『 WILLFUL 〜森の遺跡〜

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  WILLFUL 5−12  




―――――ごめんね……


え……何が?


―――――ごめんね……私の子供たち


あなたは……だれ?


―――――強く、強く生きて……















真っ白な空間。
何も無い、ただ白い世界。
宙を漂う体は、まるで自分の物でないかのように軽くて。
霧がかかったようにはっきりとしない感覚に逆らい、何か無いか首だけを動かす。


目に、銀の糸が見えた。
水の中で舞うように、ゆったりと流れゆく輝き。


自分と同じ、白銀。
自分と同じ顔立ち、身体、存在、魂――
全てを、生まれた時から分かち合った命。
眠っているようなその穏やかな表情。
閉じられた瞳。


――僕…?
――俺…?


ゆっくりと開かれていく瞳。
それは、自らと対極の彩色を施されていて――










――お前達は、より強く受け継いだのだ。私の力を――


あなたは…
誰だ?


――もっとも私に近い二つの魂よ――





――歴史はすでに動き出した。邂逅が宿命に変わる――


――護れ。お前達には、その力がある――




















「この馬鹿双子!! さっさと起きやがれぇえ!!!」

――ガガィンッ!!!

「いってぇ!」
「…が!?」

頭に走る激痛に、ブルーとルージュは一気に覚醒。
がばっと起き上がった身体の前に立ちふさがる一つの影。
短い黒のスカートに、女性特有のラインがはっきりと分かるヘソだしの服。
胸元には、自身と同じ翡翠の色を宿した丸い宝玉の首飾りが揺れている。
どこから持ってきたのか、その手にフライパンを握り締めているティミラであった。
「ったくよぉ……全然目は覚まさねーし、あげくうめくもんだからびっくりするだろー?」
まだどこか呆然と互いを見つめている双子に、ため息が漏れる。
「あれ……さっき、変な夢を……」
ルージュがポツリと洩らした言葉に、ブルーは眉をひそめた。
「お前も、か?」
「……同じ夢?」
子どものころは、極偶に経験はした。
だがここ数年は見なくなった。
双子は子どものころは精神的なつながりがあると言われていて、自分達も大分成長し、それも無くなったのだろうと、勝手に思っていた。
「子どもの時以来だね〜。同じ夢なんてさ」
「夢というより、誰かに干渉されてるような感覚だったが……」
「まぁ、ね。なんだろうね……」
「なにゴチャゴチャ言ってんだよ。こっちは散々心配してたんだぞ? なぁシラン?」
フライパンを握りながら、ティミラは後ろで座り込んでいる少女に声をかけた。
「でも……あたしも操られてたわけだからぁ……文句、言えないよ」
瓦礫にちょこんと座り、申し訳なさそうな表情で言う。
そんなシランに歩み寄り、ティミラはビシっと指を突きつけた。
「何言ってんだ。お前は自力でテンプテーションを解いたんだ。あの馬鹿双子に比べれば、断然お前の方がマシ!!」
「自力……? 自力で解いたのか!?」
ティミラの言葉に声をあげるブルー。
そんな彼を見据え、目を細めてティミラは言い放つ。
「そーだよ、お前等なんか操られっぱなしでさ。シャレにならない」
「自力……本当に?」
「あ……あの、ちょっと……?」
なんだか置いてけぼりを食らいかけてるルージュは、すっとぼけ口調で割ってはいる。
「あのさ、何の話してるの?」
「あのな……お前、ココがどこだか分かってるか?」
呆れた表情のティミラに言われ、改めて辺りを見回す。
頬を撫でる風、目に映る遺跡の瓦礫と森の緑。
よくよく考えれば、ここは遺跡の入口。
目を見開き、唖然としているルージュにティミラはため息を吐きながら
「お前、操られてたんだよ。サキュバスにね」
そうきっぱりと言われ、ルージュは何かを思い出したかのように息を飲んだ。
「サキュバス……そうか…講堂でアレを見たのはそのせいか……」
「見たって……何を?」
辛気臭そうに問うティミラを見つめて、ルージュはクソ真面目な顔をして言った。

