『 WILLFUL 〜戦う者達T ≪武術大会≫〜

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  WILLFUL 7−1  


人々が行き交い、賑わう街並み。
活気の溢れる商店通り。
まるでお祭り騒ぎといわんばかりに、人々が明るく盛り上がっている。
道一杯にならぶ露店、談笑しあう人々。
その街の住人以外にも、旅人達の姿も多く見られ、街全体が大変な賑わいを持っていた。


――草原の国・グレンベルト。
国の周りを豊かな自然に囲まれ、普段から穏やかな気候の国。
数日の日数を重ね、シラン達はいよいよここにたどり着いたのだ。


「すぅっげーなぁ……なんだかパレードでもあるみたいだ」
街の家々の間に掲げられた、小さな旗の数々を見上げ、ティミラは呆然と呟いた。
「ここって、いつもこんななのか?」
「いいえ、ここ最近だけですよ」
さすが住み慣れているのだろう。
街道の先を歩くケイルが、楽しそうに答えた。
「もうすぐ、国の一大イベントがありますから。みんな盛り上がっているんです」
「一大……イベント?」
「グレンベルトで行なわれている武術大会よ。一年に一度の、ね」
「けっこうデカイ行事なんだぜ」
ケイルの横を歩いていたメスティエーレとアーガイルが、振り返りながら言った。
「旅人から招待、または自推した国の兵士などが力を争そうの」
「かなりの実力者が多いらしくて。俺は出たこと無いんだけどよ」
「へぇ……そうなんだ。どうりで盛り上がるわけだ」
もう一度家々を見渡して、ティミラは感嘆を洩らした。
「あ、見えました! あそこが門ですよ」
叫び、ケイルが指さす先に木の大きな城門が現れた。
だが行き交う人々や、街の飾りで、少々見にくい。
ここからでもかなりの距離がある。
「このまままっすぐいけば着きますよ」
「ありがとう、ケイルくん。案内させてごめんね」
目線を合わせ、申し訳なさそうに言うシランに首を振り、彼は答えた。
「これだけ街が様変わりしちゃうから、迷う人多いんです……と言うより、僕は実際に迷ったんですけどね…」
苦笑するケイルの頭をなで、シランは背後の双子を振り返った。
「じゃあ行こっか?」
「あぁ、早めに挨拶をしておいた方がいいだろう」
「そうだよね。ケイルくん、本当にありがとう。後で家にお邪魔させてもらうね?」
「はい! 父達に話しておきます、いつでも来てくださいね。その時は、ぜひブルーさん達も顔出してください。兄が居れば、きっと喜びます」
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
笑顔で言うルージュに大きく頷き、ケイルはアーガイルと共に違う道に入っていった。
多くの人ごみにもまれ、彼らの姿は直ぐに見えなくなってしまった。
「さて、じゃ行きましょっか?」
「そうね。早く行きましょう」
「…………………………………………先生っ!?」
横から聞こえた声に、ルージュは大きく飛びのいた。
「な、なんでアーガイルさん達と行かないんですか……?」
「あら、一緒しちゃいけないからしら?」
ものすごい笑みを浮かべるメスティエーレに、ルージュは半泣きで首を横に振る。
「何か用でも?」
「ちょっとね……」
薄く微笑みを浮かべ、メスティエーレは杖で門を指した。
「さ、行きましょう」










「カーレントディーテ王女・シラン=ルグナです。イクス国王に面会できますか?」
銀コインを見せながら、シランはいつにない口調で告げる。
シランのコインを見て、身分を確認し兵士は静かに門を開いた。
「お後の到着だったのですね。先に国王様たちが着いておられました」
「は?」
兵士が言った言葉に、シランは目を丸くした。
「あの……私たちは、私たちだけで来たんですが……?」
「そうなのですか? 先ほど国王様に会いに来られて……まだ出て行かれてません」
言葉が繋がるたびに、シランはだんだんと表情を歪ませていった。
「……どういうこと?」
「さぁな。おそらくアシュレイ様と……多分母さんも一緒に……」
「言わないでっ……言わなくていい……」
力なく頭を垂れる王女を見つめ、兵士は心配そうに声をかける。
「だ……だいじょうぶですか?」
「あぁ、気にしないでください。しょっちゅうなんで」
笑顔で流すルージュに「はぁ」と答え、兵士は門を押し開けた。
「では……どうぞ」
開かれた門の先。
生い茂る緑に、噴水の咲く入口。
広々と広大で、威厳有るその風格の城。
「ふわ〜……綺麗だな」
カーレントディーテ以外の国を始めてみるティミラは、その外観に再び感嘆を洩らした。
「グレンベルトの城の大きさは、世界で2番目だからね。綺麗でしょ?」
そう問うルージュに、ティミラはただただ頷いた。
そこから見える青空は遠く清んでいて、空を舞う白い鳥が良く映える。
「すっげ……」

