『 WILLFUL 〜私が貴方で貴方が私!?〜

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  WILLFUL 6−4  


「っあ……痛ってぇ……」
ベッドの上で横になっていたティミラが胸を抑え、顔をしかめる。
「あら、どうしました? ティミラちゃん……」
昼食時も過ぎた昼下がりの宿。
枕に顔をうずめ、少しうめきを上げていたその声は、しばらくして収まっていった。
白いシーツに広がった黒髪を払い上げ、ティミラは顔を上げた。
「あ〜……だいじょうぶ、収まったから」
額に少し浮かんだ冷や汗を指で拭い、再び枕に顔を鎮め、午後の日差しを浴びて目を閉じ、昼寝の準備を始めた。










「おはようございます、お師匠様」
「あらケイル、早いじゃないですか?」
一日日が明けた次の日の朝。
のどかな日差しに、ケイルは早めに覚めた目を擦りながら一階に姿を現した。
そこには相変わらず早起きな師匠が、水を口にしている。
そしてその手には、ルージュがセバスの資料を書き写したレポートがあった。
「あれ……それってルージュさんの?」
「えぇ。少なからず、私も錬金術には興味ありますから。どんなものか、見ておきたくて」
そう言い、目を文字で埋まった紙に動かす。
そんなメスティエーレの正面のイスに座り、その姿を目に写すケイル。
「あの、お師匠様。錬金術なんて本当に出来るんですか?」
疑問をぶつけるケイルに、メスティエーレは目だけを向け、先を促す。
「僕も一応錬製学術というのは聞いたことありました。けど、それってやっぱり、ただの伝説みたいに思ってましたし……マディスの街の研究も本当に完成するかどうか……」
「伝説……ねぇ」
「そうですよ。伝説と称される昔の力って、たくさんあるじゃないですか。有名なもので現すなら“召喚の力”とか、“転魂の法”だったり……」
「なるほど。ケイルは“伝説”と言われる力は、あまり信じない方?」
「いえ……! そういう意味では無いですけど……」
笑みながらの突っ込みに、ケイルは言葉を詰まらす。
信じていないわけではないが、信じる確信が無い、といった所なのだろう。
「現に“転魂の法”は、現実的にありえない生命復活の術って言われてるし……そもそも、死した魂を死んだ肉体に戻すなんて無理があると思うから……“召喚の力”だってそうですよ。古の大いなる存在が蘇る『幻界』から、その幻獣達を呼び出して使役する。偽物の話はよく聞きますけど、それもそこまでですから……」
「まぁ確かに。だけど、その二つに比べたら錬金術はまだ可能性が高いわ。なにせ、あのルージュくんが研究の手伝いを進んでしているのだから。この理論、良い線いってると私は思うけど?」
意味深に笑みを浮かべたまま言う師匠に、ケイルはまだ半信半疑の様子。
そんな弟子の頭をなでながら、
「ま、何事も探究心が大事よ。知りたいと思う事が、第一歩。それは魔術に置いても、生きるという事に置いても重要なのよ?」
なだめるような言葉に、撫でられた頭に手を触れ、小さく首を縦に振る少年。

同じ頃――

「ん……ぅん………」
部屋に差し込む日の光に、珍しく眠気が覚めていく。
いつもなら、こんな光が原因で二度寝をしたりしているのに。
護衛の青年か、金髪の側仕えのエルフが起こしに来るまで寝ている自分。
瞳を開ければ、カーテン越しに朝日が顔を照らしている。
眠気と眩しさに目を細め、手で擦りながら体を起こす。
「ふぁ……ねむ……」
呟きながら肩や腕に絡む髪を手で払い、布団から這い出し大きく腕を伸ばし、伸びをする。
少しずつ覚醒する意識の中、ふと開けた目に映る光景に少しだけ首を傾げる。
気のせいか、壁のランプの位置がずれているように感じた。
昨日まで首を少なからず上に向けなければ直に見れなかったそれが、ほとんど視線と位置が同じである。

――あれ……あたしってこんなに背、高かったっけ……?

