『 WILLFUL 〜私が貴方で貴方が私!?〜

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  WILLFUL 6−3  


「ルージュさ〜ん、だいじょうぶですかぁ?」
「ん〜……」
心配そうなセバスに顔も向けず、ルージュはひたすらレポートに文字を書きつづっていく。
その手は止まる事無く、ただただペンを走らせている。
「…………あの、ルージュさんっていつもこうなんですか?」
「少なくとも、魔術の事となるとこうなるらしいけどね」
カップに口をつけ、ティミラもまた横目だけでルージュを見る。
その姿は、あいかわらず机に向かい、ひたすらに何かをレポートに書いているだけ。
これが一時間前ぐらいから続いているのだ。
「それにしても……すごく詳しいですね、この魔術学理論は……」
セバスは、机に広がる文字がびっしりつまったレポートを読んでみた。
そう、ルージュがひたすら書いているのは、セバスが研究発表で突付かれた呪印と魔法陣構築のための理論など。
まるで頭の中が教科書か辞典なのでは、と思えるほどの量である。
そして、その内容の細かさも秀逸。
「私、今まで何回もこの街の魔術師達にお願いしてきましたけど、ここまで詳しいのは、ルージュさんが初めてですよ〜」
「あぁ、そうなんだ……」
たぶん誉めているのであろうセバスの言葉も、ティミラにとっては微妙である。
驚きと喜びと、そして尊敬の色まで含みだしたセバスの表情を見つめつつ、少し冷めたコーヒーを再び口に含む。
「……いつ終るんだろう」
二人に聞かれないほどの小声が、カップの中で響いた。





セバスと出会って翌日にあたる今日。
ルージュは朝起きて、すぐさまティミラを連れたってセバスの家に。
ロードと街の現状を人々に聞いてもらうため、メスティエーレ達3人には商店街に。
そして、シランとブルーはマディスのロード、ユイドの城に足を向けた。



「少し活気が無いな」
「そうだね〜。旅人が立ち寄れないって言うのもあると思うけど……」
街の人と行商人以外見当たらない、まばらな人影が行く商店街。
本来なら、錬製学術のこともありもっと活気のあるハズの街なのだが。
「……やっぱり、ロードのユイドさん。関係してるかな」
「だろうな。よほど出来た人なのだろう」
上の人物の活気は、街全体の活気も変える。
それは街の人々がどれほどロードを信頼しているかで変わる。
けっして賑やかとは言えないこの雰囲気は、そのロードの変化を物語っているようだった。
「シラン、門が見えたぞ」
指された先は、自国の城より小さめの城門。
そこに3人ほどの兵士が立っていた。
「あの〜、すいません」
「なんだ、どうした?」
兵士の一人が進み出て、シラン達に顔を向ける。
「お前達、旅人か? 今、街には…」
「あたしたち、行商人さんの手伝いに雇われて、一緒に街に入ったんですよ」
不審な表情を浮かべた兵士の言葉を遮り、適当な説明を並べる。
“行商人は入れてもいい”という命令なのだから、同行者も許される。
それを思い出した兵士は、しかめた顔を即座に正した。
「そうか、すまないな。何か用か?」
街の入口の門の隊長には、『自分達が入ったことは言わないでくれ』と頼んでおいた。
御忍びの旅と言うわけではないが、命令を不審に思ったシランがそう言ったのだ。
もし、他国とはいえ王族の者が来たとなれば、何か隠ぺいをされてもおかしくない。
現状を知るためにも、それは避けたいことだった。
シラン達の素性を知らない兵士は、普段と同じ態度でそう述べた。
「実はあたしたちの雇い主の人が、ロード様にぜひ見せたい商品があるって言うんですよ。それで、使いとして来たんですけど……」
そこまで言うと、兵士達の顔が少し曇った。
無論、シランとブルーがそれを見逃す事は無い。
「実はな、ユイド様は今ご病気らしいんだ。まったく外にも出れなくて、誰にも会っていないそうだ。だから、すまないが商人にも会うことは出来ない」
「病気……らしいって?」
「なんでも寝込むほどらしい。そう聞いているだけで、我等も会えないのだ」
「御触れか何かが出たんですか?」
「いや、ウェジルさんが直々に…」
「ウェジル?」
少しだけ目を細めたシランの表情を兵士は見逃した。
上を見上げながら、その内容を思い出しながら語った。
「あぁ、ロード・ユイド様の補佐、ウェジル=ノストークという方で……まぁ正直、ユイド様と比べると貪欲というか、セコイというか……ユイド様、優しい方だからなぁ」
「その人が病気だって言ってたんですか?」
「あぁ、例の命令……お前達も聞いているんだろう? あれもウェジルさんが伝えてきたんだよ。ユイド様の命令だって……でも、ユイド様がそんな命令出すとは思えないんだ、正直言うと、怪しいんだけどな。確かめようもないし……」
そこまで言って、兵士は笑いながら「お前達には関係なかったな」と言って言葉を切った。
「そうですか……わかりました。じゃあこちらでも会えないと伝えます」
「悪いがそうしてくれ。すまないな」
「いいえ、では」
笑顔で頭を下げ、シランとブルーはその城門を後にした。