「おぉっ! やっぱり来たか〜!!!」

感激していた横で、いきなりドデカイ声が耳を打った。
驚いて正面を見れば、城の入口に立つ人物が二人。
一人は深緑の髪に、白い服に薄い青のマント。
一人は薄い桃色の法衣に、金髪、そしてとがった耳。
「お…………親父に、リルナ……」
目に映った人物を確認して、シランはぐったりとその名を洩らした。
「何もそんなにぐったりと………あら?」
思い切り脱力するシランを見て、そしてその背後の姿を確認してリルナは目を大きくした。
「メスティ……ではないですか?」
「久しいわね、リルナ。変わってないわね」
にっこりと言い、メスティエーレは前に歩み出た。
「貴女は……少し老けましたね?」
「前に会ったのは数年前でしょ? 会うたびにそう言わないでほしいわ」
「……それもそうね」
ほのぼのと会話をし、笑みを浮かべるリルナ。
そんな意外な一面を見て、シラン達は顔を見合わせた。
「アッシュも元気そうね? 立派な王様になって……」
「そうでもねぇって。国のみんなのおかげさ」
「まったくその通り。出会った頃と全然変わらない思考回路なんです」
「おいおいリルナ〜」
厳しく言われるアシュレイを、メスティエーレはクスクスと笑った。
「本当に変わってないみたいね。良かったわ。立派な王様、立派なお父様になって……」
そう言い、メスティエーレは後ろに立っていたシランを見た。
「よく見るとクリスに似ているし。目といい顔付きといい……鼻はアッシュかしら?」
「性格は、良くも悪くもアッシュに似てしまいましたが?」
「そうでもないわよ。クリスに似て、強い所もあるわ」
微笑んでそう言われ、シランは少し首をかしげた。
「まぁ積もる話は後にしようぜ。イクスが待ってる。こい、娘」
アシュレイが奥を指し、シランを連れたって先頭を歩く。
「では、行きましょう」
メスティエーレが道を開け、その後にリルナたちも続いていった。





