『 WILLFUL 〜私が貴方で貴方が私!?〜

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  WILLFUL 6−2  


マディスの街。

宿屋を決めた後、休みたいというメスティエーレ達を残し、シラン達4人は研究院等が並ぶ中央街をぶらついていた。

――と言うより、研究を見たいをわめいたルージュが連れ出した、と行った方が正しい。

ルージュは必然的にティミラを連れ出したがり、二人きりを嫌がったティミラがシランを誘い、その護衛のブルーが行かない訳が無い。
結果的に、いつもの4人になったわけである。
「なんかさ、普通の街並みじゃん。何が違うんだ?」
「建物の中でしてることが違うんだよ」
やけにノリノリで、楽しそうに答えるルージュ。
すごい笑顔、とまでは行かないがその表情たるや、子供のように目が輝いているのはよく分かる。
ガキっぽい、と心でつぶやき、ティミラは小さく口だけで笑った。
「やっぱり見るからには大きな研究院とかに行ってみたいなぁ。今まで兵力派遣とかでしかみたことなかったし……どこに行こうかな……」
まるで家族旅行の行き先を選んでいる子供。
立ち止まり、辺りを見回して嬉しいため息を吐く。
決しておのぼりでは無いのだが、そんな風に見えてしまうのは仕方が無いのか。
「ねぇねぇルージュ。研究してる人ってどんな人なの?」
法衣の裾を引き、怪訝そうに見上げてくるシランにルージュを指で顎をかきながら
「どうなんだろうね。魔術師とは限らないから……白衣とか着てたりして?」
「じゃあ、アレは研究者か?」
言いながらブルーの指が示している方向を見ると、そこにはなにやら一人の白衣の青年が、他の4人に囲まれている風景。
そのさらに周りには数人の人だかりが出来ている。
「なんだアレ?」
「さしずめ、囲んで何か貰おうって事じゃないのか?」
「友達だろ、って?」
「友達という名のお財布だろうな。あるいは、研究者同士の揉め事か……」
「研究者がケンカなんかするのかなぁ?」
めんどくさそうに、いかにも“関わりたくない、イヤだ。”オーラを出し、ルージュは怪訝そうに目を細める。

――が。

「助けたら、研究とか見せてくれたりして……」
「シランの言う通りだよ!! 彼を見捨ててなんて置けない!!!」
言っていることが違う気がするが、握りこぶしを作り勝手に駆け出す白銀の魔術師。
「アイツ、馬鹿?」
「やめろ。俺まで馬鹿みたいな雰囲気になる」
「いーんじゃない? 結果オーライなら」
「結果オーライで人助けしたってよ。魂胆が魂胆じゃなぁ……」
「ま、世の中ってそんなもんだよ」
『王女のお前が言うな』
ティミラとブルーのツッコミを受けるシランを背後に、術一発でその場を締めくくるルージュの姿があった。



「いやぁ〜助かりましたぁ。ありがとうございます!」
「いえいえいえいえいえいえそんなぁ〜! 僕は当たり前のことをしたまでですよ!!」
思ってる事がバレるのでは、というほどの満面の笑みを浮かべ、ルージュは座り込んだ青年に手を差し伸べた。
「僕はルージュ。ルージュ=リヴァートっていいます」
「あぁ、ルージュさん? 私はセバス=ガーディードです。危ない所、ありがとうございました。本当に、ありがとうございましたぁ」
「いえいえいえそんなぁ〜……ところでぇ…っぶが」
「ところでセバスさん。なぜ囲まれていたんだ?」
さりげなく背後からルージュの口を塞ぎ、ブルーは淡々と聞く。
そんな様子さえ気にも止めず、セバスはのんびりと笑顔で
「いやぁ〜。研究発表で高評価もらったせいで、目をつけられたみたいですねぇ」
肩より短めにそろえられた茶色の髪に、それより濃い色の瞳。
若干年上に感じる彼は、のんびりとした口調で言い、少しずり落ちた眼鏡を指で直した。
「ふっが……ぶがっ!!」
「研究発表って、一体?」
「え? あぁ、錬製学術の研究でして……」
その言葉を聞いた瞬間に、ルージュがブルーの手を解いた。
「ほらビンゴだぁーーーー!!!」
「あ、しまった……」
「まかせな……ル・ゥ・ジュ♪」

