『 WILLFUL 〜森の遺跡〜 』
WILLFUL 5−7
『完成した方陣から現れたのは、聖獣などではなかった。あのような、魔の者を呼び寄せてしまうとは……我々は間違っていたのだろうか。神殿の殆どが破壊されて、死者も多数に上っている。この神殿はもう駄目だ。生き残っているのも、私を含めてわずか。もう、どうしようもない……ここを捨てるしかない』
「ずいぶん身勝手な話だよな」
ブルーが広げていた小さい手帳から目をそらし、ティミラは鼻息荒く息をついた。
石版のそばから見つけた手のひらサイズの手帳。
焼けたり、風化のせいだろう。
読める部分はごくわずかに限られていたが、そこからでも何が起こったのかは予想できた。
「自分達が呼んでおいたインキュバス達を退治も出来ず、封印だけしてほったらかし。後は知りませ〜ん、なのか? この神殿の奴等はよ」
「もう居ない連中にグチってなんになる」
今にもバラバラになりそうな手帳を静かに閉じる。
「ここで何を言っても変わりはしない。早く合流しないと、シラン達に何が起こるかわからんからな」
「同感。でも、どうやって出るんだよ」
立ち上がりながら、ティミラはため息交じりに言葉を出す。
「俺に言われてもな……」
的確なツッコミに、髪をかきあげながらブルーは辺りを見回した。
部屋に入った時点で、その入口は閉ざされ、その部屋からの出口は見つかっていない。
罠の様にも思えるが、ここで「何かの儀式」のようなことが行なわれて人の出入りがあったなら、出口は確実に存在しているはずだ。
「あ、その手帳には書いてないのか?」
「……どうだろうな」
ブルーの手からそれを取り上げ、適当に読んでみる。
わずかに読める部分は、どれもこれもが「聖獣」とやらを呼ぶための方陣実験について書かれているようだった。
その日誌のようなものの最後に、四角く書かれた図面が残っていた。
端の方が破けているものの、運良くほとんど原型が留まっている。
「おいブルー。なんかコレ……」
差し出された手帳を覗き込んだブルーは、その紙と周りを見つめた。
長方形の大きい図形。
その中の上部に横長の四角が書かれており、さらにその下にいくつもの正方形が並んでいる。
「これは……もしかして、この聖堂の簡易的な図面か?」
「やっぱそう思う?」
ニヤリと笑みを浮かべ、立ち上がり、ティミラは祭壇からまっすぐに聖堂内を見渡した。
「上の方の四角が祭壇なら、四角形はおそらく机か何か……で、問題は下の方にある……」
言われて視線を下ろしていく。
下部の右側の壁の位置に、小さく「×(バツ)」と書かれた印。
「ここが怪しいというわけか」
そのセリフを待ってましたと言わんばかりに、ティミラは座っているブルーの肩に手を乗せ、体重を預けた。
「重いぞ」
「お前ほっんとオレの事、女として扱わないよな」
「扱って欲しいのか?」
顔を上げ、自分を見下ろす翡翠の目を見た。
自分とは異なる漆黒の髪に、整った顔立ちにそのスタイル。
確かに「美人」と呼べるのだろうが、自分の好みでないのははっきりしている。
それはティミラも言えるようで、以前すでに「お前はルージュと同じ顔だし顔いいんだけど、な〜んか好みじゃねーんだよな」と、面と向かって言われたほどである。
その時にブルー自身も同じようなセリフを彼女に返したのは覚えている。
ティミラはしばらく考えるように泳がせた目を閉じ、口元に笑みを作り、鼻で笑いながら、
「いや、このままでいい」
肩の手をどけ、祭壇から身を下ろす。
しばし言われる事のある「女だから」という言葉。
以前から負けん気が強い自分はソレが好きではない。
あげくにこの容姿である。
いくら強くなっても、その枠組みから抜け出る事は出来なかった。
自分の周りにいるのは、そういったことを理解してくれている人間が多いが、特にブルーはその考えをよく汲み取ってくれていたのだろうか。
自分と同じ実力がある、と問答無用で手加減抜きの手合わせをするし、普段の戦闘時も遠慮無く扱う。
