『 WILLFUL 〜森の遺跡〜

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  WILLFUL 5−6  


「ティーミラァー!! ブルゥーーー!!!」

深く暗い穴に響く、呼びかけの声――

『・……………………………………………』

だが、それに答える者はなく――

「き、聞こえないですよね………」
「だよねぇ……」
ぽっかり開いた地面の穴。
覗き入れ、叫んでいた顔を上げてルージュは深々をため息を吐き、地面に座り込んだ。
ケイルも不安げな顔色で、穴を見つめている。
「ど、どうしますか? 僕達も降りる、とか?」
その言葉に、パタパタと手を振りながら
「いや〜、やめておいた方がいいかもね。何があるか分からないし。そ〜れ〜にぃ………」
ルージュは貯めに貯めて、ゆっくりと首を動かし、背後を振り返る。
そこには岩陰から、目から上だけを覗かせている緑髪の王女。
だがそこから動く気配はまったく無い。
「シラン〜……そんな所でいじけてないで、出てきてよ〜」
「だって……あたしが動くといけないんでしょ?」
「うっ……」

――もう、ちょこまか動かないで! 何が起こるかわからないんだから!!

つい先ほど、彼がシランに放った言葉。
ブルーとティミラの姿が消え、慌てふためいた心境で思わずぼやいてしまったのだが――
二人が消えたことに、よほど責任を感じていたのか、それを聞いた後の彼女の顔は、決して兄には見せれない表情になってしまっていた。
なんとか泣かないでくれたのが救いである。
「今度から気をつけてくれればいいからさー。そこにいたら、ブルーもティミラも見つけれないでしょー?」
「………………」
“見つけれない”という言葉に少々目を見開き、何かを考えるような間を置いて、シランが渋々穴のそばに歩きだした。
「僕も悪かったからさぁ。ね?」

――ブルーに会った時、そんな顔されてて原因が知れたら僕、殺されます。

心中で呟いて、ルージュは立ち上がりながらシランの肩を軽く叩いた。
それに答えるように頷き、シランは顔を上げた。
そこにはもう、迷いはないようだった。
安心したように息を吐いて、ルージュは神殿の奥を見つめた。
「あの、これからどうしますか?」
おずおずと、法衣の裾をひっぱりながらケイルがルージュとシランを交互に見上げる。
「あの……その……」
「分かってる。お師匠様でしょ?」
言いにくそうに言葉を濁すケイルにあわせ、シランは膝を折る。
「だいじょぶ。とにかく奥に行ってみよ? もしかしたら、ブルー達の落ちた穴に繋がってる階段とかあるかもしれないし、お師匠様もいるかもしれない。お師匠様、ちゃんと探してあげるから。だいじょぶだよ」
微笑みながらの言葉に、ケイルは嬉しそうに頷いて、頭を下げる。
その髪を撫で、シランは背筋を伸ばし、ルージュを見て言った。
「ブルーとティミラにはちゃんと謝るよ。だから、行こ!」
そのセリフに、ルージュはゆっくりと頷いた。










ほのかに照らされている内部。
落とし穴からかなり歩いたであろう距離。
入口は、すでにはるか奥に位置して見える。

だが――

「………それにしても、ずいぶんな廃坑の仕方だねぇ……」
「う〜ん。荒らされたって言うより、壊されたって感じ」
「確かに……」
そばで崩れている石柱に目を向ける。
奥に行くに従い、増していく崩壊の仕方。
砕かれたような跡、抉られた石床。
自然風化でこのような現象は、無い。
「あ、ルージュさん」
「ん、何?」
「肩に虫が……」
左肩を指差しながらのケイルの言葉。
そこに目をやると、黒に赤い斑点を持つ小さな幼虫がうねっていた。
「これ、さっきからそこらじゅうにいるんですよ」
「そこらじゅうに?」
「はい、地面とかにもいて……」
途端、ルージュの表情が一変して険しい物に変わる。
いきなりの変化に、ケイルは思わず身をたじろがす。
「ル、ルージュさん?」
「ケイルくん。僕のそば、離れないで」
肩の虫を払いながら、地面に目を向ける。
落ちた虫は、地面の割れ目からどこかにもぐりこんでゆく。

