『 WILLFUL 〜私が貴方で貴方が私!?〜

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  WILLFUL 6−11  


「……入れ替わった? そんな身体の状態で、私を助けてくれたというのか?」
「いやぁ、大したことじゃないですよ〜。慣れればどうでもないし……」
「それはアンタだけだ、シラン」
「そうかなぁ?」
気分悪そうに顔色を濁すティミラを呆けたように見つめ、シランは首を傾げた。
「結果的には、ロードを無事に助ける事が出来た。それでいいだろう?」
完結させるように言うブルーに頷きながら、ルージュが隣で苦笑を洩らした。





空のような、すっきりとした色を持つ髪。
短く切られている髪に、整った顔立ちの風貌は、さながら爽やか青年。
その身長も高めで、なかなかの好青年である。
「ありがとう。本当に心のそこから礼を言う」
それがこの街、マディスの若きロード。
ユイド=ジーディ本人である。
礼を言われた銀髪の青年は、静かに首だけを横に振った。
「ま、とにかくユイドさんが無事でよかったです。街の皆、本当に心配してたから」
「そうか……私は自分がマヌケに思えてしかたがない。ウェジルの行動が変なのを感じていながら、結局裁くこともできなかった」
「過ぎたことを後悔するのは、誰にでも出来るよ。だけど、そこから前を見て、ちゃんと成すべきことを見出す人は少ない。そうでしょ?」
まっすぐに見つめられて、そう告げられ、ユイドは顔を引き締めた。
「そうだな……ちゃんと事の次第を話して、皆に伝えなければ」
しっかりとした物言いに、シランは満足そうに頷いた。





ウェジルたちを倒した夜から、明けた朝。
シランは、事情の程を吐かせた男を城門の兵士長に預けた後、グレンベルト王城から、直々に兵士を送ってもらうように頼んでいた。
もちろん、この際は“王女”という名を使って――
ウェジル、シャフォードの他にも、今回の事件に荷担した兵士や野盗全員が捕えられ、王城へと運ばれていった。
戦闘において破壊された城の部分は、すべてルージュがその錬金術を使って修復させた。



「それにしても……今回、セバスには随分迷惑をかけてしまったようだな」
そばに立つセバスに目を向けながら、ユイドは苦笑を洩らした。
「本当にすまなかった」
「い〜え〜。ユイド様が無事だったなら、皆文句ないですよぉ。ユイド様が悪いわけでは無いんですから。皆だって、そう言います」
ニコニコと、嫌味が微塵も感じない口調で言うセバスに、ユイドは安堵の息を吐いた。
「……ありがとう。あぁ、そういえば」
前に向き直り、再びシラン達に目をやる。
「シャフォードが作ったという錬金術。資料をかき集めただけで作ったらしいのだが、あれはあの通り、成り行きで出来たに近い。完成してるとは言い難いがそれでも使う物によっては危険だ。シャフォードが残していた資料は、全部破棄することにした」
「ついでに、ルージュさんが完成させた錬金術なんですけどねぇ」
セバスが出した内容に、ルージュが表情を暗くした。

まさか自分のも、下げられるのだろうか――

「あの……僕、のも?」
恐る恐る訪ねる顔を笑い飛ばし、セバスは手をプラプラと振る。
「いえいえ、違いますよぉ。アレですけどね、技術の権利をルージュさんにあげようと思っているんですよ〜」
「はぁ………はぁ?」
自分の耳に飛び込んできた言葉に、思わず声が上ずる。
「え、それって……?」
セバスと、その横で微笑むユイドを交互に見て、ルージュは目を丸くした。
確かに彼は『権利が欲しいわけではない』とは言っていた。
それでも無条件の譲渡、というのは信じがたかった。
「ほら、今回こんなことがあったから……他の研究者達の間でも、けっこう悩んでる人が多んですよ。このまま研究を続けても平気なのかなぁって」
少しだけ複雑な表情を浮かべて、セバスは続けた。
「だから…どうせなら、私ももう本業に戻ろうとか思いましてねぇ。研究するなら、薬剤製作でも十分満喫できますしね」
「じゃあ、もう錬金術には手をつけないつもりで?」
ブルーの言葉に、セバスは笑って静かに頷いた。
「えぇ。それは他の研究者の皆さんに任せるつもりです……」
「……うん、そうだね。セバスさんなら、いい薬師になれるよ」
伏せ目気味に顔を落とす青年を見て、シランは笑顔でそう告げた。
言われた青年は、一度大きく目を開き、再び目を閉じて普段の笑みを顔に宿す。
「そうですね、ありがとうございます」