――ギュウ。

「っぐぁ……」
素早くまわした腕に力を込め、ティミラはルージュを軽く昇天させる。
「よくやった、ティミラ」
「どってことねーよ」
「あの……?」
「気にすんなよ。趣味なんだ」
「……はぁ、変わった趣味をお持ちですねぇ」
あきらかにおかしいティミラの発言にさえ笑顔で答え、セバスはそう言ってのけた。
「只者じゃねぇな、コイツ……」
「そう思う部分、なにか違ってない?」
シランがポソリと言ったのを無視。
ティミラの腕の中でぐったりとしているルージュの変わりに、ブルーが言った。
「よければその研究、見せてもらえないか? コイツが……弟が知りたがっているんだ。俺からも、頼みたいのだが……」
「えぇ、私なんかのでよろしければ、いくらでもお見せしますよ。場所は私の家でいいですか? その、ルージュさんも疲れているようですし」
「あぁ、そうしてくれると嬉しいよ。ありがとう」
腕の中のルージュを抱えなおし、ティミラが満面の笑みで頭を下げる。
「疲れてるっていうの、あれ? 普通ぐったりって言わない?」
「いいだろう、別に。研究が見れるんだ。ルージュも文句は言わんさ」
「……なんでルージュを黙らせたの?」
「お前がけしかけたんだろう?」
目を細め、そう言われてシランはそっぽを向く。
「だって。手っ取り早いじゃん?」
「それなら言わせてもらうがな。手っ取り早い分、コイツは少々暴走するぞ。止めるのは俺等の役目になる。あのまま詰め寄ったら、セバスは笑顔で帰っていくぞ?」
「………確かにね〜」
そうとだけ言って、歩き出したブルーと、すでのその先のセバスとティミラを追いかけた。
ティミラの肩に担がれたルージュは、依然首をぐったりとさせている。





「気付けにはこの薬が効くんですよ」
「おう、サンキューな。じゃあさっそく……」
咽に何か冷たいものが流れる感覚。

と、同時に口の中に広がる凄い味――

「うっげぇ!!! 苦っ!!! 何こッ…げほっげほ、うえ……」
「あ、起きた」
声のした横を見れば、ベッドに肘をつき自分を見る金色の瞳。
今だ口内にはイガイガしたような味が舌を突く。
たまらずにむせこむと、奥で立っていたブルーがグラスを差し出してくれた。
小声で礼を述べ、その中の水を流し込む。
「すげー効き目だな」
「そうだな。俺は絶対に飲みたくないがな」
「オレだってイヤだ」
「じゃあ、なんでそんな物飲ませるのさ〜……」
「仕方ないだろ? お前、全然目を覚まさないんだからさ〜」
「頚動脈しめておいて何を言いますかねぇ? いくら僕だって気絶するよ」
頬に汗流し、ルージュはグラスに残っている水を全て飲み干した。
「いいじゃねーか、セバスが研究を見せてくれるんだし」
「うそ、ほんと!?」
憮然とした態度はどこへやら。
笑顔を浮かべて、嬉しそうに顔を輝かせるルージュに、シランが告げる。
「ブルーがね、お願いしてくれたんだよ? 感謝しなきゃ」
赤い瞳が、にわかに疑いながらシランの後ろの兄を見据える。
「見たいんだろう?」
自分を見て、そうとだけ言うブルー。
とたん笑顔をうかべ、ルージュはベッドを跳ね起き、兄に飛びついた。
「ほんとに!? うわぁ、ありがとうブルー!!」
「抱きつくな、気色悪い……」
はがされつつも何度もルージュは礼を述べていた。
ティミラを連れたがったとは言え、自分から行きたがるのなら相当知りたいのだろう。
そこを分かっているのは、さすが血を分けた兄弟か。
「じゃあ、こちらに来て下さい。ルージュさん」
「はい! ぜひ、よろしくお願いします!!」
セバスの後に続き、ルージュ達は木彫りのドアを抜けた。