「ティミラの水着姿」

――人間の欲望、思念……様々ありますが、それに対抗できないと駄目なのです。

メスティエーレの言葉が頭をよぎった、次の瞬間――

ルージュの頭を、再びフライパンが襲撃した。





「いったぁ〜……たんこぶできそうだよ……」
「できるぐらいに殴ったんだ。当然だろーが」
かなりぶっきらぼうに言い放ち、ティミラはフンとそっぽを向き、フライパンを放った。
「で、さっき言ってたのは?」
「ん、あれ? シランが自力でテンプテーションを解いたって話だよ」
「自力で………ねぇ、それほんとなの?」
目を細め、かなり疑いの色でルージュは聞いた。
魔術師として、城に務め幾度となく魔物との戦闘は切り抜けてきた。
知識もそれなりにある。
夢魔の使う「テンプテーション」という魅了の術がいかに危険であるか。
そして、いかに魅惑的かも今回よく理解できた。
あんな、まさに人間にとっての欲望を満たす幸福感をどうやって抜け出したのか。
話を聞けば、ブルーさえもが操られたという。
それをどうやってシランが解いたというのだろう。
「しつこく聞くけどさぁ……本当に、なの?」
「えぇ、私も見たときは正直驚きましたけど」
「そうなんですか? じゃあ本当……にぃ!!?」

――ズザザザザザッ!!!

背後からの声に振り返ったルージュは、その人物を認知して思い切り後ずさる。
ヒマワリのようなオレンジ色の長い髪。
前髪と法衣を赤でそろえた、その女性。
「メ、メメ……メスティエーレ……先生?」
名を呼ばれ、メスティエーレは杖の先で地面を小突いた。
そんな姿に、ルージュの声が震えを増す。
「おおお、お……おひさしぶりです」
「ひさしぶりね、ルージュくん?」
「あ、あの……どうしてここに??」
心のそこからの笑みに、ルージュはオズオズと言いながら立ち上がる。
その言葉に合わせて、瓦礫から二つの影が姿を現す。
ケイルの背を押しながら歩くアーガイル。
「ケイルくん……と、そちらは?」
「俺はアーガイルだ。エレの仲間、よろしくな!」
「あ、どうもって……あれ? エレって……ケイルのお師匠さまじゃあ………」
そこまでぼやいて気が付いた。

――メスティ“エーレ”ってこと……??

ギギギと、音がしそうなスピードでゆっくりとメスティエーレに向き直る。
笑顔がとってもステキである。
「私がケイルの師匠をしてるエレよ。よろしく、ね」
満足そうな自身の師を目の前に、ルージュは気が遠くなりそうだった。










「ルージュくんってば、小さい頃はすごくおとなしかったのに…」
「先生…あの……」
「ちょっと注意しただけですぐぐずるし…」
「だから先生、止めてください……」
「魔術書で小突いたら、泣いていたわねぇ」
「止めてくださいってばぁ!!!!」
楽しそうに思い出話に花を咲かせまくるメスティエーレを半泣きで止めるルージュ。
無論そんなのが効くわけもなく、それをティミラとアーガイルは実に楽しそうに、ケイルは少し驚くような表情で話を聞いていた。
「……なるほど。だから前に会った時、あんなに逃げていたのか?」
4.5年前の再会時。
なぜかルージュは、メスティエーレを見た途端ダッシュで城内を逃げ回っていたのだが。
「そぉおなんだよ〜〜!! 先生ってば、手当たり次第に昔話したがるんだもん!!!」
ブルーは、なんとなくその理由を理解した。
「確かに今に比べて子どもの時、ルージュ、静かだったもんね」
「あぁ。今からじゃ想像出来ないからな……」
過去を知る二人に慰められつつも、ルージュは鼻をすすった。
「うぅ……そのせいで、アシュレイ様におちょくられたこともあるし、アリアナさんにちょっと言われたこともあったし………」
「苦いな……」
「まぁ、しょうがないよね」
励ましなのか良く分からない二人の言葉に、ルージュはさらに膝をかかえてうずくまった。
肩が小さく震えているのが、なんだか哀愁たっぷりである。
「それにしてもシラン。お前、本当に自力でテンプテーションを解いたのか?」
ルージュの背を撫でるシランに、ブルーは疑問を投げかけた。
「いったいいつ?」
「う〜ん……あたしが気がついたときはブルー、操られてた」

――じゃあ、俺のすぐ後にか?

「ルージュ。テンプテーションには定員とかあるのか?」
「定員? なにそれ……」
涙声で、顔を伏せたまま答える弟。
よっぽど「言いふらし」が堪えているのだろう。
「たとえば1人ずつしか操れないとか一人操るためには、一人を解かねばならない……」
「んなの、あるわけないでしょ。第一……」
目を少し赤くさせ、ルージュは顔を上げた。
「基本的に夢魔は異性をあやつる。僕とブルーを操ってたのは、サキュバスでしょ? だったらインキュバスの呪力はどうなるの?」
「そうだよ、な……」
「じゃあ、なんであたしはそれが解けたの?」
「自分でやったんじゃないの?」
ルージュの言葉にフルフルと頭を振って答えるシラン。
自分でもよくわかっていないようだった。
「なんかね……なんだろう。ブルーの声が聞こえて、ブルーの事考えてたら目が覚めた」
「俺の声?」
「うん、そう。良くわかんないんだけど、声だけで寂しくて、探して……それで……」
「……………シラン」

――ガッシ!!!

