『 WILLFUL 〜私が貴方で貴方が私!?〜

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  WILLFUL 6−1  


「どーして入れないの!!!?」
「悪いが、通行許可書のある行商人しか入れるな、と指示が下っていてな」
「そんな指示、どこの誰が出してんの!!?」
「この街マディスのロード、ユイド様だ」
「うそつけ!! ロードがそんな命令出すはずない!! ありえない!!」
「うるさいぞ、小娘!! いい加減にしろ!!!」
「いやだ!! そんな理不尽な理由があるもんか!!」
「理不尽も何も無い! これは命令だ!! いいからとっとと帰れぇぇえええ!!」










「ずいぶんお堅い門兵ですね。見張りばかりでイライラしてるのかしら?」
「さぁな〜。でもよぉ、本当に街に入れないのかよ」
「どうなるんですか? お師匠様……」
「このままだと、入れないけど……ね」
門兵に突っ返され、不満爆発にふくれるシランを見つめ、メスティエーレは息を吐いた。
次の目的地であるマディスに着いたのは1時間ほど前。
さっそく中に入ろうと思ったが、なぜか門は閉じられていて――
門兵に入れてくれ、と頼んでもまったく取り付く島の無い状態。
さっきからシランが大声でわめき散らしても、逆ギレされて終わりだった。
「しかしまいったなぁ。マディスの街に行けるって、ちょっと期待してたのに……」
「何かあんのか?」
門から少し離れた大木。
そこの周りに立ちすくみ、悩む一行。
ため息混じりに言うルージュにティミラが聞いた。
「あのね、マディスってのは“錬製学術”っていう研究が盛んな街なんだよ」
「れんせい…がくじゅつ?」
「錬金術って聞いた事無い?」
頭を大量のハテナで埋め尽くすティミラの表情に、思わず笑いがこみ上げる。

知らなくて当然の話なのだが――

「錬金術って、よく石くずでも金に変えるとかって?」
「ま、世に出回ってるのはそんなイメージだね。実際はもっと地味だけど……」
物質の原材料や素材を理解、研究し、魔力や、あるいは化学的に反応を起こし物質原料を変化させ、新たなる物を創り上げる。
そんな研究であるがために、昔話の伝説では「建物全てが金で出来た王国」などという物もあったりする。
無論、ここで研究をする者は、いずれそのような伝説を打ち立てたいと思っているのも少なくないのだが。
現在にいたるまで、はっきりとした成功は日の目を浴びていない。
「世界でも数少ない“錬金術”の研究街。それがマディスなんだ」
「ふ〜ん……だから“街”なのに門があったりするのか?」
「まぁ街と言ってもけっこう大きいし。なによりグレンベルト国にとっても守るべき財産でもあるからね。錬金術が完成したとなれば、世界は大騒ぎだよ」
でも、と付け足してルージュは再びため息を吐いた。
「これじゃあ、入る余地もないや」
「ここのロードは何をしているんだか……ロクデモない奴じゃないのか?」
少しイライラした口調でブルーが言った。
もはや交渉する気もないのか、地面に座り込み大木に寄りかかって目を伏せている。
その横に座るシランも、依然眉を潜め不満気である。
「確かにおかしいわね。ロードというのは、国王直々に任命されるものよ。よっぽどの信頼と実力が無ければなりえなのに……」
「なぁメスティさん。そもそもロードって何?」
「え? なんだティミラ、そんな事も知らないのか?」
いぶかしげな表情になったアーガイルに、ティミラは慌てて、
「あ、いや……オレ、遠い所から出てきてるからさ。あんま、詳しくないんだよな。うん! そうなんだよ!」
思いっきり怪しい雰囲気も、アーガイルはあえて気にせず。
「ま、いいや。ロードってのはな、国王に代わってこのマディスの街周辺を治めているんだよ。グレンベルト領内は広いからな。国王の目が、どこにでも行き届くわけじゃない。だから代理みたいなモンで、ここら辺を治めてんだ」
「だからこそ!!!」
アーガイルの言葉が終ると同時に、シランが大声上げて立ち上がる。
そんな意気込んだ姿に、ブルーも思わず見上げ、呆けている。
「こんな“行商人以外入れるな!”なんて命令おかしい!!! どーかしてる!!!」
「そうは言ってもだな…」
「いい。こうなったら意地。ただの旅人だからって甘く見ないでよね!!」
やる気無さ気なブルーさえも黙らせて、シランはゴソゴソと腰に付けてる小さい皮袋から何かを取り出し、握り締めた。
「ブルー、ルージュ。付いて来て。あの門兵、目玉飛び出るほど後悔させてやる……」
もんもんとしたオーラを纏い、シランはスタスタと先を歩く。
双子は顔を見合わせつつも、シランの後を付いて行った。
「シランさん、何をするつもりなんでしょうか?」
「さぁなぁ……かなり怒ってたのは間違いないけど」
残されたメンバーも顔を見合わせ、それを見守るしかなかった。





