『 WILLFUL 〜私が貴方で貴方が私!?〜

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  WILLFUL 6−10  


「ジェブス殿! お、お逃げください!!!」
大きめの扉を開け、駆け込んできたのはオールバックの男、ウェジル。
「一体何事なのだ!?」
部屋に居た十数人の兵士が身構え、老人――シャフォードもイスを蹴倒し立ち上がった。
シャフォードの側に歩み寄り、息を整えながらウェジルは言った。
「あの者達、本当に牢を抜け出し……今ここに向かっております! ジェブス殿さえお逃げになれれば、後はどうにでもなりましょう!!!」
一瞬目を見開いたシャフォードは、だがその表情を直ぐに戻した。
「……わかった」
「お……お願いいたします」
ウェジルの言わんとすることを直ぐに察知し、シャフォードは兵士に連れられて奥の小さい逃げ口に駆け出した。
兵士の一人が、手早くノブに手を伸ばそうとした瞬間――

「逃げれると思わないでよね!!!」

――ビギィッ!!!

甲高い少女の声と同時に、目の前のドアが一瞬電気のような物を発したのちに、周りの石壁と同じ石に変化していた。
「な、なにぃ!?」
「それが、貴方に富と地位をもたらすはずだった“錬金術”ですよ!」
朗々とした言葉が部屋に響いた。
背後を振り返れば、銀色の長い髪をなびかせた長身の姿。
彫刻のような端麗な顔立ちが、嫌に目立つ。
その顔に、優越な笑みを浮かべながら、彼は言い放った。
「どうですか、なかなかの出来栄えでしょう? シャフォード=ジェブス殿?」
青年の背後には、地面に手をつけ、しゃがんでいる少女と剣を構えた青年、茶髪の子供に、捕えたはずの白衣を着た学者。
「くっ……お前ら……」
追い詰められた状況に、シャフォードは歯をかみ締めた。
焦りの表情を浮かべるシャフォードを見て、シランは確信を得てその人物を見た。
「あんた達のたくらみは全部知ってるよ。ロードを隠した事も、そして……」
そこまで言って、シランは背後に居たセバスを振り返った。
「どうして彼までもが捕まっているのか、もね。コレが上にバレたら、あんたの人生も一貫の終わりじゃないかな?」
「……な、なんのことだか」
悔しそうにもらす言葉に、シランは笑みだけで答えた。
「……セバスをさらって、錬金術の研究書も奪い取る。何せ一番完成に近い錬金術を持っていたのが彼だったから。むろんそれだけじゃ錬金術は完成しない。だから他にも錬製学術を研究している所からも、書類を取り上げた。他に術が完成させられても迷惑だったからね……では、なぜ錬金術の知識が必要だったのか……」
静かに視線をウェジルに向けると、暗がりでも分かるほど表情が焦っている。
目が泳ぎ、逃げようとする素振りも見せるが、出口にいるアーガイルとルージュがそれを許すはずもない。
「富……すなわち“金”を練成することができる錬金術を完成させる、というのが、ウェジルを後押しする契約だったから。そして、その約束された富の話を使って、グレンベルトの上層部を操っていた……どう? いい線行ってるでしょ?」
「っは……何を言うかと思えば……」
ニヤリとするシランを横目に、こんどはシャフォードが強気に出た。
「そんな根も葉も無い話、どこから出てくるというのだ? 何を根拠に? 第一貴様等は一体何者だと言うのだ!?」
うっすらと細められる青の瞳。
それを焦りと取ったのか、シャフォードは兵士達に合図をし、シランを囲ませる。
「さぁ答えろ!」
剣を構え、殺気立つ兵士達を見回し、何かの気配を感じてシランは上を仰いだ。
それにつられ、数人の兵士が目だけを上に向けた。

