『 WILLFUL 〜私が貴方で貴方が私!?〜

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  WILLFUL 6−12  


深い、とても深い意識の昏迷。
目を閉じているのに、身体から感じる感覚が不快をもたらす。
思い切り頭を殴られるような、そんな重さ。
自分が立っているのかさえも分からない。

「気持ち……悪い………」

自分の声で、ふと目が覚めた。
無意識に洩らした、小さな声だったが頭によく響いた。
はっきりとした目覚めを自覚した途端、身体を這いずり回っていた不快も消えた。
幾度か瞬きを繰り返し、シランは身体を起こす。

ベッドにいた。

窓からさす光が、部屋を照らしていた。
朝の太陽が、息づく街を目覚めさせていく。
窓を開けて、ゆっくりと流れる風に目を閉じた。

――あたし、図書館で寝ちゃったんだよね……

記憶をたどり、シランはポリポリと頭を掻き、ベッドから立ち上がる。

「あれ…?」

部屋のランプの位置が、高い。

「……あれ?」

同じ言葉をもう一度発して、シランはゆっくりとランプに近づいて――

――バダンッ!

部屋のドアが開くのと、それは同時だった。
ビクッと肩を揺らし、その方を見ればそこには黒髪の美女。

「あ、ブ……」
「シラーーン!!!! 良かった、目が覚めたんだな!!?」
駆け寄り、急に抱きつかれ、シランは目を見開いた。
「ちょっ……どうしたの、ブルー……?」
「ブルー?………はっはーん。お前、気付いてないな?」
ニヤリとした笑いを浮かべるその顔。
「こっちこい! ホレ、早くっ!」
腕を引っ張られ、シランはもたつきながらも、とある場所に立たされた。
「じゃじゃーん。どうよ?」
そこは、鏡の前。
映っているのは、緑髪に金色の瞳の小柄な少女。
後ろに立って、笑みを浮かべているのは黒髪で長身な美女。
ゆっくりと手を動かし、シランは自分の頬に触れた。
その動きに合わせて、鏡の少女も手を動かし頬を撫でる。

「………戻って、るの?」

振り返り、疑問を浮かべるシランを見つめ、黒髪の女性――ティミラは笑顔で頷いた。
それを見て、シランはすぐさま部屋を飛び出し、隣の部屋のドアを開いた。
だがそこには誰も居なくて、ガランとした部屋があっただけである。
「あいつ等なら下にいるぜ?」
背中から声をかけられ、背後を振り返る。
「……ティミラ」
聞きなれた声で、聞きなれた口調で――
「どうやって?」
「さぁな。セバス呼ぶみたいだし、何か分かるんじゃねーの?」
「そっか。早く行こう!!」
足早に階段を降りて、広めの店内を見渡す。
朝のためか、少し人が少なく感じる。
窓際の席で、赤の瞳を持つ銀髪の青年と目が合った。
「ルージュ!!!」
名を呼べば、笑顔で答えて手を降ってくれた。
そばに駆け寄ると、一番窓際の席から外を眺めているもう一人の銀髪の青年がいた。
「……ブルー?」
小さくとも、確実に届いたその声。
いつもそばで聞いていた、最も大切な人の声。
ゆっくり振り返ると、緊張しているのか、少し心配そうな顔があった。
見慣れた金色の瞳が、不安な色を帯びている。