「ど〜も〜」
「また小娘か……!」
うんざりな表情で迎えられつつも、シランは表情を変えない。
「いいか。さっきも散々言ったが入れるわけにはいかないんだ!」
他の周りの門兵も、少しだが表情がイライラしているのが分かる。
だがそれでもシランは動かない。
ブルーとルージュも、彼女が何をしようとしているのかよく分からない。
「どうする気なの、シラン?」
「こうするの」
ルージュの言葉にそうとだけ返して、シランは突っ返された門兵の前に立ち、握り絞めた右手を突き出す。
「あのなぁお嬢ちゃん。力ずくとか、そういう考えはやめた方が…」

――チャリ、ン……

門兵の言葉を無視して、小さく金属音がなった。
シランの手から銀色の鎖が垂れ、その先には普通より少し大きめの銀コインが吊るされている。
「これが一体、なんだって…………ぇッツ!!??」
銀コインを覗き込んだ門兵は目を大きく、それこそ目玉が飛び出んほどの勢いで見開き、凍りつく。
「隊長、いったいどうしたんですか?」
下の兵士なのか、銀コインの前で動かなくなった隊長を見て、驚いた様子。
「隊長〜。こんな小娘の、こんなコインなんかで…」
「馬鹿野郎ぉぉ!!! 小娘なんて言うなぁああ!!!」
背後で馬鹿にしたような口調の別の兵士を叱咤し、隊長兵士はもう一度銀コインを手にとり見つめた。
その様子に、他の兵士達もオズオズとそれを覗き込む。
「……あれ? なんか掘ってあるぜ?」
それは五茫星をバックに、杯とそれを覆うように翼を広げる蝙蝠が施されている銀コイン。
「隊長、これが一体なんだって……」
「知らないのか、馬鹿者!!!」
ボケたように銀コインを指さす兵士を、ついにはド突き倒す隊長。
その表情は、まるでクビ宣告を受けんばかりの焦りの色。
「隊長、落ち着いてください!!」
「落ち着くもクソもあるか!! おまっ、お前達、王家の銀コインを知らんのか!?」
「王家の、銀コイン……?」
ほとんどの兵士が顔を見合わせる中で、数人が息を飲むような表情を現した。
「あの……銀コインって、王族が持っている王家の身分証明の?」
「そうだ!!! 当たり前だろう!! お前ら、兵士入団の時の話、忘れてんのか!?」
ポツリと洩らした言葉に、隊長は背後を向き、食って掛からん勢いで捲くし立てる。
その勢いに、それを思い出した他の兵士も顔を青くしてゆく。
「いいか!? この五茫星に杯、蝙蝠はカーレントディーテの刻印だ!!! つまり……」
そこまで叫んで、隊長は恐る恐るシランの顔を振り返った。
「あのこむす……いやいや!!」
言いかけて、視線を感じてあわてて言い直す。
「このお方は、カーレントディーテの第一王女様だ!!!」
