『 WILLFUL 〜私が貴方で貴方が私!?〜

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  WILLFUL 6−5  


小さくとも、装飾の施された小奇麗なテーブル。
その上に並ぶ二つのグラスの中には、真紅のワインが揺れている。
「それで、ウェジル。例の話は上手くいっているのか?」
ゆったりとした大きめのローブを身にまとった男が、厳かな口調で言う。
白髪混じりのその髪が、少し暗めの明りに映る。
「はい、もう少しで完成になります。ジェブス殿がお手に出来る日も近いのでは……」
男の言葉に頷きながら、グラスを口に運びワインを咽に通す。
「うむ。なるべく早い方が良い。こちらもリスクが少々大きいのでな……他の方々も急ぎを希望しておる」
「えぇ、ですが少々気がかりが……」
「なんだ?」
眉をひそめた表情に気を使いながら、男は言葉を続けた。
「実はユイドや私のことをかぎまわっている者がいるようで……」
「……それはわしも気になっておる。わしの警護に連れていた者の類が、何者かに倒されたと言っておった。わしのことを聞いていたと………」
「……では」
「うむ、気付かれる前に捕えるのがよいだろう」















「で、どーすんだよ。これからさぁ……」
「それを皆で考えているんでしょう、ティミラちゃん」
何回ぼやいたとも知れぬティミラの言葉に、メスティエーレが静かに諭す。
セバスの家から宿に戻り数刻。
どうしようもない現状に、誰もが何も言えなくなっていた。
「しかしセバスがいない状態じゃあ、俺たちもこのままか? 当分……」
「多分ね〜……」
自分で発し、他に確信されブルーはガクリと肩を落とす。
「これから一体どうすれば……」
さすがのブルーさえも眉間にしわを寄せ、大きくため息を吐いて手のひらで額を覆った。
「まぁなんつーか……ドンマイ」

――ギッ!!

「うえっ!!?」
気楽そうに聞こえたのか、アーガイルの声。
ものすごい形相のブルー、ルージュ、ティミラの鋭い視線が彼を貫く。
「そ、そんなにムキにならなくてもいいじゃねーか……」
「そ〜だよね〜。あんまり頭働かせてると、ハゲちゃうよねぇ?」
被害者の一人であるハズのシランが、ものすごい笑顔で気楽にそう言ってのけた。
3人ならず、メスティエーレ達までが表情を固めてしまっている。

――はぁ……

小さくため息をつき、ブルーが席を立ちシランの前で腕を組む。
「あのな。現実を理解しているか? セバスが居ないんだぞ? 俺達はどうすればいい? このままだと、この街を動けないだろう?」
「うん、そーだね」
「そーだね……じゃないだろう」
再びため息を吐いて、ブルーは手を額に当てながら
「わかってないだろう、シラン……」
「わかってなくないよ!! しっつれいだなぁ、もう……」
馬鹿にするなという表情。
そう言って眉ひそめ、不機嫌そうに席を立ち上がりドアに向かって行くシラン。
「おい、どこに行く?」
「どこでもいーでしょ? あたし……じゃなくて!! ボクの勝手!!」
「勝手って……あのなぁ……」
プイと首を横に振る動作から、ちょっとばかり機嫌を損ねたと判断したのか、ブルーは少し困ったように目を細めて、再びため息を吐き、
「……俺も行く。勝手にその姿でどこかに行くな」
「……別に。好きにすれば?」
「あ、じゃあ僕も行くよ! 何かいい情報の収穫、あるかも知れないし……」
ぎこちない空気を察してか、苦笑い浮かべながらのルージュの言葉にも、
「好きにすればー?」
完全にふてくされた声色でシランがそっけなく言う。
面白くなさそうにため息はいて、目の前に揺れる銀髪を指で弄くる。
ブルーを見ようともしない態度から、かなりさっきのことが引きずってるようである。
「……ねぇ、後でいいから謝りなよ?」
「………………………………」
ルージュの小声のアドバイスにも答えず、ブルーはフイと視線をそらしただけだった。
だがそれは、気まずいことがあると起こる兄の癖。
自分のアドバイスも届いていると理解し、ルージュは苦笑だけもらした。










荒らされた一室。
物語るのは、それが襲撃か何かされたと言う事。
「なぜここに来る?」
街中を歩いている間は口も聞かなかった。
ただ、迷いもせず歩くシランの後を付いてきた、という状態だった。
ついた先は、持ち主の居なくなったセバスの家。
「何か証拠とかあるかもしんないでしょ?」
ブルーの指摘にもサラリと答え、シランは何も無くなった机の上を撫でた。
その顔には笑みが浮かんでいる。
「錬金術関係のレポートが全部無いんだから、多分狙いそのものは錬金術だろうね」
「………シラン?」
呆然と呟くブルーの表情を見て、シランはクスクスと笑い出してしまう。
「なんか……ティミラの姿で言われると変に感じる」
「俺は自分がそうやって笑ってるのが気色悪い」
「ひっどいなぁ、その言い方……」
それでも浮かぶのは、微笑み。
「ね? ボクだってちゃんと考えてんだよ?」
「…………悪かった」
「少しは見直した?」
ブルーになった自分から見れば、ティミラの身長は低い。
無愛想ながらも謝るブルーの顔を覗き込むその表情は、さながら「どうだ!?」と胸を張る子供。
見えないように顔を下に向け、ブルーは小さくため息を吐いて一言だけ。
「少しだけ、な」





