのは、再び自分を狙う氷の槍たち。
「この道楽能天気魔術師が……!!!」
腰のガンを抜くと同時に、赤の石を入れて狙いを定める。
「……っざけてんじゃねーよ!! ナパーム!!!」

――ゴゥッ!!

噴出した炎が氷の槍とぶつかり合い、白い水蒸気が一気に辺りを走り回る。
ブルー達、そしてシランとルージュさえもが、その一瞬視界が途絶える。

二人がその蒸気に身動ぎ、動きが止まった一瞬――

「ルージュの……馬鹿ヤロォオーーーーー!!!!」

腹から大声を張り上げて、ティミラは蒸気にまぎれ一気に祭壇を目指す。
視界を遮る白が消えると同時に、ルージュの目に黒髪が美しく舞った。
危険を察し、急ぎ呪文を唱え――

「ウィッシュ…」
「遅ぇんだよ!!」

――ドッツ!!!

「ぐっ……」
蹴りを見事に腹に喰らい、うめきをあげて倒れこむルージュ。
それを見届けることを許さず、シランがセイクリッド・ティアを振りかざす。
まだ戻していなかったガンでそれを受け止めるティミラ。
力は、普段以上。
おそらく操られているために「加減」や「遠慮」という考えがはがれているのだろう。
「まったく……お前も、もちっとしっかりしてほしいもんだよなぁ」
つばぜり合いの中の、そんなつぶやきも今は届きはしない。





「困ったものね……」
依然として戻る様子すらうかがえない状況に、メスティエーレもいい加減頭痛がしてくる。
完全に無差別になってる二人を前にすると、下手にケイルを一人にできない。
二人を押さえるのを3人に任せていたが、どうにも行きそうに無い。
だが、ブルーにシランをどうにかしろというのは無理だろう。
噂は少なからず耳にしている。


カーレントディーテ王女の護衛、“白銀の双頭”――

表向きでは、正当に護衛騎士に任命されたのは今年になってから。
だが、メスティエーレは事実を知っていた。
入団試験でダントツの実力を見せつけ、圧倒的な存在で早々に王族直属の騎士団員に任命された双子のことを。
王女の護衛を任されたのが15歳の時。
他国でも聞いたことの無い、史上最年少の騎士達。
だが、たかだか15の少年二人が護衛というのは、表にするには余りにも幼すぎた。
王が認めたとは言え、それを周りの上級の身のものは心配をし、公にさらすのを避けた。
そして、多少偉業と思われる程度の年齢に達した今年、正式に「王女の直属の護衛騎士」として公に公表した。

彼に、シランに剣を向けろというのは、頭で理解できても精神が許さないだろう。
負けはしないだろうが、サキュバスたちが現れないとも限らない。
油断が生じ、彼まで引き込まれるようだと不利。
アーガイルにシランの相手をさせてもいいだろうが、それではブルーの気がしれない。
下手をするとシランを庇いかねないだろう。
「まぁ、怪我させなければ平気かしらね……」
ため息混じりに呟き、急ぎ呪文を唱えあげる。
普通の攻撃呪文を放ったところで、かなりの素早さを見せるシランに当たるかは難しい。
だが、今はティミラとの攻防で動きが止まっている。
「ティミラちゃん!! 下がりなさい!!」
その言葉の意味を汲み取り、ティミラが押し合いをしていたガンを引いた。
瞬間、支えが無くなった小柄な身体が揺れ、地面に膝を突く。

――チャンスだ。

思わず笑みを浮かべ、メスティエーレは杖を振りかざし術を唱える。
「ウッドフレイアー!!」

シランの足元が、わずかながらに脈動を起こした、次の瞬間――

――ドガァアッ!!