「はじめまして、シラン=ルグナです。よろしく♪」
隊長の掛け声に合わせ、シランは心の奥底から満面の笑みを浮かべ、挨拶をする。
「で、でも!!」
全員が真っ青になっている中で、ただ一人、勇気ある兵士が声を荒げる。
反論の意味を持つ言葉に、隊長は不思議な顔を浮かべる。
「なんだ!! 何かあるのか!?」
「し、失礼ですが!! 本当に王家のお方が、こんな所に来るでしょうか!!? 私は疑問です!!!」
心なしか裏返り気味の声のに、隊長含め兵士の顔色が少しだけ良くなる。
その答えを求めるように、数人がシランの顔を振り返る。
だがそれでも、シランの表情は変わらない。
そしてその口が小さく言葉を紡いだ。
「ねぇブルー、ルージュ。通してくれなかったらどうしよっか?」
兵士達がわずかにどよめき、顔を見合わせる。
「ブルー……ルージュ??」
「もしかして、カーレントディーテの白銀の双頭?」
「え、本当に……?」
個々の目が少女の背後に立つ双子を直視する。
まるで作られたかのような端麗な顔立ち。
片や氷のように澄んだ紺碧の、それでいて絶対零度のような青の瞳。
片や炎のように揺らめく真紅の、それでも全てを焼き尽くす業火のような赤。
青の法衣をまとった青年と、黒いマントの剣士のうり二つの顔立ち。
何より目を引くのは、風になびくその、輝く銀。
風の噂とたぐわぬ、その姿と雰囲気。
再び兵士達の間に緊張が走る。
「白銀って……ま、まさか本当に……?」
「隊長さん、お騒がせして申し訳ないんですけどね〜……」
恐々シランに近寄り、しつこく問う隊長にシランではなくルージュが答える。
「この街ってほら、錬製学術で有名でしょ? 僕としても見ておきたいんですよねぇ……」
笑顔で言うルージュと、黙って様子を見つめているだけのブルー。
二人を交互に見つめ、最後にシランに目を向ける。
「本当に、白銀の双頭……と、王女様で?」
「ま、一応ね」
頭をポリポリ掻きながら、笑顔でそうとだけ言う少女。
本当に王女なのか、疑いたくなる気持ちも分からなくない。
「兵隊長殿。今回、俺達を入れたことによる迷惑はかけない。もし、ロードの耳に入っても、それは俺達に非がある。全てをロードに話し、上層部の人間にも、しっかりとした説明は行なう。そうでしょう、姫?」
ふいにそう呼ばれ、シランは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに隊長に振向き、
「ブルーの言う通りです。今回は、私たちの我侭を押し通す形になってしまいます。ですから、けっして迷惑はかけません。それは私の誇りをかけます。とはいっても、ちっぽけな誇りだけど」

