『 WILLFUL 〜森の遺跡〜 』
WILLFUL 5−11
『さぁ!! 捕えなさい!!!』
声を合図に、ブルーが剣を振り上げ襲い掛かる。
「うっわっ!!!」
「ちっ……」
二人を裂くように剣を振り下ろし、そのままシランに向かって突きを繰り出す。
「なんであたしを狙うのぉおーー!?」
「……愛情の裏返し?」
「なんでよー!! どーいう意味なの!?」
彼が聞いたらどんな顔をするのやら。
ブルーにしつこく狙われるシランを見つめ、ティミラはルージュに攻撃を受けていた自分を重ねた。
本人しか分からないが、少なからずブルーはシランに対して思い入れがある。
あながち「愛情の裏返し」は、外れていないのかもしれない。
そう考えた瞬間、無の気配を感じ、横に飛んだ。
一瞬の後に、その場所に炎が着弾し熱風を生む。
「やぁっぱりオレを狙うんだ?」
氷のような冷た緋の色の瞳を見つめ、ティミラは不敵に微笑んだ。
「まずいわ、アーガイル!! あのままではティミラちゃんたちが…」
「分かっちゃいるけどよ!」
アーガイルはデーモンの腕を落としながら叫んだ。
どういう経緯か、シランが復活したのももブルーという戦力が減ったのは痛い。
ティミラたちがルージュたちの相手をしている分、魔物は自分達で片付けなければならない。
デーモンを相手にするのは苦痛ではないが、メスティエーレはシラン達が気がかりだった。
またブルーと同じようなことが起こり、今度ティミラが操られた場合は、勝ち目は無いと予想が出来る。
なんとしても、それは避けたいものだった。
「仕方ないわね……私が術でデーモンを吹き飛ばします! その隙にサキュバス達を!!」
「まっかせろ!」
アーガイルが動き、気を引くうちに素早く術を完成させる。
「いくわよ……エアブレス!!」
「え、ちょ、ちょっと待て!! エレ…」
――ッゴゥ!!!
一瞬で、風圧が辺りを駆け巡り――
「……あら、アーガイル。避けなかったの?」
デーモンと一緒くたに吹っ飛び、端でピクピクしている足を見つめ、メスティエーレはため息を吐き出した。
「え、えれ……よぉ……俺まで飛ばすか……?」
「避けてくれると信じてたのに…」
「うそつけ。ぜってー狙って術使ったくせによ」
起き上がり、剣を手にしつつアーガイルがポツリと洩らした言葉。
無論、メスティエーレが聞き逃すはずも無く。
「ウィッシュボルト!」
――ビジィッ!!
頬を一瞬かすめる雷撃。
顔を横に向ければ、岩にくっきりと黒く焦げた跡。
「アーガイル。私、間違ってるかしら?」
極上の笑みを浮かべるその表情。
アーガイルは、ただただプルプルと首を横に振っていた。
――その目に、ちょっとだけ涙が溜まっているのは、まぁ内緒。
『あらあら……人間とはもう少し、仲間に情があると思ったのにね』
頭上からの声に、メスティエーレは顔を上げる。
紫紺の髪をたゆたえた、美貌の魔族。
『やはり、人間は我等の下で欲に埋もれ、生きるべきだな』
「あら、魔族ごときが何を言うの?」
『なんですって?』
メスティエーレの挑発的な声色は、気高い魔物の神経を逆なでするには十分。
余裕を含んでいた表情は、一気に怒気へと変貌を遂げている。
「人間に封印されて、その腹いせか何か知らないけれど、勝手な事されては困るのよね」
『ふんっ……さっきは逃がしてあげたけれど、今度はそうは行かないわよ?』
「あら? 逃がしてあげたではなくて、逃げられた、の間違いじゃないかしら?」
『何を……!!』
目の色を狂気に染めるウェリダとモノリス。
だが、そんなものに臆しもせずメスティエーレは杖を持ち直す。
「先に言っておきますが、先ほどケイルを先に逃がしたのは定員オーバーだからなの。転移の術はまだ完璧には作れていないので、ね。指定した場所に、特定の人数しか移動できなくて」
『……だからなんだと言う?』
モノリスの言葉に、メスティエーレは笑みを浮かべ、
「貴方達を倒すのは至極簡単なんです。人間をナメてると、痛い目に合うわよ?」
『言わせておけば……!!!』
「現に!!」
メスティエーレの檄が響く。
怒りをあらわにする魔物を前に、杖が静かに今だ戦うシラン達に向けられる。
「あなたたちは、彼女たちの性格をナメているのよ。色々な意味で、ね……」
飛び行く術をかわしながら、ティミラは着実にルージュとの距離を縮めていた。
さっきと同じく、炎と氷で蒸気を使っても読まれるだろう。
ならば、違う方で攻めねばならない。
「正攻法も取らないし、遠慮もしねぇ……覚悟しろ、ルージュ!!!」
一瞬の術の合い間を縫って、地を力強く蹴る。
頭上を舞う氷の槍が大地に突き刺さる音が、背後で鳴った。
もしルージュが正気であったならば、こんな単純な攻撃ではないだろう。
操られている事による単純思考を、ティミラはこの時だけは感謝した。
目前に迫るティミラを前に、ルージュが術を放とうとした。
だが、彼女の手が動き何かが舞った瞬間、目に痛覚が走った。
「うぁっ……!!」
操られてるとは言え、痛みに対する反応が無い事はありえない。
思わず閉じた目を覆う両手。
そこには完璧な隙が生じる。
「馬鹿ルージュ!!」
振り返りざまの回し蹴りで、確実に後頭部を狙い打つ。
意識が失われると同時に、膝が崩れ、身体が地面に倒れこむ。
「ティミラァ!!!」
張り上げたシランの言葉に、ティミラはその方に駆け出す。
ブルーと剣を交えるシランは、歴然とした力の差から苦悶の表情である。
だが逆に、ブルーのその背後はがら空き。
「まったくお前も……シランに手ぇ上げてどーすんだよ!!!」
――ゴッ!!