「大方、何者かが錬製学術関連のことでセバスと、その資料を持ち去った。そう考えるのが妥当かと思われますね。シランちゃんはそれをちゃんと確かめたくて、出て行ったのだと思います」
シラン達が部屋を出て数刻。
メスティエーレ達は何か街で情報が得れないかと、商店街に足を運んでいた。
外は気分を気持ちよくしてくれそうな、晴天だった。
「なんでぇ。ヤケくそで出て行ったわけじゃないのか?」
「そんな事してる暇が無いのは、彼女だって重々承知のはずよ」
のん気に言うアーガイルを振り返り、その鼻先に指を押し当て、メスティエーレは笑顔を浮かべて小声で言った。
「ましてや、アナタみたいな筋肉脳みそじゃああるまいし?」
「おいおいおいおい!! エレ、そりゃねーぜ?」
「あら? 私、ウソ言ってるかしら?」
「うぐぅ……ちくしょー……」
嫌に笑顔で言うメスティエーレに、アーガイルは何も反抗できず悔しそうに歯軋りをするだけである。
「なぁケイル」
「なんですか? ティミラさん……」
余裕のメスティエーレとなぜか追い込まれているアーガイルを、遠目から見つめながら、
「なんであの二人、組んで旅してんだ? メスティさんがアーガイルを誘ったって訳はないだろうし……付き合ってるってわけでもなぁ。歳、けっこう離れてんだろ?」
ティミラの勝手な推測では、メスティエーレはかなり若く見えるが、それでも20代後半はいってるように思えた。
対するアーガイルは、20代前半がいいところである。
「以前です。アーガイルさん、お師匠様にコテンパンにされた事があるんですよ」
「……なんで?」
「お師匠様、実はけっこう有名な魔術師なんですよ。“炎術師”って言われてて……」
「炎術師、ねぇ。炎使いってことか?」
「昔の話らしいですけどね。それで、その噂を聞いたアーガイルさんが“剣は魔法より強い事の証明になる!!”とか言って、お師匠様に勝負挑んだんですよ」
「………負けたんだ?」
「はい。丁度その時、お師匠様機嫌悪くて……モノの見事にボコボコです。瞬殺でした」
「あちゃー………」
悲惨そうな状況を想像し、ティミラは思わず顔を苦悶に染める。
あの人格者が機嫌悪いとなると、相当荒れそうである。
「で、その時からその強さに感服したとか言って、一緒に旅してるんですよ。最初は大変でしたよ〜。お師匠様のこと“姉御!!”とか呼んじゃってて……その度に吹っ飛ばされていましたけどね。でも、アーガイルさん自身普通に強いですし、お師匠様も邪魔扱いはしなかったみたいです」
アーガイルの強さは、サキュバス達との戦闘でも見て分かる。
普通以上の強さは、ある程度持っているのは良く解った。
だが、メスティエーレの態度からすると“剣技バカ”と言うのも想像ついた。
「なるほど……強い奴についていくって事か」
「……かもしれないですねぇ」
さながら親分と、イビラレ役の子分。
そんなやり取りを続ける二人をただ遠巻きに眺めるティミラ。
「でもま。ンなに仲悪くないなら、問題無いもんなぁ……」
「問題は大有りなんだよ、にーちゃん」
「は?」
背後からのイキナリの言葉に、ティミラは眉間にシワを寄せ、不機嫌そうに振り返った。
振り返った視線の先にいたのは、3人の男。
その風貌は旅人のようだが、雰囲気ははっきり言ってよろしくない。
ガラの悪い雰囲気を察してか、身を強張らせるケイルを背後に庇った。
「なんか用か?」
「てめぇ、昨日そこの女魔術師をかばった野郎だよなぁ?」
男の一人が指さした方を見れば、そこにいるのはメスティエーレ。
昨日と言われ、ティミラはメスティエーレが絡まれていたことを思い出した。
「あぁ、アレ? 確かにオレも居たけど……」
「へへ!! よかったな、女に当たらなくてよ」
「おうよ、相手が男なら容赦しねーですむからなぁ……」
言いかけたティミラの言葉を肯定に受け、3人の男たちがニタリとした笑いを浮かべながら互いに目を合わせている。
腰の剣を抜き、それぞれ構えながら一人が声を荒げた。
「おい、そこの女魔術師と銀髪の野郎!! 俺達と来てもらうぜ?」
「銀髪野郎……?」
ティミラは、なぜ視線の中に自分が含まれているのか一瞬わからなかった。
「ティミラさん……多分、ルージュさんの姿してるから」
ケイルに言われ、そうだったと手で平を打つ。
「ところで、何でオレ達がお前等と一緒に行かないとならねーんだ?」
「そりゃあ、お上の命令ってやつでな……」
「お上の……ねぇ……」
考える様に目を細めるティミラを見て、男の一人が襲い掛かる。
「余裕こいてる暇は無いぜ!!!」
一番距離が近いのはティミラである。

その目標目掛け駆け出し、男は剣を振り上げ――

「腹がガラ空きじゃん?」

――ッド!!!

