『 WILLFUL 〜森の遺跡〜

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  WILLFUL 5−4  


「おい!! ブルー、何やってんだよ!?」
「それだけ怒鳴れれば、問題ないだろう」
「ふざけんなァァア!! どーいうつもりだ!!」
「どういうつもり……と言われても、だな」
ブルーは落とし穴の淵にしゃがみ、中で身体を宙にぶらつかせているティミラを見下ろす。
「罠というのは、隙を突くのが基本として作られているからなぁ」
「すっとぼけたように言うんじゃねー!!」
「お前だって。さっき俺をハメたじゃないか?」
「あれはハメたんじゃない!! 勝手に罠が…!!」
「こっちだって、勝手に罠が発動したんだよ」
「とにかく、さっさと引き上げろぉぉぉおおおお!!!」
ティミラは出っ張った岩に手をかけたまま、洞窟内に反響する勢いで叫びまくった。





罠としては単純である。
先ほど、シランの手によって自分達が引っかかったばかりの落とし穴。
単純なだけに、タチが悪いのが少々難点。
カチリと音がして、自分がハマるならまだマシ。
だがしかし、音がした瞬間自分以外がひっかかるのだから、この神殿の罠はタチが悪い。
ブルーが罠を発動させて、ティミラが落っこちたのはちょっと前の話。
淵に捕まる事が出来ず、ティミラは中の壁際の出っ張りの岩に手をかけて耐えていたのだ。

――その状況で、まだ言い合いをするのだから、変に根性はある。

そして、その少し前。
ティミラは、自身が落ちる前に、一つ落とし穴の罠を発動させていた。
無論、それにハマったのはブルー。
今回逆の立場になり、『あー言えばこー言う』という状況に陥っているようだ。



「それにしても、俺の時もそうだったが随分深い落とし穴だな。下が見えないなぁ」
「のん気に解説するな!!」
「いちいちうるさいな。ハゲるぞ?」
「うっさい!! 言われて腹立ったからって言い返すな!!」
足をじたばたと動かし、ティミラは全身全霊で叫ぶ。
「頼むから!! 助けろっつーの〜〜〜!!!」
渾身の叫びに、さすがにブルーも身を乗り出し手を差し伸べた。
このままほっておいても意味にならないし、何より弟の恋人である。
道中何か合ったと分かれば、ボロクソに文句を言われるのは目に見えている。
岩にかけられていた手首を掴み、そのまま一気に引き上げる。
落とし穴の淵に手をかけさせ、あとは腰を持ち上げて上がるのを手伝う。
そのまま床に転がり、喋りと緊張のせいか、荒くなった息をつくティミラ。
「オ、オレ。死ぬって思ったのはひさしぶりだ……」
「俺もさっき、そう感じた」
寝転がったままの彼女の横に座り込み、ブルーは改めて落とし穴に顔を覗かせた。
相変わらず下は見えず、暗い穴が見えているだけである。
よっぽど侵入者に困ったのか。
あるいは罠を作ったのが、性格のひん曲がった連中だったのか。
どのみち、巨石の件といい、もの凄い気合と、ものすごい恨みが垣間見える。
「あ〜〜〜、もう嫌だ!! これならモンスターと戦ってる方が百倍マシだ!!」
「そう愚痴るな。この状況でモンスターが出たら、余計事態は悪化するぞ」
仰向けで、なおも叫ぶティミラをなだめ、服についた砂を落としながら立ち上がる。
「さて。じゃあ行くぞ」
ブルーの言い放つ言葉に、しぶしぶ顔を上げてティミラもその横に並んで歩きだす。
光に照らされる周りは、相変わらずの岩の洞窟状態だった。










「……どう思う?」
身体を撫でていく空気が冷たい。
どのくらい歩いているのかは、考えていないが、多少なりと時間は経ったはずである。
まるで迷路のような洞窟内を歩きながら、ブルーは言葉を洩らした。
その言葉に、額を掻きながら、ティミラは気だるそうな声色で、
「今現在、考える事は沢山だけど〜? どれについてですかね?」
「………創造戦争、だ」
少しの間を置いて、ブルーは小さく答えた。
いつものサラっとした口調とは違う、暗いそれに、ティミラは眉を潜めた。
端整な顔立ちは一変して、不安げな色を帯びだす。
「どうもアイツは……シランは、俺達に何か隠してる気がするんだ」
「………………………」
開いた間を、話の促しを受け取り、ブルーは続けた。
「森で話した通り。シランは肝心なトコロを話していない。気になる、の一点張りだ」
「………そんなに知りたいか?」
ティミラの思わぬ返答に、ブルーは顔を上げ立ち止まった。
「どういう意味だ?」
「そのまんまだよ。そこまで考えて、知る必要はあるか、ってこと」
挑戦的な口調に、思わず顔をしかめるブルー。
ティミラはブルーの前方で立ち止まり、背を向けたままに言った。
「シランには、シランなりの考えがある。それだけだろ?」
「だが、旅をしている以上、話す必要はあるんじゃないのか?」
「必要はあるね。だけど、話さなければならない、ってーわけじゃない」

「アンタがシランを追い詰めて。それでどーするんだよ」

「俺が……シランを追い詰める、だと?」

意外すぎるティミラの言葉を、思わず復唱する。

――追い詰める? 俺が?

