『 WILLFUL 〜森の遺跡〜

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  WILLFUL 5−8  


「うが〜!! っこんのぉおおおお!!!」

――ギリギギギギ……

「…………………………止めろティミラ。それ以上は無駄だな」
ブルーの言葉を合図に、ティミラは錠にかけていた手を外した。
全体重をかけて引いていたおかげか、放した反動で身体が地面に倒れこむ。
「本当に開かないのか? そのトビラは……」
アーガイルの呆れたような、疲れたような言葉に、ブルーも顔を濁し、横に寝転がる黒髪の美女に目をやった。
全力でトビラを引いていた彼女は、その胸を荒く上下に動かしていた。
「ティミラの力で開かないなら、俺がやっても無駄だ」
「あら、そんなにティミラちゃんは力強いの?」
メスティエーレの興味本意な質問に、肩をすくめながらブルーは、
「俺を倒す実力の持ち主ですから」
彼の簡素で、解り易い表現にメスティエーレは納得する。
「あぁ〜〜ムカツク!!! おい、ブルー。手伝え!!」
「は?」
身体を起こし、砂を払いながらの叫びに、ブルーは眉を潜める。
だがそんな彼の肩を掴み、ティミラをトビラの前まで引きずり、立たす。
「オレ一人で無理。お前一人でも無理。んなら、オレとお前でやればいい!!」
「安直すぎるぞ」
「試す価値はある!!」
「……どうだかな」
勝手に盛り上がるティミラにあきれつつも、渋々錠に手をかけるブルー。
その下側に、ティミラが手を添えた。
「行くぞ?」
「いつでも、だ」










「……駄目、でしたね……」
地面にヘたれ込み、息荒く肩が揺れているブルーとティミラに、ケイルはなんとも言えずに、思わず呟いた。
二人そろって全力、全体重をかけて動かそうとしたトビラは、まったくビクともしなかった。
「おかしい、おかし過ぎる……」
息を整えながら、ブルーはしびれた手を見つめた。
手に残る感触。
鍵の掛かったトビラのように、ひっかかるような感覚もなかった。
本当に『ビクともしなかった』のだ。

まるで、壁に取り付けられた取っ手を引いているかのような――

ブルーは両方のトビラが合わさっている部分に手を触れた。
指から伝わってくる一瞬の電気のような感覚。

――やはりな……

疑問は確信に変わった。
「メスティさん」
呼ばれ顔を向け、ブルーのそばに歩み寄る。
ブルーの指さす部分に手を触れさせた瞬間、メスティエーレの顔が一瞬驚きに変わった。
「お師匠様?」
疑問を顔中に浮かべた弟子に微笑を返し、その背に合わせてしゃがみこむ。
「ケイル、いい機会だからちょっとだけ勉強しましょうか?」
そう言って、ケイルの手を引きトビラの前に立たせる。
なんの事かわからないケイルは、はっきり言って戸惑いを隠せていない。
「いい? ケイル。以前私は『物質に込めた場合の魔法持続』について、話したことがあるわよね?」
いきなり出された意味も解らず、とにかくケイルはそのことを思い出し、頷いた。
「確か……物質に込める事によって、通常以上の魔力を持たせるって事ですよね?」
「そうよ。実例を述べるとするならば、このトビラ。これは、通常の鍵閉めの術をトビラ全体にかける事によって、ドアを不動にさせている。それゆえに、通常の鍵開けの術では開けられないし、力押しをしても開かない」
「ほい、エレ先生。質問」
「何かしら、アーガイル君?」
上げた手で腕を組み、アーガイルはトビラを指さして
「なんでドアが閉まってるからって、鍵開けの術とやらで開けられないんだ?」
同感といわんばかりに、ティミラも頷いて同意を現した。
「いい質問だわ。ブルー君、答えられる?」
「……大抵の『ある物質に魔力で影響を及ぼす』効果のある術は、その物質のみに効果を表す。例えで“ウッドフレイヤー”という術。これは樹木に対して魔力で使役を行なう。当然、その対象は木々のみで、水や炎はあやつれない。これと同じで、鍵開けの術はトビラの『鍵』のみに効果をおよぼす。よってトビラ全体にかけられている術を解くには、力不足である」
静かに語られた言葉に、メスティエーレは小さく拍手を送り笑顔でトビラに向かい合う。
「で、その術を壊すにはどうしたらよいか? 答えは簡単」
手をそのトビラに触れさせ、魔力を一気に放出させる。
「プラチナフレイヤー!!」

――ピ、ビギィッ……!!!