ブーツでの、渾身の蹴りは意識を飛ばすには有り余るほどである。
「あっ、ブルー!」
倒れこむ身体を抱きとめようと腕をまわすも、力の抜けた体重をシランが支えれるわけもなく。
「っ、重い……」
「あんたね……自分とブルーの体格差、分かってんのか?」
ブルーを無造作に放り上げ、ティミラはシランを起こす。
「ほらね? 彼女達が戦えないなんて事、無いのよ?」
『な……馬鹿な!! 奴等は、貴様等の仲間なのだろう!?』
モノリスの叫びに、ティミラは目を細め、
「うっせーな。操られてるからって襲ってきたんだぜ? これは正当防衛。どっちに非があるかなんざ、一目瞭然だろうが?」
「それにブルーとルージュならこれぐらいじゃ死なないもんね、きっと」
「つーかゴキブリ並みの体力なきゃ、お前の護衛なんてやれねーよ」
「あ、ひっど〜い!」
ごちゃごちゃとやり取りを始めた二人に、ウェリダがついに動き出した。
『もういい!! 貴様達全員、肉片にしてくれる!!!』
「おっ、ついに本性が出てきたな?」
『だまれ!!!』
余裕のティミラに、さらにウェリダは顔を赤く染め叫んだ。
『愚かな人間など、滅べ!!!』
言いながら、振り上げた手から風圧が一気に身体を押した。
風が舞い、砂埃で視界が奪われる。
メスティエーレは背後にいたケイルを庇い、抱え込み、耳元で呟いた。
「……ケイル、頼みがあります」
「え、なんですか?」
自分よりはるかに小さい手に、ビー玉サイズの硝子を握らせ、内容を耳打つ。
風の轟音で、その声は魔物たちには届かない。
「……いいわね?」
「は、はい!」
「じゃあ、行って!」
走り出したケイルを紛らわすように立ち上がり、風のやんだ中にモノリスを見つけ、術を放つ。
それをかわして、モノリスはメスティエーレ目掛け降下し、爪をふりあげる。
「甘ぇよ!!」
メスティエーレを庇うように、アーガイルが立ちふさがり剣を凪いだ。
『邪魔だ!!』
声とともに氷柱が頭上から降り、
「アイシクルエッジ!!」
メスティエーレが打ち出した刃が、それを打ち落とす。
『なんだと……』
「おらよぉ!! 追加だぜ!!!」
動揺をした一瞬を狙い、アーガイルは持っていた剣をモノリス目掛け投げつけた。
鈍い音とともにその剣は腕を落とし、地面に落下する。
『ぐぁああああッ!! おのれ……おのれぇ!!!』
『モノリス!?』
「隙見せていいのか!? 魔物のおばさんよ!!」
モノリスの叫びに、さすがに驚きを隠せないウェリダを狙い、ティミラが銃口を向けた。
手の一振りでそれを消し去ったが、
「甘いんじゃない?」
直後に光の一閃が顔の横をすり抜けた。
「あ……」
「馬鹿。はずしてるじゃんよ」
頬に伝わる痛み。
指で触れると、そこには生暖かい液体の感触。
白く美しい指に、魔族特有の紫の血がこびり付いていた。
『な……私の、顔に……』
下を除けば、弓型のセイクリッド・ティアを構えたシランと、横でガンを持つティミラ。
怒りで、頭が真っ白になっていく。
『ゆるさない……ゆるさないわよ!!! 人間がっ!!』
「うっせーなぁ。今度はヒステリックかよ、迷惑な魔物だな」
『黙れ黙れ黙れ黙れ!!!! 人間ごときに……人間ごときに!!!』
「申し訳ないけど、その人間ごときに倒されてもらうわよ」
冷静に言い放つメスティエーレに、ウェリダはさらに顔を朱に染める。
『ふざけるな!!! たかだか人間の術で、私達が倒せるか!!!』
「倒せるのよ。こうすれば……」
不敵な笑みを浮かべ、杖で地面を小突く。
地面が、壁際で光る5つの光を拠点に、一気に輝きを増す。
それは、講堂の地面全体を使い描かれた魔法陣。
『な、なんだ……?』
白く、淡い輝きを放つ光にモノリスとウェリダの顔に恐怖が走る。
『なぜ……いつの間に……!?』
「あら、アーガイルやシランちゃんにも言われたでしょ?」
メスティエーレのそばに、ケイルが息を切らしながら駆け戻ってきた。
「お師匠様……5個、全部置いてきました!」
「ありがとう、ケイル」
『お、おのれぇええええ!!!』
少年めがけ、術を打とうとするウェリダにトドメを刺すように、メスティエーレは言った。
「貴方達……甘いのよ!」
杖を振り上げると同時に、魔法陣の光が一気に明るさを増し、光り輝く。
「覚悟なさい……オーダム・エンペスト!!!」
地面を走る紋が空を貫き、講堂全体を白い光で包み込む。
『やめ、やめろぉおおおおお!!』
『ぁぁあああ!!!!』
身を焦がす白炎に、紫紺の影が断末魔と苦悶の叫びを荒げ――
「封印なんて、そんな優しくないの。私はね……」
光と声が同時に消え、辺りには静かに遺跡の欠片たちが佇んでいた。
魔物の姿を、塵も残す事無く――
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