「うっがぁ……!?」

一瞬銀髪が揺れ、次の瞬間姿が消えた途端、腹部に走る鈍い痛み。
かなりの痛みに、瞬間的に呼吸が出来なかった。
「な……なんだ、コイツ!! 魔術師じゃないのか!?」
「魔術師? 何でオレが……」
そこまで言いかけて再びふと思い出す。
今の自分は、青の法衣を身にまとった“魔術師”の青年そのものなのだ。
「あー……見かけってーのはけっこう重要なのね」
ボーっとしながら呟くティミラに、残りの二人が食って掛かる。
「野郎ッ!!!」
「っざけやがって!!!」
やられた仲間を見て、カッとなった二人が一気に攻撃を始める。
だが、ティミラは動かない。
不敵な笑みを浮かべたまま、ケイルを庇うように足元に居る彼に手を添えていた。
「なめてんじゃ…」
「ウィッシュボルト」

――バジィッ!!

静かな言葉とは裏腹の、激しい電撃が一気に男二人の意識を奪った。
「魔術師がいるのに、よく余裕ぶっこいていられるものよね?」
力無く倒れてゆく身体を見つめながら、メスティエーレは赤の髪を手で払い上げた。










「大人しくしやがれ!!!」
「え……うあぁああ!? ティアァ!!!」
シランの叫びに答え、その手に輝く刀身を持つ大剣が現れる。
「こんのぉぉおおおお!!!!」

――ガギィンッ……

「ち、ちくしょう!!!」
弾かれた剣をすぐに諦め、男は懐から短刀を取り出し、シランに狙いを定めた。
「てめーら、黙ってついてくりゃいいんだよ!!!」
「黙るのは貴様だ!」

――ゴッ!!

剣を持たないまま来てしまったブルーは、見慣れたティミラを見様見真似し蹴りを放った。
狙いは定めた通り、男の脳天を直撃し、一撃で静めていく。
「へぇ……これでもけっこういけるんだな」
「女ぁ!! 余裕で構えてる場合か!?」
ティミラの姿となった自分の足を見て、ふと呟いたブルーに、横から男が剣を振りかざす。

だが――

「そっちこそ、後ろにでも目ぇ縫い付けといたほうがいいんじゃない!?」
「なんだと!?」
気付いても、時すでに遅し。
その男の背後にまわったルージュが、口早に術を完成させる。
「フレイムロアー!!」

――ボヒュン!!

手から放たれた炎は一直線に男に向かい、対象物をこんがりと灰色にしあげた。
「わぁお、炭火焼きだねぇ」
「どちらかと言うと直火焼きだろう?」
倒れた男を指で突っつくルージュを見つつ、ブルーも面白くなさそうにそうとだけ返す。
「まったく……いきなり襲ってくるからびっくりするじゃん……」
セイクリッド・ティアを手から消し、シランは胸を撫で下ろした。
セバスの家を出てからすぐのことだった。
いきなり目の前には剣を手にした男が二人。
こちらは3人だったとは言え、不意打ちに思わず気が動転しかけた。
反射的にセイクリッド・ティアを呼び出し、対応は取れたから良かった。
「それにしても……ブルーの身体でもティアは呼べたね」
「僕も術は使えたよ。シランの身体なのに……」
「どうやら、精神的な何かが身体を自分の物にしているんだろうな」
俺も剣を持っていれば、と付け加え、ブルーは手を握り締めた。
「それにしてもこの人達。一体、何だったんだろう…?」
「ん? ちょっと待って……」
男を突付いていたルージュが、ふと考える表情をした直後、何かを思い出したのか、指を鳴らし立ち上がる。
「そうだ!! この人達、先生に絡んでた男たちだよ!!!」
「メスティさんに?」
「それって昨日の?」
シランの言葉に、静かに頷くルージュ。
「ほら、言ってたでしょ。ウェジルと一枚噛んでそうなシャフォードって男の護衛で……」
「なぜそいつ等がここにいる?」
「それは……聞いてみないとわからないけど?」
そう言って、横で待ちぼうけ状態だったシランに目を向ける。
視線に気が付いたシランは、とても面白そうに表情を緩め――

「じゃあ丁重にお宿に運びましょうか?」

その一言に、二人が動いた。
 
 
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