以前、皮肉ぶって「オレだって一応女だぞ?」と言ったら、顔色一つも変えずケロっと「そうだな。俺を唯一ぶっ飛ばせる女だ」と、これである。
呆れたが、事実でもあるその表現に笑い、たしなめられた。
こんな気楽でいられる関係は、そうそう得れる物ではない。
「さて、じゃあさっそくその位置を調べるか」
「まったく。手間のかかる事をしてくれるものだ……」
楽しそうな声色のティミラとは逆に、何度目になるとも知れぬため息を吐いて、ブルーも祭壇から身を躍らせた。
「どうしよう……お師匠様、ブルーさん……ティミラさん…」
大きなトビラを見上げながら、ケイルはどうしてよいかも分からずに、ただ辺りを右往左往していた。
目の前のトビラはいくら手をかけても動かない。
かと言って、一人で引き返せばまたあのグールの集団に襲われないとも限らない。
身の安全は、はっきり言って保障できない。
「ど、どうしよう……えっとグールに襲われて、それでトビラに前まで来て、それで……それから変な光を見て………光!?」
恐さで混乱しかける頭に、一つのことが思い出された。
ルージュとシランから目を離してしまった原因の光。
一瞬の輝き、もしかしたらそれに秘密があるのかもしれない。
ケイルはゴクリと咽を鳴らし、恐々とその方向に顔を向けた。
だが、いくら視線を凝らそうとも先ほどの光は目に映らない。
不思議に思い、恐さで力が抜けそうな足を叩き、ゆっくりと前に踏み出した瞬間。
――目の前で放たれた一瞬の輝き。
思わず息を飲んで、一気に駆け出し、光が放たれたであろう壁を見つめる。
だが、そこには宝石の類があるわけでもなく、ただの岩肌が露出している部分。
壁に描かれた魔法陣でもないその光。
何も無い無音に、再び一人という不安が少年を襲い始める。
「で……でも、僕がどうにかしないと……」
小さく自分に言い聞かせるように呟き、ケイルはその壁に静かに手を伸ばす。
ひんやりとした岩の冷たさが手に伝わる。
「何か、あると思うんだけど……」
一端手を引き、もう一度触れようと指先を岩に触れさせた時――
一気に視界を遮るほどの真っ白い光が目を覆った。
「うわぁああっ!!」
いきなりの事にケイルは大声を上げてその場にヘタリ込んでしまう。
足が震えて立ち上がれない。
頭の中が真っ白で、何も考えれない。
思わず最悪の事態を考えてしまい、目を思い切りつぶって歯を食いしばった。
しばらくそのままの時間が過ぎ――
「ケイル?」
「え……」
聞きなれた高い声に、閉じていた瞳を開く。
幼い青の瞳に映ったのは、赤のメッシュが入ったオレンジの長い髪に深紅の法衣の女性。
その手には、紫紺の宝玉がかざされた杖。
そして、こげ茶の短髪に上半に青の甲冑に、剣を携えた青年。
「あ……お師匠様!! アーガイルさん!!!」
ケイルは今までの恐怖を忘れ、見慣れたその姿に喜びを表した。
安堵の息を思いっきり吐き出し、その女性の足元に駆け寄った。
「お師匠様にアーガイルさん!! ご無事で何よりです!!!」
嬉しそうなケイルの表情に、女性も笑みを浮かべ、その頭を撫でる。
「ケイルも無事でよかったわ。ずっとここに居たの?」
「いえ、そうじゃなくて……そうだ!!!」
いきなりの喜びを吹っ飛ばすに等しい今までの経緯。
「お師匠様!! 実は、ル…」
――ゴガシャッ!!!
「っだぁあああ!!! いちいち仕掛けがめんどくせーんだよ!!!」
「俺に文句を言うな。出られるだけマシだと思え」
「うるせぇ!! オレはお前みたいに冷静じゃねーんだ!!」
背後から突如に上がった破壊音に、聞き覚えのある二人の声。
振り返れば、崩れた岩壁の向こうに銀髪の青年と黒髪の美女の姿があった。
「大体なぁ、階段が長ぇんだよ!!」
「地下に落ちたんだから、上るのは当たり前だろう」
「あげくモンスターまで出やがる始末だ!!!」
「モンスターと一緒に壁をぶっ飛ばしたクセに……」
「うっさい!! ストレス発散だ!!!