「ルージュ!!! お前白目向いたって本当か!!?」
会話に割って入るタイミングで、ティミラが楽しげな声色でルージュの肩を掴んだ。
「え、白目って何が?」
「初めて攻撃魔術見たとき、気絶したんだって?」
「なッ!? 先生、ちょっと!!!!」
立ち上がり、かけよってルージュは猛抗議を始める。
「あれは言わないでくださいって!!!」
「いいじゃない。事実だし…」
「全部事実でまとめないでください!!! 勘弁してくださいよぉ〜〜!!」
シレっと答えるメスティエーレに、ルージュは完全に泣き声である。
「ルージュ、お前って意外に可愛かったんだな。子どもの時は…」
「そうそう。今とは雰囲気全然ちがう、よな……」
それが言い終わらないうちに、ティミラとアーガイルは耐えれないと言わんばかりに声を曇らせて笑いだす。
「あーもう!! ティミラもアーガイルさんもやめてよぉ!!」
もはやいじめられっこ同然。
「あの、お師匠様?」
アーガイルとティミラに小突かれまくっているルージュを横目に、ケイルは楽しそうなメスティエーレに声をかけた。
「お師匠様たち、どうやってあの講堂から逃げてきたんですか?」
「あぁ、あれ? ケイル、気づいていたのではないの?」
自分達が現れた場所に弟子が居た。
メスティエーレはてっきり知っていると思っていたのだが。
「あの光のことですか? 壁際の?」
「そうよ、あれは転移呪文の目印みたいな物なの。まだ完璧には作れていないから、ああいう風に魔力の目印をつけて、転移を完成させないといけないのよ。人を呪文で移動させるというのは、非常に高度な実力を有するわ。それが、空間を越えるとなるとなおさら、ね。でも……」
そこまで言って言葉を切り、少し向こうでわめいている青年を見つめた。
年少時、わずかな期間だが自ら魔術学を教えた最初の人間。
性格も雰囲気も、昔に比べ一変したが、それは魔力についてもそうらしい。
すでに自分の上を行く、昔の教え子。
白銀の双頭と名を連ねる魔術師。
実力は、すでに雲泥の差である。
本気を出されたあかつきには、かならず負けるだろう。
唯一変わらぬのはその紅の瞳と、自分を慕ってくれる心。

――教えたのって、たったの2.3年ぐらいだけなのに、ね。

「お師匠さま?」
黙り込んだ師を見つめる心配そうな子どもの目。

――…あの、先生?

自分を慕う者の、その目に少年が重なる。
「ケイル、がんばりなさいね。努力は、案外報われるのよ?」
「はい!! あ、でも……」
視線の先にルージュを映し、ケイルは心配そうな声で呟いた。
「……僕も、あんな風になるん……ですか?」
その質問に答えるのは、満面の笑顔だけ。
かなりの微笑みである。
「あ……あの、お師匠さま……?」
「それは、ケイル次第よ。ウフフ……」
不敵に笑顔を浮かべる師匠に、ケイルはいずれに自分をルージュと重ねた。
ことの次第を見つめる瞳は、少々不安げである。
「ルージュもケイルくんも……なんか大変だね……」
「そうだな……」
さらにそれを見つめる二人は、同情心たっぷりでそう呟いた。










「さて、シランちゃんたちはどっちに向かってるのかしら?」
「これから、グレンベルトに行こうと思って…」
「そうなの? じゃあ方向一緒だわ。どう? 一緒に行かないかしか?」
「えっ!?」
「あ、そうですね! 大勢の方が楽しいし」
冷や汗を流すルージュに気づかず、シランは思いっきり笑顔でOKを出す。
「あ……あの、シラ…」
「じゃあ決まりね。しばらくご一緒させていただくわ」
反論しかけるルージュを言葉で潰し、メスティエーレは手を出しだした。
「あらためて、私はメスティエーレ=ティンジェル、よ」
「俺はアーガイル=ロスディ。よろしく頼むぜ?」
差し出された二人の手を、両手で握り返し、シランは笑顔を浮かべた。
「こちらこそ、よろしくおねがいします!」
「さて……じゃあ次の街、行くか?」
「うん! えっと……」
「一番近い街はマディスだな」
地図を広げたアーガイルの言葉に、楽しげに瞳を輝かせ

「よし、じゃあ次はマディスの街に決定!!!」

駆け出した彼女達の足取りは、とても軽く――


傾きかけた太陽の日を浴びて、夢魔の消えた神殿は少しだけ神聖さを取り戻していた。
 
 
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