寝ぼけているのだろうか。
それとも本当に背が伸びたのか。
あるいはランプがズレたのか。
いずれもありえない原因を思い浮かべつつ、シランは部屋の端にある鏡に向かった。

――やだなぁ。あたし、早起きのせいで寝ぼけてんのかな?

不思議に思い、覗き込んだ鏡に映ったその姿……





『ぅわぁぁあああああっ!!!?』





「この声は……!?」
「なにかあったんでしょうか!?」
2階に取った部屋。
そこから聞こえてきた叫び声に、メスティエーレとケイルは腰を上げ、一気に駆け出す。
「ブルーくん!! どうかしたの!!?」
「大丈夫ですか!!?」
階段を駆け上がり、大きな音を立ててトビラを開いたその先。
鏡の前で呆然としながら、震える腕で鏡を指す姿。
「どうしたんですか!?」
再び荒げた声にハッとして、ブルーは瞳を見開いたまま見つけた自分達に向かって駆け出していた。
「何があったの? ブルーくん……」
「ち……違うんですよ!!!」
普段の彼からは想像もつかない慌てた態度。
崩す事の少ないその顔は、今は焦りに包まれている。
「違うんですよ!! あの……その!!!」
「落ち着いてブルーくん!!!」
「だから……違うんだってばぁ!!!!」
メスティエーレの言葉も聞いてか聞かずか。
ブルーは膝から崩れ、床にへたり込み、ため息を大きく吐いていた。
「あの……なにがあったんですか? ブルーさん……」
「だから、違うんだって……」
一言だけ呟いて、ブルーはその顔を立ちすくむ二人に向けた。
「あたしはブルーじゃなくて……シランなの!! シラン=ルグナ!!!」


『………はい?』


「うぁあああああああ!!! なんだこれはぁああ!!!??」


思わず呆然とした二人に、隣の“女性陣”の部屋から叫び声が上がった。





「……で? 一体どういうことなんですか?」
女性陣の部屋より少し広い男性陣の部屋。
寝ていた残りのメンバーをたたき起こし、事の状況を確かめるため、全員をこの部屋に集めたメスティエーレは、4人の顔を眺めながらため息を吐いた。
「ンな事は、オレ達の方が知りてーよ……」
腕と足を組み、憮然とした表情でそう怒り混じりに呟いたのはルージュ。
「大体、なんでオレがルージュの身体に入ってんだ? 冗談じゃねーよ」
「それは俺も同じだ。なぜ俺が……よりによってティミラの身体なんだ……」
ボソリと言った言葉に、ルージュの顔色が一変する。
いつものヘラついた表情とは無縁の、激怒の色を露にし、イスを蹴り倒し立ち上がる。
「あんだとテメー!! オレの身体で文句あんのか!?」
「こんな露出度の高い格好。恥ずかしくて街も歩けん」
「じゃあ言わせてもらうがな! そんなのと一緒に旅してたのはお前も同じだぜ!?」
「貴様……言わせておけば……!!」
「あ……あ、あのすいません!!! 今そんな事でケンカしないでください〜〜!!!」
二人は必死に叫んだケイルの顔を見、互いに顔をそむけ合い再び席につく。
「そんなことったってな、ケイル。オレ達だってかなり焦ってんだぜ?」
「そ、それは分かってますけど……」
「ティミラ〜、やめなっての……ケイルくん責めても変わんないでしょーが」
食って掛かりそうな勢いに、シランが静止の声をかけた。
「大体、混乱してるのはティミラだけじゃないよ。僕等だってそうなんだから……ねぇ、シラン?」
そういいながら、一部始終を視聴者状態だったブルーを見やる。
見られた本人も、のんきに頭をかきながら呟く。
「あ……うん。まぁ、そりゃあ……」
「ち、ちょっと待ってくれ……」
全員の会話を聞いていたアーガイルが、額を押さえながら会話を遮る。
痛そうに顔をゆがめ、全員を見回してアーガイルはため息を吐きながら言った。
「一体、何がどうして、誰がどーなってんだ? 俺はさっぱり分からないんだが……」