「……っ!?」

今まで静かに瓦礫の下で生きていた草が、巨石にへばりついていた蔦が一気に動きだし、シランの四肢を縛り上げた。
抵抗で振り上げようとした剣も、腕を絞められ、手放し、地面に落ちていく。
なおも拘束をする草を解こうともがくが、魔力を得たそれが安易に外れることはない。
「ごめんなさいね……ウィッシュボルト!」
一瞬の雷撃に、シランは身を引きつかせ、金色の瞳が静かに閉じていく。
「アッシュの娘が魔法を使えないっていう話、本当だったみたいね……良かった」
「え、何ですか?」
師匠の洩らした小さな言葉にケイルが反応を示す。
だが、メスティエーレはニコリを笑みを浮かべ、すぐに前に振り返った。
「ブルー君、ティミラちゃん、アーガイル!! ルージュ君を押さえて!!!」
術でシランを解放されてはたまらない。
張り上げた声に、3人は一気に行動をした。
アーガイルがルージュにけしかけ、ティミラはガンを、ブルーは詠唱を開始した。
「おらよぉっ!!」
ティミラから受けたダメージは、ほとんど回復しているようだった。
ティミラとブルーに狙いを定めて詠唱を始めるルージュに、アーガイルの大ぶりな、避け易い攻撃が入る。
雑然としているが、あきらかに集中力を削ぐには相応しい大雑把な攻撃。
アーガイルの成している事を見て、ブルーは少しばかり目を見開いた。
空振りし易い、スキが見える攻撃を行ないながらも、そこを突かせるようなヘマがない。
純粋に、アーガイルは普通以上の実力を持っている。
そう確信できた。
安心して、術が唱えられる。
「ティミラ。俺が言ったら炎を撃て」
「……わかった。任せな」
何か考えがあると悟ったティミラは、ガンを構えた。
アーガイルに目をやれば、相変わらずルージュと戦闘を続けている。
「へぇ……アイツ、けっこう強いんだな」
「感心してる場合じゃないだろうが……アーガイル、下がれ!!!」
声を耳にした彼が剣を引き、ルージュから一気に距離を取った直後。
「エアブレス!!」
鼓膜を圧迫するような風圧が、ルージュの周りに停滞し、
「ティミラ!」
「おっけぃ……ナパーム!!」

放たれた炎が、その空気圧と混ざり合った瞬間――

――ドォッン!!

圧縮された空気に炎が混ざり、巨大な爆風となって辺りを駆け抜ける。
「うっわぉ!!」
二人に比べ、ルージュのそばにいたアーガイルさえ、身体が持っていかれそうな熱風に身体を足で支えた。
「く……すっげ〜」
土煙の舞う中、目を開ければ瞳を閉じ、地面に伏すルージュ。
さっきの爆風で吹き飛び、頭でも打ちつけたのだろうか。
「気絶……させたのか?」
「えぇ。でも、今だテンプテーションが解けているとは言えないわ。目を開ければ、すぐさま行動に出るでしょうね」
呆然と呟くアーガイルにメスティエーレが眉をひそめながら言った。

「それに……」

『仲間に雷撃を当てたり、爆風で飛ばしたり……案外人間ってひどいものねぇ』

「ほら……まだボスがいるから、気が抜けないのよ」
うっすらと笑みを浮かべながら、メスティエーレは聖堂の空中を杖で指す。
そこに見えたのは、宙に身を浮かべた二人の男女。
見かけは人間だが、明らかにあふれ出る妖艶は雰囲気は、それとは掛け離れたモノが手にとるようにわかった。
『モノリス……あの人間の少女。負けてるわよ?』
サキュバスの女が、ウェーブのかかった紫紺の髪を払いながら、端麗な唇を動かす。
モノリスと呼ばれたインキュバスもまた、紫の髪を、わずかに流れる風になびかせながら笑みを浮かべた。
普通の女性なら、一発で見ほれる事確実な、偽りのような美麗。
『だがウェリダ。あそこの人間もかなりの魔力を持っているようだが?』
『それもそうねぇ』
絶世の美しさを携えた笑みが、ブルーに向けられる。
だが、それになびく様子も見せず、銀髪の青年は静かな声色で告げた。
「お前達か。シランとルージュを操ったのは……」
『そうよ? この二人は普通の人間以上の魔力を有しているもの。最高の身体。だけどね……』
今まで美しさのみ映していた紫紺の瞳が、魔族の色を浮かべだす。

『貴方達の魔力もすばらしいわね……頂いていいかしら?』
『安心したまえ。身を任せれば、痛みなどない。快楽が身を埋め尽くす……』

余裕の魔族二人を目の前に、ティミラもブルーも余裕の笑みを返す。

「おあいにくだけど、欲求不満じゃないからいらねーよ」
「お前達に与えるモノなど無い。二人をさっさと解放してもらおうか」



『いいわ……その余裕の顔、私達のモノにしてあげる……!!!』
 
 
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