堂々とした重圧感のある大きな扉。
「イクス、入るぞ〜」
アシュレイが言いつつ、その扉を押し開ける。
シランも扉の中に入り、続いてリルナが入室する。
次々に入っていく仲間を見つつ、ティミラは大きな扉を見上げた。
金で縁取りされたその扉の上に、大きなレリーフが掘られている。
「……あれは?」
身を丸ませ、身体に蔦を巻く蛇。
それがそこに刻まれていた。
「あれは国章。蛇に蔦……それがグレンベルトの国章なんだよ」
ティミラの横に並び、ルージュがそう答えた。
「へぇ……国章、ねぇ」
「ちなみに、カーレントディーテは蝙蝠に杯ね」
ふ〜んとうなずくティミラに、ルージュは「先入るよ」と伝え、扉の中に消えた。
仲間の姿が見えなくなり、ティミラは国章に目を残しつつ扉を入っていく。
入った先はとても広く、聖堂のように太陽の光が眩しく差し込んでいた。
「あぁ、アシュレイ。王女達も到着したのか」
眩しさに目を細めていると、聞いた事のない、低い声が聞こえた。
真正面に目をやれば、王座に腰掛ける威厳ある王がそこにいた。
「イクスおじさん、お久しぶりです」
にこりと笑みを浮かべるシランに、膝をつき頭を垂れるブルーとルージュ。
「うん、元気そうでなによりだ。白銀の双頭も……活躍は聞くぞ」
「有り難う御座います」
「勿体無いお言葉です」
うやうやしい会話をする双子を見て、改めて彼がこの国の王なんだと確認した。
アシュレイよりは歳が行っているであろうが、その顔にはそれを感じさせない力強さが伺える。
短くそろえてある黒い髪に、赤いマント。
腰に剣を携えたその姿は、さながら国の守護者という風格を現している。
「ん? そちらの女性は?」
「え……あ、ティミラっ!」
頭を下げていたルージュは、横に立つティミラに気付き声をかけた。
「ちょ、あの……国王の前だから、さすがに……」
「んぁ? あ、あぁ……」
小声で話し掛けられて、ティミラはようやく自分の立場に気がついた。
よくよく見れば、リルナとメスティエーレまでもが膝を着いているではないか。
「えっと、あの……ティミラ、です。ティミラ=アバウト。初めまして」
膝を着くとしても、礼の仕方もわからない。
ティミラはとりあえず、左手を後ろにまわし、右手を胸に当てて深く礼をした。
「あの、その……オレ、じゃなくて、私はこういう場所になれてなくて……」
「構わないよ。他の皆も顔を上げてくれ。久しぶりの再会じゃないか?」
「……………それもそうね。疲れてしまうもの」
そう言われ、メスティエーレがはぁと息を吐きながら立ち上がった。
リルナも、双子も立ち上がり、そして国王はそばに控えていた騎士を外に下げた。
「ひさしいな、メスティ。来ていたのか?」
「えぇ。弟子がこの街に住んでいるから、顔出しに付き合って、ね」
「あぁ、そういえば……確かライルの弟、だったか?」
「あら、知っているの?」
驚いた、という風にメスティエーレは目を丸くした。
「うむ。ライルの話は良く聞くからな。とても優秀な兵だ」
嬉しそうにそう言い、イクスはティミラに目を向けた。
「なかなか美しいな。私はイクス=リズブルグ。先ほどは失礼したな」
「いえ……オ、私の方こそ、無礼を……」
「気にするな。もしやキミがシルレア王女の友達、ではないのか?」
「知ってるんですか?」
シランに目をやれば、にっこりと笑顔をする。
「カーレントディーテとは交流が深い。私達も、個人的に会ったりするのだ」
「そう……なんですか?」
「ティミラ、と言ったな………緊張しているか?」
たどたどしく話す姿に、イクスは思わず苦笑を洩らした。
図星され、ティミラは少しだけ顔を赤くした。
「あまり、こういう場に触れないもんだから……」
「そうか。そこまで気にすることは無い。今日はゆっくりしていくがいい」
「ありがとう……ございます」
ペコっと頭を下げて、ティミラは少し俯いた。
「今日は此方で宿を用意しよう。シルレア王女、それに白銀の双頭、そしてティミラ嬢も。旅をしていたのだろう? アシュレイから聞いている。ゆっくり休むが良い」
「ありがとうございます」
シランがゆっくりと頭を下げ、ブルーとルージュもそれに習う。
微笑み、王は頷いて、外にいた兵を呼び戻し、シラン達を案内するよう指示を出す。
間を出る間際、再び礼をする4人を見送り、イクスは手を上げ答えた。















「悪ぃな。部屋用意してもらって……」
「気にするな。俺とお前の中じゃないか?」
4人が出て行ってすぐ、イクスはアシュレイ、リルナ、メスティエーレを連れて個室に向かった。
侍女達に茶や菓子を用意させ、くつろいだ様子でソファーに座り込む。
「それにしても、本当懐かしいですわね」
「そうねぇ。さすがに4人も揃うと、色々思い出すわね」
「おいおい〜、色々ってなんだよ」
「色々、よ。ホントアッシュは旅をしていた時と変わらないわね」
そうメスティエーレに言われ、アシュレイは首を引っ込め、リルナとイクスは苦笑を洩らした。
「そういうメスティだってよ。昔はなんだ、“炎術士メスティエーレ”なんて異名持っちまってて……今だって、旅人の間じゃ噂があるらしいぜ?」
「悪いけど、それは若い頃の話よ。もう無茶はしない主義なの」
用意された紅茶を口に含みつつ、メスティエーレはぶぅと膨れた。
「それに私は悪い事はしていないわ。あくまで、邪魔をする盗賊を倒していただけよ?」
「その度に、アジトを炎上させまくってか?」
「二度と悪さしないようによっ!!」
横から野次を入れるイクスに、顔を赤くして抗議する。
「第一、あれは若気の至り。今はそこまでする気は無いわ」
ぷいと顔を外に向けるメスティエーレに、リルナは紅茶を飲みながら息を吐いた。
「ほんとう、若気の至りですよね。人間はここまでするのかって、本心から疑問に思ったものです」
「……リルナこそ。さすがエルフって思ったわよ」
「どこが?」
シレっと言うリルナに、メスティエーレはニヤリと笑みを浮かべた。
「会ったときから嫌味言われて、小言多くて、二言目には“これだから人間は…”なんてボヤキまくってて……」
そこまで言って、リルナに指を突きつけた。
「見かけの割に、歳食ってるのねぇって思ったわよ」
「……昔も思ったけど。やはり貴女は嫌味ね」
「リルナには負けるわよ」
一瞬にらみ合い、そして次にはクスクスと笑いあう。
「あ〜ぁ、やっぱり若いっていいわよね。思い出すのよ、色々……」
「まだ何か思い出すのか?」
「いえ、シランちゃん達を見ているとね……」
「姫達を?」
短く聞くリルナに、首を縦に振り答える。
手にしていた紅茶を静かに置き、席を立って窓から外を見つめた。
「……本当似てるわね。貴方達親子は」
窓を開けると、身を撫でる微風が部屋を満たした。
振り返りつつ、リルナは続けた。
視線の先には、カップを弄りつつ菓子に手を伸ばすアシュレイ。
「王族らしくない、決めたら一直線、夢中になると周りを見ない、お人好し、そして……」