「改めて。アーガイル、しっかり聞いていてくださいね?」
「お、おうよ」
「いいですか? シランちゃんの身体にルージュくんが、ティミラちゃんの身体にブルーくん。そしてルージュくんの身体にティミラちゃん。ブルーくんの身体にシランちゃんが入っちゃっているみたいなの。ちなみに原因は不明よ」
ただひたすら淡々と語られた言葉を、アーガイルは必死で復唱し頭に叩き込む。
「え〜……つまりそれってーと、なんだ? 身体が入れ代わっているってことか?」
「そういう事ですね」
「サラッと言わないでくださいよ、先生……」
半分涙目になったシラン――もとい、ルージュは切なげにそう言った。
「そうは言ってもね……原因も不明だし?」
「そうだよね〜。なんであたし達だけがこんな事に……」

そう呟いたブルー――の身体のシランに、一斉に視線があつまる。

「え……あのあたし、なんか変なこといった?」
「いやぁ……あのさぁ、シラン?」
非常に言い難そうな顔付きで、ルージュ――ティミラが目をそむけながら
「その……今回だけは、自分の事“あたし”って言わないでくれるか?」
「え? なんで?」
「いやッ、なんでったってぇ……」
シランの切り替えしに、さらにバツが悪そうにティミラは顔を濁しながら続けた。
「ほら、ブルーの身体で“あたし”なんて連呼された日にゃあ、夢でも見そうで……」
「あ………」
そこまで言われて、ようやくしっかりと自分の状況を確かに感じたシラン。
確かに、ブルーがそんな風な態度でこられたら、引くのは良く分かる。

自分の手のひらを見つめ、しばらく考え込むようなそぶりの後――

「じゃあ、ボクって言えば……いいかなぁ?」
「あー、それなら平気だわ。悪いな、頼むよ。身体がブルーな分、大変だな、シラン?」
「貴様、それはどういう意味だ?」
ティミラの一言に、その彼女自身――ブルーが眉をひそめ、声を低くして威嚇を露にする。
「そのまんっまの意味だ!」
ダンッと机を叩きながら、ティミラもブルーも互いをにらみ合い、火花を散らす。
「なんだか……ルージュとティミラの姿でケンカってもの、そうそう見れないよね?」
「まぁいつも殴られてるの、僕だからねぇ」
「のん気にンなこと言ってんなよー。そもそも、こうなった原因はなんだ?」
的確なアーガイルの質問に誰もが黙りこくり、うーんとうめきをもらした。
「あっ、そういえばティミラちゃん」
全員が考えていた静寂をやぶり、メスティエーレは中身がブルーになったティミラの方に思わず顔を向ける。
「メスティさん。俺、違いますよ」
「あら失礼、なかなか慣れないモノよねぇ」
「それで、オレなんですか?」
改めてティミラに向き直り、メスティエーレは腕を組みながら
「いえね、昨日胸を押さえて少し苦しんでる時があったでしょう? だから、何か関係とかあるのでは……と思ったのだけど……」
「あれ? ティミラさんもそうだったんですか?」
師匠の言葉にケイルが驚いたように事実を告げた。
「昨日だったら、ルージュさんだって同じような事、ありましたよね?」
「え……あぁ、そういえば……でも、一回だけだったよ?」
「それはオレも同じだけど?」
「まさかそれって、俺達4人、全員じゃあないのか?」
ブルーの発した言葉に、メスティエーレ達も顔を見合わせる。
「正直言えば、俺も同じ事があった。シランに至っても、セバスの家から帰る途中でなっていただろう?」
「うん、あの時でしょ?」
「あぁ。つまり、俺達4人だけになんかしらの事が生じたと考えていいだろう」
「でもなんであた……じゃなくて、ボク達だけに?」
「そこが問題だよねぇ〜」
再び訪れる静寂。
はっきりいって意味不明なこの現象が、どうして今、この様に起こっているのかサッパリ分からない。
いい加減イライラしてきたのか、ティミラが縛りもせず垂らしたままの銀髪をかきむしり、舌打ちをしながら
「くっそ……なんならセバスに薬でも作ってもらうか? 変な薬、随分と調合したりして、ストックもありそうだし………ん?」