「どうした、シラン?」

名を呼ばれ、たちまち晴れていく不安。
シランはゆっくりと笑顔を浮かべた。





「えー!? 戻っちゃったんですかぁ…?」
「えーってなんだ、えーってのは!?」
心底残念そうに声をあげるセバスに、心底怨みを込めて胸倉を掴みあげるティミラ。
「こちとらとんでもない目に合ってるんだ!! 本当は一発殴らせてもらいたいぐらいなんだぞ!?」
「い、一発で済むなら……」
「止めといた方がいいぞ、セバスさん。ティミラの一撃は昇天を意味する」
「えぇっ!? そー、なんですか……!?」
「てめっ……ブルー、余計な事言うな!!!」
「何を言うか。真実だ」
「あーもう、二人とも。いい加減にしなさい」
セバスを挟んで険悪になるティミラとブルーを杖で軽く叩き、メスティエーレは大きく息を吐いた。
メスティエーレ達がセバスを呼びに行き数刻。
元に戻ったという事情を聞いて、セバスは驚きと残念な声色を発していた。
「そもそも、彼はそんな事するために呼んだ訳では無いでしょう?」
メスティエーレに諭され、ティミラはしぶしぶセバスの白衣を放し、イスに落とす。
「ま、まぁ何はともあれ、戻ってよかったですよぉ」
「本当にそう思ってんのか?」
「ほ、本当ですよぉ。ティミラさんは疑り深いですねぇ……」
「性分なんでね。悪いな」
ケッと不満そうな顔をしながら、ティミラは頭を掻いた。
「それはともかく……どうして戻ったのか、わかりますか?」
ルージュの問に、セバスは眉間にシワを寄せ、暫くうなだれた。
「考えられる原因としては、まぁ薬の効果が切れた、という事ではないでしょうか」
「薬の……効果?」
「はい。おそらく、入れ替わる時に効果が発揮され、入れ替わっている間それが持続すると……で、効果が切れれば、身体は元に戻る……といった感じでしょうねぇ。戻る時とか変わるとき、何か前兆というか……ありませんでした?」
聞かれて四人は顔を見合わせる。
「そういえば。ティミラちゃん達、変わる前胸痛がってなかった?」
「……あ、そう言えば」
「そういえばボク…ってもう言わなくていいんだ。あたしも道でなったよね?」
「あれはセバスの家から帰る時だったか? 胸押さえてて……」
ブルーの言葉に、静かに頷く。
「けっこう痛かったんだ。すぐに治ったから気にしなかったけど……ブルーは?」
「……その日寝付く前にきた」
「僕もだよ」
「戻る時は?」
セバスに言われて、全員が顔を見合わせた。
「何かあったか?」
「さぁ、あたしは図書館で寝てから覚えてない」
「僕も無かった」
「オレも。気がかりって言えば、めちゃくちゃ昼間、眠気が来たけど……」
「あ! じゃあそれかもね。あたしも図書館で、フッと寝ちゃってさぁ……」
「なるほど。じゃあ変わるときの痛みに了解がもらえれば、使っても問題ないと……」
「……? オイ、セバス!!」
せかせかとセバスがメモっていた紙を、ティミラは問答無用に取り上げる。
「あのなぁ……お前、こんなのメモ取ってどうする気だ?」
「じょ、冗談ですよぉ……」
苦笑いを浮かべるセバスを細目で睨み、ティミラはソレをルージュに手渡した。
「何?」
「燃やせ」
「えぇ!? そ、そんなぁ〜」
「うっさい。冗談ならいらないだろ?」
「あ〜もう……キビしいですねぇ。あ、そうだ」
苦笑いを消して、セバスはテーブルに置いていた袋に手を突っ込んだ。
「なんだよ。言っとくけど、ワイロはいらないぜ?」
「ワイロじゃないんですけどね……あったあった」
袋から取り出されたのは、小さめのガラスの小瓶。
透明な液体が、中で揺れている。
「何、それ?」
小瓶に入っている液体を怪訝そうに見つめ、シランはぼやいた。
今まで彼の部屋で見つけてきた、似たような小瓶の液体は、はっきり言って如何わしい以外なんとも言えないシロモノばかりだったから。
それでも、セバスは笑顔を崩さずに答える。
「私が研究していた薬の一つです」
やっぱり、と言った風にシランが小さく息を洩らした。
「今度は何の効果があるんですか?」
「これは単なる傷薬です」
ソレを手渡され、ルージュは中をしげしげと眺めた。
栓を取ってみても、特別おかしな匂いもしない。
「ただの傷薬を研究してたの?」
「いいところを突きますねぇ、シランさん」
セバスは楽しそうに指を立てた。
「この薬は即効性です。飲ませればすぐに傷が癒えますし、何より効果が絶大なんです」
「絶大?」
「えぇ。多少なりと私も実験などするんですけどねぇ。その時は、瀕死のねずみが全快しました。もちろん、量は人間とはちゃんと比較してありますけど」
意外な効果に、シランは感嘆をこぼした。
「へぇ……それで、これがいったい?」
「それ、差し上げようと思いまして」

