『 WILLFUL 〜森の遺跡〜 』
WILLFUL 5−5
「はぁ、はぁ……オレ、はもう嫌だ……ミッドガルドに、ハァ……帰りてぇ……」
「ふざけるな……はぁ、貴様一人で……無事に帰すと思うなよ……」
荒い息を付きながら、二人は暗く、冷たい地面に座り込んだ。
背に当たる壁の低温に、ティミラは心地よさすら感じた。
二回目の巨石をなんとか破壊した直後である。
お互いに罵声を浴びせながらの全力疾走は、けっこうなほど体力を消耗した。
もちろんそんなのは分かっていたのだが、変な意地をぶつけ合うのだから、どーしようもない。
しばらくは、二つの呼吸の音のみが洞窟内に、かすかに響いていた。
「……………でぇ? どーすんよ?」
「行くしかないだろう。話が進まん」
洞窟内特有の、湿った冷たい空気を肺に入れ、ゆっくりと吐き出す。
魔力の光を灯しているとは言え、大分暗闇に慣れた目に、暗い土壁が写る。
ブルーは目の前にちらつく自分の前髪を払い、もう一度息を吐いて立ち上がった。
――こんな所でグズグズしている暇は、無い。
「……行くぞ」
一言だけ。
だが、その意志を汲み取ったティミラは、口に笑みを浮かべ、腰を上げた。。
「ま、ゆっくりしてる暇は無ぇもんな」
右手で作った拳に力を込める。
――合流してやるよ。
横に立つ、青の瞳と目が合った。
ブルーはティミラに合わせて左手で拳を作った。
「いっちょ行くか!」
「あぁ。気合入れていくぞ」
互いに拳を合わせる。
その表情は、落ちた当初とは違い、晴々としているものだった。
「お? ブルー、なんか出口っぽいのがあんぞ?」
「あぁ、どこかに繋がってるのか?」
どのぐらい歩いたか、頭上の明りの先に、一人が通れる程度の大きさの影が見えた。
そこに駆け寄り、向こうを覗き見る。
「どうだ?」
「うんや〜? なんかだだっ広いところみたいだけど……」
答えながら、2人はその出口をくぐりぬけた。
そこから繋がっていたのは、広いホールと思える場所。
さながら、地下に作られた聖堂のようにも思える。
当時には火が灯されていたのであろう、途中で倒れ、崩れ落ちているしょく台。
瓦礫の上に、分かる程度の形が残っている祭壇と思しきもの。
地面には瓦礫があたりに散らばり、散乱している。
そこはまるで、盗賊が荒らしたのとは違う――
「これって………戦闘があったのか?」
「わからん。だが……」
目の前に崩れ落ちているしょく台の脚の一部分。
自然崩壊、というより“破壊された”という破損の仕方。
「風化した、というには。ここは少し風や雨が無さ過ぎる」
足元の瓦礫にかぶさっている砂埃を、手で軽く払い落とす。
乗った瞬間の感触で分かった。
岩を踏んだような感触ではなく、土のようにやわらかくない。
――白くなった、元は人間を形成していた、ソレ。
「おいおい……まじかよ」
「こうはなりたくないな……」
「当たり前だろー? 冗談じゃねーっつーの」
わずかに見える白骨を横目に流し、ティミラは祭壇に足を向けた。
確実に戦闘を物語るように、一部が欠落し、朽ちかけている骨も見受けられた。
戦闘で傷など見慣れているせいか、ただの白い石にも見えなくないそれは、吐き気がするわけでもないが、当然気分は下がる一方。
遠めに見やりながら、祭壇に登る。
大した高さではないが、広いホールを見渡せる視野はある。
「宗教でもやってたのか?」
「さぁな。だが、ここが神殿だったと考えれば、有り得なくない話だ」
その下で辺りを見回しながらブルーは言った。
見渡せば、周りは殆ど廃墟である。
だが、あって欲しい物が見当たらない。
「ティミラ、そっちに出口はあるか?」
「あ?」
言われて背後や、周りを見るが――
「無いけど……まさか、ここは行き止まりか?」
「それはないだろう。ここまで一直線だったんだぞ?」
間を置かずに返って来る答えに、ティミラはため息を吐きながら続けた。
「……でもよ。もし、だぞ?」
――ゴガンッ!!