「へぇ、なるほど〜……呪印と魔法陣を駆使して、そこから物質に影響するアンテナを構築するわけなんですね?」
「そ〜なんですよぉ。そうすれば微力な魔力でも、ある程度の原子分解と物質再構築が可能であると私は考えたんです」
「確かに……可能性としては、かなり確率的に高いと思います」
「でしょう? 今まで言われてきた“魔法による物質変換”だとか“科学技術”とか言う確信の低いものに比べれば、かなりいい線いってるらしくって…」
「それで、発表で高評価を?」
「えぇ。ただ、まだ課題は山積みだって言われましたけどねぇ」
苦笑するセバスに、ルージュは目を通していたレポートから顔を上げた。
「実は呪印や魔法陣の構成が確立できていないんですよ。ですから、その点を突付かれてしまいまして……確かに、この街にも魔法に精通した人は居ますし、ロード様の所にも魔術師はいますけどね。以前色々協力してもらったんですが、やはりそこまでは分からないと言われてしまいましてねぇ……」
なにやら長々と、テーブル一杯に広がったレポートを漁りながら、ルージュとセバスの会話は続いていた。
異大陸のティミラからすれば、その会話に出てくる単語は意味不明で、勉強をサボっていたシランも、深くは理解できない。
ブルーもある程度の魔術学はあるが、ルージュに比べれば一般レベル。
はっきり言って、二人の会話はマニアックだった。
「何の話してるんだか……」
出されたコーヒーに口をつけ、ティミラは眉を潜めた。
ブルーはそばに並んでいる一枚の紙を手に取り、
「さぁな。俺もここまで詳しくは知らない」
少し目を通し、すぐに元の場所に戻した。
シランといえば、この部屋に立ち並んでいる本棚の本を眺めている。
もはや会話を聞く気すらないようだ。
研究者らしく、セバスに通された部屋は本棚やら薬瓶の棚、実験道具らしきものが並んでいる場所だった。
何かいい本が無いかと、本棚を探していたシランが、ふと思い出したようにセバスを見た。
「そういえばセバスさん。ここって何かあったんですか?」
「どういう、事ですか?」
会話を打ち切り、セバスはシランに目を向ける。
今まで見たことも無い金色の瞳が、ひどく印象に残る少女。
「あのね、あたし達がここに入る時、門兵さんに止められちゃって。なんか、ロード様が随分な命令だしてるみたいだし……?」
「あぁ……行商人以外入れるな、ということでしょう?」
呟いて大きなため息が漏れる。
「ここ数日なんですが、どうもロード様……ユイド様がおかしいんですよぉ。おかげで、街も少し活気が無くなってしまって……」
「おかしい?」
変な表現にシランは眉を潜めた。
「何かあったんじゃないですか?」
「いえ、詳しくは分からないんですが……ユイド様は出来たロード様です。よく街に顔を出していたし、街の人とも交流があって、とても良い人だったんですよ。それが……」
急に暗くなった声に、全員が顔を見合わせた。










「姿が見えない、ですって?」
「そーらしいんですよ。ここ数日らしいんだけど……」
すでに日の沈んだ夕刻。
宿で、少し早めの夕食を囲みながらシランは事をメスティエーレ達に話した。
「姿が見えなくなって数日して、すぐに例の“行商人以外入れるな”って命令が出たみたいで、街の人も訳がわからないみたいなの」
中央に置かれたサラダを頬張りながら、シランはフォークを指で回した。
「病気って話も聞かないし、どこかに遠征って事でもない。ましてや、王城に呼ばれたわけでもない……かといって、ロードの城に行っても面会謝絶なんだって」
「明らかに何かおかしいな」
焼鳥を口に運びながら、ブルーは顔も上げずに言う。
「でしょ? ぜったいに変だよね」
フォークで隣のブルーを指しながら、シランはサラダの中のリンゴに手を伸ばす。
「そもそも、ロードが街に命令を下すには、基本的に王の許可がいるの。こんな“何を街に入れてはいけない!”とかいう命令ならなおさら!」
「でもよ、なんか王都……グレンベルトから誰か調べに来たって雰囲気も無いよな?」
「そう! 問題はそこなのよ」
ステーキを食べているアーガイルの言葉に、シランは皿を突付いた。
「なんで王都の上層部に連絡が行かないんだろう?」
「やっぱあれじゃねーの、ホラ?」
早くも食事を終え、サワーを注文したティミラは水の入ったグラスを傾けながら、
「王都に連絡をする、この街の上層部の人間に働きかけてる奴等が居る。例えば……」
サラダのトマトをつまみ、残ったヘタを指でいじくる。
「上層部がだ〜い好きな、ワ・イ・ロ・とかな?」