『セバス?』

ティミラが思わず洩らした名前に4人が顔をあげる。

――『実は、今実験途中の薬もあるんですよ〜』

「ま、まさか……」
ポツリとシランがこぼした言葉に、他の3人も顔をそろえて頷く。

――『被験者の方々にはもう飲んでもらっているんで、明日には効果が分かるはずなんですよね。明日が楽しみですよ〜』

頭に浮かんだ青年が喋る言葉が、正確に耳に再び響く。
「昨日言ってた被験者って……?」
しばし顔を見合わせていた一同。
だが次の瞬間、誰からというわけも無く一斉に立ち上がり、イスを蹴り、部屋を飛び出す。
「ちょっ!! どこに行くんです!?」
状況もワケも分からないメスティエーレ達も、慌ててそれに続き部屋を飛び出した。










「あンの野郎ぉお! ぜってー許さねぇからな!!」
「ティ、ティミラ。あんまり怒んないでね?」
「これが怒らずにいられるか!! 殴る!!! ぜってー殴る!!!」
「駄目だってばぁ! ティミラがセバスさんなんか殴ったら、あの人絶対死んじゃうよ?」
「関係ない!! オレを実験台にしたらどうなるか、身をもって思い知らせてやる!!」
走りながら大声を荒げ走るティミラと、それを横でなだめるシラン。
その後ろには、ブルーとルージュがついて走っているのだが。
時は朝とはいえ、人々がその中で一番動く時間帯。
今や『白銀の双頭』の姿になっている状態のシランとティミラのやり取りは、ものすごい目引く結果を招いている。
大声で叫んでいるのもそうなのだが、その容姿もそうだろう。
走っているために髪が風になびき、揺れ、朝日に光る。
怒りに顔を染めるティミラの表情も、恐いといえば恐いのだが、ルージュの身体、その整った造りは目を逸らさずにはいられない。
眉を潜め、困った表情をしているシランの表情も、ブルーのモノになれば愁い漂う顔。
他人には、中身が違うなど分かりもしないのだから、性格のための表情の差と勝手に認識してしまう。
後ろを走るブルーとルージュにしても、中身は違えど見かけは変わらず。
無愛想なブルーの顔も、ティミラでその表情を彩ればクールな美女。
ルージュになれば、普段の明るさはシランと大差なく。
その屈託の無い表情は、元気な少女そのものである。

だが――

「見かけ変わっても、中身変わらずねぇ」
4人の後を追いながら、メスティエーレはため息混じりに呟いた。





「オラァ!! セバス、邪魔するぜ!!!」
もう殆どヤクザのセリフ。

――ゴガッ!!

景気良くドアを蹴り破り、吹っ飛び壊れたソレを踏み潰し、強盗のごとく部屋に入りこむ。
「ティミラ……それじゃあ借金取りみたいなんだけど……」
「関係無い。オレは大変ご立腹なんだ」
ルージュのセリフも切り返し、ずかずかと中を歩き、セバスがいるであろう奥の薬品棚などが並んでいる部屋に向かう。
「オイ、セバス!! 呼んでんだから出てこいよ!!」

――バンッ!!

再び景気良くドアを開き、部屋に入ったティミラはそのまま入口で固まった。
「な……なんだこれ、どうしたんだ?」
「オイ、入口で止まるな。邪魔だ」
背後からのブルーの野次にも怒りもせず。
ティミラはその身体を横にずらし、その中を残りのメンバーに見せた。
「……これは……?」
中に入ったブルーも、あまりの不自然さにそれだけ洩らした。
壊れているイスに倒されているテーブル。
薬品棚さえ荒されていて、割れている物さえあり、その数は明らかに減っていた。
なにより、ルージュがレポートを書く際に借りていたセバスの机の上が、綺麗に何も無くなっている。
並べられていた本も、そして机を一番占領していたあの「錬製学術」のレポートも。
部屋をながめていた一同は、誰もがその光景に息を飲んだ。

「一体、何が……セバスさんは?」

シランの洩らした言葉に、誰も答えることは出来なかった。
 
 
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