「やぁっと来た……」

空なんて見る事が出来ない、石の天上。
そこに、なぜか一羽の白い鳥が舞っていた。
ゆっくりと螺旋を描き、白の残像を残して、光る羽を舞い散らせて――
シランが差し出したその手に止まると、その鳥は静かに掻き消えた。
後に残ったのは、小さな一枚の紙。
それを開き、目を通してシランはシャフォードに視線を向けた。
「……ロード・ユイドはボクたちの仲間が解放しました。彼らがここに戻ってくれば、真実はハッキリしますね?」
「なんだと!? そんな馬鹿な……なぜあの場所が……!!!」
「だから言ったじゃん」
更なる追い討ちで、焦りと怒りが余計に上がったウェジルにシランは冷静に告げた。
「あんた達のたくらみは全部知ってるって。ユイド様は解放したし、研究所から錬金術の書類が取り上げられたげられたっていうのも、そこの学者に確認済みだよ。さて……まだ何か言う事があるかな?」
勝利の確信をした笑みを目の当たりにし、シャフォードは愕然としたのか、膝をついた。
周りの兵士も諦めたかのように、剣を降ろしていった。
「どう? 素直に投降したら?」
言いながらシャフォードのそばにしゃがみこむ。
だが、シランの言葉にも反応せず、シャフォードは顔を俯かせたまま。
けげんそうに眉をひそめ、シランは彼を連れて行こうと思い立ち上がった。
「お前等だけではないのだ……」
ポツリと洩らされた言葉に、シランはシャフォードを振り返った。
目に映ったのは、笑みを浮かべた顔。
「お前等だけではないのだよ!! 錬金術を完成させたのは!!!」

――ゴガッ!

「なっ!?」
気が付いた時には遅く、一瞬にしてシランの回りに鳥かごのような石の格子が作られた。
「シラン!!」
「なんだよ、どーいうこった!?」
一変した状況に、ルージュとアーガイルが身構えた。
「単純だよ。錬金術はわしも完成させておったのだ。集めた、ありとあらゆる資料を使ってな……!!」
光悦とした表情でシャフォードはシランの側に歩き寄った。
「どうだ? 逆転した立場は……?」
不満気に睨みつける青年を見据え、シャフォードはその両手の平を見せた。
そこには黒で描かれた、ルージュとは違う魔法陣があった。
「お前等だけではないのだ。ここで消えてもらえば、錬金術はわしのものになる」
「そーは問屋が卸さないってね!!!」
ルージュもまた一気に完成させた魔法陣を発動させ、シャフォードの周りに格子を作り上げる。

だが――

「ぬるいわっ!」
はたくように、手が格子に触れた瞬間。
作り上げられていくそれが、石くずになって崩れていった。
「えぇぇええ!? なんで……!?」
「シャフォードは、直に手に魔法陣を描いてますから……もしかしたら、そのせいでは?」
「げぇ……不利ってことか?」
深々とため息を吐いて、今度は自分達を取り囲む兵士達に目をやった。
シランがあの状況になり、倒す必要があるのが自分達だけだから。
シャフォードとシランまでの間には、何人もの兵士がいる。
魔術でふっ飛ばせば話は早いのだが、それではシランまで怪我をさせてしまう。
正直、やりにくい。
ルージュは心の中で舌打ちした。
「ちっ……いくらでも来いってんだよ」
「いや、皆のもの。下がれ!」
険相を悪くするアーガイルを見て、なぜかシャフォードは兵を下がらせた。
「んだよ……俺達に、尻尾巻いて逃げろってのか?」
「いや、お主達の実力は分かっているつもりだ。兵をぶつけても、こちらが不利になる」
言いながら、ヒタリと床石に手をつける。
「だから……お前等にはこやつ等の相手をしてもらおう!!」
シャフォードが叫ぶと同時に、大きく床が脈動をした。
身構えるルージュ達の周りの石が、次々と変化してゆき、大柄な人間のようなものが作られていく。
「こここ……これってなんですか!?」
「……ゴーレム、みたいなもんじゃないかな?」
「え……でもゴーレムって、製作するにはかなり日にちがかかるって……」
ルージュの背後に下がりながら、ケイルは恐々と言う。
「いっやぁ……もしかしたら出来なくもないのかもね?」
嫌にあっけらかんと言ってのけるルージュ。
普通、石や岩で出来ているゴーレムは、身体全てを自在に動かせるように魔術師自身の魔力を、長時間の詠唱と呪印によって構成し、製作を行なう。
錬金術とは違い、ただ物質を操るだけの術に入るのだが、それでも『ある程度の意識をもたせ、自在に動かす』という事を成し遂げるには、相当な力が必要になる。
シャフォードは、それを錬金術という“媒介”を通す事によって、リスクを減らしたのかもしれない。
どちらにしても、こっちに不利なのは変わりない。
「さぁ!! あがけるだけあがいてみよ!!!」
すっかり悪の親玉。