「ティミラさん!! ブルーさん!!!」
口やかましいケンカを繰り広げる二人の現れに、ケイルの表情に再び安堵が戻る。
「お? ケイルじゃん」
呼びかけに気づき、ティミラは嬉しそうな表情でそばに駆け寄って来た。
「おう、無事か。良かった良かった」
「ティミラではあるまいし、危険に自ら突っ込んだりはしないだろ」
「お前なぁ……」
「あら? この二人は?」
再びケンカを始めそうなティミラとブルーを見て、女性がケイルに声をかける。
――そういえば、顔合わせをしているはずが無かった。
「あ、お師匠様。この人たち、お師匠様を探すのを手伝ってくれてたんです!」
ケイルが手を広げて紹介するその二人に、ゆっくりと視線を向ける。
一人は黒髪に翡翠の瞳、少し露出のある黒い上下に美しい顔立ちの美女。
そしてもう一人。
銀髪に、青の瞳の――
「もしかして……ブルー君?」
いきなり名を言われたブルーは、目細め、疑いの眼差しを向ける。
だがそれは一瞬にして終わり、何か思い出したかのように目を見開いた。
「まさか……メスティさん?」
「ひさしいわねぇ! 何年ぶりかしら?」
「そうですね……4,5年ぶりでは?」
「あら、そんなに経つかしら? それにしても、随分まぁ美形になったわね?」
「はぁ、そうですか?」
「そうよ。それじゃあ女の子もほおって置かないでしょ?」
「いえ、別に興味は……」
「ありませんって? ほんとシランちゃんに一筋なのねぇ」
「メスティさん、いい加減その言い方止めていただけませんか?」
「あら、事実でしょ? ウソはいけないわ、ブルー君」
「だから違うって…」
「おい、ブルー」
「おい、エレ?」
完全に世間話に入り込む二人に、ティミラと青い甲冑の青年アーガイルが同時に声をかける。
ケイルもワケが解らない様子で、周りを見上げている。
「お前ら、知り合いなのか?」
顔中にハテナを浮かべたような顔で訪ねるティミラに、ブルーはすまし顔で、
「あぁ、この人はメスティエーレ。ルージュが魔術で世話になってたんだ」
「えっ、じゃあアイツの先生ってやつ!?」
「まぁそんなところだな。2,3年ぐらいだけど」
軽く言うブルーの言葉に、ティミラは思わず言葉を失う。
――アイツの先生って……こんな普通の人だったのか?
生徒にあたるルージュを思い出し、師弟関係を謎に思うティミラ。
「ブルー君、この綺麗な女の子は?」
顔をかしげているティミラを見ながら、ブルーの肩に肘を乗せる。
それをさりげなくどかしながら、ブルーはメスティエーレに小さく耳打ちをする。
「ルージュの恋人で名はティミラ。見かけはあぁですが、中身はあの通りですよ」
「おいこら、何言ってんだよ」
「ルージュの恋人だ、と言っただけだ」
「ウソつけ! お前はいつもイラない事を付け足すだろう!?」
「全部事実に基づく事だ」
「ふざけんな!!」
「まぁまぁ、ティミラちゃん? 今は落ち着いて頂戴」
ブルーと、彼の胸倉を掴むティミラの間に杖を割り込ませ、たしなめをかける。
確かな言葉に、ティミラは静かに手を放す。
「ケイルの師匠がルージュの先生だなんて、思いもしなかった。始めまして、ティミラ=アバウトです」
「はじめまして。私はメスティエーレ=ティンジェルよ。ティミラちゃん、ルージュの恋人なんて、大変でしょう?」
「えぇとっても」
少しの否定も考えず、すんなり肯定の言葉を返すティミラに、思わず笑みを洩らす。
「メスティさん、そっちのは……?」
「あぁコイツ?」
「コイツって、随分扱い酷くないか? エレよぉ」
茶色の短髪をかきあげながら、アーガイルは一歩前に踏み出る。
「俺はアーガイル、アーガイル=ロスディだ。エレの仲間だよ、よろしくな」
爽やかな笑顔を見せるアーガイルに、ティミラとブルーも軽く紹介を返した。
「それで、ケイル。ルージュとシランはどうしたんだ?」
「あら、一緒に旅をしてるの?」
「そーなんだ。それでココでケイルと会って、あんたらを探すのを手伝ってたんだが……」
答えを促すかのようなティミラの視線に、ケイルは大きく息を吸い込み、
「ルージュさんとシランさん、そのトビラの中に入ったままで……」
「中に? お前を置いて?」
ブルーの痛い部分の突きに、しばらく口を閉じていたケイル。
だがしばらくして、そこから言葉が紡がれた。
「ルージュさんとシランさんが入ったまま、そのトビラ開かなくなっちゃったんです!!」
「なんですって?」
「僕にもよくわからなくて……中から出てくる様子も無いし、どうなってるのか……」
気弱な声色の少年の肩を、アーガイルが勇気付けるように叩いた。
見上げるその目は、どうしようもない罪悪感に捕らわれているようだった。
「お前のせいじゃないんだろ? 気にするな。俺たちもいる、二人を助けようぜ?」
アーガイルの言葉とメスティエーレ達の優しい目線。
自分を勇気付ける4人を見上げて、ケイルは大きく頷いた。
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