瞬間、地面が胎動を起こし揺れ動く。

「な……なんですか、これ!?」
各所で地が盛り上がり、そこからどす黒い手や顔が現れる。
どれも共通して、肉が削げ、腐り落ち、所々見える穴のような場所から、異様な体液が流れ出ている。
「……グール」
シランは小さく呟いて、その手にセイクリッド・ティアを具現させる。
その腐敗臭からか、顔を濁しているのは彼女だけではない。
「あの、あ……あ……」
「ケイルくん、目つぶってたほうがいいかもね」
顔を引きつらせ、目に怯えを含んだケイルを守るように、彼を手で自分の背後に引き入れる。
その間にもグール達は続々と地面から沸きあがり、その数を増やしていく。
「シラン、大丈夫そう?」
そばに立ち、剣を構える王女は静かに頷きで返事を返す。
自分達を取り巻くグールの数は、十数体におよんでいる。
「あのモンスター、軽い攻撃は意味を持たない。魔術で援護するから一撃で倒すんだ!!」
その言葉を合図に、一気にシランが駆け出し手近なグールに切りかかる。
中に突っ込んできたシランを狙い、他のグール達がその腕を振り上げ、襲い掛かる。
動きは多少なりと遅いとは言え、その力はすでに人外である。
下手をすれば、骨を抉られることさえ有りうる。
「フィールフレイム!!!」

――『ヴァアアアアッ……』

セイクリッド・ティアが目の前の黒い肉を両断した瞬間、背後のグールが鈍く低い悲鳴を上げ、その身体から炎を噴出す。
それでもなお動こうとするその身体を、シランが振り返りざまに一閃する。
上半身と下半身に分かれれてさえ微動していたそれは、炎に包まれながら異臭を放ち、しばらくして静止し、黒焦げな姿をあらわにした。
匂いとその肉片、モロに顔をしかめつつシランはすぐさま次のグールに切りかかった。
動きが遅いグールに反撃の隙さえ与えず、次々に首を、胴体をなぎ払う。
地面に落ち、それでも動く物はルージュの魔術がとどめを刺す。
手に、異様な肉の感触が残り始めたころには、辺りに出没していたグールは一変の姿も無くなっていた。
綺麗だったセイクリッド・ティアの刀身にこびり付いた黒い欠片を、指で弾き飛ばし、空虚で剣を一閃して汚れを落とす。
「気持ちわる〜い……」
「仕方ないよ。まさかデスペクトワームが居たなんてね」
ぼやき、ため息を吐きながら背で隠していたケイルにあわせ、しゃがみこむ。
「大丈夫だったかい、ケイル君?」
「は、はい。ありがとうございました……」
少し俯きながら、それでも安堵の表情でそう呟く。
「あの、今のは……?」
「ん? グールだよ。デスペクトワームって言ってね、それが死肉に寄生して、操ってるモノを総称してそう言うんだけど……まぁ、ゾンビの一種かな? ちょっと違うけど……」
「デス、ぺク?」
「さっき、こんな黒いイモムシ居ただろ? あれがそう。じめったい洞窟には、たまに居たりするんだ。死肉で痛覚が無いだけに、一発で倒して、あげく完全に肉体と共に寄生主を倒さないといけなくてね。タチ悪い部類のモンスターだよ」
そう言いながらも、苦笑を浮かべるルージュの言葉に頷きながら、もう一度ケイルは頭を下げた。
「ルーーージューーー!! ケイルくーーーーん!!!」
突如に上がったシランの声に、二人はその方に駆け出す。
シランが立っていたのは、大きな赤いトビラの前。
それを背後に、手を振りながらルージュ達を呼ぶ。
駆け寄りさらに近づくと、見上げなければならないその大きさがよく分かる。
「これは?」
「あ、ここです! このトビラの中で、お師匠様いなくなっちゃったんです!!」
「やっぱり。周り調べたけど、仕掛けとか無かったからね」
「……で、どーする? 周りに仕掛けが無いって事は、ここでブルー達との合流は考えにくいねぇ」
トビラの金具の錠に触れながら、ルージュが言う。
「う〜ん、まぁ中に行くしか道がないんだけどね……」
話し合う二人の背後を見ながら、ケイルは不安げに辺りを見回していた。
シランは周りに何も無いと言っていたが、やはりそれでも何かないか、気になるもの。
きょろきょろと周りを映す視界に、一瞬だけ、宝石が光を反射したときのような、一瞬の輝きが目に飛び込んだ。

――あれ?

目に刺さるようだった輝きを放った方を確かめたが見つめるが、そんな物は2回と映ってこなかった。
首をかしげながら、その場所に足を向け、動かしたその時。

――ゴゥンッ!!!

重いトビラがしまる音が、洞窟内に響き渡った。
驚き、慌ててその方を振り返ると、そこには二人の姿がない。
「ルージュさん!! シランさん!!!」
駆け寄り、錠を引こうとするが、自分の力では重過ぎるのかビクともしない。
何度もその錠を力いっぱい引くが、手が痛くなるだけで結果は変わらない。
「ど……どうしよう……ルージュさーん!! シランさん!!!」
壁に灯る明りがあるおかげで、幾分の不安はぬぐれたが、それでも一人で置き去りにされた恐怖は一気に少年を締め付ける。

「どうしよう……お師匠様、ブルーさん……ティミラさん…」

トビラの前。

少年は一人、どうして良いかわからずに立ち尽くしてしまった――
 
 
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