「なぜ………なぜ、俺が追い詰めるんだ。俺が知って、悪い事なのか?」
「自分の不安を解消するために、相手に確かめる」
顔だけ振り返りながら、ティミラはキッパリと声を放つ。
「自分の疑問を無くすために、相手に詰め寄る」
「………何が言いたい」
自分の背を見ている青の瞳が、少し苛立っている。
声色を聞けば、それは明らかだ。
それが不安から来ているのを、本人は理解しているのだろうか。
ただし、それがシランを思えばこそであることは、ティミラは分かっていた。
変に心配性なのだ、この銀髪の男は。
その弟を見ていれば、良く分かる。
落ち着き方と考え方が多少違うだけで、根本的な性格はまったく同じ。
「いいか、ブルー。人には言いたい事があれば、言いたくない事もある」
「それは分かっている。だが、そう言ってる場合じゃないだろう?」
「安心しなよ。別にシランは、アンタが信用ならないから言わないんじゃない」
「………っ!!」
青の目が、大きく見開かれる。
「シラン自身が、今不安だらけなのかもしれない」
振り返り、改めてブルーを見やった。
普段の表情とは変わらぬものの、雰囲気は、いつもの冷静さが無かった。
常に『護衛』という立場上もあり、シランに一番近い存在なハズの自分に、何も言わない。

言ってもらえない。
相談にすら、のれない。

不甲斐無さと、焦り、苛立ち。

今まで経験した事のない彼女の態度に、思った以上に彼は順応できなかった。
その全ての感情は、彼自身のたった一つの願いから。

「守らなければ、っていう考え。分からなくない。だけど、そこまで自分とシラン、追い詰めなくてもいいんじゃねーの?」
「…………………………」
「だいじょーぶさ。シランは一番、アンタに信頼置いてるんだから」
暗がりに移る翡翠の目が、穏やかに笑う。
「確かに、セエレ……だっけ? 奴の事考えると心配にもなるけど。だったら、オレ達でシランを守ればいい話だろ? 一緒に旅してさ。一緒に話して、戦って、悩んで、迷って、喜んで……」
目を閉じながら、ティミラは静かに続けた。
「それでさ、支えなよ。一緒にいるからって。大丈夫だって。別に言う必要はねーんだよ。そばに居ればそれでいい。それは、アンタの方がよく分かってんじゃないの?」
「そばに?」
「そう。全てを話さなければ認めてくれない。それじゃあツライよ。全部、受け止めてみろよ。そうすれば、いつか伝わるもんだよ」
「……そういうものなのか?」
苦笑しながらのブルーに安心しながら、ティミラも微笑を浮かべた。
「そんなもんだよ。オレが………オレが、そーだった」
静かに、諭すような小さい声に、ブルーは視線を下に向ける。
「他人の考えってーのは、誰しも読みえることはできない。だからこそ、考えて、悩んで、知りたいと望む。だけど、知ることが正しいとは限らない。相手に知られるってーのが、必ずしも嬉しいとも限らない。一人で悩む事だってあるもんだ」
自分に背を向ける黒髪の美女に、ブルーは視線だけを送る。
「シランは今、一人で考えている。だからアンタにも言わない。言えない。だから、オレ達にも言わない。言いたくない」
「…………湿っぽい話になった」
ティミラを追い抜かし、銀髪を揺らしブルーは背を向け、密かに笑った。
「お前に諭されるとは思いもしなかった。俺もまだまだだな」
「そらどーゆー意味ですかね〜。魔剣士さま?」
「そのままだ。……たまにはこういうのも、新鮮だ」
「新鮮って……相談事を新鮮に感じるなよ」

――ま、コイツの相談事は、新鮮っちゃあ新鮮だわな。

苦笑しながら、ティミラは先を歩き出したブルーの背を追おうと足を前に出した。





瞬間に、聞きたくない音が響いた。



――カチリ。



――ガゴォ……ガゴゴゴゴ……





遠くで「何か」が近づく音が響いてくる。
洞窟内を揺るがし、その振動でかすかに埃が舞い上がる。
「おい、ティミラ……」
「……………………」
思いっきり目を点にさせて、ブルーもティミラもその場に凍りつく。
しかし、そんな事をしていても「モノ」が近づくのを止める事は不可能。
ほのかな明りに照らされた道の置くから、音とともに砂埃が姿を現し始め――



それが出現した。



―――ゴゥン!! ガゴン!!!



『うぁああああああああッ!?』

叫び声をあげると同時に、ふたりそろって再び全力疾走開始。
「ティミラ!!! 貴様、助けた恩を仇で返す気か!?」
「なんだと!? お前こそ、相談に乗ってやった恩があるだろうが!!!」
「それとこれとは関係ない!! 一切な!!」
「ふざけんな!!! この冷血ロリコン!!!」
「なんだと!! 機械オタクの露出狂!!!」
「オレはオタクじゃねぇ!! マニアなんだ!!!」
「どっちも同じだ!! このオタク!!!」
「うるせぇえええ! ちくしょー、結局こういうオチかよーーーー!!!」
「貴様のせいだ!!! 責任を取れ!!!!」
二人の喧嘩声と、巨石が大地を揺らす音が、洞窟内で空気をしびれさせていた。



――当分、お互いに退屈しそうには無い事件である。
 
 
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