「ウェジルさん、ねぇ……」





「怪しいっつーか、そいつが命令出した張本人じゃねーの?」
「まぁ十中八九ね。ただ会えないんじゃあ確かめようもないのも事実だし」
ティミラとルージュと合流するため、シラン達はそのままセバスの家に来ていた。
シラン達が着いても、相変わらずルージュは机に向かったままである。
「お前が身分バラして直々に言えば、話は早くないか?」
「そうもいかないよ。もしそのウェジルって人が何か悪い事をしていた場合、それを取り締まる証拠、消されるかもしれない。悪人ってのは、変に察しが良いからね〜」
「皆さん、飲み物お持ちしましたよ」
部屋のドアが開き、トレイにグラスを乗せてセバスが入ってきた。
テーブルを囲んでいるシラン達全員に配ると、机に向かっているルージュにも声をかける。
「ルージュさん、少し休んでくださいよぉ。もう三、四時間ぐらい経ってますけど?」
グラスをテーブルに置き、ルージュの肩を叩く。
当の本人は、そのとき初めて気がついたという表情でセバスの顔を振り返った。
「あれ、呼んだ?」
「えぇ、もうお昼です。少し休んでください」
「あちゃ〜、耽っちゃったか……」
テーブルを指し、笑顔でそう言うセバスの背後にいるシランとブルーを見つけ、ルージュは初めて時間の経過を実感した。
ペンを置き、書き散らしたレポートをまとめて席を立ちあがる。
「熱中すると周りが見えなくなる。相変わらずだな?」
「あはは、ごめんごめん」
苦笑いを浮かべながら席につき、グラスを口に運ぶ。
「いやね、ここまで考えるのが楽しい研究もそうそう無いからね〜。思わず……」
「思わずで三時間、か?」
兄にジト目で見られ、ルージュはばつが悪そうに笑った。
物事に夢中になると周りが見えなくなる。
それは幼い頃から自分もあったから分からなくも無い。
だがルージュの集中力は、自分のそれを上回りすぎていた。
魔術を習いだした時も、それが楽しいのか本を読み出したら止まらない。
下手をすれば、それこそ朝から晩まで本を読みふけっている事もあった。
それは今も変わらないようで。
おかげでルージュは、辞書並みの知識をその頭に詰め込んでいる。
それが独学だからこそ、城の他の魔術師達は彼に一目置いている。
そして、その魔術師に憧れる者もまた多い。
「そうだ、セバスさん。研究資料、ちょっと写させてもらいましたんで」
「何かに使うんですか?」
「いや、いつまでも押しかけるわけにも行かないし。少し宿でも見ておきたいんですよ」
実に楽しそうに言うルージュ。
「それに、上手くすれば錬金術、完成させれるかもしれないし……」
「えぇ!? ほ、本当ですか!?」
思わず立ち上がり叫ぶセバス。
それをなだめつつも、平然とルージュは首を縦に降った。
「上手く行けば、ですけどね。セバスさんの理論は綺麗で確かです。これで、魔術の干渉が完成すれば、問題は無いはずです。もちろん、その理論の権利はセバスさんに返しますよ。僕にはいらないし、覚えちゃいますから」
「はぁ、天才っているんですねぇ……」
ケロっと言ってのけるルージュに、セバスはポカンと口を開けたまま呟いた。
「でも、私もそこまで権利が欲しいって訳でもないんですよねぇ」