ほとんどの街の人々が寝静まったであろう深夜。
深い紺が星々を抱き、夜空を覆い尽くしている。
近くの酒場は今だ盛り上がっているのであろうか、店の明りが煌々と灯っている。
緩やかな風に撫でられた髪が舞い、頬をくすぐる。
昼間とは違う涼しさと地面の冷たさが、少しだけ体温をさらっていく。
「さんじゅし〜、さんじゅご〜、さんじゅろ〜く、さんじゅしち………」
宿屋の屋上で横になり空を見上げ、シランは満天の星を適当に指折り数えていた。
「何をしている。ここで寝るつもりか?」
ふいにかかる声。
月の光を遮り、目に入り込んだのは自分を覗き込む青年の姿。
銀の髪が光に映え、風に揺れ、漂っている。
顔は影で見えないが、すぐにでも思い出せる。
「風邪をひくぞ、シラン」
「ブルー」
名を呼ばれ、シランはゆっくりを身体を起こした。
地べたに寝そべっていたせいか、少し背中が痛い。
「何をしていた?」
背を叩くシランの横に、ブルーは腰を下ろす。
「別に何も。寝れなかったから、ベッドの上でゴロゴロしてても暇だし〜」
膝を抱えて座りなおし、シランは腕で自分を抱きこんだ。
さすがに動きもせずにいたせいか、身が震える。
その身体に服がかけられた。
長袖の、ブルーがいつも着ている紺の上着。
横を向けば、胡座をかいた足に肘をつきこちらを見ている紺碧の瞳と目が合った。
「冷えない?」
彼が下に着ていた薄灰色の服は、肩口までで袖はない。
そこから見える腕は、しなやかに鍛えられていて、無駄などないようである。
「平気だ」
言いながら、ずり落ちかけているシランに着せた上着を直した。
ありがと、と短く告げて彼を見上げた。
普段は上の方で縛ってある髪が、今は乱雑にうなじで止められ、肩から流れている。
そう見るとルージュと重なるのだが、この双子、見かけは似ているが雰囲気はまったく掛け離れている。
少し細められている目は、冷静でありながらも優しい青。
「どーしてここに来たの?」
「ドアの音がした。誰か外に出たのかと思ってな。お前が歩いていくのが見えた」
「あ、バレてたの? 頑張って小さくしたんだけどなぁ」
部屋は女性陣と男性陣で別々に取った。
護衛として、普段からの行動が身についている彼の耳は、その音を逃さなかった。
おそらくルージュも気が付いているのだろうが、自分が起きたのを知ってか、身動きすらしないでいた。
「何をしていた?」
「それ、3回目くらい言ってるよ?」
目を細め、笑顔が浮かぶ。
初めて会った時、目が止まった。
自分の銀の髪と対極の、金色の瞳。
ただ、ただひたすら驚いた。
初めてみた、金色。
その少女はとても、幼く見えた。

いつからだろう、一緒にいるのが嬉しいと感じたのは――

「何もしてないよ。寝れないから、星数えてただけ」
「……そうか。眠くなったか?」
「うぅん、あんまり。あはっ、何しにきたんだろうね、あたし」
顔を振ると同時に揺れる髪。
その表情は苦笑。
幼く見える顔立ちのためか、美しいという言葉は似合わない。
どちらかと言えば“愛らしい”という方が合う。
「ごめんね、心配して来てくれたんだよね?」
覗かせる笑顔。
それは年の割に幼く見える。
「あぁ、またどこかに脱走されては困るからな」
「しないよ! またそんなこと言ってさ〜」
顔をしかめ、そっぽを向く。
「ガキっぽい」
「またそういう事を……」
「下から睨まれても恐くないし、迫力も無いぞ」
目を見開き口を歪ませて、再び「フン」と顔をそむける。
思わず、頬が緩む。
「笑わないでよ!」
「笑ってないだろう?」
「目と口が笑ってる!」
「そうか?」
とぼけたように顔をさする。
気に食わないのか、髪が引っ張られた。
こんないつものじゃれ合い。
それが、楽しかった。
今も、あの時も。










『お前、誰だ?』

『えっ!? あたしは、そのぉ……あははっ』

『………………』

『あ……あの、ごめん……怒った?』





『あたしの名前は……シラン、シランだよ!! そっちは?』

『俺は………』



 
 
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