苦笑しながらの声に、隊長はしばし声を忘れ――


数分後、マディスの街の門が少しだけ開いた。










「えぇえええええ!? 王女ぉ!!?」
「あら、そういえばケイルは知らなかったのよね」
サラッと言ってのける師匠に、ケイルは顔面蒼白でしがみつく。
「お師匠様!! どうして教えてくれなかったんですか!? ぼ、僕……知らなかったとはいえ、王家の方を“さん”付けで呼ぶなんて……あぁ!! どうか許してください!!」
必死になってシランに頭を下げるケイルを見て、当の本人も困った表情で必死に弁解をしている。
「ねぇ〜ケイルくん! 別にそんな気にしてないから〜、ね? そんなにペコペコしないで よ、ね? ねぇ、お願いだから〜!」
「いいえ! そういうわけにはいかないです!! はぁ、ほんと僕は気付くべきだったんです!! “白銀の双頭”であるルージュさんやブルーさんを知ったときに……あぁ!! 僕はなんて馬鹿なんでしょう!!! 本当にお許しください〜!!」
「だからぁ〜……」
「ケイル、そんな事でビクビクしてるようじゃあ、器の大きな人間には成れませんよ?」
「僕は立場を弁えているんです!!」
メスティエーレのツッコミにさえ、猛抗議をする弟子。
表情からは焦り以外には伺えない。
「王女とは言え、王家のお方ですよ!! なにのん気な事言ってるんですか!?」
「ケイルよ〜、そんなカリカリすんなよ。俺なんか、呼び捨てにしてたんだぜ?」
「笑顔で威張らないでください!!!」
肩を叩きながらのアーガイルの言葉に、ケイルは頭痛さえ起こるような気がした。
「第一……どうしてお師匠様はそんなにどーんと構えていられるんですか!!?」
焦りのあまり、師匠を指さした事にも気付かずに、ケイルは肩で息を切らしながら叫んだ。
当のメスティエーレといえば、そんなセリフにもビクともせず、髪を手で払いながら、
「だって……顔合わせした事あったもの。それに以前ね、私はアッシュと旅をしていたの。その娘となれば、彼と大差ないと思っていましたから」
穏やかな笑みを浮かべるメスティエーレを後目に、全員が眉を潜める。
「あの……お師匠様。アッシュって誰なんですか?」
「………あぁ、そうね。皆知らないのよね」
ポンと手を打ち、メスティエーレは全員を見据えた。
「アッシュっていうのはね。シランちゃん、あなたのお父様の通称よ」
「え、親父の!?」
「アシュレイ様って、アッシュっていうんですか!?」
「正確に言えば、旅をしていた時ね。若いころよ、十何年前かしらね?」
「旅!? 旅ってどういう事!?」
「あ〜、シランちゃん。混乱しないで、ちゃんと言うわね」
詰め寄る王女をなだめ、メスティエーレは改めて語り始めた。
「今から十何年前の話です。アッシュはね、世界見学と表して放浪の旅をしていた時があったのよ」
「親父も?」
「そうよ。あなたが普段“シラン”と呼ばれているのと同じように、アシュレイも若い頃は“アッシュ”と呼ばれていたの。私は、その旅の途中で出会い、彼の仲間としてしばらく世界を放浪していたのよ。付け加えておくと、リルナも旅で出会い、そのまま今も、右腕として一緒に働いているみたいですね」
「リルナも、旅の途中で?」
「えぇ。リルナは森で暮らすのに飽きたらしくて、人間の干渉が大きい都市に出てきたの。そこでアッシュが目をつけて、旅に誘ったって感じですね。そうそう、ちなみに……」
思い出したように上目をし、そしてシランの肩に触れながらメスティエーレは言った。
「あなたのお母様……クリスと出会ったのも、その旅の途中だったみたいよ」
「え、お母さんとも?」
首を縦に動くのを見て、シランは目を輝かせた。
「あの! お母さんってどんな感じだったの!? 性格は? どこであったの!?」
知らぬ母親を求めるのか。
声色を変えメスティエーレに詰め寄る彼女。
「あなたのお母様、クリスは不思議な感じの人だったわ。おっとりしてて、優しくて……でもとても気丈で。それでいて、どこか遠い人のような、そんな印象だった」
「お母さんと親父って、どこで会ったんですか?」
その質問には困った顔で、
「クリスはね、私が会うに出会ったみたいなの。私が旅に加わった時は、すでに居たわ」
「そうなんですか……」
「そう落ち込まないで。リルナやお父様にでも聞いてみたら?」
そう言われ、頷く。
「そっか〜、そうですね……」
浮かび上がった笑顔は、まだあどけなさの残る少女である。
「それじゃあ、宿屋でも探しましょう! シランさ……じゃなくて、王女様!」
言い直したケイルの額を小突き、シランは苦笑を浮かべる。
「ケイルくん、普段通りでいいよ。お願いだから……そういうの嫌いなんだよ」
「で……でも、そんなこと!!」
「あ〜……じゃあ、これならどう?」
いまだ複雑な表情で渋る少年に人差し指を立て、笑顔を見せた。
「ケイル、あたしのことは“シランさん”って呼んで。これ、王女の命令ね?」
「えぇ!? で、でもそんな! 命令だからって…」
「あれぇ? ケイルくんは立場、弁えるんじゃなかったっけ?」
横からのルージュの言葉に、ケイルも思わず苦笑して

「……分かりました。シランさん、宿屋、探しましょう!!」

「よっし! 行こう、ケイルくん!」
 
 
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