「なんで? 錬金術の勉強、してるんじゃないの?」
「これはその、研究のやりがいがあると思って……本業では無いんですよ、実は」
「だから街で囲まれてたのか?」
「かもしれないですねぇ。本業でがんばってる人たちが怒っちゃったんでしょうね……」
苦笑しながら眼鏡を直し、セバスは戸棚に並んでいる薬品に触れた。
「私、本当は薬の調合とかが本業なんです。薬屋なんです、一応」
言われてみれば。
気にはなっていた薬品の個数の多さの理由が理解できた。
「まぁ、どっちかと言うと研究するのが好きなんで、いろいろな薬とかも作ってみてるんですよね」
「いろんな?」
「えぇ。例えば、笑いが止まらなくなる薬とか……」
「それって薬って言わねーだろ、普通」
「いいえ〜。別に毒を使ったわけじゃありません。薬ですよぉ」
笑顔でティミラの言葉も切り返し、突っ返す。
薬瓶を整理しながら、セバスは別の瓶を持ちながら
「これなんか凄いですよ〜」
なにやら青い液体が、ちゃぽちゃぽと音を立てる。
「頼まれちゃいましてね、作ってみたんですよ」
「何、それ?」
色のヤバさに冷や汗浮かべ、シランは瓶を指さす。
そんな様子も気に止めず、セバスはいたって普通に瓶をふる。
「これは筋力増強剤ですよ」
「へぇ〜……色の割に普通っぽいね。使うとどーなるの?」
「ムッキムキになりますよぉ」
「え゛……ム、ムッキムキって?」
「自分で作ってびっくりしたんですけど……かなりの筋力がついて、ムキムキになってました」
「なってまし、た?」
浮かんだ冷や汗が頬を伝うシラン。
でも、やはりそれを気にする事無くセバスは続ける。
「えぇ、近所の学者のドミクさんに頼まれて作ったんですけど……すごかったですよぉ。船員や炭鉱の人でもここまで鍛えれないだろうってぐらい、ムキムキになってて」
瓶を棚に戻しながら、他の瓶もいじったり並べなおす。
「薬飲んだ次の日、鏡見たら感激の声を上げてたって、近所の人が言ってましたねぇ」
「……え。その青い液体を飲ませたの?」
「そーですよ、これ飲み薬ですよ?」
さも当たり前といわんばかりに言い放つセバスに、さすがのルージュも表情が強張る。
「これも飲み薬なんですよぉ」
次に取り出したのは、血のように真っ赤な液体の入った瓶。
「それ……って、何?」
「これはぁ、胸が大きくなる薬ですよ」
「……飲んだ奴、いるのかよ?」
「えぇ、女性の方に好評でしたけど?」
表情が固まり始めている4人を不思議そうに見ながら、セバスは瓶を戸棚に戻した。
「実は、今実験途中の薬もあるんですよ〜」
「実験途中?」
「はい、被験者の方々にはもう飲んでもらっているんで、明日には効果が分かるはずなんですよね。明日が楽しみですよ〜」
楽しそうに戸棚の薬を戻していくセバスの背中を見つめながら、4人は顔を見合わせた。
「……変わってるとは思ってたけど、ここまでとはなぁ」
「平気なの、ルージュ? この人の研究書は……」
「うん……意外にしっかりしてるんだよ、これがさ」
「………とにかく、さっさと宿に帰ろう。何されるか分かったもんじゃない」
ブルーが進めた提案に、全員が頷いたのは言うまでも無かった。