いや、すっかりでなく確実なのだが――

荒げる声を合図に、完成された石の人形達は、それぞれにうめきを洩らし、動きはじめる。
「なんだよもぉ!!! めんどくさいなぁ……」
完全に不機嫌になったルージュは、眉間にシワを寄せ、呪文を唱え始める。

――が。

「あの小娘の口を封じろ!! 呪文を唱えさせてはならん!!!」
的確な指示に、ルージュの背後にいたゴーレムが頭を鷲掴みにした。
「何すんだよぉっ……わぶっ!!!」
大きな手で口を押さえられ、地面に身体をたたきつけられる。
軽い衝撃に、一瞬頭がぐらつく。

――こんのぉ……!!

押しのけようと、シランの手に比べて何倍もあるその腕に力を込めるが、びくともしない。
いつもなら、多少なりと抵抗はできる筈なのに。
魔力や技術はついてきても、体力的な面は元の身体のままきてしまっている。
「ルージュ!!!」
アーガイルは駆けつけようとするのだが、セバスとケイルの二人をゴーレムの集団の中に放りこむとも出来ない。
剣でなんとか牽制できても、この状況はつらい。
「くっそぉ……!!」





「あーーー、ルージュ!!! ボクの身体がぁ!!? 何すんの、シャフォード!!!」
格子の棒を掴み、わめくシランを横目に、シャフォードは余裕の笑みを返すだけだった。
「ジェブス殿!! 今のうちにあの小娘を消してしまいましょう!」
「そうだな……」
いつのまにか横に駆けつけたウェジルのセリフに、シャフォードは静かに頷いた。
「駄目だってば!!! ルージュ!!!」
「無駄だ小僧……すぐに後を追わせてやるわ」
「嬉しくない!! ルージュ……ルージュ!!!!!」
「黙れ!! うるさい猿だな……」
「なんだとーーー!!! ルージュ!!! お願いだよ……!! ルージュ!!!」
力の限り叫び、力の限りに格子の棒を握り締め、力を込めて――――


――ボギンッ!!!


『え?』

一瞬起こった現象と音に、シャフォードとウェジルとシランは同時に声を発していた。
音の原因は、シランが握り締めていた格子の棒。
石で出来ているとは言え、その作りは丈夫であったばず。
それがなぜ、ものの見事にへし折られているのだろうか?
「……ちょ、ちょっとまって………」
確認の意を込めて、シランは手にしていた棒をは別のを握り、力一杯押した。

――ゴギッ。

「お……折れた……?」
「そ、そんな馬鹿な!!」
呆然と呟くウェジルに、慌てふためくシャフォード。
作り上げた石がナマクラなわけが無い。
ならば理由は一つ。
「あ、そっか。ブルーの身体だもんね、これぐらい簡単か……」
そう洩らし、シランは腕に力を込めて次々と棒をへし折っていった。
「あはは〜。なんかゲームみたいで楽しいね!」
ニコニコしながら、気が付けば身体一つ出るのに苦労しないほど、棒は壊れていた。
「あ〜面白かった」
手のひらをはたきながら、シランはゆっくりとカゴの格子から出てきた。
「さて……ボク、やらなきゃいけない事があったなぁ……」
満面の笑みを浮かべて、シランは静かにシャフォードとウェジルに目を向けた。
紺碧の双球が、うっすらと細められる。
「誰が猿よ、誰が?」
「くっ……おのれ!!」
今、そばには兵士がいない。
駆けつける前に自分が捕まっていは意味が無い。
シャフォードは手を地につけ、術を発動し、再び格子を作り上げる。