「………なんかしんみりしてるところ悪いんだけどさ」



あまり機嫌の良さそうでない声色。
その方を向けば、腕を組み仏頂面をした表情。
そこにいるのがティミラだと全員理解しているからいいものの、事情を知らない他の人間がこの状態の『ルージュ』を見たら、逃げそうである。
驚いたように自分を見る全員を見回し、ティミラは大きくため息を吐いた。

「どーでもいいから。早く元に戻る薬作ってくれ。むしろさっさと作れ、早くしろ」

ずばっと言われた一言に、ユイドは思わず苦笑を洩らす。
当の本人のセバスも申し訳なさそうに苦笑いを浮かべていた。










「まぁぁああったくホントに勘弁してくれだよ……」
ロードの城から帰った宿。
そこで待っていてくれたメスティエーレ達と合流し、今は自由な時である。
「ハイ、ティミラちゃん。コーヒー入ったわよ」
「わぁおメスティさん、気が利くぅ!」
ぶーたれた顔を一変させて、差し出されたカップに手をかける。
白く上る湯気の香りを吸い込み、ふぅと息を吐いた。
少しだけイラダつ気持ちが落ち着いた自分に微笑して、ティミラはコーヒーを口に運んだ。
「そんなにカリカリしても薬は早く出来ないでしょ? ゆっくりしなさいよ」
「ゆっくりったってさ〜……」
向かい合って座り、同じように紅茶を飲むメスティエーレを見やり、今度はため息を吐く。
カップを両手で包み、傾けたままでティミラは続けた。
「オレだって女だよ? さすがにルージュとは言え、男の身体のままなんて冗談じゃないって、マジで……」
「まぁ……それは多分、ブルーくんも思ってるんでしょうけどねぇ」
散々ティミラの身体を嫌がっていた彼を思い出し、同情とともに苦笑してしまう。
今宿に居る自分とティミラ、そして隣の部屋で寝ているアーガイル以外の四人は、シランに連れられて外に出払っている。
図書館で調べ物がしたいといって、シランが人手を求めたのだ。
ブルーはハッキリと“この身体が嫌だ”と言って、動きたくないと断っていたのだが、どうにもシランを納得させれずに結局引っ張られていた。
アーガイルも呼ぼうとしていたようだが、昨日の今日でダルいと言ってキャンセル。
ティミラも色々な気疲れか、あまり元気が出ずに断った。
再びコーヒーをのどに通してため息を吐く。
「大体、こんなんじゃ国に……家に帰れないし……」
「あら。そうよね、家にはご家族が待ってるでしょうし……」
家族がこんなに成り果てた娘を見たら、引っくり返るくらい驚くだろう。
そんな光景を思い、メスティエーレは微笑んだ。

「……………………………」

だが、微笑んで目を向けた先の顔は、少しだけ影を帯びていた。
愁いだ紅。
「ティミラちゃん?」
「ん、何?」
名を呼ばれ、目が合った時にはすでにその影は消えていた。

一瞬の変化。

おそらく本人でさえ気付かずに、無意識に出してしまった表情。
「……なんでもないわ。気にしないで」
「?」
分からない風に顔を傾げたティミラ。
だが、メスティエーレの言葉通り、気にする事無くカップを空けた。