「研究者にはロクな奴がいねーなぁ」
「ティミラ……それ、どういう意味?」
「まんまだ!」
宿に帰る途中の道、ティミラは横目でルージュを見ながらセバスを思い出した。
ただの普通の……いや、ちょっと変わった学者だと思っていたが、よもや薬剤師で、それもあんな薬を作っている人間だとは想像つかなかった。
「ありゃあ天然だな……本業の連中が絡みたくなるのも、仕方ないかもな……」
「でも、理論は本物だよ。頭が良いのは事実じゃないかな?」
薬剤師である以上、その分野の突出した知識はいる。
研究過程のやりがいを求めたとなれば、その他の知識についても多少なりと持っていてもおかしくない。
薬学のほかに、セバスの最も身近にあった“錬製学術”がその「やりがい」の対象になったのだろう。
写したレポートをめくりながら、ルージュはその内容を目で追っていく。
「言ったけど、本当に量も質も悪くない。ちゃんと研究してる証拠だよ。こっちとしても、完成が楽しみだよ。生で錬金術、出来ちゃうかも……」
嬉しそうな笑顔で、ルージュはその紙をさらにめくっていった。
「女ぁ!! いい加減にしやがれよ!!!!」
男の罵声が4人の耳に入ったのは、道の酒場を通りかかった瞬間だった。
目をやれば、そこには5.6人の男が誰かを囲んでいる。
その男共、風貌を見れば旅人のようだが、あまり人のよさそうな雰囲気はない。
中のリーダー格なのだろうか、一人がさらに詰め寄る空気で言い放つ。
「おい……あんまりしつこいと、こっちも黙ってらんねぇんだよ。あ?」
「いいえ、別に私は知りたい事を聞いただけです。知らないなら知らない、と一言言ってくださえすればいいだけですが?」
さらっと、神経を逆なでするような口調で言ってのけたのは、オレンジの髪の魔術師。
ケイルの師匠でルージュの師匠にも当たる、メスティエーレであった。
「先生じゃん、何してんだろう?」
「少なくとも、いい状況じゃあねーよなぁ……」
顔を見合わせて、ティミラとルージュはその集まりに近づく。
「ん? なんだぁテメーらはよぉ?」
「メスティさん、だいじょぶ?」
「先生〜、一体何してるんですか?」
男を無視し、横を過ぎ、二人はメスティエーレのそばに歩く。
「テ、テメーら……」
無視された男といえば、こめかみあたりを痙攣させ、怒りで目を吊り上げて行く。
周りの男達もそれに不快感をあらわにし、中央に入ってきた二人さえも囲む。
「おい、どこのどいつだか知らねーが、状況分かってんだろうなぁ?」
全員が剣を抜き、あるいは構えてその怒りの形相を増していく。
その全員は知らない。
後ろにいるシランとブルーが、どうして助けようとしないのか。
囲まれている立場のはずの二人が、ほくそ笑んでいる事を。
「女共々黙らせてやるぜ!!! 覚悟しろぉ!!!」










「それで先生。どーして囲まれていたんです?」
男共をノした手をはたきながら、ルージュは背後で腕を組んでいるメスティエーレを振り返った。
「彼ら、グレンベルトの上官・シャフォード=ジェブスの護衛だそうですよ」
倒れ山積みの男たちを杖で指し、メスティエーレはため息を吐いた。
「なんでも、ウェジル=ノストークという男に会いに来たそうで……城の命令と称して、ね。城門に居た隊長さんに聞いたら、そう教えてくださいました。もっとも内緒で、ですけれどね」
ウィンク一つ、メスティエーレはそう笑みを浮かべて言った。
「シランちゃん達も聞いたのでしょ? ウェジルという男の事……」
「はい、一応は」
「どうもね、シャフォードという上官も、一枚噛んでるみたいなの」
「上官が……ははぁん、なるほどね〜」
息を吐きながら、シランは空を見上げた。
「これで、どうして城に連絡行かないのかわかったな。まったく……地位を利用して、何考えているんだか……宿に戻ろう。ここじゃあ誰が聞いてるかわからないから」
全員が頷き、まだ明るい街を歩き出した。



「……っ!!?」



とたんに、心臓が大きく脈打つように小柄な体が揺れた。
「……シラン?」
胸の辺りを握り、少し眉を潜める少女を振り返った。
たいした苦痛でもなさそうだが、服を握り締める握力から、それが普通でないことを現している。
顔色が良くない。
「おい……だいじょうぶか?」
ブルーの声にも視線だけで答え、しばらく黙り込んでいたが、自然と服の手が解かれた。
「もう平気。ちょっと苦しかっただけ……」
大きく息を吐き、手のひらでトントンと胸を叩く。
青くなりかけていた表情は、もう普段のそれに戻っていた。
「ならいいが。今日は早く休め」
「うん、ありがと」
笑みを浮かべるシランに、ブルーはそう告げ、背を押した。
再びシランが見上げた空は、まだまだ昼の晴天を写していた。
 
 
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