声を発すると、頑丈なトビラ全体に一気に亀裂は走った。
「魔力で影響を受けている物質そのもの、全てを破壊するのよ」
その言葉が終ると同時に、大きな音をさせてトビラが一気に瓦礫と化し崩れていく。
「ケイル、覚えておいて損はないわよ」
師匠の放った言葉に、ケイルは思わず何度も頷きを返した。
「さ、行こう」
「おうよ」
トビラを構成していた瓦礫を踏み、5人はその中に足を踏み入れた。
白で統一されている内部。
地下の聖堂とは比べきれない、講堂というべき広さ。
頭上から差し込む光が、白を反射し、かすむようなはかなさを醸し出している。
まさに『聖なる場所』と表現するのが妥当な美しさ。
天上には美しい絵であったのだろう、色とりどりの破片がわずかに残っているのが見えた。
少し奥に進むと、設置されている石机が段を築きながら下に向かっている。
教主などが教義を行なっていたのだろう、大きめの祭壇を中心に、円を描くように石机がそれを囲みながら周りに築かれていた。
あのトビラは一番上に位置していたのだろう。
ブルーはその祭壇を見下ろし、そして一瞬目を疑った。
遠くからで見難いが、それでも確信は得れた。
自分の片割れの証、銀髪に青の法衣。

そして、捜し求めていた少女――


新緑の髪の少女の姿。


「シラン!!!」
ブルーの叫んだ名に、ティミラ達も顔を上げ、駆け出し下を見下ろした。
そこには確かに、捜し求めた二人の姿があった。
先に走り出したブルーを追いかけて、4人も階段を一気に駆け下りる。
降りた先に構える祭壇。
より神聖さの醸し出されるその石段。
教壇の施されたその祭壇に、シランとルージュが立ち尽くしていた。
「……シラン?」
向こうも探してくれていたはずなのに。
「おい……どうしたんだ、ルージュ」
揺れる銀髪。
見慣れた青の法衣。
何も変わっていないはずなのに。
その緋と金の瞳だけが、鈍かった。
まるで、生気が無い。
呼びかけにも動かぬその表情。
「シランさん! ルージュさん!!」
「……な……止めろ!! ケイル!!」
呼び止めも一瞬遅く、走り出した少年を止めることは出来なかった。

「セイクリッド・ティア……」

シランの無感情な声に答え、美しい刀身の大剣が姿を現す。
剣を構えるその少女に、ケイルの身体が強張り、足が止まる。
「ケイル!!」
「っくそぉ!!」
シランが地面を蹴ると同時に、ブルーも剣を抜き駆け出す。


――ガギィッ!!!


「く、ぅ……」
講堂内に響き渡る金属音。
ケイルを背後に守り、ブルーはシランと剣を交えていた。
「シラ、ンっ……」
普段の稽古からは想像のつかない力。
近くから見ると、よりいっそう無感情さが浮きだって見える金色の瞳。
閉じられたままの唇に、顔色さえ変わらない表情。
受ける形になってしまったブルーは手を震わせ、その異変振りに眉を潜めた。
「シラン!! 俺だ、ブルーだ!! わからないのか!?」
だが、その呼びかけにも、シランは眉一つさえ動かしはしなかった。

一体何が?
あの、いつもの笑顔は?
名を呼んでくれる、明るい声は?