自分達が出てきた入口が、突然に落ちてきた岩壁によって閉じられる。
「もし、この聖堂自体が罠だとしたら?」
そんな事に動じることもなく、ティミラはいたって普段通りの声色を発する。
「その仮説が立てられるなら、一つ言える事がある」
自分達の周りを照らす明り以外に、聖堂の壁にいくつもの赤い魔法陣が浮かび上がり、その輝きを増してゆく。
そこから流れでる気配を感じ、二人はそれぞれ剣とガンを構える。
「言える事ってのは?」
「簡単だ。つまり……」
――ヴルゥォオオオ……
魔法陣がゆがみ、それを突き破るように黒いゆがんだ手が姿を現す。
「洞窟までは知らないが、ココの罠は人間の物じゃない」
次々に姿を現すソレは、黒い翼にゆがんだ体のモンスター。
魔族と呼ばれる上級モンスターの呼び出すモンスター、マデス・デーモン。
人間と同等以上に魔法をあやつり、その力も尋常ではない。
通常の兵士や冒険者等が相手にしたら、苦戦を強いられるだろう程だが――
「邪魔」
――ズドン!!
ティミラのガンから放たれた光は、現れたモンスターを一体貫き倒す。
倒れ、消え行くデーモンを見やりながら、ティミラは不敵な笑みを浮かべる。
「宣戦布告ってね。で? 人間の罠じゃないとすると?」
「あの赤い魔法陣は、魔族共が使うものだろうな。魔力が人間と段違いだ」
「魔族……そうか……こいつ等倒さないと、話にならないってか?」
「だろうな。 倒したら、何か分かるかも知れない」
『ルォオオ!!』
一しきり聞こえた雄叫びと同時に、モンスター達の周りに赤い炎が出現する。
「いきなり魔法とは、随分だな」
ブルーが呪文を唱えると同時に、赤い炎が二人目掛けて走りだす。
「アイシクルエッジ」
炎と、ブルーの周りに現れた氷が衝突し、辺りに蒸気を振りまく。
大地を走り、充満する蒸気で、辺りの視界は一変して灰色に包まれる。
『ヴゥウウ……』
一瞬にして視界を奪い、広まった蒸気に。
たった一瞬、デーモン達の動きが戸惑った。
――次の瞬間、その一体のデーモンが身体を浮かせ、後方に吹っ飛んだ。
「オレ達相手にして、命があると思うなよ」
吹っ飛んだデーモンがいた場所には、攻撃の衝撃で広まった髪を撫でるティミラの姿。
デーモン達の殺気が一気に膨れ上り、背後に居たそれが腕を振り上げる。
「そう焦るなよ。敵は、オレだけじゃないんだぜ?」
瞬間、その腕から緑色の体液が溢れた。
その先の腕は地面に落ち、消え始める。
『ガァァアアアア!!!』
怒り形相で声を上げたモンスターは、次には動く事無く、二つに崩れ、地面に落ちる。
その背後に、剣を構えた青年が見えた。
たゆたう銀髪が、流れを持つ蒸気に静かに舞った。
「サイッコーな暇つぶし♪」
ニッと笑ったティミラと、いたって冷静なブルーは、同時に攻撃をしかける。
蒸気にまぎれ、デーモン達のど真ん中に突っ込んだ。
お互いに背を合わせ、目に映る敵をなぎ倒してゆく。
魔法を使おうとするのだろうか、声をあげるモンスターの咽を蹴り上げ、その顔をガンで打ち抜く。
すぐさま横から伸びてくる鋭い爪を受け流し、その腕を脇で固め手に力を込める。
ゴギン、という鈍い音と感触が身体に伝わると同時に、モンスターからも悲鳴が響く。
「うっさい」
悲鳴をあげる、牙を覗かせた口元に、ティミラの足が伸びた。
倒れ行くデーモンには目もくれず、その背後にいた別のデーモンにガンの照準を合わせる。
――ドッ!