「意志が強くて、優しい」


言われた本人は、はて…と首を傾げるだけである。
「王族らしくない、夢中になると周りを見ない、は認めるけどよぉ。そうか?」
「そうよ。良い所なんて自分では気付かないのよ」
目を伏せながら、メスティエーレは小さく呟いた。

「だから、きっとクリスも……」

「あぁ? なんだよ?」
カップを手にしつつ、アシュレイはメスティエーレの横に並んだ。
「いいえ。ただね……」
昔、旅をしていた時でさえ見せなかった愁い。
アシュレイは不思議そうに首をかしげた。
「ねぇアッシュ……良かったわね」
わけがわからない、とさらに首を傾げる彼。
「貴方は幸せよ? 綺麗な奥さんも居たし、娘だっている」

まるで、彼女の生き写しのよう。
屈託の無い笑顔。
人に対する優しさ。
思いを貫く強さ。

すべてが、過去の遺物。

「……クリス。もっと少し生きていられれば、ね。もっと楽しかったでしょうに……」
「………………………………」
メスティエーレが出した名に、アシュレイは目を細めた。
「聞きたかったのよ。どうして泣かなかったの? クリスの葬儀の時……」
カップを窓際に置き、アシュレイは頬を指で掻いた。
「どうして? あれだけ大切にしていたのに、分からな…」


「言われたんだ。泣かないでくれって」


彼の口から出た言葉に、リルナもイクスも驚いた。
「クリスに言われちゃぁ……泣くわけにはいかねぇよ。それにな……」
昔、いつも見ていた笑顔が、そこにあった。
「俺には守るもんが出来てた……娘が、だ。俺には泣いてる暇なんか無かった。泣いてる暇なんて、作りたくなった。大事にしたかったんだ。クリスと、俺の……たった一人の娘だ……失いたくなかった。失う辛さなんて、味あわせたくなかった。寂しいなんて、絶対に思わせたくなかった……幸せに、しようって決めたんだ……」
今、幸せかわかんねーけどよ、と続けて、アシュレイは苦笑いをした。
「それでも、アイツには仲間がいる。昔の俺みたいに……一人じゃない。仲間が居る」
目を伏せて、自分を囲んでくれていた仲間を思い出す。
王族じゃない自分を認めてくれた。
必要としてくれた。
名前を呼んでくれた。

そして――

愛してくれた。

「だいじょうぶだ。これから……何があっても、だいじょうぶだ……」
「アシュレイ……」
カップを持ち、席にもどる姿を目で追う。
何か、意志を持った顔。
「そういえば……シルレア王女の旅というのは? お前が出したのか?」
「いや、娘の意思だ。名目では特命って言ってあるけどな。ブルーとルージュ、ティミラはおのずと加わってくれた。良い仲間だ」
思い起こせば不思議である。
兵士になる前に、シランが脱走した森で出会い、そして兵士になって再びシランと出会った双子。
ティミラとは、3年前の特別な縁があった。
不思議な、でも必然のような出会い。

「だいじょうぶだ。アイツ等が居てくれれば、きっと……」
 
 
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