「シラン!! どうしたんだ!!?」
焦りのせいか、声を荒げて叫ぶブルー。
その姿に、背後から静かに手を突き出す銀髪の青年が見えた。
「ブルー君、引きなさい!!!」
呪文を唱えだしたルージュを見て、メスティエーレが名を呼んだ。
「フレイムロアー」
冷たい声が響くと同時に、シランが自ら剣を引いた。
シランの変貌に動揺を押されなかったブルーは、その反動で前のめりに倒れこんだ。
判断が遅れた頭でも、ルージュの声が聞こえなかったわけではない。
顔を上げれば、目前に迫る炎を見えた。
身体を起こそうにも、そのスピードは普通の魔術師の使う物のそれを、はるかに越えている。
自分が避ければケイルに確実に当たってしまう。
そのせいと、やはり自分を攻撃してきたルージュに驚きが隠せなかった。
一瞬の動揺は、一瞬の判断を鈍らせた。
それは、ティミラにとっても衝撃だったが、何が何でもブルーは助けねばならなかった。
「アイス!!!」
反射的にガンを抜き、青の石をはめ込み、トリガーを引く。
一連の動作を一気に行い、打ち出された青い光玉と炎がぶつかり合う。

――ゴォウッ!!!

炎と冷気がぶつかり、辺りに白い蒸気をまき散らし、互いを相殺する。
「ケイル、動かないでね」
身体が強張っているケイルを背後に庇い、メスティエーレは杖を、アーガイルは剣を抜いた。
ティミラはブルーに駆け寄り、その身体を支える。
「おい、平気か?」
「俺はいい! 一体……一体どうなってるんだ!?」
支えてくれていた腕を振り解き、殴りかからんとする勢いでティミラの胸ぐらをつかむ。
立ち込めていた霧が消え、辺りに再び視界がよみがえる。
その先に見えたのは、やはりセイクリッド・ティアを構えたシランと、祭壇に立つルージュ。
「何かよ。まるで操られてるみたいだな……」
ポツリと呟いたアーガイルの言葉に、ブルーはあることを思い出した。



――ここに、闇より生まれ出たインキュバスとサキュバスを封ず。



「あ……」
「何か心当たりが?」
メスティエーレの言葉に、ブルーは思い切り顔を濁した。
「インキュバスとサキュバスが、この神殿に封じられていたらしいんです。まさかとは思いますが……」
「インキュバス達が……なるほど、間違いないわね」
「何がだよ……」
なおも構えを止めない二人に身構えながら、ティミラは目だけをブルーに向ける。
「インキュバスとサキュバスは、夢魔族と呼ばれる上級のモンスターだ」
「夢魔? あの、よく夢に出て人の精気とかを糧にするっていうポピュラーな?」
「ポピュラーに居られても困るんだがな」
抜いた剣を構えなおし、ブルーは続けた。
「“テンプテーション”と言われる誘惑の力が、あの二人の原因だろう」
「で、でも……魔力の強いルージュさんまでが?」
恐る恐る言うケイルに、メスティエーレが静かにたしなめをかける。
「テンプテーションは、魔力どうこうではありません。要はどれだけ隙につけこまれないか。人間の欲望、思念……様々ありますが、それに対抗できないと駄目なのです」
「欲望に……?」
顔を見合わせて、ティミラはしばらく考えた。

「…………じゃあ二人とも、めっちゃ駄目じゃん?」

思わず洩らしたティミラの言葉に、ブルーががっくりと肩を落とす。
「そういう事になるのかもな……」
「とにかく! 二人戻すにはどうすればいいんだよ?」
「テンプテーションは、そのインキュバスなどを倒せば解放されます。ですが…」
呪文を唱え始めたルージュと同じくして、大剣を構え駆け出すシラン。
「その前に、この二人を止めるなりしないと探せそうにもないですね……!!」

「……やっぱりぃ?」

「…………仕方、ないのか」

複雑な表情を浮かべ、ブルーはシランを、ティミラはルージュを見つめた。


二人の瞳は、今なお冷たい眼差しだった。
 
 
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