翡翠の目は、消え行くモンスターが静かに映った。
「あまり派手にやるな」
「結果よければ、全て良し!」
「ティミラ……」
ため息交じりに言いながら、剣を横になぎ払う。
切り裂かれた黒い上半身と下半身が、静かに崩れ、消えてゆく。
振向きざまに剣を振るい、背後に忍び寄ったデーモンを切り捨てる。
『グガアアッ!!』
離れたデーモンから声が上がった。
一瞬の魔力の流れに、ブルーは顔をしかめ、モンスターを殴りかけていたティミラの腕を掴んだ。
腕を引っ張られ、ムッとしたのもつかの間。
そのまま自分とは違う、たくましくも、少し細身の腕の中に抱き込まれた。
強い力で顔を胸元に押し付けられ、一瞬の衝撃に目を閉じた。
耳に、聞きなれない轟音が入ったのも、それと同時だった。
刺すような冷気が入り込み、寒さに身体が強張る。
自分を抱きこんでいる腕に、力が入るのが伝わってくる。
そうだ。
今、自分はブルーに抱き込まれている。
意識した一瞬、目を思わず見開いた。
なぜ?
――我招く悠久の時 汝は遠き大地の中で悲しき歌を聞く…
耳元に、聞きなれた低い声が響く。
身体は、まだ寒さを感じている。
――その歌 全てを凍てつかす哀しき息吹なり……
「グレイシヤストーム」
低く、呟くような言霊。
それに答えるように、次に耳をつんざいたのは周りにあった石材が重なり合い、砕けゆく音と、残ったデーモン達の不快な声。
少しだけ身体を撫でる風が、なぜか余計に寒さを増している感じがした。
「終ったぞ」
それだけ言って、ブルーは自身の腕の力を弱めた。
「な、何があったんだよ」
膝をつきながら顔を上げ、ティミラは半分戸惑いの色を見せた。
周囲を見ても、何がどうなったのかわからない。
ただ言うとすれば、デーモン達の姿は無くなり、自分達中心に、周りが部分的に氷を張っている。
「これって……魔術?」
「ルージュが開発した、な。詠唱を丸暗記していて正解だったようだ。まぁ、賭けだったが……」
自身の髪に触れながら言うブルーを、覗き見る。
わずか、毛先の方だろうか。
「お前……髪の毛、凍ってる……」
肩に流れているその髪に触れる。
ひんやりとした冷たく、そして、それが溶ける感触が指に伝わる。
「なんだよ、コレ……」
「どうやら、完璧には防げなかったみたいだな」
「防ぐって……?」
呆然と聞いてくるティミラに答えるように、ブルーは自身の羽織っている黒いマントに触れた。
「コイツには、ルージュがかけた対魔の防御呪文が込められている。エルフが本気の実力で来ないかぎり、これは破られる事は無い。とはいえ、そとに出てる顔とか髪までは、完璧には守りきれないようだがな」
「じゃあ、さっきオレをひっぱったのは……」
ため息を吐きながら、ブルーは、
「あのまま戦闘続けてたら、確実に氷のオブジェだな。術がフリージングコールだったとは言え、お前だとしても、負けていた」
なお髪を触りながら、ブルーは平然と言い放つ。
むろん、それがいつものことで、ただの冷酷人間ではないのを知っている。
それでもおどろいた。
「………お前が……オレを……ねぇ」
思わず、抱きしめられていた自分の身体を抱えた。
似ている。
体格も、体温も、声の響き方も。
ルージュは無事なんだろうか?
「悪いな。助けられた」
「気に病むことは無い。後で倍にして返せ」
「アホか! それにしても……」
自分達があった境遇を思い出す。
いきなり、呼び出されたモンスター達との戦闘。
それが人間のものでない。
「この神殿……一体何があったんだ?」
「ティミラ。こっちに!」
考えを打ち砕くブルーの呼び声。
呼ばれた方を向けば、背後の祭壇でしゃがみこみ、何かを見ている彼の姿。
駆け寄り、見ているそれを覗き込む。
術の影響か、端の方が少し霜の入った壊れかけの石版。
そこに、読み取れそうな一部分に小さく文字が刻まれている。
――ここに、闇より生まれ出たインキュバスとサキュバスを封ず。
「サキュバスと……インキュバス?」
「魔族の一種族だ。夢魔、とも言われるな。さっきのデーモンは、こいつらのせいだろう」
「でも、封じられてたんじゃねーの?」
なんとなく、嫌な予感をさせながらティミラは呟く。
が、その予感を嫌にヒットさせてブルーは言った。
「どうせ、復活したとか言う類だろう。ケイルの師匠とやらが捕まったという話。あながち冗談には出来ないかもしれん」
これからを考えて、ティミラは思いっきりため息を吐き出した。
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