「ブルーの身体だと、高いところも届くからいいね〜」
「のん気だな、お前は……」
「ひどいなぁ。住めば都っていうじゃん?」
「………都にしてどうするんだ、まったく」
自分では到底出来ない前向きな考えに、ブルーはシランに本を手渡してため息を吐いた。
「第一、どうして俺がティミラの身体なんぞにならなければいけないんだ?」
「まぁ偶然というか?」
「……最悪な偶然だ」
憮然として歩き出す姿を目で追いながら、シランは残りの本を棚に戻していった。



木の温もりが垣間見える、落ち着いた図書館。
イルヴォールより大きいその広さは、街の栄えも反映しているようだ。
本をしまうシランを後目に、ブルーはルージュとケイルが入っていった学習室に顔を覗かせた。
錬金術の研究が有名なおかげか、魔術関連の本も他の街に比べて多いらしく。
ケイルはそれも相まって、ルージュに魔術学を教えてくれと頼んでいた。
見渡した広めの部屋にさんぜんと差し込む日の光。
大きい窓の近くのその場所に二人はいた。
よほど集中しているのか、ドアを開けた音にも気付かないようだ。
「熱心だな」
そばで聞こえた声に初めて気付き、ルージュが顔を上げだ。
「あぁブルー。どうだった? あったの?」
聞かれて、ブルーは小さく肩をすくめた。
それだけで結果を理解して、ルージュは「そう」と答えた。
「何か探していたんですか?」
二人の会話に割って入り、ケイルは興味津々に声をかけた。
「あぁ、『創造戦争』という事に関しての本なんだが……」
「創造……戦争? 歴史の事柄ですか? それとも、伝説とか?」
「何か知ってるの?」
肩越しに聞かれ、本を畳みながらケイルは、
「実は僕のお父さん、けっこう考古学というか……古い歴史とかが好きらしくて。色々本とか家にあるんですよ。古い本とか漁ってはもらってくるから、変な物とかも沢山あって……図書館に無い本も、たまに出てくるんですよ」
「へぇ、それは知らなかったなぁ。家って、グレンベルトだよね? もし良かったら、お邪魔させてもらえるかな?」
「もちろん!! 父も母も喜びます!!」
嬉しそうに笑顔を返し、ケイルは大きく頷いた。
「じゃあシランに話しておこっか。彼女も喜ぶんじゃない?」
ルージュに言われ、ふむとブルーは少し考えて頷いた。
「伝えておこう。俺が行く。お前達は、もう少しかかるだろ?」
席を立つ空気の無いケイルを見て、ブルーは静かにそこを離れた。















「………やっぱり無いかなぁ…」
ブルーが側を離れて少し。
シランは本の並ぶ棚を見つめて、小さくため息を吐いた。
高い場所の本を取るためだろうか、側に置いてあったイスに腰掛ける。


『お前はなぜ、ここまでして『創造戦争』のことを調べたいんだ?』


以前、イルヴォールの図書館でブルーが言った言葉が頭をよぎる。
その顔は今でも覚えている。
少しだけ、疑いを込めた色。
疑問ではなく、疑惑を込めた紺碧。
それが結果を紡いだのか、セエレが姿を現し、持っていた本は消された。
おそらく、彼の自分に対する考えは一層深いものになっているはずである。


――でも……

――それでも……



「………もう少しだけ……もうちょっとだけ……」



ただの勘違いとか、思い込みとか、偶然とか、それだけで割り切れるけど。
それだけじゃ割り切れない何かが生まれてる。
今止めてはいけないと、何かが伝えている。
行かなければいけないと、心が伝えてくる。


「もうちょっとだけ……待ってて……お願い……」


今、この行動の理由を言えば止められるかもしれない。
勘違いだと、思い込みだと、偶然だと。


だからこそ、今は………―――――――


考えれば考えるほど疼く何かを押さえ込み。
シランはふと身体を包む睡魔に身をゆだねた。
 
 
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