時間さえ稼げれば、と思ったのだが――

「ティアッ!!」
現れた大剣を振りかざし、作り上げられていく格子を一気に砕く。
「なっ!? く、くそぅ!!!」

――ッドン!!

シャフォードの声と同時に、目の前に一枚の壁が出来上がった。
一瞬の事に、少し身を引いたシランだったが、次にはすぐに行動を起こした。
「お前等!! 早くこやつを……」

――ガゴォンッ!!

走り出した兵士達を急かすセリフは、壁の崩壊音でかき消された。
目の前に立つシランが手にしていたのは、さっきの大剣とは違う、大きな槌のような物。
「な……な、なっ!!」
「ティア、剣に……」
シランの声を合図に、淡い光を発した後、武器が姿を変え、前の大剣に戻る。
「はは……早く!! 早く…」
「動くな」
兵士に命令を下そうとするシャフォードと、そのそばにへたり込んでいるウェジルにその先を突きつける。
二人そろって、その姿のまま凍りつく。
「さぁ。形勢逆転だね、シャフォードさん?」
笑顔でそう告げる声にビクンと、シャフォードとウェジルの肩が揺れた。
もう兵士達を囲ませても無駄である。
だんだんと体中から汗が溢れてきそうだ。
「あ……あぁ……ゆ、許してくれ……」
地面に膝をついて、恐々と懇願するシャフォードにシランは
「うん、別にいいよ。ただし、あのゴーレムたちを全部ちゃんと解体してくれたらね」
変わらぬ笑顔のまま、サラリという。
「そ、そんなものでいいのか!? 復讐は……しないか!?」
焦って言葉を急ぐシャフォードをなだめるように、シランは穏やかに微笑んだ。
「うん、ボクはしないよ。さ、ルージュを離してよ」
「わ……わかった!!」
そそくさと術を発動させ、ゴーレムたちを石クレと化す。
ゆっくりと身体を起こしながら、ルージュは頭を振った。
「……………痛いじゃんよ、えぇ?」
ゆっくりを首筋をなで、ルージュは目もあわせようとせずにいた。
「ま……待て!! そうやって自由にしたんだから……」
ルージュの険悪な雰囲気に、シャフォードは一生懸命に言うが――
「……だからなんだよ」
無感情に言い放ち、ルージュは静かに立ち上がった。
体全体から溢れる怒気が、はちゃめちゃ恐い。
「わ……わし等には何もしないと……」
「約束したのはシランだろ? 僕じゃない」
そう一言放って、ルージュは片手を突き出した。


――頚木(クビキ)の縛め解き放たれた。その身を焦がし、怒り狂え……


「ちょ……!! ちょっと待ってくれ!!!」


――祖は抗う愚勢を焼き尽くす、咆え猛る炎となれ……


「待ってくれ!!! なにも……何もしないって……なぁ!?」
半泣き顔で叫ぶシャフォードに、シランも首を横に振りながら、
「確かに……約束したのはボク、だもんねぇ……ルージュはしてないもんねぇ」
「き……貴様ぁ!! 確信犯だな!! 騙したのか!!?」
「騙してないよ。“ボクはしない”ってちゃんと言ったじゃん」
「そん……そんな!!! 頼む……頼むからっ!!!!」





「うるさい。ジジィの分際で、僕を地につけるとはいい度胸じゃん?」





一言サラリと告げた。





「地獄へご招待だ……」










その夜、ロード・ユイドの城から、赤い火が噴いたという目撃談があちこちで噂された。





 
 
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