『えぇえっ!?』

笑顔で言ってのけるセバスに、彼以外の全員が声を荒げた。
「ちょ、ちょっと待ってください。これって、言うなれば傑作品に当たるんじゃ……」
「そうですよぉ。だからこそ、差し上げたいんです」
慌てて小瓶を返そうとするルージュを、手のひらで拒否し、セバスは続けた。
「あなた方は、この街を助けてくれたじゃないですか。これはそのお礼です」
「でも……これがあれば、正直儲かるでしょ?」
さすがにこれは本物と理解して、シランはセバスを見返した。
こんな高レベルな薬があるとなれば、彼はどこからも引っ張りだこになるのは間違いが無いだろう。
だが、そんな言葉も無視して、彼は小さく首を振った。
「この薬は、とても珍しい薬草を使用しているんです。その薬草は、そうそう取れる物でもないから、儲けは難しいですし。それに儲けたくて作るわけじゃないんで」
「でも…………」
「貰って下さい。ぜひ。これから、まだ旅を続けるんですよね? 付いて行くわけには行かないですから。だったら、こう言う事で役に立ってみたいんです」
なおも渋るシランに、セバスは今までに無い微笑を浮かべてそう告げた。
しばらく眉を潜めて小瓶を見つめていたシランは、ふと顔を上げて笑顔を見せた。
「……わかりました。じゃあ、喜んで。どうもありがとうございました」
その言葉に、セバスは「はい」と小さく頷いた。










「それじゃあ、お気をつけて!!」
街の門まで見送りに来てくれたセバスは、声を張り上げて手を振る。
シラン達もそれに答え、歩みは止めずとも振り返り、手を大きく振り返した。
ウェジル達が捕まり、可笑しな条例も消されて道も活気が戻り始めている。
開かれた門では人々が行き交い、街もそれに伴ってにぎわい始めていた。
そんな人々の間に、七人の姿は徐々に小さくなっていく。
「……ありがとうございました」
小さく呟いて、セバスは家に戻ろうと踵を返した。
「お!! キミは……!!」
その視線の先に、自分に駆け寄ってくる門の兵隊長の姿があった。
「あの、王女様たちはもう行ってしまったのか!?」
「……王女?」
兵隊長の言った言葉が理解できない風に、セバスは首をかしげた。
「なぁにを言っているんだ!! あの、緑髪の王女様だ」
「緑髪? シランさんのことですか……」
「シランさん、じゃない!! 彼女は、カーレントディーテの王女なんだぞ!」
「え……えぇぇぇえええっ!!?」
兵隊長の放った言葉に、驚愕の声を張り上げるセバス。
「そ、そんなぁ!! だって……え!? どういう事ですか!!」
「どういう事もない!! その通りだ!! 白銀の双頭までいたではないか!?」
「白銀の……そう…とう……まさか…」
その単語に、丁度ぶち当たる双子。
一人は紺碧の瞳を、一人は真紅の瞳をした、あの双子。
「まさか、ブルーさんとルージュさん……が……?」
「あぁーまったく、お礼の一つも言わせていただきたかったんだが……街を立つのが早いモノだな。もっとゆっくりしていかれれば良かったのに……」
呆然と呟くセバスを横目に、兵隊長は残念そうに呟いて街道の向こうを見つめていた。


――過ぎたことを後悔するのは、誰にでも出来るよ。
――だけど、そこから前を見て、ちゃんと成すべきことを見出す人は少ない。


「前を見て……そうですね」
「あ? 何がだ?」
兵隊長の、やる気が抜けたような言葉にセバスは思わず苦笑を洩らした。
よほど残念だったのか、別れ目にも会えずくやしかったのだろうか。
「きっと、何かやるべきことがあるんですよ。だからこそ、前を向く……」
兵隊長が見ていたのと同じように、道を見つめてセバスは続けた。
「だからこそ、立ち止まってる暇は無いのかも……しれませんねぇ」
いつもの笑顔を浮かべ、セバスは満足そうに一人で頷く。
横の兵隊長は、首を傾げつつもその道を目に映した。
「この街も、活気が戻っています。また楽しい毎日が送れますねぇ」
「忙しすぎて、悪党が出なければいいがな」
「あはは。そういうのも、まぁ仕方ないですよ」
踵を返し、セバスは家に戻るために門をくぐり街に戻った。

瞳を刺す光に、思わず目を細め、空を仰いだ。
見上げた空は青く、何処までも続く天は、眩しく街を照らしている。
 
 
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